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第17話

 マユは暗がりの中、パチリと目を覚ました。元々目覚めの良かったマユだが、ここにきて体内時計が異世界時表示と一致したのかもしれない。


 窓から空を眺めれば、ぼんやりと紅い月が地表から約三分の一といった高さに来ている。つまりあと一刻程で夜明けだ。


 マユは予定ぴったりに起床出来て満足だった。しかも珍しい事に、隣のベットではまだゲイツが眠っているではないか。


 半裸族のゲイツを揺り起こすというボーナスタイムの前に、素早く静かに身支度だ。マユは浄化でどうにでもなるこの世界でも、毎日着替えをしていた。と言っても、似た様なワンピースしかないので変わり映えはしないのだが。


 暗がりの中素早く着替えると、脱いだパジャマ用ワンピースに浄化をかけて鞄にしまう。


 そう言えば、ゲイツも毎日服を着替えている気がする。ズボンを履き替えているところは見たことがないが、ズボンの色が黒からこげ茶になっていて気が付いたのだ。浄化があっても毎日服を着替えるのが一般的なのかもしれない。


 ここは灯りを点けてからじっくり起こしに掛かりますか、とオッサンみたいな事を考えたマユだったが、灯りを起動する寸前に、ゲイツが目を覚まして身を起こしてしまった。


───む、無念。


「おはよう、起きてたのか・・・」


 マユは灯りの魔道具を発動させた。月明かりだけで薄暗かった部屋が急に明るくなったので、目がシパシパする。


「おはようゲイツさん。昨日早く寝たからかな、スッキリ目が覚めたよ」


 ボーナスタイムはお預けだが、眼帯をとったままのゲイツの、珍しくボォーッとした顔が見れてマユは満足である。


 眼帯を着けていないと威圧感が薄まって、少し若く見える。まあ三十路魂のマユにしてみれば二十七歳は若者だが。


 マユはテーブルの上に洗面器(とまゆが命名した桶)を置いて、水を満たして顔を洗った。


「昨日も朝顔を洗っていたな」

「うん、何となく気持ちが爽やかになるんだよね、ゲイツさんもやってみたら?」


 と律儀に水を変えようとするマユに、そのままでいいとゲイツも顔を洗った。


 濡れた顔を撫でながら、確かに目がさめるなと納得したようだ。マユはタオルを渡しながら、明日からゲイツさんも一緒に顔を洗おうね、と妙な約束を取り付けた。

 単に眼帯を外したゲイツの顔を毎朝見たいだけかもしれない。


 マユが水を片付けると──トイレに捨てに行くだけなのだが──まだ食堂は開いていないので、部屋で簡単な朝食を取る。簡単と言っても長い道程を行くのだ、量はしっかりと食べる。

 定番となりつつあるマユ持参のパンで、ハムとチーズを挟んだサンドイッチだ。今回はレタスも挟んだ。


 マユの鞄からドンドン出て来る食料について、今のところゲイツからの突っ込みはない。あれ?コレ日持ちする?てな物もさり気なく出しているのだが、意外と天然な所も垣間見えるゲイツは、気が付いてないかもしれない。


 同じくマユが提供した林檎ジュースを飲み干した二人は、荷物を持って外套を羽織ると二泊お世話になった部屋を出た。


 店の受付カウンターには初お目見えの親父さんが居て、鍵を返すと宿を出る。


「ゲイツさんマントみたいなの羽織るんだね」


 ゲイツは黒いフードのない外套を身に付けていた。


「ああ、カラムで失くしたから昨日買ってきた」


 なるほどそれで今まで見なかったのか、でもそれなら一緒に街を周った時に買えばよかったのに、とマユは少し残念に思う。選びたかったのだ。


「ルードおはよう、いい天気だぞ。マードウィクまでまたよろしくな」


 宿の横に併設された騎獣舎に来るとゲイツは早速、朝食の林檎を振舞っている。やはりルードに話しかける時だけゲイツの声が甘くなる気がする。


「グリュゥゥン、キュキュゥ(ご主人様と一緒ならうれしいのよ)」


 首筋を撫でられながら、林檎を齧るルードは幸せそうに嘶いた。いや、実際喜んでいるのだが。


───ルードって林檎しか食べないのかな?


 マユも久しぶりにルードに挨拶をする。


「ルード、おはよう」


 するとルードはチラッとマユを見て、ツーンと顔を背けた。ゲイツはしゃがんで鞍を鞄から出してゴソゴソやっているので気がつかない。


『ちょっとルードさんてば、何怒ってるの?』


 ルードに顔を寄せ、マユは小声で聞いた。


『チンチクリンばっかりご主人様と一緒で、ズルいのよ』


 嫉妬している。


『何言ってるの、ゲイツさんルードに激甘じゃない。昨日もいっぱい走ったんでしょ』

 ルードはでもなー、とでも言いたそうにマユを半眼で見る。

『ゲイツさんは優しいから、子供を放っておけないだけだよ』

『そうなのよ、ご主人様は優しいの。昨日は橋の村まで戻ってベリーを食べて来たのよ、帰ったら背中を洗ってくれたの、気持ち良かったのよ』


 一転惚気られた!とマユは引きつった。


───デートだね!ローデリアまで往復四時間とか、時速何キロだよ。


 恐ろしい。キャッキャウフフと街道を爆速したり、ベリーを食べ合う主従コンビの姿が、マユの脳裏に浮かんだ。ルードはベリーも食べるらしい。


「支度が出来た、出るぞ」


 鞍と荷物を着け終わったゲイツが、ルードの手綱を引いた。


「お前達随分仲がいいな・・・」


 なんとくゲイツがジト目で見ている気がする。


───え?まさかゲイツさんにも妬かれるの?


 マユの微妙な心中も知らず、一行は北門に向かった。


 もう少しで朝日が昇るのか、空がだいぶ白んできていた。



********************



 街道が始まる北門の前の広場には、数カ所に別れて馬車が纏まって停められていた。


 まだ大門が開いていないので、出発を待つ商隊が何組か待機しているのだ。


 北門から続く街道は副都マードウィクや港街ポートルテへと向かうことができるので、常に出入りする商隊が多い。沢山の馬車が停車出来るよう北門前には広いスペースが設けられている。

 マユはバスターミナルみたいだと思った。


 ちなみに東西の門から直接街道は出ていないため、夜の刻には完全に閉まっている。


 ゲイツはあそこだ、とマユの手を引いて四台の馬車がまとまっている方へ向かった。幌の付いた頑丈そうな荷馬車が三台と、人が乗る為の綺麗な黒塗りの箱馬車が一台だ。全て二頭立で其々の馬車には脚の太い、黒毛の巨大な馬が繋がれていた。


 マユは肉眼で馬車を見るのは初めてだった。映画の中にでも入ってしまった気分だ。


 ゲイツは、箱馬車の前に立っていたマユと同じ様な深い緑色の外套を纏った壮年の男性に声を掛けた。


「ピレニー殿、本日はよろしくお願いします」

「おお、ゲイツ殿、今回は引き受けて下さって助かりました。ゲイツ殿がいれば一安心ですな」


 向き合って挨拶をするこの、威厳漂う顎髭の男性が、商隊のボスらしい。

 マユはどこかで見た様な、と観察していたが急に思い出した。


───リンカーン髭だ。


 顔が似ているわけでは無いが独特な顎髭の形が、アメリカ合衆国十六代大統領の有名な肖像のそれに似ていた。

 お陰でピレニー氏を見忘れる事はなさそうだ。


「こちらこそ、無理を聞いていただき有り難うございます。この子がマユです」


 雇用主だからだろう、ゲイツがいつに無く丁寧に話している。


「マユです、よろしくお願いします」


 マユは真面目に子供らしく挨拶をした。


「私はピレニー商会の代表モレダン・ピレニーだ、よろしくなお嬢さん。何か不便な事があったら何時(いつ)でも言いなさい」


 気難しそうな印象だったのだが、笑うと気のいいおじ様といった感じだ。

 ギルドで会ったキリングだが、モレダン氏にも姓があるって事は貴族かな?とマユは予想した。


「もう直ぐ皆揃うだろう」


 ピレニーがそう言った時、日の出の音楽が聞こえて来た。ハンドベルの演奏のような綺麗な音色だ。当然昨日と同じ曲だが、朝日の中で流れる曲はひときわ清廉で美しい。


 マユの新生活四日目の始まりである。


「馬車は見ての通り四台。二台が食材で一台は反物だね。護衛は今回君を入れて八人、少ないが少数精鋭だと思ってくれたまえ。此方は御者が交代要員込みで六人と商会の者が私とあと一人だよ」


 マユも入れて総勢十七人である。


「分かりました、脚はどうですか?」

「一人だけ地竜蜥蜴がいる、残りは馬だが急ぐことはないから、問題なかろう」


 ピレニーとゲイツは仕事の話だ。

 マユは暇だったので、馬車を近くで見て回ったりしていたが、全員揃ったようで挨拶があるらしく、呼ばれてゲイツの元に戻った。


───サスペンションは無さそうね。



********************



 全員で輪になって自己紹介し、ピレニーの挨拶が終わると、いよいよ出発となった。

 四台の馬車が順に南門をくぐる。


 ピレニー商会の前に出発した商隊が前方に見えている。関係の無い商隊でもなるべくまとまっている方が安全らしい。


 マユは出発間際に酔い止め薬を飲んだ。効果良の酔い止めは十二時間効くのだ。どうやら夜は馬車を止めて野営をする様なので、旅の間四本あれば足りるだろう。


 どの馬車に乗っても良い──御者席の隣は空いている──と言われたが、最初はピレニーと同じ箱馬車に同乗させてもらった。乗ってみたかったのだ。


 箱馬車には他に、ピレニーと彼の補佐をしているカミュという若者、御者の控えが二人の全部で四人だった。


 ビロードの様な優しい手触りのワインレッドのソファに座り込むと出発である。


 街道はきちんと石畳みに舗装され予想より揺れなかった。

 しばらくはパッチワークの様に広がる農地の間を走る事になる。


「お嬢さんは馬車旅は初めてかね?」

「そうです。馬車に乗るのも初めてなので、後で荷馬車にも乗ってみたいです」

「天気が良ければ、御者席もなかなか楽しめるだろう・・カミュ、大丈夫か?」


 マユと同じ側のベンチソファに座る壮年の御者二人は身体を休める為か、腕を組んで目を閉じている。一方向い席のピレニーの隣に座る、カミュという長い銀髪の青年は蒼ざめた顔で項垂れていた。早くも馬車に寄った様だ。


「すいませんピレニー様」

「慣れないものは仕方ない。薬はのんだのか?」

「持参したものはセレントに着く前に飲んでしまって。そろそろ慣れるだろうと思って・・」


 二十歳にもならないだろう若者は、今回初めて遠出の買付に同行したらしい。いつもはマードウィクの本店で仕入事務をしているという。


 真っ青な顔で口元を両手で覆っている彼を見かねて、マユは鞄から自作の酔い止めを取り出し、彼に差し出した。


「あの、酔い止め薬余分にあるので飲んでください」

「よいのかい?」


 受け取ったのはピレニーだった。マユが頷くのを見て、彼はコルク栓を外して薬瓶をカミュに差し出した。


「飲みなさい」


 カミュは凝縮しながらも、薬を一気に飲み干した。


「ありがとうございます」


「この薬はお嬢さんが作ったんだね。素晴らしい腕前だ」と言いながら関心した様に、ピレニーは瓶を手の中で転がした。やはり商人らしく鑑定を持っているようだ。


「商人がタダで頂く訳にはいかないね、いくらだい?」


 対価を支払おうとするピレニーに、マユは首を振った。まだ薬の相場はリサーチ不足なので、正しい金額を提示出来ないのだ。


「これは自分が飲むために練習を兼ねて作ったものですし、馬車に乗せて頂いたお礼に受け取って下さい」


 ピレニーは渋っていたが、それじゃあマードウィクのギルドで専任薬術師になれなかったら雇って下さい、と言ったら笑って快諾してくれた。


「まあ、お嬢さんの様に大きな加護がある薬術師を、ギルドが手放すわけがないだろうがね」


 しばらく走る内にカミュは体調が回復したようだった。改めて礼を言うカミュに、マユはちょうど良いと、疑問に思ったことをぶつけてみた。


「あの、不躾ですみませんが、カミュさんは水の神様の加護をお持ちなんですか?」


 カミュの瞳はくっきりと濃紺だったので、マユは最初に見た時から水の加護持ちじゃないかと思っていたのだ。


「そうです。今回の買い付けに同行したのも、僕が氷の魔法を使えるからなんですよ」


 水の加護力の中でも、氷の魔法を使える者は少ないそうだ。確かに食品を買い付けて劣化しそうなものを氷漬けに出来れば便利かもしれない、とマユは関心した。


「ピレニーさんは、ひょっとして大地の加護もお持ちですか?」


 ピレニーは薄い茶色の瞳だった。


「いいや私はダムナート様の小加護のみだよ、色は頂いていない。お嬢さんも沢山の人に出会っていけば分かるだろうがね、大きな加護を授かっている者の『色』というのは、本当に鮮やかな色で見れば直ぐにソレと分かるんだよ。髪に色が出ついれば更にそう思うだろう、今回の商隊には居ないが・・そうだね、シュバルツ様にお会いすれば分かるよ」


 とピレニーは意味深に笑って言った。マードウィクのギルマスであるシュバルツ氏は一体どんな人なのだろうか、興味が尽きない。


「私も男爵位を賜って貴族の末席にいるが、古い貴族は色に拘る家系が多いんだよ。薄い髪や瞳の色でも加護の色だと言ってはばからない者もいる。不敬な事だがね。

 彼らはプライド高いからね。まったく、ご加護とは個人で賜るものだと言うのに、色を持った者にしか家を継がせないという一族もいるからおかしな事だ」


 マユはセレントのギルドで会った、キリング氏を思い出した。薄い青の瞳を紫だと言ってた御仁だ。

 彼にも貴族ならではの複雑な事情があるのかもしれない。


「でも、色を持った子供が生まれなかったら困りますね」

「まったくだね、その最たるものが今のカティア王家だ」

「カティアっていうと隣の国、でしたね・・」


 マユは地図を思い出しながら言った。イスラー大陸の南西部三分の一を占めるケルン王国の隣。丁度大陸の中央に位置する国だ。ケルンの半分以下の国土だが、歴史ある国らしい。

 たしかゲイツの騎獣ルードの名前は、彼の国を作った英雄の名前からとったはずだ。


 ピレニーが言うには、カティア王国では建国王ルードリッヒがそうであった様に、王になる者はウルスラの大きな加護を持った、紫を纏う者と決まっているそうだ。


「それじゃあ今でもカティア王国では、紫を宿した人じゃ無いと王様になれないんですか?」

「そのようだね、しかし王族だからといってそうそう『紫』は生まれない。

 だから今の国王様には三十人もの側室様に御子様が全部で四十五人もいるという。おかしな話だよ」


 ふぇー、とマユは驚いた。王様頑張りすぎだろとも思ったが、そこまで紫に固執する、それがカティアの誇りなんだとか。


 紫を持った子が生まれないまま、王が崩御しようものなら、壮絶な世継ぎ戦争になりそうだ、と知らない国ながら心配してしまった。





 天気もすこぶる良く爽やかな秋の風が吹く中、馬車はひた走る。

 街道は長く北にのびて大きな森に突き当たり、それを避ける様に道が左右に分岐する。

 一行はその分岐点で休憩をとる事になった。


 ピレニーに礼を言って馬車を降りる。二股に分かれた袂の街道脇に、大きな東屋の様なものがあった。三十人は軽く座れる休憩所といった感じだ。

 どうやらこの街道沿いには、この様な休憩地点が点在しているらしい。


「ゲイツさん!」


 久しぶりにゲイツを見た気がして、馬車の横でルードに水をやるゲイツにマユは駆け寄った。ゲイツは先頭を走っているので、馬車からは見えないのだ。


「マユ、体調はどうだ?」

「うん、薬飲んでおいたから快調だよ」

「そうか。半刻ここで休むらしい。しっかりマユも身体を休めるようにな。トイレもある」


 ええ?と思い東屋の方をよくよく見ると、小さな小屋が併設されてた。トイレの様だ。

 なるほど、国道沿いのドライブインみたいな場所かとマユは感心した。残念ながら出店は無いが。


 前方を行く商隊と、背後から来た商隊は揃って港街ポートルテに向かう西の道へ進むらしい。つまりここからはピレニー商会のみの旅路になる。


 今まで通ってきた平原は遠くに牛かな?と思うような一軍はいたが、それ以外生物に遭遇する事もなく、至って平穏に過ぎた。聞けば今は昼の四刻だという、つまり三時間以上を進んだ事になる。


 御者も含め商会の人達は東屋に集まって、何やら話し合っている。

 傭兵達は二人だけ馬車に付いて警護し、残りは休憩するそうだ。まあこんなに開けた場所ならば、警戒するのは森側だけで充分なんだろう。


 マユは念の為トイレに行っておく。道中でトイレストップをお願いする度胸はさすがに無い。


 トイレを出ると荷馬車の近くにいるゲイツの元に向かう。見張り番では無ので邪魔にはならないだろう。

 東屋の端から声をかけようとした時、二人の傭兵が先にゲイツに声をかけていた。あまり良い雰囲気では無い。


「おいアンタ、有名な魔獣ハンター様がなんだって傭兵の真似事をしてんだ?」


 ゲイツより少し上くらいの歳だろうか。二人とも腰にロングソードを下げている。ルードに林檎をやっていたゲイツが振り返った。


「オメェだろ?『隻眼の雷帝』とか言われてんのは」


 まさかゲイツさんに喧嘩を売る気か?と東屋の仕切壁の後ろから、どこかの家政婦みたいに様子を見ていたマユは、思わずグフッとしゃがみ込んだ。


───ゲイツさんにそんな厨二っぽい二つ名が付いていたなんて!これは事件ですよ、くふふ。


 今度ゲイツに向かって呼んでみようとマユは企んだ。


「その魔獣ハンター様が、なんで傭兵の仕事に首突っ込んでんだぁ?」

「・・・」

傭兵(オレら)の仕事なんて片手間で出来るとでも思ってんのか?」


 ひょっとしたらハンターと傭兵は仲が悪いのだろうか?マユは思案した。

 ゲイツは無言だ。何と言うべきか思案してるのかもしれない。

 別に大事にはならないだろうがゲイツはこの手のタイプに『スカしてんじゃねー』とか言われそうな気がする、とマユが思った瞬間、


「なんか言えよっ、スカしてんじゃねーぞコラ」


───ほらやっぱり言われたよ。


 少し考えて、マユは出しゃばることにした。ここは健気な美少女が仲裁いたしましょう。マユは意を決して飛び出した。


「私のせいなのっ」

「ああ?」


 ゲイツと二人の間に入って、ゲイツを守るように二人に向き合うと、精一杯瞳をウルウルさせて上目遣いで見る。


「マユが騎獣に乗れないから、だからゲイツさんは馬車に乗せてもらうためにお仕事引き受けたの」


 気分は子役だ、女優だ。マユは両手を握りしめた。


「傭兵のみんなに申し訳ないって、ゲイツさんは気にしてたの。マユの所為でごめんなさい」


 と言ってメソメソと泣き真似、完璧だ。


 傭兵の兄さん達は、短く刈り込まれた茶色の髪をガリガリと掻くと、二人でチラリと視線を合わせて、


「ああ、もういいっ、別に因縁つけたわけじゃねぇ、傭兵の事をバカにしてなきゃ、いんだよ、な?」

「ああ、じゃあな、その、悪かったよ」


 バツが悪そうにそう言って踵を返す。


───フフン、男は美少女の涙に弱いもんよ。


 歩いて行く彼らを見送りながら、マユは満足そうに頷いた。


『オレ息子を思い出しちまった』

『俺も随分会ってねーな。ったく、ガキには敵わねー。まあ、美少女ってわけじゃないけどな』

『だな、美少女じゃないけどな』


───て、オイコラッ聞こえてっぞ!


「マユ・・」


 黙って立っていたゲイツに呼ばれて、ムッとしていたマユは我に返った。


「ごめんなさい」


 出しゃ張った自覚はあるので謝ると、ゲイツは少し首をかしげて真顔で言った。


「マユはたまに喋り方が変だな」


 ガクッ・・・、である。ゲイツにはマユの開発した『より幼気(いたいけ)な子供にみえるモード』は通用しないらしい。そりゃそうだ。


 余計なことしたぜと凹んでいると、そろそろ出発だと馬車に促さる。

 今度はお昼までゲイツとは別々である。ちぇーっ、としょんぼりしながらルードにバイバイしようとした時、別れしなにゲイツが大きな手でマユの頭を撫でた。


「・・ありがとな」






 ぐぬぬぬっ、と再び馬車に戻りピレニーの向かいに座ったマユは、真っ赤な頬を両手で挟んで悶絶した。


───下げてからの頭ポンポンとか、まったくゲイツさんは鈍い癖に押さえるとこ押さえてると言うかっ、三十路の枯れかけ女をトキめかすとは、相変わらずやりおるわっ!


 マユは五年以上彼氏無しだった前世を思い出し、長い事トキメキが無かったなあとしんみりした。


「ふふっ、心がトキめいたのなんて、五年以上ぶりね」


 なんて若干カッコつけて切なく呟いてみたが、マユは見た目十歳なので意味不明である。向かいに座るピレニー氏に『え?』と二度見されたりしたが、幸い(?)自分の世界に入っちゃっているマユは気がつかなかった。


マユさんは土魔法を試すの、すっかり忘れてますね。


平和なこの時代、属性魔法はあまり使われていません。一部治療院で、あとはハンターや傭兵など戦う職業の人が使うくらい。


土魔法に至っては、生活魔法に毛の生えた便利魔法扱い。ひどい。

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