第11話
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セレントの街の大きな門が開いているうちに、二人を乗せたルードはなんとかたどり着く事ができた。
やはり門の前で騎獣を降り、ゲイツに手を引かれて門をくぐる。
街を囲む石造りの塀は十メートルはある立派なものだ、街に入る門も高い塀に相応しい大きさである。左右に開け放たれた門扉は分厚い金属で覆われ、片側五メートルもあるのでは無いかとマユはポカンと口を開けて見ていた。
入口の両サイドには、あの小さな村で見たのとは違う意匠の鎧を着込んだ男が立っている。おそらくこの街の門番なのだろう。ゲイツは懐からタグのようなものを出すと門番に見せて、マユの頭に手を乗せると、あの村の時と同じ説明をした。
街にはアッサリと入ることが出来たが、既に薄暗くなっているのに門──セレントの南門から伸びる大通りは、恐ろしい人の数でごった返している。
たった今門をくぐった商隊やハンターらしき人々。通りの左右には入ってきたばかりの人をターゲットにした露天が立ち並び、往来を行く人に大きな声がかかる。
マユは都会とはあまり縁が無かったので、人混みはあまり馴染みが無い。しかもルードの背に激しく揺さぶられてきたので、はしゃぐ元気は持ち合わせていなかった。
常になくはしゃぐ様子も見せず、ヨロヨロと手を引かれ、時折人にぶつかってよろめくマユを見かねたのか、ゲイツはマユを抱え上げた。
「わわっ」
突然視界が高くなり、気付けばゲイツの腕に座っていた。
「疲れただろ、取り敢えずギルドに寄ったら飯だ」
所謂子供抱っこされた状態だ。マユはすぐ側にゲイツの顔があって少しドキドキしたが、本当にクタクタで歩くのもキツかったので、大人しく抱っこされる事にした。
「うん、ありがと」
ゲイツは人混みも全く意に介さずマユを抱え、右手にルードを連れたままスタスタと通りを進んだ。門から続く大通りは、レンガが敷かれて中央にポツポツと街灯まであるのに驚く。
ガス灯の様に見えるが、どうやら光の魔道具であるらしい。
左右に露天が並んでいたが、しばらく行くと露天は店舗に姿を変えた。二階建て、中には三階建ての立派な店構えのものも見受けられる。
だんだん人がまばらになった時、大きな鐘の音が何度も鳴り響いた。
「日が暮れたな」
十二刻の鐘だった、日が沈み夜の刻が始まるのだ。
ひときわ大きな十字路にある立派な建物の前でゲイツはマユをおろした。焦げ茶色の煉瓦造りの厳つい建物は三階建てくらいだろうか。大きな木製の扉には狼の横顔の様なシルエットに大きな剣のマークがついていた。ハンターギルドらしい。
「ここがハンターギルドのセレントの支部だ。先に宿をとった方がいいかもしれないが・・」
言い淀むゲイツに、マユは気にしていないと首を振った。
「報告急ぐんでしょ、大丈夫。それに素材換金して欲しいから」
「そうだな、マユは目立たない様に俺の後ろに張り付いていればいい」
そう言うと、ゲイツは扉の横にある手すりの様な場所にルードの手綱を括り付けて、疲れているだろうが少し待っていてくれ、とルードの首を叩いた。
重い分厚い木の扉を引いて、二人はギルドの中に入る。マユはゲイツの後ろからコッソリとギルド内を観察した。外観同様焦げ茶のレンガがドッシリとした重厚感を与える。天井はかなり高く剥き出しの太い梁が、照明に反射して鈍く光っていた。
入ってすぐの正面に大きな一枚板のカウンターがあり、受付と思しき若い女性が三人等間隔で立っている。仕事を終えた報告をしているのか、二箇所はごつい男性で埋まっていた。カウンターの右手にはロビーの様なテーブルと椅子が見え、何組かの人がワイワイと話しているのが伺えたが、
マユの予想に反して酒場などにはなっていない様だ。食べ物の匂いもしなかった。
カウンターの左には二階へ続く大きな階段がり、さらに奥に廊下が続いている。振り返ると扉の横にクエストボード的な掲示板があって、この辺は想像通りだ。
ゲイツは唯一空いているカウンターに向かった。カウンターは高く近づくとマユから殆ど受付嬢の顔は見えない。ただ入口から眺めた時は、金髪のチャーミングな若い女性だと思った。さすが受付嬢である。
「ゲイツさん、今頃お戻りなんですか?」
どうやら受付嬢はゲイツを見知っている様だった。
「ああ、野暮用があって外泊になってしまった、ギルドマスターはいるか?」
受付嬢は、さもウンザリといった様子でいった。
「お客様が見えて今応接にいますけど、分かってると思いますが絶対文句言われますよ」
「そうか・・」
その時、左の階段から降りてくる男がいた。
「おや、魔獣ハンター殿は今頃おかえりかね」
その男は階段を降りながらゲイツに不躾に声をかけた。マユがゲイツの影から階段を見上げると、声の主は五十代位の茶色の口髭の小柄な男で、この辺の民族衣装なのかシャツとズボンの上に臙脂色ののローブの様なものを身にまとっている。歳の割に頭部が随分と悲しい状態になっている。
何だか見るからに小物臭がする男だ、とマユは思った。
「ギルドマスター、遅くなってすまない」
ゲイツの無表情な謝罪を聞いて、彼はフンと鼻を鳴らした。顔に気にくわないと書いて貼ってあるかの様だ。この男がこのギルドのトップらしい。
彼は階段の途中で立ち止まると、ゲイツを見下ろして口を開いた。
「貴様には守人としての自覚があるのかね?まったく、連絡もせずに外泊するなど。そもそもシュバルツ殿もどんなコネがあるかは知らないが、貴様のような得体の知れない輩を一時的にでも封魔殿の守人に据えるなど、何を考えているのやら。しかも勝手に用事を言いつけて、守人としての仕事を疎かにさせるとはまったく困ったものだ」
一方的に長々と嫌味を言う。うわー何コイツ、とマユもゲイツの影で盛大に顔を顰めた。
───きっと、ハゲでチビだから少しでも高いところに立って、ゲイツさんを見下ろしたいに違い無い。超セコイな。
大の大人がネチネチと感じ悪いとしか言いようが無いが、ゲイツはまったくの無表情で聞き流している。こんなやり取りはいつものことなのかもしれない。
「ダイスン殿、そちらが今までの守人殿かね?」
ギルマスの名前はダイスンというらしい。
───惜しい。
マユはついつい、高性能な掃除機を思い出してしまった。
するとダイスンに続いて彼に声を掛けたであろう男が階段を降りてきた。恐らく三十代くらいの男だ。声が少し高く鼻にかかっていて、何というか気取った喋り方だと感じたが、思った通りいかにもプライドが高そうな人相の男だ。
薄いストレートの長い金髪に、淡い青っぽい瞳は少しつり目で、目と目が離れているのが特徴だ。一目でお金持ちとわかる様な薄い紫のローブには細かい金糸の刺繍が入っていて、腕輪や指輪がキラキラとランプの光に反射している。
「左様でございます」
ダイスンは媚を含んだ笑顔で、振り返って金髪に答えた。そしてゲイツに向き直ると一転、不機嫌そうに言い切った。
「貴様は今日限りで守人の役は降りてもらう。正式に神殿より此方のお方がいらして下さったからな。この方はキリングス・アルフォード様。隣国カティアの王家に連なる由緒正しき血筋のお方だ。正統なる雷の使い手として、この高貴なる紫の瞳でもわかる様に、ウルスラ様の加護を授かった方だ。明日より守人の任に着いて下さる。だから貴様は明日中に屋敷を片付けて退去してくれ、分かったな」
───高貴なる紫の瞳?どこが?うっすい青にしか見えないよ。
マユには良く意味がわからなかったが、これはゲイツが一方的に仕事を解雇されて叩き出されるという事なのだろうか。心配になって無意識にゲイツのシャツをギュッと掴んでしまう。一方ゲイツはあくまでも平坦な、感情をうかがわせない落ち着いた声音だった。
「・・・それはシュバルツ殿もご存知か?」
一言聞いただけなのに、その質問はダイスンの悋気に触れた様だ。
「守人の仕事はあくまでも神殿の管轄だ。キリングス様は中央神殿より正式に派遣されてみえたお方。シュバルツ殿にわざわざ報告する必要はなかろう。だいたい貴様の様な闇を纏う怪しげな輩に・・・」
そう言われた瞬間、ゲイツの纏う気配がピリッとした剣呑なものに変わり、思わずといった感じでダイスンが言葉を飲んだ。
「まあまあ、ダイスン殿。此方の御仁としても急に職を追われれば戸惑うというものでしょう」
空気を読んだのか読めない故か、キリングスという男が宥める様に間に入る。
「すまない、貴殿が神殿の信任守人がいない間、封魔殿に力を注いでくれたのであろう?まことにご苦労であった。以降は私が任に着くので安心してくれ給え」
慇懃無礼ってこーゆーの?それともタダの無礼者かな?全くもって嫌な奴ってどこにもいるよね、とマユは日本で苦手だった本社の購買担当主任を思い出しながら思った。
ゲイツは剣呑な気配も引っ込めて、何のリアクションもせずにただ
「そうか、了解した」
と一言告げて、そのままクルリと背を向けギルドの扉に向かう。
マユはゲイツに手を引かれたまま、チラリと彼らを振り返った。階段中ほどに佇んだままのダイスンと目があう。
すると彼は初めてマユの存在に気がついた様で、大きく目を見張った。
「待て、その子供は・・」
するとゲイツは素早く自らの後ろにマユを隠す様に立つと、先ほどよりずっとハッキリと感情のこもった声で言った。
「シュバルツ殿の依頼でマードウィクに送る予定の子供だ、貴方には関係無い」
そしてそのまま、返事も聞かずにギルドを後にした。
ルードを連れて再び大通りを歩きながら「すまなかった」とゲイツが呟く様に言った。
「何が?」
何となく彼の言いたい事が分かった気がしたが、マユはあえて素知らぬ顔でコテンと首をかしげた。
「報告も・・・素材の換金も明日になるが」
「平気」
大人しく手を引かれているマユを見下ろし、ゲイツはふっと苦笑するように溜息をついた。
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二人が落ち着いたのは、ギルドから程近い立派な宿屋だった。一階が食堂を兼ねているのはこの世界の宿屋のスタンダードらしい。
ただし騎獣を預かる事の出来る宿は、比較的大きな所しかないようで、ここも三階建ての立派な造りだ。
この『兎の角亭』──兎に角って何で?まさか「とにかく」じゃないよね、とマユは疑問に思ったが──二人部屋で一泊銀貨一枚と中々お高いようだ。街の方が物価も高いのかもしれない。
案内された部屋は三階にあった。十畳間程の簡素な部屋だが、大きな窓も付いていて、昼は明るい日差しが入りそうだ。部屋の両隅に置かれたベットも充分な大きさで、大柄なゲイツでも足がはみ出る事もないだろう。少しだけ空いたスペースに小さなテーブルと椅子が二つあった。
ゲイツは奥のベットの足元に荷物を置くと、ベットに腰掛けた。
マユは一緒の部屋とかマジで?などと思って若干慌てたが、小さな子供を連れて別々の部屋を取るはずも無かった。
「マユ、さっきの事を少し説明したい」
おそらくギルマスと話していた事だろう。
マユは頷いてゲイツと向かい合う様に、自分もベットに座り込んだ。ブーツも脱いで足を投げ出す。
「何から話すか・・、マユは封魔殿は分かるか?」
資料にあった気がするが、あまり覚えていない。そう言えば先程の会話にも出ていたな、と思いながらマユが首を振る。
ゲイツは呆れる事も無く「昔からの伝承とその遺物なんだが」と前置きして、昔々にあった『大いなる穢れ』と神々の戦いの話、封魔殿の由来や、世界中に時より発生する魔溜まりの原因の事を教えてくれた。
「今でも、世界に七箇所ある封魔殿には巨大な魔法石が祀られていて、その魔法石に雷の力を注ぎ続ける必要がある。その仕事を守人という。
だがウルスラの加護を持つ者は少ない。魔獣ハンターならば、直接加護が無くとも雷の魔法石を使った魔道武器があればいいが、守人は加護がある者でないと勤まらない。
セレントにある封魔殿の守人が高齢で亡くなってから、なかなか次の守人が神殿から派遣されて来なかったから、マードウィクのギルドマスターに頼まれて、臨時の守人をしていたんだ」
ゲイツは自分の事をハンターと言っていたが、雷の使い手である魔獣ハンターだったらしい。
「凄いねー。なのにあのオッサン、凄く失礼な態度だったね。信じらんない」
「オレは雷の使い手ではあるが、紫を宿しているわけじゃない、それどころか」
「うん?」
確かに、強い加護があるものは神の色を宿すと言われてはいるが、別に必ずではないのだ。雷の力があるのは確かなんだから、厭われる謂れはないと、マユは思うのだが。
「闇の精霊や神が居ないのは知っているか?」
確か魔法の本にその様な事が、書いてあったかな、と思いマユは頷いた。
「神話では、闇の女神アヴリスは光の神ラディウスと同時に生まれたとされている。アヴリスはラディウスを愛したが、ラディウスは緑の女神ウィリスを寵愛したと。そして悲しんだアヴリスは姿を消した」
日本神話やギリシャ神話もそうだが、何故神の世界に惚れた腫れたがあるのか、マユにはサッパリ理解できなかったが、まあ闇の神様が不在なのは分かった。
「オレは闇の加護力を使えるんだ」
「ん?神様いないのに?」
よくわからない。闇の加護力があるなら、神はいるんじゃないのかな?
「実際に力が使えるから、オレ自身は闇の神はいるんだと思っている。だが、闇の神は居ないというのが一般の常識で、オレも他に闇の加護を持つ人間にはあった事がない。
だから、闇の力は胡散臭いモノだと思われているわけだ。黒というのも、魔獣や魔核を想像させるから厭われる。しかもそんなオレが、雷の力まで使うから余計にな」
なんだか腹立たしい話だ。上司管理者だって、特に黒が禁忌では無いと言っていたのに。つまりゲイツは一部の人間に、怪しげな闇の使い手だと、厭われているらしい。いや、あの掃除機ギルマスの態度は、差別とか迫害に違いとマユは憤慨した。
注意*ドラムはこの世界の重さの単位らしいですよ。
え?地球にもそんな薬剤単位があるって? ・・気のせいです。