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第1話 夏と田舎。



―――チリィーン、



と。鈴の音が鳴る。

 その音色で思い出すのは、中一の夏。

 六年ぶりに訪れた父方の祖父母の家で起こった、不思議な出来事だ。




         +++




「ここでいいよ、母さん」


 夏休み中である今は駅の構内は混んでいて、俺は改札口から少し離れたところで足を止めた。


「え? ホーム()まで行くわよ」


 隣を歩いていた母さんは、少し驚いたように目を丸くしてこちらを見下ろして来た。


「いいって。ホームも分かってるし、乗るぐらいできる」


 スーツケースを身体に寄せ、背中にある斜め掛けのカバンを回して前に持ってくると財布を探した。


「でもねぇ……」

「そんなことより、早くマサの所に行ってやりなよ」


 頬に手を当てて、困ったわ、と言いたげな母さんを急かしながら切符を確かめる。

 時刻は九時前。

 弟の雅時(まさとき)は、一人、病室で母親を待っているはずだ。

 一応、俺を駅に送って来ることは伝えてあるので大丈夫だと思うが、寂しがっているに違いない。


「大丈夫だって。ほらほら」

「………………………………もぅ。分かったわ」


 煮え切らない母さんを急かしていると、仕方ないわねぇ、とため息をついて頷いた。


「それじゃあ、ココで帰るわね。新幹線を降りた後は……分かってる?」

「ちゃんとスマホで調べてあるし、分からなかったらばぁちゃんに連絡して聞くよ」


 この日のために買ってもらったスマホをカバンの上から叩く。

 まさか、中学に入って早々に買ってもらえるとは思わなかった。

 自然と緩んだ口元に、「この子は……」と母さんは苦笑する。


「おばあちゃんと叔父さんのところのお土産、持ったわね?」

「持った持った」

「ちゃんと、おばあちゃんたちの言う事を聞くのよ?」

「分かってるよ」

「宿題は――」

「ほとんどやったって言っただろ?――ってか、駅の構内(こんなところで)聞くなよ」


 駅に向かっている途中でも言われた言葉に、眉が寄る。

 夏休みの宿題はほとんどが終わっており、あとは一言日記とポスター、作文だけだ。


「ごめんごめん。――帰りは父さんが迎えに行くから」


 これまた何度も聞いていることに、うん、と俺は大きく頷いた。

 それを見て、母さんは困ったように笑い、


「気分転換にはなるから――ゆっくりしてきなさい」


 何で、今、それを言うかな……。

 気遣う言葉に、俺は目を逸らした。

 どう答えていいのか迷っていると、ぽん、と一度、軽く頭に手を置かれた。

 その子ども扱いに母さんを睨む。


「いってらっしゃい。気を付けてね」

「――うん。マサにも頑張れって言っておいて」


 分かったわ、と母さんは微笑んだ。




         +++




 中一の夏。

 俺――香崎雪時(こうさきゆきとき)は、家の事情で八月の初めからお盆までの二週間ほど、父方の祖父母の家に預けられることになった。

 その事情と言うのが四つ年下の弟の入院で、まず検査をしてその結果次第で手術になるらしい。手術になっても難しいものではないと聞いていたので、あまり心配はしていなかった。

 ただ、その間は母さんも弟に付きっ切りで、単身赴任中の父さんはお盆過ぎにならないと帰れないため、夏休み中の俺だけが家にいることになってしまった。

 それを心配した母さんから、父さんの方のばぁちゃん家に預けることを聞いた時は、中一にもなって留守番ぐらいは出来るとごねたが、母さんの負担を考えると家にいない方がいいと思い、今では納得していた。

 父さんの方の祖父母の家より、隣町に住む母さんの方の祖父の家の方が近かったけど、急なことで——何より、じぃちゃんがぎっくり腰で無理だった。

 父さんの方の祖父母の家は新幹線で一時間、電車に乗り換えて一時間ほどの、山間の町――簡潔に言えば田舎にあり、そこを訪れるのは六年ぶりだ。




         +++




『次は終点――』


 繰り返される放送に、うとうと、と船を漕いでいた俺は目を覚ました。

 中途半端に寝ていたからか首の辺りが痛くて、目がパシパシとした。

 窓の外には緑が一面に広がって、その先に川があった。向こう岸の街並みは、奥にある山まで続いている。

 町の三方向は、山々に囲まれているのだ。

 ……花粉症の人は大変そうだなぁ。

 駅に着いて冷房の効いた電車を降りると、もわっ、とした生暖かい空気が頬を撫でたので、思わず眉根が寄った。

 降りてすぐ——目の前に改札口があり、人の流れに沿ってガラガラとスーツケースを引きながら歩く。そのまま、小さな駅舎内も通り過ぎて外へ。

 ドアを潜れば、日差しが燦々と降り注いでくるので、さらに暑さが増した気がした。

 あっちー……。

 ぞろぞろ、と四方に分かれていく人の波から外れ、俺は駅の壁を背にして立ち止まった。

 駅前はロータリーになっていて、中央は駐車スペースで降りた人たちが次々と車に乗っていく。出迎えの車ばかりのようだ。右側にタクシー乗り場があり、反対の左側には大きな石の鳥居があった。

 うぁっ、デカ……ッ!

 ゆうに三階建ての建物ぐらいの高さはある代物だ。

 ぼけー、とソレを見つめてが、叔父さんが迎えに来ることを思い出して、ポケットからスマホを取り出した。

 えーと、どこだったかな……。

 夏休み前に買ったばかりなので、未だ、登録者数は少ない。羅列された名前を下にスクロールしていると、


「おーい! 雪時!」

「?」


 名前を呼ばれ、俺は顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡した。

 少し離れた場所に停められた車——その脇に立つ男の人が、大きく手を振っているのが見える。

 父さんよりも年下ぐらいのその人は良く日に焼け、がっしりとした体格にどこかの制服を着ていた。

 叔父さんだ。

 スマホをポケットにしまい、スーツケースを引いて、慌ててそちらに向かった。


「えっと――お久しぶりです」

「おう。よく来たな!」


 四年ぶりに会う叔父さんに頭を下げると、がばっ、とその腕が広がった。

 がしがし、と髪をもみくちゃにされ、俺は首をひっこめて逃れる。


「わっ――ちょ!」

「その天パはウチの血だな! 背もだいぶ伸びやがって」

「背は、真ん中ぐらい、です!」


 魔の手から逃れ、軽く髪を整えているうちに叔父さんはスーツケースを車の荷台に乗せてくれた。


「ほら、乗れよ」

「あ——はい。お願いします」

「ははっ。他人行儀だな、緊張してるのか?」


 頭を下げると叔父さんは豪快に笑った。


「えーと……まぁ」




         +++




 叔父さんは俺をばぁちゃん家の前に下ろすと、そそくさと仕事に戻っていった。

 あ。土産、渡すの忘れてた!……まぁ、夜にも来るって言ってたからいいか。

 玄関のドアに手を掛けたところで、ひょい、とガラス越しに人影が見えた。


「!」


 ガラガラガラ、とドアが横に移動し、目の前に女の人が立っていた。

 パーマのかかった髪に、日に焼けてシワが刻まれているもツヤと張りのある肌。俺より背は少し高くて、背筋はピンっと伸びていた。確か、七十代だったはずだ。


「――ああ。やっぱり、雪時かい」

「ばぁちゃん……久しぶり」


 ばあちゃん家に来るのは六年振りだけど、毎年、正月には観光がてらに家に来るので、会うのは約半年振りだった。


「元気そうだね。無事に着いて安心したよ――博孝(ひろたか)は?」

「仕事に戻ったよ。昼休み中に来てくれたみたいだから」

「そうかい。――ほら、お上がり」


 辺りを見渡していたばぁちゃんは、俺からスーツケースを取ると、笑って家に招き入れてくれた。

 居間に通されたら、座椅子に座ったじぃちゃんが背の低いテーブルの前に座って新聞を広げていた。

 甚平姿で、短く刈った髪は白髪が多く、老眼鏡をかけて視線を新聞紙に落としている。

 ちらっ、とこちらを見ると、


「………よく来たな」

「じぃちゃん――久しぶり」


 うむ、とじぃちゃんは頷いて、また新聞紙に視線を落とす。口数は少なくて、一見、不機嫌そうにも見えるけど、それが普通だった。じぃちゃんは、あまり喋らない――寡黙なのだ。

 叔父さんとは違うけど、父さんとはよく似ていた。


「雪時、お昼ご飯食べるだろう?」

「あ。うん!」


 スーツケースは部屋の隅に置かれ、ぱぱっと作った料理が目の前に置かれた。

 サラダうどんだ。


「いただきます」


 俺はサラダうどんに手を合わせ、箸を持った。

 ばぁちゃんは俺の前に座り、


「二週間もあるなら、ゆっくり出来るね」

「うん。ほとんど宿題も終わらせてきたし」

「ちゃっかりしてるねぇ。――そう言えば、博孝がゲーム機を持って来てたよ。自由に使っていいから」

「! あんまりやったことないけど……やってみるよ」

「二階の、お前の父さんが使っていた部屋を片付けておいたから。――昔、お前が泊まっていった部屋だよ」

「うん。ありがとう」


 ちゅるり、とうどんを啜って、


「……あ。ばぁちゃんたちと叔父さんにお土産持って来たんだ。さっき、叔父さんに渡すのを忘れていて」

「気を使わなくていいのに。――でも、嬉しいね。ありがとう」


 ばぁちゃんはにっこりと笑った。けれど、すぐに消えて、


「………雅時は大変だね」


 その言葉に、俺は手を止めた。


「………うん。でも、手術することになっても難しくないって言ってたし……」

「そうだね。……全く、こんな時に単身赴任なんてしている暇はないだろうに」


 ばぁちゃんの言葉に、あはは、と俺は苦笑を浮かべた。




         +++




 ご飯を食べ終えた後、俺は荷物をほどきに父さんが使っていた部屋に向かった。

 ベッドと机、本棚やテレビなどがあり、背の低いテーブルにはゲーム機とソフトが数本、置かれていた。ソフトは有名なRPGやゴーカート、パズルゲームなど様々で、従兄姉のものだろう。

 二週間の滞在とは言っても夏のため、替えの服などは少ない。全てをクロークインクローゼットにしまい、お土産や小物はテーブルに置いた。

 一応、父さんと母さんに無事に着いたことをメールして、スマホを持っている友達にラインを送る。


「あー……疲れたな」


 どさり、とベッドに仰向けに寝転がった。

 ぼぉー、と天井を見上げていると、メールの着信があった。



〝――ゆっくりしてろ〟



 相手は父さんから。内容は母さんに言われたことと同じで、最後に付け加えられた一文にスマホを手にしたまま、ぱたり、と手を下ろす。

 そんなに変だったかな……。

 はぁ、とため息が漏れる。

 開いていた窓から風が入り、カーテンが揺れた。目を閉じると、どこからかセミの鳴き声が聞こえてくる。

 昔もこの部屋(ココ)に泊まってたのか……。

 見覚えはあった。ベッドが一つしかないので、母さんと幼い弟とは別れて寝ていた気がする。身を起こし、窓の外を見るも見たことがあるようなないような風景だった。

 明日にでも、散歩をしてみよう。そうすれば、何処か見覚えのある景色が見つかるかもしれない。

 室内に視線を戻し、本棚を見ると古い本ばかり――いくつか、アルバムもあるようだ。続いて、机を見つめていたが、好奇心がくすぐられて勢いよく立ち上がった。

 横の引き出しから順に開けていく。入っていたのは、筆記用具や箱、賞状の筒、何処かの焼き物の箱など。イスの前にある大きな引き出しを開けると、チリン、と鈴の音が聞こえた。


「鈴か……」


 小物が詰まった中で、空箱に紐が付いた鈴を見つけた。


「何で、これだけ………ん?」


 一センチほどの大きさの鈴。

 父さんのかと思ったけど、少し汚れているだけで錆びもない。

 ただ、何処かで見たことがあるような気がして、眉を寄せる。

 紐を摘んで持ち上げると、結構軽かった。目の前で軽く振れば、チリンチリン、と鈴の音が響く。



―――にゃあ、



と。何処かで猫が鳴いていた。


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