第16話
予約を間違えてしまいました。
遅ればせながら、投稿です。
男達は若干周りを気にしながら、優しい声音で言った。シャツ姿は小太り眼鏡で、ローブを着た方は細目のノッポだ。
「おじさん達は、君が騙されてないか心配で、お話をしにきたんだよ」
代表でノッポが話すようだ。
「騙される?」
重くて仕方が無かったので、マユは薬材をそっと足元に置いた。
「君を連れてる男とは、まだ出会って間もないんだろう?」
「ゲイツさんはとっても良い人だよ」
ニコッと笑って言ってみる。そりゃもうお世話になってますからね。
「いや、君には優しいフリをしてるんだよ、彼には悪い噂があるんだ」
───ああ?いい加減な事言うなよ。
てな気分になったが、ここはキッチリ話を聞いておこうとマユは我慢した。
「悪い噂ってなぁに?」
「あの男は腕の良い魔獣ハンターとか言われてるが、実は闇の魔法で魔獣を自分で創り出して、退治した振りをしてるんだよ」
───んなわけないだろがーっ。闇の魔法でどうやって魔獣創るんだよ。
まさか本当にそんな噂を立ててるんじゃないだろうな?とコメカミに青筋立ちそうになるマユである。
「自作自演なの?」
「そうだよ、難しい言葉を知ってるね」
男達はマユがおとなしく話を聞いているので余裕が出てきた様だ。
「マードウィクっていう大きな街に、君を連れて行って利用しようとしてるんだよ」
「マユを利用するの?何に?」
「君は緑の女神様の大きな加護を持っているだろう?」
「ううん、マユは中の下くらいの加護だって」
もちろんデマカセである。男達は、おや?という顔になったが諦めない様だった。
「とにかくゲイツは、君がメイデンという薬術師の孫だと嘘をついて連れているんだよ。
仕事を紹介してあげるとか言われてるんじゃないのかい?
君が騙されて悪い大人に利用されないように、セレントのギルドで保護してあげるよ」
一応裏はとってあるらしい。ただマユが嘘も含めて承知の上だと知らないだけだ。マユはだんだん面倒臭くなってきた。
「おじさん達ほんとに、セレントのギルドの人?お名前は?」
「私はニック、彼はファシルだよ」
「(ノッポが)ニックさん、(眼鏡が)ファシルさんっていうんだ。ねえ、二人共これ何かわかる?」
そう言いながら、マユは外套の胸元に付けたブローチを見せる。一角兎が愛らしい。
「いいや、魔道具かい?」
マユはニッコリ・・・ニヤリと笑った。
「コレね、シュバルツのおじちゃんがマユに作ってくれた魔道具なの」
「「・・・え?」」
男達はマユが何を言ったか意味がわからなかったらしく、固まった。
「マードウィクのギルドのシュバルツおじちゃん知らない?」
「シュ、シュバルツ、様?」
聞き間違いだと思いたい、と男達の顔に書いてあった。
「マユねシュバルツのおじちゃんと仲良しなの。このブローチを使うとシュバルツおじちゃんとお話できるの」
『おい、そんな魔道具あるのか?』
『いや分からないが、シュバルツ様だしなあ』
『それにあの・・・』
『ああ・・・』
二人はヒソヒソしているが、マユは気にしない。
「コレ一回しか使えないけど、マユにはどうしたらいいか分からないから、シュバルツおじちゃんに相談するね」
そう言ってブローチに手をかけ発動(のフリ)をしようとした瞬間、
「待てっ」
大声で止められたのでマユは口に手を当て、コテンと首を傾げる。
吹き出してしまいそうだったのだ。
「どうやら我々の勘違いだったみたいだな」
「ああ、シュバルツ様の知り合いとは存じ上げなかった」
「大切な魔道具だから、もっと大切な時に使いなさい」
「そうだな、もっと危ない時にだ」
代わる代わる畳み掛けるように言いながら後ずさるとか、コントみたいだな、とマユは必死に口元を引き締める。
「でもゲイツさん悪い人なんでしょ?」
「いや、ただの噂だからね」
「彼もまあ、中々の雷の使い手だし」
「君がシュバルツ様と親しいとしれば、きっとゲイツもなにもするまい」
「ああ、大丈夫だよ、うん」
どんどん後ずさる二人に、
「二人の事、ちゃんとシュバルツのおじちゃんに伝えるからね」
マユがニッコリ手を振る。二人はすでに見えないとこまで行ってしまっていた。
───まったく面倒臭いね、まあちょっと面白かったけど。
「でもゲイツさんの悪口は許さん」
取り敢えず掃除機には、下痢ピーが十日は止まらなくなる呪いをかけておこう。
で、まだ見ぬ『シュバルツおじちゃん』に会ったらきっちり報告してやる。と誓いながら、マユはやっと帰路に着いた。
───パメオ青年ありがとう。ブローチ役に立ちました。
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マユは部屋に戻り、全ての薬を何度も作って試し、効果良で揃える事がでたので満足だったが、そろそろゲイツが帰ってくる頃かと思案した。勝手に出掛けた事を叱られるのは嫌だったが、今日の出来事をちゃんと報告したかったので、全部話すことに決めたのだ。
ゲイツは久しぶりに、仕事を介す事なく存分にルードと遠駆けを楽しんで、街中で諸用を済ませいい気分で宿屋に戻った。
今回はきちんと施錠していたマユが出迎える。部屋の中にはいると、マユが神妙な顔つきでベットに(正座で)座り込んだので驚いた。
「どうしたんだ?」
マユは殊更反省の顔で、今日の出来事を話した。具体的なゲイツの噂を除いてであるが。
「約束破って出掛けてゴメンなさい」
ペコリと頭を下げるマユの頭を撫でて、ゲイツは言った。
「いや、薬材が不足する可能性に気がつかないで、出掛けたオレが悪かった。怖かっただろ、頑張ったな」
超いい人である。最後はコントかよとか思いながら嗤ってたとか、絶対言えない。
計算のない優しさに、先に謝れば許してくれる可能性高いかな、などとあざとい事をチラリと考えてしまったマユは、胸を押さえてベットに倒れ込んだ。
───心が痛いっ、主に罪悪感で。
「大丈夫か?」
「くっ、心配無用で御座います。薄汚れたワタクシメには眩し過ぎたので御座います」
「・・・本当に大丈夫か?」
いかん、頭の中身まで心配されてしまった。マユはムクリと起き上がり、何事もなかったかの様に言った。
「明日、マードウィクに向けて出発するんだよね、薬はちゃんと出来たよ」
「・・・ああ、そうか」
晩飯を食いながら明日の説明しよう、と気を取り直したゲイツに連れられて、一階に少し早い食事に向かった。
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日が落ちるにはまだ半刻程あるため、食堂は朝同様空いていた。
せっかくなので、朝と同じ席に陣取る。調理場カウンターに立て掛けられたメニュー黒板も、今夜は見る事が出来る。
「チキンとキノコのクリームソースパイ包みだって、食べよう!あと、ローストビーフだって、ん?ビーフ(牛)?」
やはり牛なのか、とゲイツを見るとちゃんと察して答えてくれる。
「ん?恐らくセレント名産の栗毛真牛だろう」
「くりげまぎゅう、お、惜しい。・・じゃなくて、美味しいの?」
「ああ程よく刺しが入って脂身は甘みがあってサラリとしてしつこくない」
何処かのコメンテーターみたいな事を言うゲイツに驚いていると、
「と、シュバルツ殿が言っていた」
と種明かしされて納得した。ゲイツさんが美食家キャラとか、あんまり似合わないしと結構失礼な事を考えながらマユはチラリとゲイツを見た。
「オレは食えれば特に拘らん」
───うん、そんな感じ。
結局パイ包みもローストビーフも、そしてサラダも注文し、更にゲイツはカツレツとバケットを頼んでいた。
「それにしても『シュバルツのおじちゃん』は良かったな」
そう言って先程の話を思い出すゲイツに、マユはマズかったかな?と確認しておく。
「いや、逆に笑い飛ばしそうだな、実際会ったら呼んでみるといい」
どうやらかの御仁は、大らかな人柄らしい。よかったと胸を撫で下ろすマユである。
「ブローチに丁度風の魔法石が着いていたのも良かったな」
「どうして?」
マユとしては、何となく風の魔法といったら伝達系がありそう、と思いついただけだったのだが。
「シュバルツ殿は風の物凄い加護を授かってるからな」
だから信憑性が高かったんじゃないかと、ゲイツは解説した。なるほど。でも物凄い加護ってなんかスゴイな。マユには想像もつかなかった。
「で、明日は何時に出るの?」
ブドウジュースとエールで乾杯して、直ぐに出てきたローストビーフを切り分けながら、マユは聞いた。
「それなんだが、マードウィクへの道程は、カラムからココまでの倍以上はある。ルードに乗って行くには、マユにはキツイだろう」
「うーん、頑張るよ?」
といいながら、パクリと肉を口に運んで、
───美味っ、ローストビーフ最高うまっ。ナニコレ溶けるー。
意識がゲイツから離れてしまった。
マユはローストビーフは赤肉派だったし、醤油がない世界で作ったソースに期待していなかったのだが、しかし!
くど過ぎない油がサラリとしていて、絶妙な焼き加減からの周囲にはハーブとニンニクが薄っすら香り、レアの部分の肉は柔らかく味は濃厚で最後は甘い。ジックリ煮詰めたフォンドボーに赤ワインと少しだけバルサミコを加えたソースがベストマッチ。
こんな時、人は目を閉じて天に拳を突き出すのだ。
───我が生涯に一片の悔いなし!
だから、まだ三日目だっての。
「で、続きを話していいか」
目の前で左手を突き上げている変な少女に、ゲイツは恐る恐る声を掛けた。
マユは残心までやりきって、再び小さな口いっぱいに、肉をモキュモキュしながら頷いた。どうやら羞恥心は無いらしい。
最近マユの魂年齢が若年化している様だ。
「実は知り合いの商隊がたまたま、明日マードウィクに向けて立つらしい。
オレはルードに乗って護衛をする。マユは馬車に乗せてもらえる様に、話をつけたからな」
「馬車で行けるんだ、ありがとうゲイツさん。でもハンターって護衛もするの?」
この世界の馬車か、あまり良い予感はしないがルードさんに乗って急がれると、お尻が四つに割れちゃう可能性大である、そう考えてマユを気遣ってくれる優しいゲイツに素直に感謝した。
「いや、護衛は傭兵ギルドの仕事だ」
この世界、対人外はハンター、対人は傭兵とハッキリ住み分けされている。商隊の護衛の場合は、敵は盗賊の類ばかりではなく当然獣にも対するのだが、そもそも商人と積荷を護る事に重きを置くため、傭兵の管轄となっているのだ。
「一応、傭兵ギルドに登録している。まあ、昔に形だけな」
「ほえー」
「日の出と共に出発する、起きるのは早いからな。日程は三泊四日だな、何事もなければ四日目の閉門前にマードウィクに着くだろう」
「何か準備は?」
大概必要なものは鞄にあるからまず不足はないと思うが。なんたってカレーが作れる程の量の香辛料まであるのだ。
「毛布は持っていたな、基本食事は商隊で用意してくれるから大丈夫だ」
「わかった。明日寝坊しない様に気を付けないとね」
「そうだな」
明日はいよいよマードウィクに向かうのだ。思えばあのバ管理者がドジっ子属性を控えていれば、マードウィクに当日には着いていたのだ。
マユは感慨深い想いで一杯だ。
───あれ?でもバ管理者がドジらなかったら、ゲイツさんと逢えないどころか、ゲイツさん生きて無いのか?
だがあのバ管理者のおかげで、ゲイツさんに逢えたとかは、絶対言いたく無い。絶対にだ。
マユはドジっ子で迷惑ばかりかける癖に、何となく許されちゃうああゆうタイプは、とことん糾弾したくなるのだ。実際はしないけど。
「ぐぬぬぬっ」
突然頭を抱えたマユに、ゲイツはもう突っ込まなかった。どうせ・・、
「お待たせ、パイ包みだよ」
「うひょーっ、美味しそうっ」
そう、勝手に復活する事に気が付いたのだ。
「パイがバターたっぷりでサックサクだ、うわっホワイトソースが濃厚だね、あっつい、んまぁ~い。チキンの出汁たっぷり出てる、キノコもプリプリで美味しいね、ゲイツさんっ」
「そうだな」
結局幸せそうだからいいのだ。
お腹一杯に食べて部屋に戻っても、まだ一つの鐘が鳴ったばかりだ。
寝るのはさすがに早い。
ゲイツは珍しくあの巨大な両手剣を収納鞘から引き出して、手入れを始めた。マユにはよく分からないが、部屋の魔道ライトの光を受ける、白銀の刃は綻び一つ無い様に見える。
マユは近くで初めて見る凶器に、無意識に唾を飲み込んだ。切り飛ばされた灰毛狼が頭に蘇ったのだ。
「手入れなんて、するんだね」
「もちろんだ、最近あまり使って無かったが、明日は正式に契約した仕事だからな」
ベットの上に布を広げて、真剣な眼差しで武器の手入れをする様は見応えがある。
───ひょわー、ゲイツさんの男前度が五割り増し!
マユはしばらく自分のベットの上で、「うぉーっ眩し過ぎて目がぁぁ」とか言ってゴロンゴロンしていたが、ふと思い立つと鞄から薬のレシピ全集を取り出して、緑布を広げた。
ゲイツを真似るようにこちらも胡座をかいて、真剣な眼差しで薬のレシピを探す。
目的のレシピを見付けると、鞄から材料を出して、分量を間違えないように確認しながら並べた。
「よし、『酔い止め薬十本生成』」
呟くような小さな声でも、ちゃんと緑の光の渦が浮かんで、薬が完成した。
「よし出来た」
全てを丁寧に鑑定すれば、ちゃんと目的の酔い止め薬が良効果で出来ていた。満足である。
「追加の薬か?」
「うん、これは自分用の酔い止め薬」
ゲイツは既に武器の手入れを終えていた。
馬車に乗るのが初めてだからと言うマユに、ゲイツは絶対に薬を先に飲んでおく事を勧めた。馬車は初心者には大変キツイのだそうな。
「まだニの刻だが、寝るかな」
「そうだね」
マユはどうせ暫くベットで寝れないなら、と買ったばかりの絹のようにサラサラなワンピースに着替えた。
いい夢が見れそうである。
「おやすみ、ゲイツさん」
「ああ、おやすみ」
───マードウィクに、お風呂ないかなぁ。
お恥ずかしい話ですが、ストックが尽きてしまいました。
毎日更新でしたが、週二回位になります。
申し分けありません。