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第8話

「いやいやいや、お、お金、ぜ、全財産とかいらないからー!」


 真由──改めマユ(・・)は慌てて目の前で腕を振り回した。


───ないよー。ナイナイナイって。


「あの、回復薬って珍しいの?薬術師っているよね?」


 上司管理者は多くはないが珍しくない職業って言ってたよね?とマユは恐る恐る聞いてみた。

 辺境育ちだから世間知らずでーす、という伏線は効いてるはずだ、おそらく。


───だいたい、勝手に治療してお金取るほど鬼畜じゃないし!


「回復薬自体は珍しくない、俺も下級薬はもってるな。もちろん薬術師が作っている物だが、ハンターや傭兵、騎士ぐらいにしか需要はないからな」


 ゲイツはそう言って傍のカバンから見たことのあるような小瓶を取り出して見せた。


「国同士の小競り合いが続いていた時代は、優秀な薬術師も多かったらしいが、平和な現代ではあまり需要がない。もともとレシピが秘匿されて伝わっていないのもあるが」


 受け取ってみると、マユが持っている回復薬シリーズと同じ小さな円錐形の小瓶に『下級回復薬』とラベルが貼られていた。コルクの栓も同じ様な感じだ。



 [下級回復薬]

  ・軽い切り傷や打撲を治す

  ・患部に直接かけるか服用することで効果が出る

  ・薬術師『メイデン』効果:良



 無意識に鑑定してしまった。鑑定で制作者も出るんかい、と突っ込んでおく。


 それだとマユの持っている異界産の回復薬は絶対に売ったら不味いことになる。作者がないのは多分怪しいよね、と少し残念に思うが、いや元々自分で作るつもりだったんだからと思い直す。鞄の中の薬を売るのはやはりズルい気がするのだ。


 下級回復薬はもちろんマユの鞄にも『数量∞』で入っていた。一番ランクの低い回復薬だ。その上に中級、上級、特級と続くと思っていたが、


「街の住民は回復薬に触れることも無いだろう。薬師の傷薬で日常生活は充分だからな。大きな事故や怪我なら治療院で済む」

「傷薬・・・?」


 まだ下の薬があった。


「ん?・・そうか知らないか。薬師は薬術魔法が使えない、緑の加護が無い者だ。薬草を煎じて効果が小さいが薬を作る。安価なものだから一般の家庭に多く普及しているな」


「さっきも言ってたけど、回復薬って高いの?」


「どうかな、危険な仕事をしている者にとっては生命線だからな。下級回復薬でも一本持っているだけで、命が助かることもある。例えば一人で森にいる時に足を痛めれば帰還できる可能性が低くなり、危険な森ならばそれだけで命に関わる。そう考えれば安くはないが高いとは言えんな。薬師の傷薬では瞬時に怪我が治ることは無いからな」


 そう言いながらゲイツは追加の薪代わりであろう枝を、焚き火に放り込んだ。


「あの、因みにコレはいくら?」


 マユは下級回復薬を返しながら聞いた。市場調査は街に出てするつもりだったが気になる。


「コレはギルドで売っているものだが、高い方で銀貨一枚だな」

「銀貨一枚・・・」


 高い方っていうのはおそらく、この回復薬の効果が『良』だからだろう。同じ回復薬でもきっと品質によって値段が変わるのだ。


 さて肝心の値段だが、銀貨一枚という事は・・・、とマユは上司管理者の資料を一生懸命思い出していた。たしか単位はメルだったな、と。


───小銅貨が一メルで、銅貨が十、小銀貨が百、銀貨が千メルだったような。


 おおよその物価も書いてくれてあったのだ。できる上司の資料は大変わかりやすかった。例えば街の食堂で食べるランチは銅貨が五枚で五十メルくらい。安い宿屋で一泊小銀貨三枚の三百メルくらいであると。それを見てマユは一メルが十円くらいだなーと思ったのだ。つまり銀貨一枚とは・・・。


───千円、じゃなくて一万円だ。下級回復薬が、一万円っ?


「高ーーーーい!下級なのにぃ?」


 思わず叫んでしまったマユの声に驚いて、木の上で休んでいたであろう鳥がバサバサと飛び立っていった。


「そうか?捻挫くらいなら瞬時に治るんだが。中級なら五倍、上級なら二十倍はするぞ」


「に、にじゅうばい」


───二十万円だぜよ。ん?じゃあ特級はどうなんの?まさか・・・。


「ギルドでも上級までしか扱ってないから分からないが、特級なら金貨十枚以上はすんじゃないか?」

「金貨、って何メル?」


 そこまで覚えていなかった。幸い高価なお金の事を知らなくても、子供のマユは不審に思われなかったようだ。


「銀貨が千、金貨は一万メルだな。言っておくが安く見積もって金貨十枚だぞ」


 小金貨というのは無いらしい。


───百万円以上?じゃあ私このお兄さんに、七百万円近くぶっ掛けたってこと?


 マユの日本での会社の年収二年分に近い額である。


「マユの師匠の薬術者殿は、薬を売っていなかったのか?」

「薬の作り方は教えてもらったけど、売ってるところは見た事なくて。私この旅で初めて森を出たの」


 マユは上司管理者を「師匠(ししょう)」と、そして渡された資料を「師匠の教え」鞄の中身を「師匠が遺してくれたもの」だと思う事にした。あまり嘘をつきたく無いし、行き当たりばったりではボロがでそうだ。


───コレは嘘じゃなくて設定です、ゴメンなさい。


 訳のわからない罪悪感に駆られるマユであった。



********************



 回復薬の価値というか相場は理解したマユだったが、やはりゲイツの財産を根こそぎもらう気にはなれなかった。気が動転して、片っ端から薬をぶっ掛けた記憶もある。


 ゲイツは根が真面目なのか本気で対価を払おうとしているようだった。こっちは子供だってのに大金もらってどうしろと?とマユは呆れているが、彼が悪い人間じゃなかったのは非常に運が良かったという事実には気が付いていない。


「そうだ、ゲイツさんお金はいらないから街まで一緒に行って下さい」


 これはチャンスじゃないかと思い治す。こちらは子供の一人旅、危険なのも勿論の事、客観的に見て非常に胡散臭い存在なのだ。ゲイツに安全な街に案内してもらって、落ち着くまで面倒を見てもらおう、とマユは勝手に決めた。


「それは勿論いいが、どこの街だ?」


 ハッキリ言えば何も考えていなかった。


「別にどこでも良いんだけど、なるべく安全な街で薬屋さんを開きたいんだ」


 これから一生この世界で食べていかなくてはならない。色々な国を旅してみたいが、子供の身ではそれも儘ならないだろう。


 マユの言葉を聞くと、ゲイツは頭が痛いとばかりにこめかみに手を添えて、目を細めた。


「さっきも言った通り、安全な街の中では回復薬の需要があまり無いぞ」

「あれ?ハンターの人や騎士には売れるんじゃ無いの?」


 コテンと首をかしげる。


「ハンターは信頼できるギルドで薬を買うし、騎士は王宮から支給されるだろう」


───むむっ、そうなるとルートセールスでないとだめか、小売じゃ稼げないのかな?


「そうだ!最初に露店で安く売れば、きっと口コミで売れるようになるんじゃない?」


 安いなら一般家庭にも売れるかもだし、段々と店を大きくしていくのいいよね、そういうゲームやったことあるし。とマユは思いついたが、ゲイツはさも呆れたとばかりに深ーいため息を吐いた。段々と彼の態度が遠慮なくなっている気がする。


「マユ、レシピは持っているか?」


───ん?それは回復薬の作り方という意味だよね?


「もちろん持ってるよ。実はまだ一人で作ったことはないんだけど」


 一人でどころか全く作ったことないんだけど、とは言えない。そういえばマユの持っている大百科みたいなあのレシピ図鑑、あれが正しく回復薬のレシピと言えるのかゲイツの見てもらおうかな、彼なら信頼できそうだし。と、マユは何の根拠もなく思いついた。早速鞄に手を突っ込む。


「ゲイツさんにも見てもらったほうが良いかな、特級回復薬のレシピも載ってると思うん・・」

「待て待て待て!いい、見せるな」


 今まさに鞄の中で辞書のように厚いアノ本を手に取り出そうとした、瞬間ゲイツは慌てて押し(とど)めた。


「・・・?」


 再び、なぜ止められたのか分からないマユがコテンと首をかしげる。ゲイツはそれを見て深ーーーいため息を吐いた。なんだか彼が少し老けたような気さえする。


「お前に常識がないのはよーーーく分かった」


 マユでも君でもあんた、でも無く「お前」呼びになってしまった。


 何やら眉間にシワを寄せたままゲイツは居住まいを正し、まるで正座を促すかのように「そこに座れ」とマユを促した。お説教されるような気がする。いや、説教する前にシャツを着ろよとマユは突っ込もうかと思った──ゲイツの上半身は裸のままだった──が言える雰囲気ではない。まあいいか(魂年齢がマユよりは)若いお兄ちゃんの良い体を愛でてやろうと、マユはゲイツの目の前に座った。うむ、よい筋肉である。


「まず、絶対にレシピを他人に見せてはいけない、夫婦でも見せないくらいだ。薬術師の数は希少という程ではないが、上級回復薬が作れる薬術師は極めて少ない、特級に至っては国に一人いるかどうかだ」


───ええっ、上司管理者(ししょう)話が違うじゃん!


「戦時中は回復薬の有無が勝敗を分けるほどだったから、国で薬術師を抱え込みそのレシピを秘匿したんだ。もしマユの様な子供がレシピを持っていると分かれば、襲われる可能性すらある」

「げっ」

「しかも特級なんて国で抱え込むレベルだ、レシピがあればそれは莫大な財産を生む、絶対に狙われる」

「分かった、レシピは誰にも見せない」

 なんか超面倒くさい感じじゃないか、とマユは薬術師を選んだ事を早くも後悔し始めた。

「じゃあ、中級くらいまでの薬を露店で「ダメだ」・・えぇーーーーっ?」


───最後まで言わせてよ。


「あのな、街では薬術師は二種類しかいない。何人もの薬術師をかかえる国の覚えもめでたい大店(おおだな)か、ギルドと契約を結んだ薬術師だ。もしお前が露店で回復薬を売る様になってみろ、三日もすれば・・」

「ど、・・・どうなるの?」

「人知れず攫われて、外国の裏組織に捕まって薬を作り続けさせられるようになるな。ケルンではいま争いも無いが、内乱中の国もある。薬は金になるんだ」


───えぇっ?治安悪いじゃんよーっ。


「わ、私が作ったとバレるとは限らないじゃん?ほら親が作ってて、私が店番してるだけとか」


───なに、その残念な子を見る目やめてーーーっ。


「回復薬を作れるのは、薬術師だけだ」


 知ってる、とマユはコクンと頷く。


「薬術魔法は、緑の女神ウィリスの加護力だ」


 コクン。


「加護力の強い者は、その姿に神の色の一部を宿すと言われている」

上司管理者(ししょう)資料(おしえ)にあったね」


 覚えてるけど、だから?と首をかしげるマユに、ゲイツは眉間のシワを深くしたのだった。


「お前の()を見れば、薬術魔法の才があるのは子供でも分かる」


───あ、私の瞳緑でした・・・。




「・・・・じゃあ、私どうしたら?」


 子供なのはどうしようもないし、身寄りは無いのだ。こうなったら命の恩人なの盾に取っていっそゲイツに養ってもらおうか。などとマユが思案していると、


「マードウィク、ケルン王国(このくに)の副都市のハンターギルド長が知り合いだ。ギルド専属の薬術師になる気があるなら紹介しよう」


───おぉう!ゲイツさん素敵!オトコマエ!・・あ、でも


「子供でも大丈夫かな?」

「薬が作れるなら大丈夫だ。ちょっと癖のある男だが実力主義だし、信用できる。無論一度マユが作ったものを見せる必要はあるが」


───だ、大丈夫だよね?作れるよね?


「街に着いたら、回復薬作ってみるね」

「ああ、あと、特級回復薬の事は黙っておいてくれ。危険だ」

「はい、うん、分かった」


 取り敢えず、まだ不確定とはいえ当面の目処(めど)が立ったので、安心したらお腹が空いてしまった。

 まだ薬を一個も作っていないのにギルド専属になったつもりのマユは、能天気さも平常運転である。


 気が付けば夜もだいぶ更けていて、ハーッと安堵の息をついて空を見上げると、真上に青い光を放つ大きな月が昇っていた。


「もう三つか、だいぶ時間が経ったな」


 つられるように空を見上げたゲイツが呟きながら、やっとTシャツのような服を着込んだ。筋肉タイムは終了のようだ。


 ちなみに三つとは『夜の三刻』を指すが、深夜三時という意味では無い。上司管理者(ししょう)資料(おしえ)によると、この世界は地球と同じ一日二十四時間なのだが、一日の始まる時間が違う。一日は日の出とともに始まるのだ。


 夜明けを零時として、きっかり十二時間で日の入り。日中の時間を『日の(いく)つ』とか『日の何(こく)』と呼び、日の入りからは夜の零時が始まりきっかり十二時間で夜が明ける。夜の間を『夜の幾つ、何刻』と呼ぶのだ。


 マユはそれを読んだ時、朝六時が零時で、夜の十二時くらいが夜の六つとかややこしい!と思ったのだが、それがこの世の決まりならば慣れる他無いだろう。つまり今は夜の九時頃という訳だ。


 しかもこの世界には時を教えるかのように、三つの月が順に昇ってくる。最初の蒼く輝く月は夜の三刻、次に白く照らす月は六刻、最後に紅く灯るような月が九刻に空の頂点に登るのだ。月は満ち欠けする事なく常に満月の状態で一定の時間に昇り、中秋の名月のように大きく輝いている・・・らしい。この世界は惑星じゃ無いかもと、これを知った時マユは思ったものある。


 もし夜の六つ(まよなか)まで起きていれば、(ひら)けた場所なら、白月を中心に三つの月が同時に見えるのだ。


 大きな蒼月にはクレーターの様な陰影は見当たらず、ひたすら輝いている。


───異世界だなー。


 改めて思うマユであった。


「もう少ししたら焚き火を消して寝る、この辺りなら火を炊き続ける必要も無いからな。日の出前に出発しよう。野宿は大丈夫か?火を消すと寒いか?」


 未だ笑った顔は見ていないがゲイツは優しいな、と気遣われたマユは嬉しくなった。いい身体だし(←関係無い)。


「平気、毛布は持ってるから、これはゲイツさん使ってね。ありがとう」


 そう言って、先ほどまで(くる)まっていた毛布を手繰り寄せ、木の葉を払って畳むとゲイツに手渡す。鞄に手を突っ込んで自分の毛布と、昼も食べた携帯食を多めに、ついでに飲み物と謎肉のジャーキー(もどき)も二つ取り出した。


「ご飯食べてないよね?良かったらコレ、ゲイツさんも一緒にどうぞ」


 この世界にもある食糧なので、安心してマユはゲイツにも勧めると、初めてのジャーキーを齧った。中々に臭みもなく程よい塩味とハーブが効いて美味しい。瓶に入った飲み物は五百ミリ程度の、飲みきるのに程よい量であった。葡萄に似た酸味と甘みが絶妙である。


───コレうまっ。異世界メシマズじゃなくて良かったー。


 遠慮するゲイツに、これからたっぷりお世話になるからと、ぐいぐい勧める。マユとしてはなるべくゲイツとは良好な関係でありたいのだ。最終的にはゲイツも渋々受け取り、悪くなさそうな顔でジャーキーを齧り瓶をあおった。


 マユは(こめ)星人では無いので、洋食ウェルカムである。街の食堂とかも期待だなー、とこれからの食を思ってニヤニヤしていると、


「コレ酒じゃないか、お前子供だろう、なに飲んでるんだっ」


 驚いたゲイツに瓶を取り上げられた。


───ぐぬぬっ、兄さん真面目だな・・・。


 調子に乗って、ワインに似た果実酒を分けた事をマユは後悔した。

作「お酒は二十歳になってから(キリッ)」

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