第3話
『まずは、落ち着いて下さい』
上司は動揺のあまり揺らめく真由に向かって、宥めるように両手のひらを向けた。
『これからの事なんですが、まずあなたは現在魂のような存在です。通常なら天秤が消えると同時に魂は昇華され、次の段階世界に向かいますが、あなたの場合は事故により無理やり天秤を失った状態です。今は行き場を失った魂を隔離している状態なんです』
事故、ねぇ。とついつい這いつくばったドジっ子をじっとりと見てしまうのは仕方がないことだ。
『このバ、部下のせいなのは間違いないですが、申し訳なくも、今はあなたがバグみたいな存在なんです。かつて無い事が起こったのですから、対応するのも今回初めての事なんです』
『はあ・・・』
『上に相談したところ、消してしまうという意見もあったんですが、未来があるはずだっあなたの命をこちらのミスで勝手に奪ってしまっ上、消してしまうというのも非道ですし』
『消す?』
なにその不穏な、何も知らないまま消滅していたかもしれないなんて恐ろしい、いや恐ろしいとか思う前に消滅してたんだろうけど。それより、上って神様?神にお慈悲は無いのか。
『ですから、上の方にお願いしまして、何とか別の世界に移住して頂く方向で調整しました』
『別の世界って・・・・』
やっぱ異世界転生かい!テンプレ乙。
********************
『とりあえず説明をお願いします』
どんな世界に行くのか分からないし、べ、別に喜んで無いからね!と、真由は思った。もちろんツンデレではない。
ラノベは好きだけど、自分が異世界に行きたいと思ったことは一度も無い。いくら親兄弟が居ない身だって、二度と会えないといわれたら悲しく思うくらい大事な人達はいるし。
超リア充とはいかなくても、そこそこ幸せな日々を送っていれば誰だってそうだろう。
まあ、興味はあるけどね、魔法とかドラゴンとかイケ騎士とかエルフとか、獣ミミとか、とかとか!
だが移り住むなら話は別だ。現代の日本より安全で清潔で便利で、美味しい世界なんてたぶんどこにも無いのだから。だがこのまま日本で生きていけないなら仕方ない。
今さら存在を消滅させられるなんて怖すぎる。よしこうなったら割り切って、せいぜいサービスしてもらおうじゃない!と気合が入る。
もともと真由は「どうしよう!」から「ま、いっか」までの切り替えが平均三秒を切るという、超楽天的なタイプだった。
『上の方で、知り合いのやってる世界にあなたをねじ込、受け入れてもらうよう話をつけましたので。まあ、ここよりはちょっと小さな世界です。文化も科学的レベルもここよりは少しだけ低いですが、良いとこみたいですよ。この世でいうところの、「剣と魔法のファンタジー」といった感じでの世界です』
───ヤッパリネー、ソンナキガシテタヨー。
今ねじ込むって言ったよな。てか「知り合いのやってる世界」って、そんな「オレの友達がやってる居酒屋があってさ」みたいなノリで言われても・・・ま、いっか。
『あまり、すさんだ世界は嫌なんですが』
戦争真っ只中とか、飢えて明日の食事もままならないとか、口減しに奴隷に売られるとかはイヤだ。
『ここ何年も大規模な戦争も飢饉も無いですよ。魔王もいません悪しからず』
『あまりにも階級差別が激しかったり、平民が搾取されたりするのもイヤです』
うっかり貴族の前を横切って切り捨てられるのはゴメンだよね。
真由は嫌なことはハッキリ嫌だと言えるタイプなのだ。流されて後で苦労するのはゴメンだ。
『大丈夫ですよ。資料を見ますと、王政の国がほとんどで確かに貴族階級などもあるようですが、いわゆる平民と呼ばれる人々も飢えることなく平和に暮らしています。人々は魔法や魔法の道具を使って便利に暮らしてもいるようです』
出たな魔道具、なら結構マシかもね。ところで資料って一体どんな・・・。
『そちらが原因で仕方なく移住する訳ですから、サービスしてくれますよね?』
でもお高いんでしょう?というTVショッピングのオバちゃんみたいな言い方になってしまった。
『もちろんです。ご迷惑をおかけするんですから、このバカから五百年分くらい搾り取りますので遠慮なくご希望をどうぞ。今なら当代一の魔法使でも、傾国の美女でもよりどりみどりですよ』
『酷いですよー、勘弁してくださいー』
ついに上司はバカと言い切った。そして足元のドジっ子を蹴ったのを見てしまった。もう何を搾り取るのか怖くて聞けない。ガクブルである。
でもまあ、ハッキリと希望は述べるとしよう。
真由は息を吸い込んだ。いや、気持ちとして。
『衣食住は用意してください、小さくても住む家は欲しいです。あと言語理解は当然、喋って聞くだけでなく読み書きもできる様にして下さいね。勿論魔法も一通り使えるようにしてください。でもチートなんていりません、目立ちたくないので、人並み平均くらいの能力で。剣なんて振り回したく無いんで身体能力は別に普通でいいですが、何か食べてお腹壊したり変な病気に感染したくないんで、ある程度体を丈夫にして下さい。例えば半日ずっと歩き続けても大丈夫なタフさとか、木から落ちても擦り傷すむ程度の頑丈さで。あとは、当然知らない事だらけなんで、在り来りですが鑑定能力と、四次元ポケット的なものは欲しいです。あとは手に職的な、仕事に出来るような特殊能力が一つは欲しいですね。あまり目立たないものでお願いします。それと、直ぐに餓死したくないんで一ヶ月程度は過ごせる物資とお金もください。あとついでに、送るなら安全な場所に送ってください』
一気に言い切った。うむ、伊達にラノベを読んでないんだぜ。何気にドヤ顔である、思念体だが。
『うわーすごい遠慮ないーっ』
『黙れっ』
ドゲシッと上司は、ドジっ子を踏んづけた。
『一つずつ確認しましょう、少々お待ちください』
と言うと、上司は何やら目を閉じた。どうやら電波をキャッチ・・・もとい、何処かに問い合わせているようだ。しばらく目を閉じ時折頷いたりしていたが、ややすると目を開き視線を真由に戻した。
『お待たせしました。まず不可能な事から伝えますね』
どうやら有能そうな上司は、一気に捲し立てた真由の注文に前向きに答えてくれる様だ。
『まず申し訳ありませんが「住まい」はご用意できません。あなたを受け入れる事自体はむこうも了承しています。ですがそれだけで、我々はあちらの世界自体には干渉できません。よって、私どもがあちらの世界の土地を手に入れたり、建物を建てたり購入する事ができません。また、あちらの貨幣を用意する事も出来ません。ただし宝石や金属などのあちらの世界で換金できそうな物をお渡しする事は可能です。あと、あなた自身への能力付加は可能ですが、それには少しあちらの世界の事情を説明する必要がありそうですね』
そう言うと上司は、何処からともなく白いタブレット端末を取り出した。
───え?
二度見である。
慣れた仕草で、見覚えのあるソレを操作をし、情報を黙読しているようだ。ソレの裏にあるリンゴのマークが二箇所齧りかけなのは何故だ?パクリ製品か?
『簡単に説明しますと、あちらの世界には創造神ウルスラ、大地の女神アルディーナなど様々な神がいます。また属性を持った精霊がいるようですね。先程、魔法を一通り使える様にとおっしゃっていましたが、創造神ウルスラが全ての人に与えたとされる「生活魔法」と精霊の力をかりる「属性魔法」この二種類は、ご希望通り使用可能にできます。ただし「特殊魔法」という神々の加護により行使できるとされる魔法は、数多の種類があり全ての力を差し上げることはできません。それにはあちらの神々の全てにあなたの加護を依頼しなければならないからです。ですので魔法に関しては「生活魔法」「属性魔法」の二種類でご了承ください。ここまではよろしいですか?』
そうか、家は無理か。でも家を買えるほどのブツを換金とか、面倒なフラグが立ちそうだよ。よし家は諦めよう。魔法もべつに全部よこせとか言わないし。余所者を受け入れさせてさらに全部の神の加護も付けてくれなんて言えないよね。
『はい、大丈夫です』
『では今の説明を踏まえて、言葉に関してのご依頼ですが、あちらの世界は統一言語となっているため他言語の概念がありません。よって、言葉の加護を持つ神がいません。ですがこれに関しては特別にこちらで、読み書きを含む言葉を理解する能力をお付けする許可を得ました。
次に鑑定ですがこれはあちらに同じ「特殊魔法」がありましたので授けていただく様に交渉しました。ちなみに真贋を司る断罪の神ダムナートの小加護です。四次元収納に関しては、あちらにも流通している鞄でお渡しすることが出来ます。
あ、身体に関しては、能力ではなく物理的に丈夫にしますのでご安心下さい。
長くなりましたが最後に、職業につながる特殊能力についてはご希望は?例えば光の神の加護があれば治癒師として生きられるでしょう、鍛治の神や音楽の神などの加護もありますが』
うーむ、まさに立て板に水といった説明ですな。この上司デキルよ、部下と違って。あくまでも駄目元で言ったので、ちょっと感心してしまった。
特殊技能欲しいよね、何にしよう。やっぱファンタジーならアレかな?
『錬金術師とかってなれます?』
材料合わせてパパッと何かを作るとか楽しいよねー、そんなゲームもやったなあ。
『無い物を生み出す、という意味での錬金術師は存在しませんね。薬術師はどうでしょうか?緑の女神ウィリスの加護の力に「薬術魔法」という特殊魔法があります。薬草などの必要な材料に魔法を掛けて、回復薬などの薬を生み出すことの出来る魔法で、それを使える者を薬術師といいます。珍しくはないですが、そう多くもないので食べていけるのではないでしょうか?』
『いいですね、じゃあそれでお願いします』
『金や宝石はどうしますか?』
『いらないです』
そんな物持ってても怖くて換金できないし、コネもないしね。
『住居は自分で稼いで賃貸とかで何とかします。でも最初の宿代?とかは必要なので、さっき言ってた「薬術魔法」に使える材料や良くある素材とかで、持ってても換金しても目立たないものと、食べ物なんかを沢山持たせて下さいね』
『わかりました。他には?』
『美女にならなくていいんですかー?』
『『黙れっ』』
あ、被った。
絶世の美女なんて面倒くさい事に巻き込まれるに決まってる!
だいたい今のままでも充分だもん、た、たぶん中の上くらいだし・・・と真由は思っている。いや、思っていたいのかもしれない。
『そう言えば、私ってその世界で生まれるんですか?オギャアって感じで』
それならそもそも住居や持ち物の手配なんかしないか。
『いえそれは無理です。あちら側の人と同じ様な身体を生成して魂を飛ばす事になります。なので肉体生成の過程で丈夫な体にする事ができます』
あー、だから物理的に丈夫にするって言ったのね。しかし大丈夫なのかそれは、ふつうに子供生んだりでるのだろうか?
『だから、美女にも希望なら男にもなれるんですよー、フガッ』
ドジっ子よ、もう君は黙ってなさい。
でもそうか、あっちの世界でも親兄弟は居ない孤独の身なんだなー、と真由は少し切なく思った。
『住民票とかなくても、捕まったりしないんですか?』
『小さな村から出稼ぎに来たとでも言えば、大丈夫なようです』
そのタブレットでそんな事も分かるんかい、凄いねー。
『じゃあ、今までの私の顔身体と同じでいいので、歳だけ若く・・・十八歳くらいにして下さい』
中身が自分のままならやはり長年付き合ってきた身体がいい。でも子供だと危険だし、三十路から人生スタートじゃ大変だから、それくらいはいいんじゃないかなー、と。
素敵な出会いもあるかもしれないし、これから結婚して家族を作るのもアリだよね!新生活は少しでも楽しく暮らしたいものだ。
『あっ、黒髪黒目が異端とか無いですよね?』
おっと大事なフラグの確認を怠るトコだった。
『特には・・・無いようですが、基本的にこちらで言う、西洋風な世界ですので多少目立つかもしれません。無難に髪も瞳も焦茶色に、肌は少し白く変更しておきましょう』
『お願いします』
あと、膝下を五センチ長くして、お胸をワンサイズ大きくして下さい。・・・という言葉は飲み込んでおいた。言ったら負けた気がするし(誰に?)
『以上でよろしいですか?』
『あ、最後に、日本の事でお願いしたい事があるんですが』
『何でしょう?』
『須賀奈緒さんという会社の先輩がいるんですが、私が死んだ事を凄く気に病んでしまうと思うので、そもそも今日は最初から私が遅刻の届出をしたように、記憶を変えられませんか?』
今日の不運は最初から、このドジっ子のせいな気がするしね。どうせ天秤に手をつくなら、「幸運」側に傾けて欲しかったよ。
『・・・・わかりました、それ位の操作なら差し支えないでしょう』
余計な事かもしれないけど、自分なら気にするだろうから。
『以上でよらしければ、この玉に、』
そう言って上司はタブレットを消し去ると、今度は何処からともなく人の頭ほどのサイズの透明な球体を取り出し両手で掲げた。
『今言った全ての条件を注ぎます。・・・後で搾り取るからな』
最後のはドジっ子に言ったらしい。ドジっ子はウグゥッっと頭を抱えている。だから何を?どうやって?搾り取るって?・・・とは聞けない。
ご注文は繰り返さなくても大丈夫なんですね、そうですか。
掲げた玉の中がゴワーッと輝く。いろいろな色が混ざったような光だ。
『声をかけたら、この中に入ってください』
『え?入る?入るの?・・・どうやって?』
『意識して、この球体に入るぞ!と、念じてください』
そんなんでいいの?大丈夫なの?
『はい、どうぞ』
え?もう?
真由は覚悟を決めて、上司の両手に掲げられた輝く球体の中を見つめた。
───んしょーーーーい!
お?
おお?
視界が変わった。
どうやらすでに真由は球体の中に入ったらしい。明るく七色のマーブルの霧の中にいて、両脇に上司の手があるようだ。
上を見れば、上司の顔が・・・・よく分からないけど。
そういえば初めから、存在も風態もわかるのに彼らの顔はハッキリと見えないな、と真由は気がついた。名前も知らないし、まあそういう存在なんだろう。
『ちゃんと入れたようですね。ではしっかりと力が満ちたら、送ります』
は、速い。ドキドキします。うおーっ!
『ん? ・・・はい・・・いえ、今から送るところです。・・・ええ、もう少し』
突然上司は、どこからか通信が入ったようで、何かと会話を始めた。
『ですが・・・、はあ、はいわかりました』
嫌な予感がするのは、気のせいでしょうか。
『急用だ。後は満ちるのを待って送るだけだから、お前にもできるな?』
そう言って上司は、いつの間にか土下座から復帰して突っ立っていたドジっ子に、球体(真由入り)を渡したのだ。現れてからずっと何の役にも立たってないと、只々打ちひしがれていた(踏み付けられていた?)彼は、やっと役に立てると張り切った。
───駄目でしょ!それ、絶対駄目なフラグでしょー!
心の限りさけんだが、球体の中に入った真由の声はもう届かないようだ。虚しい。
『もちろんですー!ちゃんと出来ますー。汚名返上ですー』
『そんなことで返上できる汚名ではないが、呉々も気を付けてやってくれ。座標を間違うなよ、ウルスラの加護地だぞ。一番政治が安定しているケルン王国の、副都市マードウィクから徒歩で十五分くらいの平原に送れよ。光が満ちてからだ、分かってるな?』
『任せてくださいー!』
『では窪塚真由さん、ご迷惑をおかけしたあなたに、新たなる人生が幸せをもたらすことを祈っております。最後までお送りできず、申し訳ございませんでした』
非常に、非常に不安そうに振り返りつつもよほどの急用なのか、上司は来た時のように光となって消えてしまった。
ホント不安しか残らないよ。
『いやー本当に、あっちで幸せになって下さいねー』
とかなんとか、呟いてドジっ子部下は嬉しそうに球体を掲げている。
その間も、マーブルの光はグルグルと球体を巡り光は増している。
中にいる真由は眩しくないのだが。
『でもやっぱ、絶世の美女になった方がよくないですかねー?こうなったら六十年分くらい余計に搾り取られてもサービスしちゃいますよー、なんてねー』
とかなんとか、ヤツは勝手なことを言っている。
───いやいやいや、いいからね、余計な事しないでよ!
外の言葉は聞こえてくる分、中にいる真由はヒヤヒヤだ。
『でもコレって綺麗ですねー』
彼は球体を顔に近ずけたり離したり、興味津々だ。
『重さもないし不思議なー・・・あっ』
───・・・え?
調子乗って指先一本で球体を掲げていたとき、何かにつまづいた様に彼の足が縺れた。
『わわわーーっ』
これがドジっ子クオリティである。
必然的に、ポイっと空中に投げ出される球体。
『ああっ、まだなのにーーー』
───おいっ
『あーっ、ごめんなさーーーーーーーーーぃ』
───そんなお約束展開いらんわ!
球体は勝手に、輝きながらグングン上昇していき・・・
・・・消えた。
ふう、やっと行ったか・・・,