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第5話

説明長いって、ええ、分かってますゴメンナサイ。

 いつまでも落ち込んではいられない。 とりあえずこの書類は外套の内ポケットへ入れておこう。


 体感では携帯食を食べてから一時間以上は経ってしまっている。気を取り直して、次である。


 真由は三冊の本を順に手に取った。いずれも黒革の表紙で文庫本を一回り大きくしたいわゆる教科書サイズ、薄目の本が二冊と十センチ位の分厚い辞書の様な本が一冊だ。


 分厚い本には『世界の薬大全集〜レシピ図解付き』と書いてある。パラパラめくってみたが、思った通り様々な薬のレシピ本のようだ。材料となる草の絵まで詳細に描かれている。


「これは大事なメシのタネになるはずだから、しまっておーこうっと」


 鑑定すれば《異界製の》となっているはずの、物凄く貴重なシロモノかもしれない。人に見られない場所で読むようにしよう、と真由は心にメモをして本を鞄に戻した。


「あとは、『薬術師のすべて』と『魔法についてー基礎編』かー。なるほど」


 そういえば平均並みの能力だが、一通りの魔法を使えるようにお願いしたんだったと思い出した。亜人が居なくてガックリきたが、魔法があった。薬術師の仕事についてはどのみち落ち着いてからになるし、とこちらも鞄に戻すと、どんな魔法が使えるのかとウキウキしながら早速『魔法について』の本を開く。


 最初に『魔法とは・・』で始まる魔法の定義が書かれており、次が目次になっていた。目次には魔法の種類が並んでおり、魔法別に章が分かれているようだ。

 生活魔法、属性魔法、特殊魔法の三種類だ。これは上司管理者から聞いていた通りである。


「なになに、『生活魔法とは創造神ウルスラが、この世の全ての人々に授けてくださった、便利に生活できる為の基本的な魔法である』か、ありがたいねー。『発動・停止・着火・招水(しょうすい)・浄化』これだけなのかー」


 いずれの生活魔法も呪文を詠唱する必要は無く、意味を理解した上で目的に対して強く念じるだけらしい。MP的なコストも無いらしい。


 『発動』『停止』は魔道具を使用する為のもので、いわゆるスイッチオンオフである。


 魔道具には、魔法石という魔法の込められた石を使ったものと、アイテム自体に魔法が掛けられたり付与されたものがある様だ。『発動・停止』の魔法は、魔法石を使った魔道具にのみ使用するらしい。


 例えば照明の魔道具に発動を願えば点灯し、コンロのような調理器具なら加熱開始という具合である、停止もまた然り。ただし魔道具にも様々な種類があり使用者を限定するものや、常時発動しているタイプのモノもあるので、何でもかんでもこれで発動するわけではない。


 『着火』は可燃物に火をつける魔法だ。ランタンや松明、薪や枝などに火をつけることが出来る。可燃物が無い状態で念じても炎が顕現する事はない。


 ただし着火はできても消火の魔法は無いので、水をかけたり揉み消したりなど物理的に消火する必要がある。また、街や村の建物や家具などは、材料である木材の段階で着火防止の付与がされるらしい。念じるだけで放火し放題なんて嫌すぎるからこれは当然だろう。


 『招水』は水袋や桶、コップなどに念じれば水を集めるという魔法。大した量は出せないが飲み水になるから、料理の時や野外では便利だろうし火を消すのにも使える。この世界では地域によって水不足で苦しむ、なんてことはないのだろうか。砂漠地帯がであっても、少なくとも喉の渇きとは無縁だというのは凄い事だ。


 最後に『浄化』である。真由が一番あってよかったと思った魔法だ。ラノベでもよく目にしたもので、実生活でもあれば便利だろうなと思った事がある。


 上下水道が整備されているかどうかも知らないが、この世界では簡単にシャワーや風呂を使うことは出来ない気がする。地球においても外国旅行の際にはトイレで苦労することが多いのだから、この世界のトイレ事情に期待はできない。


 トイレットペーパーなんて無いだろうし。でも『浄化』の魔法があれば、排泄物が消えたり分解されることは無いが、自分自身は綺麗にできるのだ。頻繁に手を洗う代わりに『浄化』、汚れたり汗ばんだ体もスッキリ!汚れた衣服にも使えるんだからむしろこちらの方が超便利である。細菌とかの概念があるかは不明なので、実際の除菌効果は定かでは無いのだが。


 まあ真由は潔癖では無いので、そもそもそこまで気にしていなかった。


 範囲は自分ならば全身一度に浄化できるらしいが、汚れの度合よって重ね掛けが必要らしい。たとえば泥をかぶったなら、何十回も浄化を重ねて掛けるより、水を被って汚れを除いてから浄化を掛けるのが普通である。


───でもコストが掛からないし、誰でもできるなら銭湯やクリーニング店は存在しないかも?そもそも着替える事も無かったりして・・・。


 本の最初に書いてある説明では『魔法とは神々と精霊の力によってもたらされる現象』とあ。つまりこの世界の魔法はよく小説にあるような『体内のマナや魔力を使用することで起こる』とかでは無いのだ。


 見えない精霊さん達が無償で水を集めてくれたり、火をつけてくれたり、身体を綺麗にしてくれたりするわけである。


 本当に対価はいらないのだろうか?解明されてないだけかもしれないが、その辺の事は追々試したり調べたりする他はないだろう。と、面倒臭い考えは後回しにして、真由は早速生活魔法を試してみることにした。


 本を地面に置くと、試しに両手のひらに向かって『浄化!』と念じてみた。


 もちろん、体から何かが抜ける様な感覚など無い。ほんの少し手のひらの上の空気が動いたような気がしたが、特別汚れていなかったので本当に綺麗になったのかイマイチ分からなかった。


 次に両手を合わせて器を作り『水よー!』と念じてみた。すると合わせた手の中心から湧き出るように水が溜まり、少しだけ溢れて止まった。


「うわーお!初魔法だ、すごーい!・・・・・・ん、美味しい」


 何も無いところから水が湧き出る様はまさにファンタジーである。

 そのまま口を付けて飲んでみると、ヒンヤリとして美味しい・・・というか無味のごく普通の水だった。皮袋から飲むよりは楽だし匂いもないので美味しい気がする。手は濡れてしまったが。


 鞄にちゃんと用意されていた手ぬぐいのような素材のハンカチを外套の外ポケットから出して拭う。


 ちなみにこのやたらとポケット満載の外套は[深緑の外套]という名前である。鑑定して知ったのだが、防熱防寒が施されたオールシーズン使用で、しかも《という体で作られた・・で始まる《非公開情報》によると、結界という機能の付いたチートな外套なのであった。


 危険を感じたらフードを被ってしゃがみ込み『結界発動』と唱える。すると、自分の存在を外部から感覚的に遮断する事ができ、かつ物理攻撃も魔法攻撃も無効化されるという優れものだ。まだ試してはいないが。


 ただし『結界発動』は意識して継続する仕様であるため、発動中は眠る事は出来ない。


 いくら危険の少ない森とはいえ、真由が呑気に魔法などを試しているのも、この外套があれば無敵じゃんとか最初に思ったせいもある。たぶん。


 まあそれはともかく、次は本の第二章『属性魔法』である。『火・水・風・土・光』の五属性があると本には書いてあった。


 属性魔法は、それぞれ五つの属性神を祭る神殿(各地にある)で各属性、各レベルの「魔法の書」を購入してそれを所持している必要がある。魔法書購入型のゲームの様だ。そして決まった詠唱をすることによって、それぞれの属性を持つ精霊が魔法を具現化してくれるとの事だ。


 詠唱と言っても厨二くさいものではなく「火の壁」とか「水の槍」などの魔法名を唱えるだけだ。


 しかし「魔法の書」を持っていなければ決して魔法は使えない。


 属性魔法は四段階ある。分かりやすく火属性の一部の魔法で説明すると、初級「火の玉」下級「火の槍」中級「火の壁」上級が「火焔の〜」となる。あくまでも代表的なものだが。


 全ての属性魔法は術者によって威力が変わることはなく、誰が唱えても一定である。例えるなら初級の「火の玉」は誰が唱えても、拳サイズの火の玉が一つ前方に飛んでいくだけの底辺な火属性魔法だ。


 同じ属性の魔法を使える者でも、初級魔法しか唱えられない人もいれば上級まで唱えられる人もいる。


 また一つの属性しか使えない人もいれば、複数の属性を使える人もいるらしい。

 これは純粋に才能の差であって、才能の無い者が「魔法の書」を 持っても使えない訳である。


 真由は大した力では無いが一通り使えるはずなので、初級か下級程度は使えるだろう。どこまで使えるかわからないが、機会があったら「魔法の書」を購入しようと思った。『出でよ土壁』とかやってみたいものである。


 そういえば光の魔法──定番の灯りや治癒の魔法だ──はあるのに、闇の魔法は無いようだ。闇の精霊はいないのだろうか。


───あれ?そう言えば氷とか雷属性って無いのかな?


 と思いページをめくっていると、次の『特殊魔法』に載っていた。第三章である。 


 人は生まれた時に神から『加護の力』などと呼ばれる特別な能力を授かる事がある。授からない者もあれば、稀に複数の力を授かる者もある。属性魔法が精霊の力なら、こちらは神の力だ。


───そういえば、上司管理者が説明してくれたっけ。この世界には様々な神々がいるって。


 『加護の力』の種類は様々で『剛腕』や『剣の才能』のように魔法であるとは限らない。また魔法であった場合は全て『特殊魔法』にカテゴライズされる。本には一部の『特殊魔法』が紹介されていた。


 代表的なものは『鑑定』で商人になる者が多く、断罪や神判を司るダムナートの加護の力である。この神の強い加護を受けた者には『神判』という嘘を見抜く魔法があるらしい。『神判』を持つ者は非常に少なく、裁判所の様な機関で重責につく者が多いという。


 また、水の神ハイディアの加護の力の一部に『氷』があった。『雷』はかなりレアで、なんと天を司る創造神ウルスラの加護だそうな。


 そして、火水風土光の属性の神の加護がある者は、それぞれの『属性魔法』より強い段階的に言うと最上級的な魔法を使えるらしい。


 他には人やアイテムなどに魔法を付与する『付与魔法』や、部屋や鞄など特定の空間を広げる事ができる『空間拡張魔法』 、薬草などの材料を揃えて薬を調合する事ができる『薬術魔法』など様々だ。


 ちなみに『薬術魔法』は真由が持っているはずの特殊魔法で、これがちゃんと使えるなら薬術師になって、ゆくゆくは薬屋さんを開く計画である。


───しかし慈悲の女神マーテリアの加護の力の一部が、付与魔法ってのが何だかなー。


 神も様々、魔法もまた然りである。


 百年近く昔のまだ領土戦争が盛んに行われていた時代では、攻撃に特化した強い属性魔法や特殊魔法がもてはやされていたが、平和な現代では光の治癒魔法のように職業として成り立つ属性魔法や、鑑定や空間拡張など便利なモノが人気らしい。


 魔法があるとはいえこの世界はゲームではない。体力や強さが数値化される『ステータス』の概念はない(上司の資料調べ)ので、人や生き物は鑑定出来ないのだ。


 第三者どころか、自分自身でさえ偶然発現しない限り、自分にどんな加護の力が授かっているかわからない。なのでこの世界では必ず、五歳になったら街の教会を訪れて神託を授かるらしい。


 神託を授かる=加護の力を調べてもらうのは無料なので、教会の無い辺境や小さな村でも、孤児院の子供であっても、五歳になれば必ず最寄りの街の教会を訪ねる。その時新しい加護の力が発見される事もあり、各国は加護の力のデータを集めることに余念がない。あまりにも危険な能力を持つ場合は、国の監視下に置かれる事もあるそうだ。


 ちなみに属性魔法を使えるのか調べるのは有料らしい。解せぬ。


 気になる記述もあった。強い神の加護を授かった者は、体の一部に神の色を纏うことがあるらしい。火の神なら赤、水の神なら濃紺、創造神ウルスラなら紫といった具合だ。それは髪だったり瞳の色だったり、痣だったり様々で、必ず表れるわけでもないのだが。


 『薬術魔法』は緑の女神ウィリスの加護だから、瞳が緑になったのかもしれない、と真由は思った。




 さて、まだ生活魔法しか試していないがとりあえず大まかな事がわかったので、いい加減出発する事にしよう。だいたいの所在地は地図を見た時に確認していたので、そこまで時間をかけずに森を抜けられるつもりである。真由は最後の本を鞄にしまうと、地図を持って立ち上がった。


「さて出発だー!」


 しゃがんで本を読むのにもいい加減疲れたからね。



********************



 カラム大森林と名付けられたこの森を、地図のGPS的光を頼りに北に向かって歩いて行く。真っ直ぐ北に森を抜けると『カラム街道』にでる。この街道は大きくS字を描いていて、カラム大森林を包むようにと沿ってやがて北にのびる。森から離れると今度は少し北東寄りに、途中小さな村をいくつか経由して『セレント』という街に辿り着く。


 真由は街道に出ることを第一の目標に決めていた。ちなみにこの森の中には集落は無く、道もまた無い。


 小さくなった身体で、足元も不安定な森の中を歩くのは思ったより時間がかかった。当然と言えば当然である。だがかなり長いこと歩き続けても、足が痛くなる事はないので幸いであった。希望通り、地球にいた真由よりかなりタフになっていて、あの上司管理者は良い仕事をしてくれたようだ。鞄の中身といい情報提供資料といい、実に信頼できる。・・・部下と違って。


 今の所、鳥は見かけたがヤバそうな獣や魔獣には遭遇していないし気配も無い。


 ちなみに動物の中で特に大型で人を好んで襲う野生動物を(じゅう)という。熊タイプや狼タイプが多い。魔獣というのはそれらとは全く違う生き物で、魔溜まりという(けが)れのたまった水溜りの様な所から自然に湧き上がる黒い霧のようなモノと、(じゅう)が魔溜まりに侵されて、その身を黒く染めたモノのがある──上司管理者の資料情報である。カラム大森林には獣も魔獣もめったに出ないらしい。ありがたいことだ。


 しかしそうなると平和なニッポン育ちの真由である、たちまち緊張感は失われていつの間にかちょっとハードなハイキングくらいの気分になっていた。


 立ち並ぶ巨木や目に付いた草花を片っ端から鑑定し、時には採取する余裕ぶりである。


「やたらと目につくコレがカラムの樹なんだねー。だからカラム大森林か、なるほどね」


 カラムの樹がやたらと目に付く原因は、その樹皮が白樺の様に白いからだ。しかし日本で見た白樺と違って、その幹は太く丈は建物の三階を軽く超えそうだ。鑑定したから分かった事だがこの樹、幹は今の真由なら四人がかりで手を繋いでやっと囲める程太く立派だが、弱く軽すぎるせいで建材としては全く役に立たず、すぐ燃え尽きてしまうので薪としても使えない駄目樹木らしい。大森林として保護してるわけでは無く、使えないから伐採されないのかもしれない。


 まあ白い樹皮のおかげで、陽の光が少ししか差し込まない森の中でも、あまり鬱蒼とした暗さは感じなくてありがたいのだが。




「うーんヤバい。森を出る前に日が暮れるかも」

 調子に乗って寄り道したせいか、だいぶ日が傾いてきている。上からチラチラ差し込んでいた強い光は陰り、カラムの大樹につく大きな淡い緑の葉をオレンジ色に透かしている。


 暗くなっても鞄にランタンはあるが、さすがによく知らない世界の森を夜にウロつく勇気はない。

 目標地点である街道まではまだ三分の一ほど距離が残っている。


───まあ森野宿でも、何とかなるよね。今のとこスライムすら出ないし。


 この世界に冒険初心者おなじみのスライムは居ない。ちなみに亜人が居ないのでゴブリンやオークも当然いない。ここはゲームで言う所の始まりの森とかではないのだが、実に楽天的である。


 だが次の瞬間、真由は凍りつく事になる。


「ギャァオォォーーーーーーーンッ」


 突如大きな咆哮が響いて、鳥達が一斉に羽ばたいた。恐竜映画でしか聞いた事が無いような、もう絶対肉食な感じのする鳴き声である。


 背後から、森ごと巨木を揺さぶる様な突風が吹いた。

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