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第3話 鈴とリボン。


 女の子は、空色の生地に淡い黄色の花が咲いた浴衣を着ていた。

 さらり、と揺れた黒髪はピンク色のリボンで纏められ、白い肌に切れ長の瞳は大きく見開かれている。

 不意に出会った美少女に見惚れていた俺は、あっ、とその桜色の唇から声が聞こえて我に返った。


「っ………えっと」


 叫んだことに恥ずかしくなり、目を泳がせる。

 何で、人がココに? それに俺のあだ名を……。

 確か、滅多に人は来なかった場所だ。ここに来る途中も誰とも会わなかった。

 にゃあ、とぶち猫の――ちょびの声に、視線を下に向ける。

 ちょびは、すりすり、とその子の足に身体をこすりつけていた。

 昔、ここで見つけたぶち猫の〝ちょび〟。

 その世話をしていたのは、俺と――



―――『私の名前は、』



 同い年の女の子だった。引っ越してきたばかりで友達がいないと言ってた。

 何度も遊んだその子の名前は、何だったか。


「――リリ、カ?」


 少し困惑した様子でちょびに視線を落としていた彼女は、はっとしてこちらに振り返った。

 大きく見開かれた瞳で、じっと俺を見て来る。


「その……俺、香崎雪時だけど…………君は久瀬(くぜ)璃々香(りりか)ちゃん?」


 美少女に見つめられて気恥ずかしくなり、つっかえながらも尋ねると、


「ホントに、ユキくん……?」

「! ああ……」


 答えてはくれなかったが、それが答えな気がした。

 ぱちぱち、と璃々香は目を瞬き、


「ユキ、くん………」


ぼそり、と呟いて顔を俯かせた。


「璃々香?」


 数歩、歩み寄るが、俺は足を止めた。

 上目遣いで、じろり、と睨まれたからだ。

 美少女に睨まれると迫力が増して、罪悪感も強くなった気がする。


「ユキくん………ユキくんの嘘つき! 遅いよ!」

「――え?」

「―――っ」


 璃々香は唇を噛みしめ、ぎゅっと浴衣を握りしめた。

 思わず、一歩、後ずさった。

 ちりん、と鈴が鳴る。


「あ――」


 その音に、彼女と交わしていた約束を思い出した。

 さっと顔色を変えると、ぱちぱち、と璃々香は目を瞬く。


「それは――その……」

「何?」

「――ご、ごめん!」


 ぱん、と音を立てて、顔の前で手を合わせる。


「色々あって――ホントにごめん!」


 慌ててベルトポーチから鈴を取り、頭を下げながら璃々香に差し出した。


「………」


 ただ、璃々香から返事はない。

 やっぱ、無理か……。

 約束していたのは六年前だ。あれから、ずっと待っていたわけが――。

 でも、怒ってたってことは……どっちだ?

 チリン、と鈴に何かが触れて、手から離れる。

 はっとして顔を上げると、すぐ目の前に璃々香が立っていた。両手で包み込むように持った鈴に視線を落とし、


「あの日――ずっと、待ってたの」

「! ………う、うん」

「ユキくん、来なくて………お正月も春休みもちょびと公園で待ってたのに……おばぁちゃん家も、探したんだよ?」

「ご、ごめん……」


 璃々香とは、お互いに知るのは名字だけで、家の場所までは知らなかった。探すのも楽しい、と家を探し当てる勝負をしていたからだ。


「………約束」

「え?」

「約束破ったら、一度だけ言うことを聞くって言ってた」


 唇を尖らせながら言う璃々香に、記憶の彼方にある幼い頃の仕草と重なった。


「う、うん。分かってるよ。何でも言ってくれ!」


 まだ約束を覚えていてくれたに対しての驚きと、少しの嬉しさがこみ上げて来て、口元が緩むのは止められなかった。






 俺たちは本殿に入るための階段に並んで腰を下ろし、その間にちょびが丸くなっていた。

 ちょっと怖いな……。

 ちらり、と背後の本殿――両開きの扉の向こうにある暗闇に視線を向け、すぐに前に戻した。


「………ユキくん」

「あ、うん? 何?」


 璃々香は外したちょびのリボンに鈴をつけようと、悪戦苦闘していた。


「入らない……」

「あー……紐が付いてるからな」


 鈴をもらい、紐の結び目を解こうと爪を引っかけるが固く結ばれていた。


「……ダメだな。このまま、リボンに結んでも邪魔になるし……」

「切るしかないかな?」

「……たぶん。また、持ってくるよ」


 うん、と璃々香は頷いて、ちょびの首にリボンを巻いた。

 鈴をベルトポーチに結び直し、くぅ、と伸びをするちょびの頬に手を当てる。


「元気そうだな……ずっと、ココに?」

「……ううん。すぐにお母さんたちにバレて……飼ってもいいって言ってくれたの」


 璃々香はちらっと俺を見るも、すぐにちょびに目を向けた。


「そっか。………じゃあ、ココにはちょくちょく来てたのか?」

「……時々。ちょびが来たがって」

「そうなんだ……」

「………………待ってたのかも」


 ぽつり、と呟いた璃々香のその言葉に、はっとして俺は璃々香を見た。


「…………来なかった理由、聞いても良い?」

「えっ……あーと」


 少しためらいがちに璃々香は尋ねて来て、俺は目を逸らす。


「もしかして――忘れてた?」

「っ……まぁ、それもあるかな」


 そう、と璃々香は顔を俯かせる。

 その表情と声から待っていたのだと強く感じ、罪悪感が増した。


「―――小学校に入ってさ」


 気が付けば、ぽつり、と言葉を漏らしていた。


「?」

「サッカーチーム……えっと、少年団に入ったんだ」

「! ユキくん、サッカー好きだったもんね」

「よく、覚えてるな……」


 目を丸くして璃々香を見ると、ふふっ、と笑って、


「だって、ユキくんと初めて会った時もボールで遊んでたから」


 あー、確かに。

 小さい頃はいつもボールを持ち歩いて、ドリブルばっかりしていた。

 田んぼの真っ直ぐな道を走り続け、幾度か田んぼに入って行ったこともある。


「そこでメッチャ気が合う奴がいてさ……ソイツとずっとサッカーをしていたんだ。あとは、父さんが仕事で短期間の出張が多くなって、それなら観光がてらにってウチにばあっちゃんたちが来るようになったから、こっちには……」

「そう、だったんだ……今日はボール、持ってきてないの?」


 璃々香の問いに、ぴくり、と肩が震えた。

 今日は――今回は、サッカーボールは持ってこなかった。

 いつも、持ち歩いていたソレは、家の自室だ。


「……今回は一人で、新幹線で来たから、かさばると思って持ってきてないよ」

「一人で新幹線に乗ってきたの?」

「うん、そう。――あ、コレ見てくれ、コレ!」


 スマホを取り出し、璃々香に見せる。


「えっ――スマホ?」

「一人旅――って言っても、二時間ぐらいだけど、必要になるだろうって買ってくれたんだ」

「えぇ! すごーい、いいなぁ」


 璃々香は手に取ると、マジマジと裏返したりしている。


「璃々香は……あーと、まだ持ってないか?」

「うん。あんまり、使う事もないし」

「だよなぁ。俺も、一人でココに来ることがなかったら、買ってもらえなかったと思う」


 返されたスマホをベルトポーチに仕舞っていると、


「どうして、今回は一人なの?」

「父さんは単身赴任中で、母さんも用事があって家を空けることが多いから、こっちに預けられたんだ」


 さすがに弟の入院は言えない。


「じゃあ、泊まるのは長いの?」

「お盆ぐらいに父さんが迎えに来るから………二週間ぐらいかな」

「そうなんだ……」


 璃々香はちょびを見たまま、


「また、遊ばない?」

「――ん?」

「また、ココで」


 ちらっと上目遣いの目と目が合い、どきり、とした。


「えっと……いいよ。どうせ、暇だし」

「本当?!」


 ぱっと璃々香は顔を輝かせた。


「ああ。けど、そっちは良いのか?」


 あの頃は引っ越して来たばかりで、友達はいないと言っていたが、今はいるはずだ。


「うん。いつも一緒だから、偶には。それに、旅行に行っている子もいるし」

「あー、そっか。璃々香のトコは行かないのか? まぁ、俺もココに来ることがなかったら、行かなかったけど」


 父さんのところに行く話も出ていたが、弟のこともあって、急きょ取り止めになった。


「うん。お父さん、忙しくて……」

「……お互い、大変だな」

「そうだね」


 ふふっ、と璃々香は笑い、


「遊ぶと言っても……小学校の頃の話とか、聞きたいな」

「? 別に面白いことはないけどな。サッカーばっかりしてたし」

「えぇと、少年団のことでもいいよ。その、気の合った子の話とか」

「アイツか……」


 その性格もサッカーの相棒としても、気が合った友達――親友。

 アイツ……どうしてるかな?

 けど、中学校に入る前、親の仕事の関係で転校してしまった。そこでもサッカーは続けると、またいつか一緒にしようと約束して。

 けど、俺は――。


「………それより、先に璃々香の――ちょびの話を聞きたいな」


 俺はちょびに手を伸ばし、腹を撫でる。反対に璃々香は手を引っ込めて、俺を見るとぱちぱちと目を瞬いた。


「ちょびの?」

「飼うことになった時のこととか。久々に見たら大きくなってるし……結構、びっくりした。まぁ、六年も経てば、当たり前だけどさ」

「そう?」


 璃々香は小首を傾げ、「あ!」と何かに気付く。


「そうだね。ユキくんには忘れていた分、じっくりと聞かないといけないから」

「――げっ」


 墓穴を掘ってしまった。顔をしかめて、


「いや、それは……」

「ダーメ! ちゃんと、いっぱい聞くからね?」

「だから、サッカーしかしてないって……」


 本当に親友のアイツとサッカーばかりしていた。

 むぅ、と唸っていると、その隣で璃々香は笑っていた。






 それから、ちょびについての話で、会話に花は咲いた。

 ちょびを飼うことになった日のこと、友達の間でもちょびは人気があること、リードを付けずとも散歩が出来るようになった時のことなどを聞いているうちに、あっと言う間に時間が過ぎて、スマホのアラームが鳴った。


「――っと。もうお昼だな。そろそろ、帰ろうぜ」


 予め設定しておいたのだ。

 画面を見ると、時刻は十一時。昼には帰ることを伝えてあるので、そろそろ帰った方がいいだろう。

 結構、喋ってたな……。

 璃々香とは六年ぶり。それもぼんやりとした記憶しかなかったが、結構、話は盛り上がっていた。


「……うん。そうだね」


 璃々香も頷き、ちょびを抱えて立ち上がった。


「今度はいつにする?」

「いつでもいいよ。明日でも」

「じゃあ、明日の午前中にしよう。昼からは暑いし」


 一緒に山道を降り、入り口の鳥居の下に来たところで璃々香が足を止めた。


「じゃあ、私はこっちだから—―」


 璃々香が指すのは、鳥居を出て左方向。


「ユキくんはそっちだよね?」


 そして、俺は右方向がばぁちゃん家に近い。


「うん。けど、送るよ」

「いいよ、遠いから。それに、お互いの家は自分で見つける約束でしょ?」

「……それ、まだ有効なのか?」

「うん!」


 良い笑顔で頷かれた。そこまで言われると、何も言えない。

 ………まぁ、昼間だし大丈夫か。


「じゃあ、真っ直ぐ帰ってね? 振り返っちゃダメだよ?」

「な、なかなか、厳しいな」

「んー?」

「イエ、ナンデモナイデス」


 にこー、と笑われ、その迫力に異論は挟めなかった。


「また、明日」


 ひらひら、と手を振るう璃々香に俺は頷いて、帰路についた。

 少しだけ歩いたところで、ちらり、と振り返ると、


「ユキくん!」


未だ、鳥居の前に璃々香とちょびが立っていた。

 どうやら、振り返らないか見張っていたようだ。

 ……厳しいなぁ。

 はぁ、とため息をつき、


「分かってる。――じゃあ、また明日な!」


 俺は後ろを向きたくなるのを振り払うように、ばぁちゃん家に向かって走り出した。


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