2016/5
心臓を食らうものがいる。私はそれを憎んでいる。私がそれを握り潰そうとする度にそれは奥へと潜り込む。私はそれを愛している。接吻し、動けなくなるまでに噛み潰そうとすればするほどそれは皺の隙間に身を潜ませる。私は、それを喉元から吐き出し靴底で擂り潰したいのだ。
海を見よう。私は砂浜の上に立っていた。砂浜の海が太陽に焼かれている。涙が枯れたのだろう。涙で満ちた海は太陽を沈ませる。私の頬から垂れた汗が白い海に染みを作った。ふと、前を見ると太陽が地平線の向こうに飛び込んでいた。私の涙が海を作ったのだ。
一つ、二つ。私はいる。私は歩く。足先も見えない私に足跡はない。だが亡霊ではない。私はここにいる。私は呼吸をしている。そこに音はない。私の姿を見るものはいない。だが私はそこに立っている。私がどこに立っているのか、私以外にはわからず、孤独しかそれを知り得るものはいない。
一つ呼吸をすれば私は死ぬだろう。それは私であり私でない。私の脆弱な細胞である。空気という外部の存在に飲まれ私の肺より生まれ出でる繊細な私が大きな波の中に沈んでいく。呼吸は繰り返される。私は死んでいく。そこに私はいない。私という最も脆弱な生き物はとうの昔に海の底だ。




