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第1話

 窪塚真由(くぼづか まゆ)は、割れる様な頭の痛みで目が覚めた。

 ゴウと耳鳴りまで聞こえる気がする、とにかく最悪な目覚めだ。


 遮光カーテンの隙間から光が見えるが、かなり薄いのでまだ夜明け前かもしれない。枕元にあるレトロな鐘の付いた目覚まし時計を手繰り寄せ、眠気と頭痛で顔を顰めたまま覗き込んだ。


───二時十六分


「・・・え?」


 さすがに深夜という暗さでは無いと思うが、とよくよく見てみると、秒針が動いていないようだ。


「えー?このまえ電池変えたとこだよね?」


 高校入学から十五年近くも愛用してきた目覚まし時計だが、ついに壊れてしまったか。仕方なくベットの脇のサイドテーブルに置いたはずのスマホに手を伸ばした。


 一人暮らしの1LDKである。寝室にしているこの部屋は四畳半しかなく、シングルベットをおいて、サイドテーブルを置いたらほぼスペースは残らない。だが壁一面が大きなクローゼットになっているので、収納をあえておく必要もないため充分満足している。


「はぁっ?八時五十分って、うっそ・・・いたぁ」


 スマホの待ち受けを見た瞬間ガバリと起き上がるが、割れる様な頭の痛みに撃沈し、再びベットに倒れ込んだ。

 今日は水曜日、当然出勤日だ。ちなみに始業時刻は九時である。


 勤め先は自動車部品製造メーカーの地方営業所。一応国内外に拠点や工場がある大手企業で本社は東京にあるが、事務職は現地採用されるため、真由は地元の短大卒業と同時に運良く滑り込むことができ、今年で勤続十年目に入った。


 朝には強い方なので、いつもなら目覚まし時計のけたたましいベルが鳴る前、きっかり七時十分前には目を覚ます。そして慌てることなく支度をしても、お昼の弁当を作る余裕すらあるのだ。


 徒歩五分のところにある駅から、この街唯一の単線私鉄電車──通称、赤電(あかでん)に揺られて十分強、駅前に広がるオフィス街の一角にあるビルへと通っているのだ。


「何でかなーって、うわぁ雨だよ」


 深酒をしたわけでもないのに寝過ごしたことに納得いかない。

 起き上がってベットのすぐ上の腰窓のカーテンを捲れば、空は分厚く暗い雲に覆われ滝の様な雨を降らせていた。薄暗いのも納得だ。

 耳鳴りではなく轟音の正体は打ち付ける激しい雨音だった。

 九月とはいえ、台風の情報は無かったはずなんだけどなあ、とため息をつく。


「低気圧のせいかなー・・・」


 どうにも頭痛が煩わしい。

 あと五分程で始業時刻。我が社はフレックス制度を採用しているが、申請しなくてはいけないので、とにかく会社に電話をしなくてはいけないだろう。

 寝坊で遅刻なんて、初めてだ。


───いっそ休もうかな・・・


 組合の関係で年間最低八日の有給取得が義務づけられており、一年間で最高十四日間まで休むことができる。真由は今年まだ三日しか有給を取っていなかった。


 月内で一番きつい締め処理は済んだし、大きな受注日でも無いので、今日は比較的暇な日である。しかもなんか嫌な予感もする。

 外は滝の様な豪雨。公共交通機関も動いてないかもしれない。


───うん、休もう。


 そうと決まれば会社に電話だ。


「prrrrrr・・・はい、SK工業の高須でございます」


 ちょうど一番仲が良くかつ直属の上司にあたる高須奈緒が電話にでてくれた。

 彼女は三十路にリーチをかける真由より、さらに十歳年上で『できる女』を絵に描いたような女傑──ちなみに独身──肩書きは主任で、本社採用の総合職であり総務経理の責任者だ。


「奈緒さん、窪塚です。おはようございます」

「真由か、おはよう。電車止まってるでしょ、遅れる?」

「いやそれが、天気のせいか酷い頭痛で、後出しですけど有給もらってもいいですか?」


 営業事務員は二つある課に一人づつ。

 真由は地元自動車メーカーを得意先とする、二課の事務担当をしている。一課は二十七歳の新婚女子が務めている。

 代わりはきかないが大きな受注予定日でない限り、比較的休みも取りやすい。


「こんな日だからねー、了解ー、、と言いたいとこだけど」

「え?」

「フレックス申請しとくから、悪いけど十時半には来てくれる?朝のカンバン処理はやっとくから」

 当然オッケーと言われると思ったが、まさかの駄目出しである。

「な、なんかあるんですか?」

「さっきS社の品管から電話があって、メインラインに入れてるAピラーのサイズが短いって、クレームがあったの。詳しいことは来てから話すけど、明日の朝から使う部品だから今日は総出で選別よ」

「ええっ?間に合うの?」


 動揺のあまり敬語がすっ飛んでしまった。


「取り敢えず、課長と営業君達はみんな倉庫に行った。浅井課長が車に積めるだけ持って帰るから、それを私たちが選別するでしょー、何度かピストン輸送すれば、今日工場出る分はあっちで見るし、なんとかなるんじゃない?」


 詳細な図面に基づいて作られる樹脂パーツだが、時々何らかの原因で不具合品が出ることがある。大抵は工場集荷時の検査で防がれるのだが、極稀に客先に納入されてしまうこともあるのだ。


「ちなみにどれくらいです?」


 自動車の生産ラインに組み込まれる部品である。メインラインになるとその数は、、


「一万くらいじゃない?」

「ですよねーー」


 ああ、最悪だ。頭痛なんかで休んでる場合じゃないのね。


「そんなわけで、今日は定時で帰れるかどうかも分からないから。アスピリン分けてあげるから頑張って来てちょうだい。明日以降なら有給2連でとってもいいから」

「は、い」


──平日二連休かー。温泉とか行きたいなー。・・・・・、ハッ!いけない、急がないと。


 真由は観念してベットからおりると仕度を始めた。




 そこから真由の最悪な一日がスタートしたのだ。


 顔を洗おうとした瞬間停電した。

 この豪雨だから仕方ないが、真由のマンションはオール電化なので、お湯すら出ない。仕方なく水で顔を洗い、買い置きのロールパンを冷たいまま嚙り、牛乳を飲むついでに頭痛薬も服用。薄暗い部屋で何とか簡単な化粧をして着替えると、カップ麺を二つと冷凍焼きおにぎりを鞄に入れた。昼と夜食用だ。


 いつもは電車だが今日は車で行くほうがいいだろう。会社の向かいに八百円打ち切りのコインパーキングがある。雨もいつ止むか分からないし、電車がある内に帰れるとも限らない。


 意を決して部屋を出た真由は、マンションの前にある自走タイプの駐車場に足を運ぶ。たった十数メートルの距離でも傘を差さなければずぶ濡れだ。


 五年前に買った愛車であるパールグリーンのーコンパクトカーに近付き、乗り込もうとして違和感に気付く。


「ん?・・・ええっ?うそーっ!!!」


 見るとタイヤがパンクしているではないか。しかも前後共。

 いや違う、グルリと回り込んで見ると、四本のタイヤが全てペッチャンコになっている。どうやら刃物で切り裂かれているのが分かった。


───ぐぬぬぬぬっ


「悪質な嫌がらせか?、マジか、マジなのか?」


 一昨日買い物に行った時は何ともなかったはずだ。

 あまり駐車場に車は停まっていないが、二つ隣のスペースにあるワゴン車のタイヤもペタンコだ。


 こんな時は警察に電話?でもきっと見に来るだけで、器物破損の被害者届けを出して終わりな気がする。なにより時間がない。

 ムカムカを通り越した静かなる怒りを抱えて、真由はもう一度部屋に戻った。


 バスで行くにしても、着替えが必要になりそうだ。会社に着いたら、一度警察に電話した方がいいだろう。

 大きなファスナー付きのビニールのトートバックに、着替えとタオルと靴をつめて再出発だ。


 十分以上歩いてバス停にたどり着くが、運休な気がする。仕方なくそこからすぐ先にあるタクシーの営業所に行こう。

 相変わらず酷い雨が続く。先ほどスマホが大雨洪水警報を発していた。しかもあちこち冠水していて歩きにくく、もう踝までグッショリだ。


 それにしてもショックが大きい。三ヶ月前に五年目の車検をしたばかりだった。タイヤも交換したばかり!だ。車検代は十三万円也。


───たった三ヶ月でまたタイヤ交換なんて!!どうせ犯人が捕まったって補償なんてされないんだよね。チクショーめ!


 タクシーだと会社まで千六百円くらい。


───電車なら百二十円なのにねっ!


 小学生の時から母子家庭で暮らし、三年前に母親を事故で亡くした真由にはあまり経済的な余裕は無い。母の保険料や少しの遺産は将来の─主に結婚出来なかった場合の─未来のために貯金した。タイヤ交換で発生する出費は痛い。タクシー代だって、千六百円あれば美味しいランチコースがたべれるのに。


 なんとか一台残っていたタクシーを捕まえることができた。

 行き先を告げると、運転手の男─推定六十歳─はフン、と鼻息で返事をする。

 コラおっさん態度悪いぞ、気分の悪さでは負けないからな!と心の中で叫んでおいた。


 都会のタクシーは顧客獲得のため過剰に愛想がいいらしいのに、地方では大手独占で競争知らずなせいか、態度悪いのが多い気がする。


───まあ十分もすれば着くだろうから、十時半には余裕で間に合う、、ん?


「あの、ユリの木通りを通って欲しいんですが」


 ここを直進するのでは遠回りだ。


「今日はあっちこち冠水してるから、通れない道があるんだよ」


 そう言われれば仕方が無い。やっと頭痛も治まってきたし、プロに任せてしばし休憩。



「これ以上は水が多いから、ここまでだね」


 が、無情にも結構手前で降ろされた。もちろん豪雨継続中である。

 しかも二千百円って、五百円分も遠回りしやがった。財布には千八百円しか細かいのが無い。


───しかたなく万札出したら舌打ちされるとか、フザケンナっ!


 五分前だよ急がなくちゃ、と広めの歩道を歩いていると、背後から水しぶきを上げた車が通り過ぎ、頭から水をかぶった。


「ふふふふふ」


 怒りの限界を超えると、人は愉快になるのかもしれない。

 どーでもいーや、ともはや飾りとなった傘を持ったまま進む。後少しでゴールだ。

 目的地である会社の入ったオフィスビルのはす向かいの交差点に到着。


 最近ずっとデカイ音を立てていた建設中のビルも、今日はさすがに作業中止らしい。高層の足場に貼られたビニールシートに雨が降り注いでいる。

 ちょうど信号切り替えの合間。


───会社に着いたら取り敢えず着替えて、冷凍庫にアレを入れて、熱いコーヒーが、、


「キャアアああぁぁっ」


 ボンヤリとしていたら突然、向かいで信号を待っていたずぶ濡れのオバ様が叫んだ。


───ん?



********************



『かわって県内のスタジオから事故のニュースをお伝えします。本日午前十時半ごろ市内の建設中の高層ビルから、クレーンと思われる重機と鉄鋼が歩道に落下する事故がありました。この事故で歩行者一名が死亡、信号待ちの車が一部破損し、助手席にいた一人が軽傷を負いました。死亡したのは同市内に住む会社員の窪塚真由さん二十九歳。信号待ちをしているところ、落下した重機の下敷きになった模様です。同時に落下した鉄鋼の一部が、信号待ちをしていた乗用車の後部に落ち車体が破損、助手席の女性が腕や肩などに軽傷を負いました。市内では朝から豪雨に見舞われたため建設工事は中断されており、◯△県警ではビルの建設下請けをしていた会社に、重機設置の不備がなかったかを確認すると共に・・』

真「パーツの選別とか、ずいぶんマニアックだよね」

作「よくある事なんだよ。作者はQC検定の三級を持っているんだよ」(どや顔)

真「いや、そんなマニアックな資格知らないし、しかも三級とか微妙・・」

作「品質管理検定を知らんとは」

真「いや知らないって」

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