第15話
無駄に長くなってしまいました。すみません。
昼食にはまだ早いので、二人は大地の神殿に出向く事にした。土の属性魔法が使いたいマユの希望である。
本当は一通りの属性魔法を覚えたかったのだが、この街にある属性の神殿は土のみだった。
ケルン王国は大地と緑の女神をシンボルとしている為、この二つはどの街にも在るのだが、他の属性神殿はあまり多く無いのだ。
目的の神殿は、街の北東の角にある小さな城の様な屋敷の隣にあった。
白石造りが美しい中々に立派な建物であるが、隣にそれ以上立派な屋敷があるので、そちらに目がいってしまう。
「あのお城みたいなのは誰の?」
「ああ、セレント領主の屋敷だな」
そういえばこの国は王政だから、領地を管理する貴族の住まいがあるのは当然だ。聞くとセレント領主は現国王の弟だったのだが、二十年も前に王籍を返上して臣下に下り、伯爵位を賜っているんだとか。
「セレント領って広いの?」
「カラム大森林を含む、この街から南が全てだからかなり広い」
なんとなく屋敷はヒッソリとしていて人の気配が無い。ここには住んでいないのかもしれない。
「セレント領は南に国境大橋やウィリスの神域がある、国内唯一の封魔殿も抱えているから非常に重要な土地だ」
「へぇー、だから元王弟が牛耳ってるんだね」
「まあ、有能な方だからな」
そんな支配階級の御方と会うことも無いから、マユはふーんと聞き流した。
そのお偉いさんのお屋敷を横目に、神殿に入る。中はマユが日本で見たことのある様な、長椅子の並んだ礼拝堂になっていて、天窓から差し込む光が、正面のひときわ白く輝く女神像を照らしていた。
等身大女性位の大きさの大地の女神アルディーナの像は、眼を伏せて優しく微笑み、嫋やかに包み込むが如く両手を広げている。
纏っているのは世界が違ってもやはり定番のキトンだった。女神といえばコレである。流れる様な絹の光沢まで感じる精巧さだ。
ちなみに所謂ドリス式キトンと言われる二の腕むき出し、隙間スリット入りのセクシー仕様である。
───ムムゥ・・・。
予想に違わず豊満で美しい。マユはこの世界における美女の基準を見せつけられた気がしてムッとした。だいぶ不敬である。
さて、ずっと女神像を見つめていたマユを余所に、ゲイツはしっかりと神官に話をつけていたらしい。
「マユ、こっちだ」
呼ばれて見ると、神官の案内で礼拝堂の更に奥の部屋に通されるらしい。『魔法の書』を購入するにあたり、先に土の属性魔法の適正を調べなければならないのだ。
見習いっぽい年若い神官は、大地の神殿に勤めるだけあって加護を持っているのか、偶然なのか茶色の髪に茶色の瞳である。日本産のマユとしては大変親しみやすい容姿であった。
二人が通された部屋は、6畳位の質素な小部屋だった。真ん中に大きなテーブルが一つあるだけの部屋だ。
テーブルに置かれていたのは、長い金属の箱型の台座の上に拳程の水晶玉が五つ並んだもので、一眼で用途が想像できるシロモノだ。
案の定、一番手前の水晶玉に触れて『測定』と唱えると、魔法適正のある段階までの水晶玉が光るという、不思議だがずいぶんと原始的な感じの魔道具だった。
この測定をするのに、なんと銀貨一枚も寄付をするという。しかも測定をしないと魔法の書を売ってくれないという。ボッタクリだよ、とマユはここでも不敬な事を考えたりした。
さて適正が有るのは分かっているが、何だか緊張する。マユは出来れば三段階目の中級まで使いたい。まあ、土壁やりたいだけなのだが。
意を決して一番手前の水晶玉に触れた。ちなみにテーブルが高くて、急遽運んでもらった椅子の上に立て膝をするという、締まらない格好だ。
「発動!」
ビシッと唱えてみたが、水晶玉は二つしか光らなかった。残念ながら中級の土壁は試せない様だ。
───無念・・・。
平均くらいの実力を願ったのはマユ自身なのだから仕方ない。マユは「出でよ土壁」は諦めて「火焔の槍よ」とか言う方向で目標を修正した。まあ、特に深い意味は無い。
初級と下級の魔法書は無事購入する事ができた。土魔法を覚えたがっていたのに、帰り道やけにガッカリしているマユを見兼ねてゲイツは言った。
「緑の加護がある者は、光の属性魔法が強いという、マユは光は上級まで使えるかもしれないな」
慰めてくれているのだ、全くもって優しい男である。
マユはそれを聞いて、そうだと嬉しいな、などと笑って頷きながらも、
───光の神様ってどんだけ緑の女神好きなの、寵愛とか怖いよね。
などと考えていた、重ねがさね不敬である。
ちなみに魔法書はどれも一律小銀貨三枚だ。ゲイツが言うには、初級は小さな穴を掘れる程度の土の操作と小さな石を飛ばす。下級は操作出来る土の量増えるのと、一部地面を泥化させる魔法だそうな。
簡単な魔法しか無いらしい。それでも書を読んで試して見たいマユであった。
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さて中央に戻ってきた二人は、丁度六刻の鐘がなる頃にランチをとった後、露店街で薬草類を買って予定通り宿に戻る事にした。
ちなみにお昼はパスタとピザを食べたのだ。非常に美味しくて味は大満足なのだが、トマトが黄色いのに如何しても慣れることが出来ないマユであった。
───だってナスとベーコンのトマトソース頼んだのに、タイカレーみたいなのが出て来るんだもん。
味はバッチリトマトなので、変な気分になったのだ。
───流石にこの街に海鮮は無いなぁ。エビ食べたい・・・。
マユは状態保存効果のあるこの拡張鞄を引っさげて、いつか絶対に港町に行くと心に決めた。魚介類爆買い計画である?
「もう買わなくて大丈夫か?」
ゲイツが一抱えもある紙袋を持って聞いた。まゆが薬草を片っ端から購入した結果である。現地の薬材を使って、クオリティを落とそうと考えたのだ。
「うん、ゴメンねゲイツさん」
マユは宿に向かい歩くゲイツの横に並んで、すまなそうに紙袋を見上げた。荷物を持たせているからだけでなく、結局全てゲイツが支払いをしたからだ。
マユはワンピースに六百メル、魔道具店で二百メル払っただけで、書店で数冊本を買った時も、神殿でも、そしてこの大量の薬材を買った時も、高額のものは全部ゲイツが支払ってしまった。
これでは換金してもらった意味が無い。
「マユがちゃんとケジメを付けようとしているのも分かるし、マユが独立した人間として振る舞いたいのも理解している」
ゲイツはそう言って隣を歩くマユを見下ろした。
「だが客観的に見ても、小さな子供に金を払わせてる大人は、駄目だろう?」
確かに一理ある。しかしマユの今の財産は所詮もらいものだ。元から活動支度金としてしか使うつもりはなかったのだ。
「じゃあ持ってる毛皮全部ゲイツさん渡すからね。それでこれからは全部ゲイツさんに買ってもらう事にする」
「別に渡さなくてもいいぞ」
「無駄になっちゃうじゃない」
実際には鞄に入れておいても一生劣化しないのだがそこはそれ。マユに押されてゲイツは渋々納得した。
「あと、どれくらい持ってるんだ?」
「ん・・・二百枚づつくらい?」
「は?」
いつも冷静な感じのゲイツが素で驚く貴重な顔を見てしまったマユである。
「なんでサッサと売らないんだ?」
「え?値崩れしたら嫌だなーって思ったから小出しにしようと」
ゲイツは微妙に顔を引きつらせて、ため息をついた。
「マユは本当に、時々子供らしく無いな・・・」
セコいと思われたかしら?でも普通は考えるよね、とマユは首を傾げる。
「まあ考え方は悪く無いが、一角兎も黒毛狼も安定して毛皮の需要がある。ギルドには状態を維持できる保管庫があるから、いくつ売っても値段は下がらない」
成る程、傷まないうちに売っ払うのが常識なんだね、とマユは頷いた。
「だが流石に数が多すぎて目立つ、売るのはマードウィクに着いてからだな」
「わかった。じゃあこれから欲しい物があったらゲイツさんに買ってもらう。でもお小遣いもちょうだいね」
乙女にはなんとなく秘密の買い物もあるものだ。
「わかった」
それで良い、という感じでゲイツは頷いたが、しばらく考えて首を傾げた。
「・・小遣いってのは、普通は幾らだ?一日銀貨一枚で足りるか?」
「そんなにいるかっ!」
───アレだ、ゲイツさんは金に関して駄目な感じの大人だ!
あんまり自分でも無駄に金を使わないんだろう。ギルドに預けてある額も覚えてないみたいだし。
マユはいつかゲイツが変な女に騙されて、貢がされないか非常に、非常に心配になった。
「取り敢えず、当分の間は今日換金してもらったお金がある大丈夫、欲しくなったら言うからね」
宿についた頃には、ちょっと疲れてしまったマユである。
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さて、宿の部屋に戻ると、露店で買った艶々の林檎を幾つか抱えて、ゲイツはいそいそとルードの元に向かった。そのまま遠駆けに出て夕方までには戻ると言う。
相変わらず主従の愛は健在だ。
マユは学習する賢い幼女なので、今度はしっかりと内鍵を閉めた。
マントを脱いで荷物を置くとベットに寝そべり、まずは楽しみにしていた魔法の書を開く。
「うーん?」
初級下級共にノベルズサイズの極薄い本と言うより冊子である。表紙は白く金の文字で『土属性魔法の書○級』と書かれている。初級をひらくと、大地の女神を賞賛する詩が書かれていて、次のページに『土操作微』次に『土球』土書かれてあるだけである。
「まさかの三ページ!」
唖然、である。説明も何もないのだ。
下級の書も全く同じ様に『土操作小』と『泥化』とあった。
そう『魔法の書』は所持する事で魔法を使える様になるもので、読む物では無いのだ 。
なんだかガッカリして、マユは書を鞄にしまった。どうせ街の中では試せないのだ。
気をとりなおして、書店で買った本を出した。薬草の本の他に風土誌らしきものも入手したのだ。ケルン王国に多い病気なども勉強して、必要になりそうな薬を先にリサーチするのだ。
「ふふふ。私はデキる子供だからね」
と魂年齢アラサーの幼女はご機嫌である。
マユは自分を褒めて育てるタイプなのである。
「ふむ、こんなとこかな」
風土誌を斜め読みして、薬が必要そうな病気などをピックアップしてノートに書き出す。常備薬として上中下の回復薬はもちろんだが、三種類の解毒薬も必要らしい。
後はインフルエンザの様に発症する季節風邪の薬と、火傷に使う鎮熱傷薬は作っておこうとメモる。
念の為、珍しい風土病に関しては薬のレシピがある事だけ確認した。
マードウィクに行く前には一通り作っておきたいし、効果のレベルも良を作れるようにしておく必要がある。
マユはベットの上に緑布を広げた。
「ありゃ?リュンカの根って、買わなかったかな」
三種類ある解毒薬の内『黄色解毒薬』の材料に必須なのだが、露店で買った物の中にも鞄に元から用意されていた中にも無かった。まあ適当に目に付いたものを買っていれば、そんな事にもなるだろう。
解毒薬は青色・黄色・白色の三種類でありそれぞれ効能が違う。青は毒蛙などの酸性の毒に、黄色は斑蜘蛛や斑蛇などの血液から侵される神経性の毒に、白色は眩惑蝶の様な鱗粉などを吸引して侵される神経毒にそれぞれ効くのだ。
一通り作りたいのもあるが、マードウィクに向かう途中に斑系の毒蛇が棲息している森を通るので、特に黄色は作っておきたい。
時刻は昼八ツの鐘が鳴ったばかり。ゲイツが帰るのはまだまだ先だろう。
「うーん、ゲイツさんを待ってまた出かけるのもなぁ・・・スマホがあればいいのに」
夕方には帰ると言われているが、日が沈めば店は閉まってしまう。
「まあ、あそこならいいかな」
と、マユは買いに出る事にした。
露店では無く、最後に立ち寄った薬草店なら宿からすぐ近くだ。
鞄は持たずに外套だけ羽織り、ポケットの硬貨を確認する。外から鍵をかけると、カウンターに居た若女将に鍵を預けて伝言を頼んだ。
「一人で大丈夫かい?」
心配顔の若女将に、マユはすぐそばの薬草店だからと言うと、流石にそんな近くならば、と笑顔で送り出してくれた。
「知らない人について行っちゃ駄目だよ」
「はーい、行って来ます」
子供だから心配されるのは当たり前だが、なんだかこそばゆい。
宿から出るとマユは走り出した。
ダッシュすれば二十秒くらいの、まあそんな距離なのである。
「こんにちはー」
薬材だけを商うこじんまりとした店は、花や薬草の入り混じった不思議な匂いがする。まるで漢方薬店の様な匂いだ。
「おや、昼に来たお嬢ちゃんじゃないか、買い忘れかい?」
大きなノッポの古時計が似合いそうな、タップリの髭を蓄えた丸眼鏡の老店主はマユを覚えていた。
「うん、リュンカの根、ありますか?」
「あるよ、ああ、これが無けりゃ黄色は作れないねぇ」
そう言われてマユはドキリとしてしまった。
「フォッフォッ、心配しなくても作り方なんか分かりゃせん。でも長い事商いをしていると、何に使われているか自然とわかるもんさ」
笑っている翁の顔を見れば、成る程納得である。半世紀以上も薬材を売っているんだろう。
「どれくらいありますか?」
「全部で一カドラムには足りない位だったかねぇ」
カドラムは一ドラムの千倍である。ちなみに一ドラムが何グラムかなんて、考えるのは止めた。グラム換算してもこの世界でなんの意味もない。マユは鞄から薬材を取り出す過程で、ドラムの重さを感覚で知る事ができたから。
「全部ください」
「いいけど、リュンカの根は安くないけど大丈夫かね?」
「いくらですか?」
老店主はちょっと待ちなさいねと、奥から大きな麻袋を持ってきた。
「百ドラムで三百メルなんだよ」と言いながら目の前にある大きな天秤計りに麻袋を乗せた。
「袋を除いて丁度九百ドラムだね」
マユはポケットから銀貨二枚と小銀貨七枚取り出して、差し出した。
「じゃあ、二千七百メル」
「ほぉ、お嬢ちゃんは賢いねえ」
サンクニジュウシチなわけだが、褒められてしまった。
───この世界は教育水準ひくいのかな?
まあ、マユがチビだから感心されただけかもしれない。
持っていけるかと心配されながら、マユは老店主に礼を言って店を出た。ハナモモの種をオマケで一袋もらった。
しかし重い。大きなペットボトル二本分くらいある気がする。何より嵩張るから両手で抱えるのが大変だ。
苦労しながら半分程を歩いた時「お嬢ちゃん」と声を掛けられた気がした、が無視して歩くと、
「マユちゃん」
と名前を呼ばれてしまったので振り向いた。別にここは裏通りではないし、宿まで百メートルもないのだ。
声からも察していたが、知らないおじさんが立っていた。しかも二人。
「おじさん達だぁれ?マユのこと呼んだ?」
マユは手の中の薬材が重くてイラっとしたが、念の為『より幼気な少女に見えるモード』で対応する事にした。
「おじさん達は君にお話があるんだ、ケーキを食べながらお話を聞いてくれるかい?」
意外にも、和かに話しかける男達はどちらもキチンとした身形だった。一人はローブまで羽織っている。
「知らないおじさんについてっちゃいけないって言われてるの」
マユがあっさりと踵を返そうとしたので、男の一人が慌てた様にマユの肩を掴んだ。
───気安く触わんじゃない。
ったく、こんなか弱い女の子が重たい荷物持ってるのに、気が付かないかなぁ。
「肩痛いっ、おじさん悪い人なの?」
「ち、違うんだよ、ゴメンね」
男は慌てて手を離した。荒事に慣れた悪党ではないらしい。
「おじさん達はギルドの立派な職員なんだよ、悪い人じゃないからね」
成る程、掃除機の手下だな。とマユは気付いた。少し話をしてみようと男達に向き直る。
「ハンターギルドの人なの?ここでならお話聞くよ」
二人は目配せし合うと、仕方ないかとここで話す事にしたようだ。
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