第4話
数話は説明回になってしまうかも。すみません。
ゴロンッドテッ。
真由はいきなり剥き出しの土の上に、自動販売機の缶ジュースのごとく無造作に投げ出された。
「──ったぁ」
一息ついてムクリと起き上がる。暫く呆然としていたが、一つ頭を振って気を取り直した。だか、
「おいっ」
真由が思わず突っ込むのも仕方ない、話がだいぶ違うでは無いかと。
まず街からほど近い安全な平原にに送ると言っていたはずなのに、ここはどう見ても深い森の中である。樫や檜に似たものや、見た事も無い大樹がみっちりと立ち並び、蔦が絡まる。大きく張り出した根や岩で平らな部分などほとんど見あたらない。むき出しの黒い土は所々苔むしている。
少し肌寒いので、熱帯の密林ジャングルというよりは、斜面ではないが巨大な山の奥深くといった感じ。鳥の囀りや虫の声が其処彼処から聞こえる。大自然だ、マイナスイオン過多だ。
見上げれば、高く木々の隙間から青空がチラチラと垣間見える。
───雨じゃなくて良かったー。
死ぬ間際の土砂降りを思い起こす。
本当に異世界とやらに来てしまったのだろうか、イマイチ実感がわかないが。
いや今はそれどころじゃ無い。問題なのは、身につけいるのが簡素な長袖のワンピース一枚だという事だ。おそらく下着は身につけているが、どう見ても手ぶらで、裸足である。ここはワンピースに袖がある事に、感謝するべきだろうか?
いや、もっと問題なのは、投げ出された自分の手足が、いやに小さく感じる事かもしれない。
真由は目の前で両手をグーパーしてみた。
「小さい・・・ん? あー、あーーっ!声も高い様なっ?」
思わず立ち上がった。裸足の足の裏にひんやりとした土を感じる。目の前の大木に近づき、頭のてっぺんに手をかざしてみた。
「1メートル、、ちょっとかな?」
つまり子供である。小学校高学年くらいだろうか、鏡が無いので分からないが。
───しかし、これは・・・・
「詐欺だろーーーっ!絶対詐欺だ。たぶんあのドジっ子の所為だろうけど、どうしてくれるっ」
小さい体で拳を振り回しキーキー怒ってみたが、虚しい。呼びかけたところで彼等には届くはずもない。
ここがそもそも送られる予定だった世界かどうかも分からないし、この森にファンタジーのお約束であるモンスターなんかがいる可能性は大である。その前に餓死する、絶対。
子供真由のお腹が、小さくキュウと鳴った。ハラヘリだ。
「あのガキ〜っ!許さんっ!何もできないけど呪う!絶対呪う! ・・・うぉっ」
空に向かって叫んだ瞬間、まるで聞こえていたかの様に、ドサリと目の前に何かが落ちてきた。よく見れば黒く大きな肩掛鞄の様だ。その上にヒラヒラと追いかける様に紙切れが舞い落ちる。
「おお!これは頼んでたヤツ?中味バッチリかな?ありがたい〜」
単純真由は怒りも忘れ、小躍りして鞄に飛びついた。紙切れの方を拾って見ると、
『も う し わ け あ り ま せ ん ー』
血文字のうようなもので書いてあった。何これ怖い。
あのクソドジっ子属性の新米バカ管理者には色々言いたい事があるが、どうしようも無いのでとりあえず血文字?の紙切れは小さく小さく小さく畳んで、ゴワつく簡素なワンピースのポケットに入れて忘れる事にした。
さて、まずは明るい内に持ち物の確認だね、と改めてしげしげと鞄を観察する。いわゆるB4サイズくらいの、十五センチくらいのマチが付いた肩掛け鞄だ。
手にしてみると表側とマチ部分と蓋が黒革で、反対側が薄い灰色のツートンである。蓋部分は本体の半分ほどに被さり大きな金属のボタンが付いていた。この世界にファスナーは無いんだろうか?
「ん?」
ジッと見ていると、鞄にかぶる様にポップアップウィンドウのようなものが現れた。
[拡張収納付き旅鞄]
・黒猛牛の皮で作成され防水・拡張魔法を掛けた一般的に流通する旅鞄
・大サイズ
・実際の何十倍も物を収容できる魔道具
・収容出来る量は空間拡張魔法の術者の力量による
・生物は収容できない
・鞄の間口から入らない大きさのものは収容できない
《という体で作られた異界の鞄・収容量∞ ・収容物の状態維持・破壊不可・使用者限定・
グレーの革部分を見る事で収容物の確認が可能 これは他者には見えない》
───なるほど、鑑定って凝視する事でこんな風に発動するんだねーっ、て、突っ込みどころ満載だよ!ゲームかよっ!とくに《》の中がオカシイよ。
まあ目立たないように、あの有能な上司がいじってくれたんだねきっと、と真由は自分を納得させた。他の人が鑑定しても《》内は見えないにようになってるに違い無い。じゃなきゃ困るし。
早速、鞄のグレーの部分を凝視する。すると黒い文字がリストのように浮き上がった。こちらの謎文字だが読める。
ご丁寧にスワイプするとスクロールするようだ。んなバカな!
「なになに、ワンピース×3・木綿のレギンス×2・麻のチュニック×2・下着×5・・・」
とりあえず困らない程度の簡素な着替えやタオルに始まり、旅で使えるような調理器具や、ランタン、毛布、ロープや麻袋などの雑貨。皮の水筒や果実飲料、シンプルなパンやビスケット、お酒に野菜や肉と食料も文句ない量がある。約束通り換金素材となりそうな、一角兎の角や黒毛狼の毛皮、謎の草などが大量にあった。その他に使うのかコレ?と思うようなものまで様々だったが、真由は今すぐ必要そうな物を取り出す事にした。
「えーと、鞄に手を突っ込んで・・・触った感じは空っぽなんだなー軽いし、えと、硬い革のブーツ!」
すると手の中に何かが触れたのでつかみ出すと、目的のブーツだった。
「やったー!脱ハダシー、いや待て。靴下靴下」
そんな感じで、必要な物を取り出して身に付けると、やっと旅人らしい姿に収まった。
今の真由の姿は、濃い茶色の長い髪を細い革紐でツインテールに縛り、濃緑色の厚手の外套を羽織っている。外套の中は薄茶色のワンピースのままだが、下に黒いレギンスを履いて靴下と硬い革のブーツも履いた。腰にゴツい皮ベルトを付け、ベルトに付いたホルダーにはサバイバルナイフのような物まで下げている。念のため旅鞄は外套の下に襷掛けにしている。引ったくり防止である。
鞄にあった小さな手鏡を見てみたが、なんだか見覚えのある少女の顔が、記憶より色素の薄い瞳と肌で映っていた。紛れも無く真由だった。どうやら勝手に美女にされてはいなかった様である。
「でも、なんで緑?」
上司管理者が言っていた通り、肌は白い白人のようなそれに、髪はミルクチョコレートのような焦げ茶色になっていたが、何故か瞳が翡翠のような緑になっていた。緑は真由が一番好きな色であるから、嫌ではないがなぜだ?と鏡を片手に首をひねったが、考えても仕方ないので手鏡をしまった。
空腹だったので 、木の実やドライフルーツが練りこまれたビスコッティの様なスティック──名前は携帯食──でお腹を満たした。なかなか美味しくて満足である。そして皮の水袋から勝手が掴めずアタフタと水を飲んで一息つくと、真由は目の前に取り出したブツを眺めウームと考え込んだ。
一つはA4サイズの紙の束、一つはクルンと巻かれたキャンバス地の様なもの、最後に黒革の表紙の本が数冊である。
空を見上げると、少しばかりの青空と太陽らしき輝きがチラついた。現在はおそらく正午過ぎくらいだろう。鞄に時計はなかったので正確にはわからない。何にしてもここで夜を明かすのは危険すぎる、かといって無闇に歩き回っても迷うだけで安全な場所に行けるとは限らない。そこでこれかの行動の参考になりそうなものを鞄のリストから見つけて取り出したのである。
まずA3サイズ位のキャンバス地を開いてみた。中からコロンと出てきたものが地面に落ちる。つまんで見ると、小さな茶色っぽい石のはめ込まれたシルバーっぽい指輪であった。
キャンバス地を鑑定する。
[魔法の地図]
・麻にウッドジャッカルの毛を織り込んで作った生地の世界地図
・魔法石をはめたシルバーリングと対に上位の探索魔法を付与された魔道具
・リングを身につけた者の所在が地図上に記される
《という体で作られた異界のアイテム・破壊不可・使用者限定》
真由はシルバーリングをはめてみた。ブカブカだったはずの指輪は、ピタリと右手中指に収まると、確認する様に一瞬強く輝いた。
「これでいいのかな?」
地図の方を広げてみる。小さな体で大きな地図に少し手間取ったが、見ると地図の一点が青く光り点滅している。GPSの様だ。端の方には小さく↑北みたいなマークがあった。
世界地図とあるのだから、この地図の中が世界の全てだなんだろう。地図の上部に、謎言語で『ウルスラの加護地』と書いてあった。
世界の名前なのかこれも覚えがある。上司管理者がクソドジっ子属性の新米バカ管理者──もう長いからバ管理者でいいや、に送るよう指示していた世界で間違い無いようだ。一安心である。
見たところ、この世界は大まかに東西南北四つの大陸で成り立つらしい。北側に一番大きなユーラシア大陸的なもの、西にアフリカ大陸を丸くした様なもの、東は南アメリカ大陸を細長くした感じで、その三大陸はギリギリ橋かなんかで繋がっている。南は独立した大陸でオーストラリアを大きくしたような感じだ。ほかにはパラパラと小さな島がある。この世界が惑星──つまり球体であるかどうかは謎だ。
「地球パクってんのかしら」
真由はこちらの神様が聞いたら気分が悪くなるような事を、無意識につぶやいていた。
真由がいるのは、どうやらユーラシア大陸改め『イスラー大陸』の南西部分に広がる『カラム大森林』という場所らしい。この森はイスラー大陸の三分の一にのぼる面積を占める『ケルン王国』の領土にあるようだ。これも聞き覚えのある国である、多分。上司管理者の言っていた一番治安がいいとかの国だ。
大森林の南側にはアフリカ大陸改め『ウルティア大陸』に通じる大橋があるらしいが、ここはやはり上司管理者オススメの『ケルン王国』の街に向かうべきだろう。まず森を北に抜け街道に出れば良さそうだ。
鞄に方位磁石は無かったけど勘で北っぽい方に向かって、地図の軌道を見れば方向も分かるだろう。せっかくなら、魔道具じゃなくてもいいからもうちょっと詳細な地方版も用意して欲しかった。
と思ったら、この地図拡大出来ができるではないか。ダメ元でピンチアウトしたら拡大された、なにこれ便利すぎる。
バ管理者の所為でお先真っ暗だと思っていたが、中々のアイテムチートである。イージーモードってやつだ。
拡大状態の表示のまま地図を一旦丸めると、今度は紙の束を手に取った。A4サイズで文字こそこちらの謎言語だが、パソコンで打ち出したような書類が二十枚くらい束ねてある。
『窪塚真由様 部下が度重なるご迷惑をおかけした事、深く詫びいたします。せめてこちら少しでも力になれるよう、情報を資料にまとめましたのでご覧下さい・・・』
という上司管理者の謝罪で始まったその紙には、この世界の暦や通貨、特異な生活習慣や常識などが分かりやすくまとめられていた。全くもって有難い、出来た上司である。
フムフム、と読み進んでいく。
どうやらこの森は危険な生き物が少ない森であるらしい。人間以外の生き物は「動物」「獣」「魔獣」に分けられる、といった説明が書かれていたが、極詳細な部分は読み飛ばしながら、他に取り急ぎ知っておいたほうがいい事はないか、と真由はざっと目を通し書類を仕舞おうとし、ある一点に釘付けになった。
『ウルスラの世界にいる知的生命体は人間だけです。地球におけるファンタジー世界とお伝えしましたが、エルフ・ドワーフ・獣人・魔族などの亜人種は存在しません。また少し説明しましたが、神・女神・精霊などは存在していますが、人間の前に顕現することはなく・・・』
「なん、だと・・・?」
説明は続いていたが、それ以上は目に入らなかった。
───エルフがいない、ケモミミもいないっ!ああーーーなんてこった!
がっくりである。なんだよファンタジーとは名ばかりの中世ヨーロッパかよ・・、と真由はしばらく膝を抱えて項垂れたのであった。