第2話
何も無い場所で、真由は目が覚めた。
目が覚めたという表現が正しいかは分からないが。
なにせ意識はあれども体が無い、いやひょっとしたら眠っている状態なのかもしれない。だとすると、夢の中なのか?
周囲は白なのか黒なのか色を感じず、まるで瞼を閉じているようだと思った。瞬きもできないし、手足も無いのかな?フワフワと漂う思念、そんな感じ。
───何でこんな事になってるんだったかな?
真由は、最悪の目覚めからたった一時間半ほどの間に起こった出来事を思い出して、あまりの運の悪さにムカムカした。最後には、そう最後には・・・
たしか土砂降りの中信号待ちしていて、さあ青になるぞって時に、道の向い側でレインコートを着たオバ様がすんごい叫び声をあげたんだ。そして何かものすごい衝撃を感じて、、、。
───ひょっとして、死んだのかも?
車が突っ込んできたか、看板でも落ちてきたか。
死んだ時って、こースゥっと体から霊体が抜けて、自分の死体を俯瞰で見下ろすイメージだったけど、ちがうのかな。それとも病院に運ばれて意識不明中だったりして。
全部夢ってオチが望ましいが、どうなんだろう?真由は心で首を傾げた。
少なくとも仕事には行けてないし、事故にあったなら迷惑かけてるだろうなあ。きっと奈緒さんは自分が有給許可しなかったせいで真由が!なんて気にしそう。
とりとめの無いことばかり考える。と言うより考えることしか出来ないから思考は止まらない。
───でも、身寄りの無い人間が重体になったり死んだ時って、どうなるんだろう?
母親は三年前に亡くなって真由は一人暮らしだ。小学校3年以来、母と離婚して出て行った父親には会っていないし何処にいるかも知らない、祖父母も居ない。お葬式とかするのかな?喪主は?意識不明の重体のままだったら、病院は何時まで面倒見てくれるんだろう・・・謎である。
急にふと視界?が明るくなった気がした。
前方に遠く二つの光が現れた。遠く浮かぶ星の様だったそれが、急速に近づいて来る。
そしてグングン近づいて遂に直ぐ側に舞い降りた。
───眩しいっ
暗闇から突然日の元にさらされた様な眩しさが治まると、目の前には2人の人物?がいた。
まあ、目の前とはいってもどうやら、真由は身体を失って意識だけプカリと浮いている様な状態だが。
『申し訳ありませんー』
現れたうちの1人がいきなり土下座で謝罪してきた。リアル土下座って初めて見たよ。
意味不明である。やっぱ夢かもしれない、意識不明中にみる夢かも。
なんだか、ハッキリしないけどスーツを着たサラリーマンの様な印象だ。真由の会社にいる一番新人の加藤君の様な感じだ。後ろには上司風の同じくスーツの男性?が立って、こちらも頭を下げていた。
───変な夢ー、なんかアレっぽいね、よくあるラノベ展開的な、、、
真由は二十九歳、彼氏いない歴五年半の女性である。趣味はと聞かれると、お酒と読書。サイコサスペンス系が好きだが、最近は無料で読めるネット小説にハマっていてラノベをよく読んでいた。
───新米の天使や神様のドジで、死んじゃって異世界転生とかね、あるよねー。
『実は僕のせいで、あなたの命が弾かれてしまいました、ゴメンナサイ』
『て、マジかーーーーーーーっ』
───あれ、私今喋った?口ないのに?え?
『ゴホン、あー、とりあえず、窪塚真由さんでよろしいですね』
混乱をきたした真由に、仕切り直すかのように後ろに立つ上司(推定)が口を開いた。
『私達はあなた達があの世と呼ぶ場所で、この世の人類を管理するものです』
───あの世の管理人、て事は神様?あれ、やっぱり声は出ない?
『思念を読む事は出来ますが、あえて読みませんので、伝えたい事は私どもに向かって強く念じてください』
『あなた方が神様ってことですか?あ、声出た?』
『いえ、私達はあなたが思うような意味での神ではないです。神の様な存在に使える役人の様なものです』
『天使みたいなことかな?』
『私達の存在は明確に説明できるものではありませんので、それで結構ですよ』
スーツのオッさん天使、、、 まあ役人って言ったからきっとあの世の役所にお勤めなんだね。
『それで、そっちの新米君のせいで死んだっていうのは?』
『新米君・・・』
土下座のまま項垂れていた新米君が情けなくつぶやいた。
『わかりやすく言いますので、想像して下さい。
この世に生きる人には必ず一つの運命の天秤があります。天秤には様々な意味がありますが、例えば善と悪、陽と陰、幸運と不運など対なるものによりバランスが取られています。
その天秤はその人の一生が終わってもあり続け、次の輪廻の生にも引き継がれていきます。百数十億もの数の天秤は、あなた方があの世と想像する場所の天秤の間に置かれています。天秤は長い長い時を揺らめかせ、いつか自然に消えるのです』
『消えたらどうなるんです?』
『自然に消えた場合、その魂は充分に輪廻転生を繰り返し、成熟したとして次の世界に登ります。まあ、人としてこの世に生きる側から、あの世で管理する側になる場合が多いですね』
『じゃあ、あなた達も人だった、て事?ですか?』
『そうだと言われていますが、我々に記憶はありませんので分かりません』
そういうものだと思うしかないのね、まあこれが夢じゃなければ。
『そこで、今回の事なのですが』
そうだった、この土下座のままの新米君が何かしでかしたんだった。
『実はこの度このバ、部下が、天秤の間に突っ込んで天秤を壊してしまいました』
今バカって言いかけたよこの上司、ってん?
『壊した?え?簡単にこわせる様な場所にあるの?』
『・・・天秤の間は扉を開ければ誰でも入れます。入ってはいけないだけだ。そもそも私達管理者は「決まりを破る」という事をしないし、しようとも思わない。故に、天秤の間には入室を許可された者しか入らないし、入っても天秤を壊す様な事態にはならない・・・普通は』
怒りのためか丁寧だった上司の口調が乱れていく。
『すみませんー』
土下座君は床?に頭を擦り付けてピルピル震えている。
『そもそも、好奇心を持つはずがない管理者が「天秤の間見てみたい」などと言い出すわけがなかった。気がつかなかった私も愚かだが、こいつは異端だ、バグだ』
『ううっ酷いですー』
───うお、、ムゴイ。
『兎に角、天秤をみたいと言い出したこいつが、天秤の間の扉から覗き込んで、誤って部屋に飛び出し、天秤に突っ込んだ』
『うわぁ・・・』
『そして多くの天秤を蹴倒し、君の天秤に手をついて破壊した、という訳だ』
『破壊・・・』
『そうだ。他の天秤は何とか戻したが、残念ながら君の天秤だけが真っ二つに破壊され消えてしまった』
───な、な、なんだってぇー?
『ドジっ子かよっ!』
『すみませーーーーん』
『ありえない部下のありえない失敗といえ、私にももちろん監督責任がありましたので、貴方には深く謝罪いたします』
そう言って上司も深く頭を下げた。
今の真由に手足があったなら、土下座ドジっ子の頭を踏みつけているところだが、思考で猛り狂ったところでどうしようもない。そして上司は気の毒だ。
生前、自分の仕事ミスの尻拭いをしてくれる、課長の姿を思い出して心が痛んだ。
『それで、死んじゃった私は生まれ直すんですね?』
酷い人生だ。たったの二十九年、親はなくなり孤独に生きて、結婚もせず死んじゃうなんて。いや、会社も友達付き合いも楽しくって幸せに生きてたんだけどね。五年前までだけど彼氏もいたし、喪女でもないですからね。
───ああ、二連休とって温泉行きたかったなー。折角なら親友の美保子を誘って、北陸に行くのも良かったなー。海老カニイカ刺し加賀牛ステーキ・・・くそー、親も恋人もいないからって未練がない訳じゃないんだからね。どうせなら補償特典とかいって、チョットばかり来世にイロをつけてもおう、うん。
『無理なんです』
『ん?』
『天秤を失ったので、生まれ変わることはもうできないんですよ』
『え?じゃあ、私も管理人になるんですか?』
───嫌ー!好奇心も何も湧かない、なんか無機質そうな世界で。私はまだまだ、俗世に未練があるでござるよー!
『いえ、それも無理です。もうあなたには行くところがないんです』
『な、ナンダッテー?』
すみません、キリが良いので短めになってしまいました。
文字数詐欺・・・。