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第2話 猫と再会。


 翌日。

 じっとりとした蒸し暑さで目が覚めた。冷房はタイマーで消え、その後、夜中に目が覚めた時につけた扇風機も同じく消えていた。

 あっちぃ……。

 スマホを見ると七時前。いつもより、やや遅い起床だ。

 早起きには慣れていて、それは夏休みであっても変わらなかったが、疲れていたのだろう。

 ささっと着替えて、洗面所に寄ってから居間に向かう。


「あら。おはよう、雪時」

「……早いな」


 既に起きていたばぁちゃんたちが、少し驚いて俺を見た。

 ばぁちゃんは洗い物、じぃちゃんはテレビを見ている。


「おはよー。クセで目が覚めて」

「そう言ってたね。……今から目玉焼きを作るけど、固さはどれぐらい?」

「……半熟で」


 あくびをしながら、じぃちゃんを右側にして座った。

 テーブルの上には俺の分らしき煮物や浅漬けがある。じゅわー、とフライパンで目玉焼きを焼く音を耳にしながら、いただきます、と手を合わせた。


「ソレで食べていて」


 茶碗いっぱいのご飯となすの味噌汁が置かれた。


「よく眠れた?」

「んー………結構、ぐっすり」

「疲れたのね。今日はどうするの?」


 台所の方に戻りながら、ばぁちゃんは尋ねて来た。


「ちょっと散歩してくる。見たことがあるところ、見つかるかもしれないし」


 暑さは我慢できるが、熱中症の問題もあるので午前中の涼しい間に見て周りたかったことと、早く身体を動かしたいのが理由だ。

 ずっと、サッカーばっかりしていたからなぁ……。

 家にいるよりも外で身体を動かす方が好きだ。


「……大丈夫なのか?」


 じぃちゃんの問いには、小首を傾げた。

 迷う、ってことかな……。

 他に思い浮かばなかったので、うん、と頷いて、


「迷ったらスマホで調べられるから。昼までには戻って来るよ」

「………そうか」


 じぃちゃんはテレビに視線を戻し、ばぁちゃんは俺の前に目玉焼きとウィンナー、サラダが盛られた皿を置いた。


「――そう言えば、部屋の机の中に忘れていった〝鈴〟を入れておいたけど、見つけた?」

「……えっ?」


 箸でつまんだサラダのトマトが、ぽとり、と目玉焼きの上に落ちた。


「鈴だよ、鈴。部屋を片付けていたら、ひょっこり出て来てね。確か、昔、鈴がどうこう言っていた気がしたから、一応、そのまま入れておいたんだよ」


 レタスで目玉焼きに付いたトマトの汁を拭きながら、


「あーと……鈴は見たけど、俺のだっけ?」


 確かに、見たことがあるような気がしたけど。

 最後にココに来た日の記憶は、ぼんやりとしか残ってないのだ。


「結構、家探ししていたのに忘れていって……」


 ばぁちゃんの呆れた声に、俺は小首を傾げた。

 ……家探し? アレを?

 そう言われても、自分のことながらどうして探していたのか思い出せなかった。




         +++




「いってきまーす」


 キャップを被り、ベルトポーチにスマホと小銭を入れて、俺は散歩に出かけた。


「車には気を付けるんだよ!」

「はーい」


 歩くとチリンチリン、とベルトポーチに付けた鈴が鳴る。

 何となく、持ってきてしまった。

 俺の、なぁ……?

 軽くて安っぽいので、たぶん、オモチャにでも付いていたものだ。

 何かに付けようとして探していたとしても、忘れていった物なら、それほど重要なものではないだろう。

 ……まぁ、いいや。

 鈴から周囲へ意識を向けた。

 時刻は八時半前でも、じりじり、と照り付ける日光は眩しくて暑い。

 どこかでジュースでも買うか……熱中症が一番怖いし。

 とりあえず、ばぁちゃん家の近くを周ろうと足を進める。

 家が密集した場所を抜けると風に吹かれた稲穂が揺れ、ささやかな音をたてていた。

 ……だいぶ、垂れて来てるなー。

 稲の独特の匂いは、ちょっと懐かしい。

 もうちょっと行けば公園があった気がする。あと、どこかで駄菓子を買った覚えも。

 ふと、その時、隣に誰かがいた気がした。

 父さんや母さんじゃない――まだ、近い背丈の子。



―――『じゃあ、半分こしようぜ』



 貰ったお金が足りなくて、平べったいミルクパンを二つに分けて食べた相手。

 記憶の底を漁りながら、ぼんやり、と空を見上げていると、



―――チリィーン



と。涼やかな鈴の音が聞こえた。


「ん?」


 思わず、ベルトポーチの鈴を見て振るっても、軽くて安っぽい音だ。

 気のせいじゃ……ない、よな?



―――にゃあ、



 何処からか猫の鳴き声が聞こえ、はっと顔を上げた。

 ね、猫っ! ど、どこだ?!

 キョロキョロと辺りを見渡すと、少しいったところの十字路の左の角に、一匹のぶち猫を見つけた。

 黒と白のぶちで、ちょこん、と座って俺を見ている――気がした。

 おぉー…………ぶちかぁ。

 ぴたり、と足を止めてぶち猫を見つめた。知らずと口元が緩む。

 触りてー……ん?

 ふと、その首元にピンク色のリボンをしているのが見え、たぶん、飼い猫だ。全く警戒する素振りもなく、ゆらゆら、と尻尾を揺らしている。

 飼い猫にしても……慣れてるな?

 触れるか、とじりじりと足を動かして近づいていると、ふと、その鼻の下だけが黒くなっていることに気づいた。

 ちょうど、目元から上が黒い毛色、下が白の毛色をしているので、まるで〝ちょび髭〟のようだ。

 ……ちょび髭の……猫?

 その単語が、妙に引っかかった。

 何処かで見たか、と記憶を探るも、思い出せそうで思い出せないもどかしさに、少しだけ眉を寄せた。

 ぶち猫はあくびをするようにもう一声鳴いて、身を翻す。


「あ!」


 ととっ、と軽快に歩くぶち猫に手が伸びる。

 触れそうだったのに……。

 あーあ、と残念に思いながら、その背を見送っていると、ぴたり、と猫は足を止めた。

 そして、尻尾を揺らしながらこちらに(・・・・)振り返ってくる(・・・・・・・)

 ……ん? 何だ?

 ゆらゆら、とまるで誘っているように揺れる尻尾。

 その尻尾を目で追い、一歩、二歩と足を踏み出す。

 それを見たぶち猫は、また歩き出した。

 俺が足を止めると猫も止まり、歩くと歩き出すので、本当に呼んでいるようだ。

 何だ、コレ……。

 唖然とその背を見ていたが、ははっ、と小さく笑い、思い切ってぶち猫の後を追った。

 その奇妙な行動は少し怖かったが、誘われる先に何があるのか気になった――好奇心に負けたのだ。






「はっ……はぁ」


 ………ど、何処まで行くんだよ?

 ぶち猫は一定の距離を保ったまま、ずんずんと進んでいく。軽い駆け足でも走り込んでいるので、それほど苦にはならないが、思っていたよりも遠かった。

 いくつか住宅街や田んぼを過ぎて、山の方へ。

 ……けど、見覚えがあるような気が。

 うろ覚えの記憶が刺激され、チラチラ、と脳裏に何かがチラつく。

 だが、思い出せそうで思い出せない。

 ぶち猫……ちょび髭……猫、猫――鈴?

 連想ゲームのように単語を呟いていて、ふと、ベルトポーチに付いた鈴に触れる。

 猫と言えば、鈴だ。

 昔、どうして俺は鈴を探していたのだろう。



―――『じゃあ、俺が鈴を持ってくるよ!』



 唐突に思い出した言葉は、俺が言ったのモノ。

 果たして、誰に言った言葉だったか――



―――にゃあー、



 猫の鳴き声にはっと我に返って顔を上げると、ぶち猫は脇に逸れた――少し前から広がる森に入って行った。

 ……げっ?!

 慌ててソコに行けば、鳥居があった。森の中にあるなだらかな道には木漏れ日が降り注ぎ、少し離れた場所でぶち猫が待っていた。


「ここ、は……」


 記憶の彼方にある風景が、脳裏に浮かび上がった。

 幾度も通った山道。とても寒い時もあれば、ほこほこと心地よい時もある。

 ……何回か、来たことがある?

 ちょっと遠出をしたくて、ボールを蹴りながら走り回っていた時に見つけた秘密の場所。

 そうだ。この先には、確か――。

 引き寄せられるように鳥居をくぐると、ぶち猫は踵を返して一足先に駆けていく。

 俺は大きく息を吸い、チリンチリン、と軽い鈴の音を鳴り響かせながらその後を追った。






 やがて、道は二つに分かれた。

 そのまま山頂に向かう道と、石の階段だ。

 ととっ、と猫は跳ぶように階段を上っていくが、疲れていないのだろうか。

 モヤモヤとした記憶の風景がはっきりとしてきて、ごくり、と生唾を呑んだ。


「やっぱり………」


 石の階段に足を踏み入れ、気合いを入れて駆け上がる。

 何段、あったのかは分からない。階段の先に鳥居が見え、さらに速度を上げた。滲む汗を手の甲で拭い、荒くなった呼吸を繰り返しながら鳥居に近づく。

 その下にはぶち猫が座っていて、あと数段で俺が登り切るところで身を翻した。

 俺は上り切ると両ひざに手をつき、呼吸を整える。

 そう言えば、昔も……。

 のろのろ、と顔を上げて、


「―――ぁ……」


 ぶち猫が走っていく先に古びた社と――背を向けている一人の女の子を見つけた。

 同い年ぐらいの浴衣を着た子で、鳴きながら近づいて来るぶち猫を振り返りざまに見下ろした。



―――『遅いよ、ユキくん!』



 過去の一幕が目の前の光景と一致して、その〝名〟を思い出した。

 山道の入り口で見つけ、ある女の子と一緒に名付けた黒と白のぶち猫の、その名前は――


「――〝ちょび〟!」


思わず、叫んでいた。

 そうだっ、あの髭みたいな模様はっ!

 ここで拾った子猫だ。一緒に名付けた子に世話を頼んで、鈴を持ってくることを約束した。

 俺の叫び声に驚いてか、俯いていた女の子が勢いよく顔を上げた。


「―――ユキ、くん?」


 そして、その女の子が呟いたのは、俺の恥ずかしい――幼い頃のあだ名だった。


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