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第5話 璃々香とあの日。


 私がその〝男の子〟と出会ったのは、引っ越して間もない頃のことだった。

 幼稚園では、既に仲がいい子たちでグループが出来ていて、私はその中に加わることが出来ず、ずっと一人で過ごしていた。

 時折、声を掛けられたけど、赤ちゃんの頃から一緒だと言う子たちが羨ましくて、意地を張っていたんだと思う。

 だから、遊ぶ相手もいない冬休みは、一人で散歩をしていた。


「うぉぉぉぉぉ――っ!!」


 小石を蹴りながら歩いていた時、突然、叫び声が聞こえてきた。

 びっくりして顔を上げると、前方のT字路――右からボールが飛び出して左に消え、すぐに男の子が追いかけいくのが見えた。

 同い年ぐらいの――ただ、幼稚園で見たことがない男の子。

 ……な、何?

 慌てて角に走り、そっと覗いてみると、一面に広がった田んぼの中をボールを蹴りながら走り去っていく背中が見えた。

 ぽかん、とその背を見ていたら、ボールが横に跳ねて田んぼに落ちていった。


「ああぁぁぁっ!」


 男の子は悲鳴を上げながら、迷うことなくボールの後を追って、田んぼの中へ。

 ………見つかったら、怒られないのかな?

 ボールを手にして戻って来たその子もキョロキョロと辺りを見渡してから、またボールを蹴りながら走り出した。

 一人でボール蹴り? ………変なの。

 友達と一緒にやればいいのに。

 でも、一人なのは私と一緒。

 何処に行くのかが気になって、私はその後を追った。






 やがて、男の子が入っていったのは公園だった。

 冬の公園には誰もいなくて、叫びながら一人で走り回っている姿をしばらくの間見ていたけど、寒さに耐えられなって私は帰ることにした。

 次の日、少し期待しながら公園に行くと、またボールを追っかけている彼を見つけた。

 でも、声を掛ける勇気はなくて、入り口近くにある木に隠れて様子を見ていた。こんっ、と遊具に当たって跳ね返ったボールが、私がいる方に転がって来る。

 そのボールを男の子の視線が追いかけて、つと、上に動き――


「あ――」

「っ!」


 私と目が合った。

 慌てて身体を引っ込めて、息を止める。胸がドキドキしてきた。

 どれぐらいの間、そうしていたのか分からないけど息苦しくなってきたところで、コロコロ、と転がって来たボールが隣を通り過ぎた。

 びっくりして息を吐き、少し先で止まったボールに目を瞬く。


「おーい! そこで隠れてる人、そのボール取ってー!」


 私は息を呑んで、恐る恐る、顔を出した。


「あ!」

「っ……」


 でも、途端にまた目が合ったので、慌てて顔を引っ込めた。


「なぁ、取ってくれよー」

「………私?」


 そっと顔を出して聞くと「そう!」と強く頷かれた。

 ボールに振り返り、どうしようかと迷っていたら「早く早く」と急かされたので、思い切って木の幹から飛び出し、ボールを手に取った。

 男の子に向かって投げようとすると、


「違う違う。蹴って蹴って」

「け、蹴るの?」

「うん!」


 さぁ来い、と両手を大きく広げ、じっとこちらを見つめて催促する目に負けて、私はボールを地面に置いた。

 それなりに強く蹴ったつもりだったが、コロコロと転がるだけで――でも、何とか男の子の足元に辿り着くことが出来た。

 男の子は軽く踏んでボールを止め、にっこりと笑う。


「ありがと!」

「……う、ううん」


 小さく頭を横に振って、「えっと……」と視線を泳がせた。


「一人で、何してるんだ?」

「………お散歩」

「ふぅん?………なら、暇だろ? 一緒にサッカーしようぜ!」

「えっ……サッカー?」

「こっちに友達いなくてさー。ダメか?」


 どうやら、男の子も友達がいないみたいだ。そう思うと「ダメじゃないけど……」といつの間にか呟いていた。


「よしっ!」


 ガッツポーズをするその子に、もう嫌だとは言えなかった。

 ……サッカー……二人だけじゃ出来ないけど、ボール蹴りするのかな?

 男の子はボールをその場に置いたまま近づいてきて、手を差し出した。


「俺の名前は、香崎雪時」

「雪時………ユキくん?」

「あー……まぁ、それでいいよ」


 一瞬、微妙な顔をしたが男の子は頷いた。「君は?」と聞かれ、少し迷ったものの名前を口にする。


「私の名前は――久瀬、久瀬璃々香です」

「よろしくな! リリカ!」

「……うん」


 にかっと笑ったその顔につられ、私も笑みを浮かべた。



 それが、私と〝ユキくん〟の出会い――。



 この町に来てから出来た、初めての友達だった。






 ユキくんはこの町の子ではなく、冬休みを利用しておばぁちゃん家に遊びに来ているらしい。

 そして、小学生の従兄姉の人たちがからかってきたり、抱き付いて来たりするので逃げ出して、いつも持ち歩いているボールを蹴って遊んでいたのだと。

 友達になってから数日経った頃、ユキくんは「明日には家に帰る」と言った。

 突然の別れに何も言えないでいると「また、春休みに来るから」と次の休みにも会う〝約束〟をしてくれたので、ほっとして笑みを返した。

 待ち合わせ場所は、出会った公園。

 いつ来るのかは分からないけど、ちょこちょこと顔を出してみよう。また、ボールを追っかけて走り回る姿が見れるかもしれない。

 次の休みが待ち遠しかった。






 春休みになってから、ほぼ毎日――やっと出来た友達と遊ばない日以外は――〝約束〟の公園に行っていた。

 三月の終わりにユキくんと再会し、その時、彼はボールじゃなくて手提げ袋を持っていた。

 中身はビニール袋に入った茶色の粒々と水筒、お皿だった。


「ソレ、どうするの?」

「秘密。ちょっと良い所見つけたんだ、一緒に行こうぜ」

「……良い所?」

「人はいなくて……ちょっと怖そうなところだけど」

「え?」


 それを聞いて思い浮かんだのはお化けだったから、私はぎょっとして目を見開いた。


「とりあえず、行ったら分かるよ」


 ん、と差し出された手を私はおずおずと握った。

 怖いけど、ユキくんもいるし……。

 ユキくんに引っ張られるように公園を出て、案内されたのは山の中――石の階段を上った先にある、古い神社だった。

 本当に全然人がいないから怖くなってきて、ぎゅっと手を握り締めた。

 すると、ユキくんも握り返してくれた。それにほっと息つく間もなく、ユキくんは私を引っ張ったまま神社に近づいて行く。


「ユキくん……?」

「大丈夫だって。一昨日も来たんだから」


 振り返って笑顔を向けてくれたけど、ユキくんは止まってはくれなかった。とうとう、中に続く階段を上がって、扉を開けてしまう。

 ぎぃっ、と軋んだ音にユキくんの腕にしがみついて、目を瞑った。


「うぉっ……大丈夫だって」

「で、でも……」


 少しだけ目を開いて、目の前にあるユキくんの顔を見上げると、



―――にゃあ、



と。小さな猫の声が聞こえ、大きく目を開く。

 にやり、と笑ったユキくんが向かったのは、壁際――日の光が降り注ぐ場所。

 そこには段ボール箱があって、タオルが敷き詰められた中に一匹の子猫がいた。



 それが黒と白の――鼻の下に〝ちょび髭〟があるぶち猫、〝ちょび〟との出会いだった。



 山道の入り口にある鳥居の下、そこに捨てられているのを見つけて神社(ここ)に連れて来たらしい。

 持ってきていたのは叔父さん家のキャットフードで、お皿にソレを入れて水筒のお湯でふやかし、食べさせていた。半年前に叔父さんも猫を飼い始めていて、子猫の餌のやり方を聞いたらしい。

 どんな名前を付けるかでちょっと喧嘩になったけど、結局、それぞれに提案した名前を混ぜて似たようなものになった。

 ………何処が二つの案を踏まえての名前なのか、分からなかったけど。

 ユキくんは家に帰らないといけないから、私に子猫の世話を頼んできた。

 頼りにされたことと子猫――〝ちょび〟も可愛いかったので、私は二つ返事で頷いた。

 ユキくんが持ってきてくれたご飯がなくなった後のことなんて、全然、考えてなかった。

 結局、ちょびのことを隠し続けることは出来ず、ユキくんが帰った数日後にはお母さんたちに見つかってしまい、怒られた。

 その時は、怒られたことよりもユキくんとの〝約束〟が守れないことが怖かったけど、ちゃんと世話をすることを条件に飼うことを許してくれて、ちょびは私の家族になった。

 

「早くユキくん来ないかな?」


 新しい寝床でちょびは丸くなりながら、にゃあ、とソレを望んでいるように鳴いた。



 ―――けど、約束の夏、ユキくんが公園に来ることはなかった。



「来ないね……ユキくん」


 私は公園のベンチに座り、膝の上で丸くなっているちょびの背を撫でた。


「せっかく、見つけたのに(・・・・・・)………次の休みには、来てくれるかな?」


 友達は出来たけど、やっぱり、最初に出来た友達は特別だった。それに、大きくなったちょびも見せてあげたかった。

 でも、次の冬休みも、一年が経ってやってきた春休みも――暇を見ては公園に行ったけど、ユキくんは来なくて、いつしかその公園に行くことを止めていた。

 ただ、ちょびの散歩に付き合うと〝あの神社〟を訪れる確率が多く、彼を忘れることはなかったけど。

 それでも、月日が流れて行くうちに、その顔はおぼろげにしか分からなくなっていった。






 そして、六年が経って、再び、約束の夏が訪れようとしていた。


「――やっぱり、ココにいたの?」

 

 だいぶ日差しが強くなってきたからか、ちょびは神社の軒先――その陰になっているところに寝転んでいた。頭を上げて私に視線を向けるも、すぐに頭を倒してしまう。


「本当に好きだね……」


 その隣に腰を下ろし、ふふっ、と笑う。

 初めて来た時は怖かったけど、それも幾度も来ているうちに怖くなくなっていた。

 そっとその頭を撫でながら、どうしてココがいいのだろうと考える。


「ちょびは、覚えてる? ユキくんのこと……」


 にゃぁ、と軽く鳴いて、じっと見つめてくる目は肯定か否定か――。

 ……えっ……まさか……!

 目を丸くすると、くぅー、と伸びをして、ちょびは尻尾を一度だけ動かした。

 そのまま、寝てしまったちょびに私は目を瞬き――覚えているわけないか、と苦笑した。


「私は、もう顔を覚えてないよ………………来てくれないのが、悪いんだから」


 そう口にしながらも、ココを訪れる度に姿を見せるのでは、と期待し、いつも鳥居を見ていることは自覚している。


「ユキくんの馬鹿………」


 ぽつり、と呟いて、私は鳥居から空へと視線を向けた。

 今日も、誰もこの神社を訪れそうにない――。




         +++




「はっ、はぁ……ココ、か?」


 ばぁちゃんの家を飛び出して数時間後、俺は一軒の家に辿り着いた。

 カントリー風の普通の一軒家で小さな庭もあり、車庫には車が止まっている。



―――〝KUZE〟



と。書かれた表札の下、そこにあるインターフォンを両ひざに手をつきながら見上げた。

 璃々香から、家のだいたいの方向と学校のことは聞いていたので、道行く人に聞き続けて、やっと辿り着くことが出来た。

 ごくり、と生唾を呑み込んで大きく息を吐く。荒くなった呼吸を整え、インターフォンに手を伸ばした。

 心なしか、手が震えているのは走って来たことの疲れか、それとも――



―――ピンポーンッ、



と。音が鳴り、少ししてから『はい。どなたですか?』と女性の声が聞こえて来た。


「朝からすみませんっ。俺は、香崎雪時と言います。こちらに――っ」


 ドキドキ、と心臓が煩い。せり上がって来た〝何か〟に言葉が詰まった。ごくっ、と生唾を呑み込んで、


「こちらに、久瀬璃々香ちゃんは御在宅でしょうか? その、遊ぶ約束をしていて――ちょびともっ」

『……もしかして、貴方がユキくん?』

「――えっ?」


 聞こえて来た〝あだ名〟に、俺は目を見開いた。

 『ちょっと待っててね』と言う声を最後に、音が消えた。

 そして、玄関のドアが開いて現れたのは、母さんと同じくらいの女の人——璃々香の母親だろう。


「香崎雪時くん? 昔……幼稚園の頃、璃々香と遊んでくれた」

「——は、はい!」


 頷くと璃々香のお母さんは目を見開いて、ふっと口元に笑みを浮かべた。 


「あなたの事は、璃々香からよく聞いているわ。……まさか、会いに来てくれるなんて」

「あのっ……璃々香、ちゃんと遊ぶ約束をしていてっ――それでっ」


 俺は璃々香のお母さんの――その少し潤んだ瞳に気付き、声を詰まらせた。


「ええ。それも聞いているわ――でも……」


 少し唇を震わせ、悲しげな表情をしながらも笑みは絶やさず、ソレを俺に告げた。


「せっかく、来てくれたのにごめんなさいね。璃々香は……七月の半ばから、入院しているの」

「――っ!」


 その言葉に、俺は息を呑んで目を見開いた。


「事故に遭ってからずっと…………まだ、意識も戻っていなくて――」

「…………………………………………そ、んな」


 俺は呆然と璃々香のお母さんを見つめた。

 璃々香が入院しているのなら、俺が神社で会っていたのは、一体、誰なんだ?




          +++




 ……ここ、は……?

 ふと気が付けば、私は神社の前に立っていた。

 どうしてココにいるのか、すぐには分からなかったけど、ちょびの姿が見えなくて探しに来たことを思い出した。

 そうだ! ちょび……また、ココに来ているの?

 キョロキョロと辺りを見渡しても姿が見えなかったので、そっとため息をついた。

 ちょびだけでなく、〝彼〟の姿もないから――。

 ぼんやりと神社を見つめていると、



―――チリン、



と。鈴の音が聞こえ、足元に何かが当たった。

 はっとして足元を見れば、すりすり、と頭をこすりつけているちょびの姿があった。

 それを見て、ほっとしながらも小首を傾げる。

 ………私、どうして浴衣を……?

 学校行事の夏祭りで着た物だった。

 探しに行く時、わざわざ、着たのだろうか。



「―――〝ちょび〟!」



 ふと、ちょびの名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。

 ………誰か、来たの?

 この神社には近所のおじいちゃんたちが草刈りに来るか、神主さんが来た時ぐらいにしか人が来ないのに。

 鳥居の下にいたのは、一人の男の子だった。

 私と同じ年ぐらいでの子で、キャップを被って半そでにハーフパンツ姿。腰にはポーチみたいなのを下げていた。日に焼けていて、キャップの裾から見える髪は癖毛なのか、跳ねていた。

 ………男の子……でも、学校の子じゃ――?

 ちょびを呼ぶ見知らぬ男の子――そう思った瞬間、自然とその〝名前〟が出て来た。


「………ユキ、くん」


 もう顔も覚えていないけど、六年前、〝約束〟をしたのに会えなかった友達。

 男の子は、大きく目を見開いた。

 まるで、肯定しているように見えて、ぶるり、と身体が震える。

 ホントに……ユキくん?

 でも、顔を覚えていないから、確信は持てない。

 まっ、間違ってたらどうしよう……っ。

 何かを言おうとしても「ぁ……」と声が漏れるだけだった。


「っ………えっと」


 はっと男の子は我に返って、目を泳がせる。

 やっぱり……違う、の……?

 恥ずかしくなって視線を落とし、ちょびを見ると呑気にあくびをしていた。


「――リリ、カ?」


 けど、それも名前を呼ばれたことで吹き飛んだ。

 私の名前っ……じゃあっ!

 慌てて男の子に視線を戻すと、その子は真っ直ぐに私を見つめて、 


「その……俺、香崎雪時だけど…………君は久瀬、璃々香ちゃん?」


 それが、私と彼――ユキくんの六年ぶりの再会だった。


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