第9話
ブックマークが十件に達しました。
拙い文章にお付き合いいただき有難うございます。頑張ります。
翌早朝、と言っても日の出前なのでこの世界ではまだ今日のうちなのだが、薄暗いうちに揺り起こされたマユは、自分が夢を見る事も無くぐっすりと眠っていたことに気がついた。
「まだ早いが大丈夫か?」
寝覚めの良さには自信があるマユだったが、さすがに疲れていたらしくボヤッと目を開ける、と少し心配そうに覗き込むゲイツの顔が近くてドギマギし、おかげでハッキリと目が覚めた。なりは子供だが魂は三十路のマユである。
「この時間に出れば、日の入り前にセレントに着く」
そう言って彼はすでに荷物をまとめている様だ。マユも自身が包まっていた毛布を畳むと鞄にしまいこみ、タオルと洗面器のような桶を取り出す。招水の生活魔法を三度使うと桶に水が満たされ、マユは軽く口をゆすいで顔を洗った。
浄化でどうにでもなるがやはり朝一番で顔を洗いたいのである。着の身着のままの体にはコッソリと浄化をかけて、振り返るとゲイツは既に荷物をルードに括り付け終わっていた。
「その子に乗っていくの?」
「ああ、歩きではとても今日中にセレントには着けない」
ゲイツは手に持ったリンゴの様な赤い木の実をルードに与え、目を細めて首筋を撫でている。かなりルードを可愛がっているのが伝わってくる仕草だった。
「二人乗っても大丈夫なのかな?私はマユ、ヨロシクねルード」
既にルードとは言葉を交わしているマユだが、改めて挨拶をする。
予想外に肉食では無いらしい恐竜顏の騎獣は、美味しそうに木の実を咀嚼すると嘶いた。
「ギュリル、グルルルゥ(チンチクリンだから軽いの、平気なのよ)」
───ムッ。
仮にも命の恩人に向かって失礼なと思ったが、ゲイツとルードが喋っている様子は無いので、言語チートがバレては不味いと言い返さなかった。
「ルードもマユを気に入った様だな」
見当はずれなことを言いながら、ゲイツはあくまでも優しくルードの鼻面を撫でる。基本無表情なくせにルードを見る目は優しいのだ。しかも聞いても無いのに丁寧に説明してくる。
「こいつは地竜蜥蜴の中でも珍しい漆黒の鱗なんだ、綺麗だろう?体も普通のヤツより一回り大きいしすごく勇敢なんだ。カティア建国の英雄王ルードリッヒから名付けたんだ。勇ましいこいつに似合うだろ?」
「グリュウゥー(ルードはカワイイのよ)」
「ああ、そうだな、おまけに賢いなルードは」
会話になっているのかいないのか、まあ相思相愛で結構なことだ。主従を見るマユの目も半眼になる。
───・・・アレだね、知らない方が幸せな事ってあるよね。
何はともあれ、外套の下に鞄を掛けているだけの身軽なマユである、すぐに支度は整った。
ゲイツは鐙に足をかけ、大きな体躯を感じさせない動作でヒラリとルードの背にまたがると、マユの腕を掴んで引き上げた。この間ルードはキチンと体を前に倒しているのだが、ゲイツの前にマユが座ったのを感じると身を起こした。
「のわっ」
結構高い、しかも今更思い出したが二足歩行だった。手綱を握るゲイツの両腕の間にスッポリと落ち着いたが、立ち上がったルードの首が上がったことでバランスを失い、ゲイツの腹部に背中を打ち付けた。
「行くぞ」
ルードが地を蹴って一歩、
「ふぎゃっ」
予想外のバウンドに、マユの体はゲイツの腕の間からすっぽ抜ける様に飛び出して地面に転がった。急停止したルードとゲイツは一瞬何があったか把握できず無言である。
「大丈夫か?」
次の瞬間我に返ったゲイツが、ルードから飛び降りて転がるマユに走り寄った。
マユは無言で立ち上がると、コックリと頷き外套についた土を払った。
───あーーーーーっ吃驚した。
『木から落ちてもかすり傷程度な丈夫さ』をお願いしていて、本当に良かった。と擦り傷一つ無い体に安心してゲイツを振り向くと、彼は微妙な表情でマユを見ていた。
「丈夫だな・・・」
「エヘッ」
取り敢えず笑ってごまかしておいた。
********************
さてそんな出発のハプニングもありながら、ルードに乗っての旅は順調に進んだ。
すっぽ抜けて飛んでいったマユが衝(笑)撃的だったのか、以降ゲイツは手綱を片手で持ち、しっかりと左手でマユのお腹を捕まえていてくれた。実に紳士的である。
マユは「ウハァッ」と背中でゲイツの固い腹筋を堪能しながら、通り過ぎる異世界の景色──左手のカラムの林と右手の広い草原──に目を奪われていたが、上下の揺れが酷くて気分が悪くなり時々フードを目深に被りコッソリと『結界』を展開してみたりした。あまり意味はなかったが。
頑丈さのおかげでお尻に痛みが無いのが救いである。この乗り心地は、馬と言うよりテレビで見たドバイのラクダレースに似ている気がする。乗ったことは無いけどね、とマユは舌を噛まないように、奥歯を噛み締めた。
途中でマユがお花を摘みに行くこともあったが、おおよそ二刻ほどルードを走らせると、只々緑の平原だった大地に、パッチワークの様に人の手が入った畑が現れ始めた。ついに一番近い村に着くのだ。
遠目に見ても小さな村なのがわかった。簡易な木の柵に囲まれているが、石造りの小さな家々から、朝餉支度の煙が上がっているのが目に入る。
道中のカラム街道は、車がすれちがえる程度の道幅で土を固く踏み固めただけのものだったが、街道はそのまま村の中心を通っているようだ。しかし、近づいてみると物々しい甲冑を着込んだ男達が、街道を村の入り口で塞いでいるのに気付く。
「なんか検問みたい・・・」
思わずマユが呟くと、
「みたい、じゃなくて検問だな」
そう言ってゲイツは彼らの少し手前で、乗る時同様、音も立てずにヒラリとルードから降りると、マユも抱え下ろした。
「検問なのっ?」
男達は全部で四人。門とは名ばかりの大きな木枠の様な村の入り口を塞ぐように立つのが二人、両側に控えるのが二人だ。
「やはり知らなかったのか、もう半年ほどカラム大森林は立ち入り禁止になっていて、王国ではここと南のダムド大橋で検問を敷いて許可の無いものは通さないんだ」
「ええっ」
全く知らなかったマユは衝撃を受けた。
───おいおい上司管理者、昨今の情勢もちゃんとリサーチしておいてよね!
一人でノコノコ旅していたら、ここで不審者として捕まるとこだったわけ?
「あれ?ゲイツさんは?」
「オレはギルドから依頼を受けての調査だから、国の許可を得ている」
───ですよねー。
でも自分はどうすればいいんだ、とマユは不安のあまり無意識にゲイツの空いた左手を握った。
それに気付いたゲイツは、安心させる様にマユの手を引くと、右手でルードの手綱を持ったまま検問に向かった。
「通らせてもらっていいか?」
男達は四人ともゲイツと同じ位大柄だった。不安半分興味半分で、マユは繁々と観察する。
見た目はメトロポリタン美術館にある西洋甲冑そのままである。
───リアル騎士だよ、ウヒョー。
ちょっとテンションが上がったが、フルプレートメールはマユの好みでは無かった。
ちなみにゲイツは上は厚手のTシャツで下は黒い革ズボンに、ゴッツイ黒革のブーツと身軽である。腰の大きな革ベルトに剣の柄の様なものがぶら下がっているが、武器を持っていない様に見えた。一方この騎士達は、物々しく剣と思しき鞘を下げて、ゲイツの髪の様に朝日を受けて鉛色に光っている。
だが、四人ともフルフェイスは被っていなかった。皆西洋人らしい彫りの深い濃い顔をしていて金髪二人に赤髪と茶髪、瞳の色も榛色と青が二人づつだ。
「ゲイツ殿、予定より遅かったですな」
年齢は皆ゲイツより若いようだが、それでも一番年嵩に見える口髭の男が話かけてきた。行きに通ったからなのか、ゲイツの事を知っているようだ。
「マードウィクのギルドマスターのシュバルツ殿から、つでにこの子供の迎えを頼まれていてな」
ゲイツは繋いでいた手を解くと、紹介するようにマユの頭に手のひらを置いた。マユは何となくペコリと頭をさげる。
「その子供は?」
「ギルドの専任薬術師をしているメイデン殿の孫で、修行をさせるためにバーランドから呼び寄せたんだ。
ダムドの大橋まで迎えに行くよう頼まれていてな」
ポーカーフェースでシレッと説明している。
「大橋まで行って戻られるとは、それはご苦労様です、お通り下さい」
「ああ」
徹夜で走ってきたかの如く労われて、少しバツの悪い顔をしたゲイツに促され、やっと村に入ることができた。
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この世界に来て初めての村に期待を膨らませたマユだが、あまりの『何も無さ』に直ぐに落胆に変わる。検問を過ぎて歩くと、そのまま村のメインストリートとなっているのだが、同じ様な小ぶりな石造りの民家がまばらに建ち並ぶのみ。露店も宿も何も無いのだ。
キョロキョロしていたくせにつまらなそうに息をつくマユに、ゲイツは苦笑した。
「ここは今でこそ検問があるから足を止めたが、普段は素通りする何も無い村だ」
村や街の中では、馬や騎獣から降りなければならない。ゲイツは再び両手にマユとルードの手綱を引いて、真っ直ぐに村の中央を伸びる街道を進んだ。建ち並ぶ家からは時折料理の匂いがする。とある家の前でふくよかな北欧風のオバちゃんが二人エプロン姿で立ち話をしているのも見かけた。
「なんて名前の村?」
「うん?・・・そう言えば、何だったかな?」
どうやら名前も忘れる様な村だったらしい。ものの数分で村の反対側に辿り着いてしまった。
こちら側の村の入り口には騎士の姿は無い。ただ村のシンボルとも言える、大きな幅広の立派な樫(にソックリ)の樹木が出迎える様に生えていた。
「腹が減っただろう、あの木の下で朝食を取ったら出発だ」
食堂の一つも無いのなら仕方が無い。二人と一頭は立派な樹木の木陰に座り込んだ。マユはチーズとハムを挟んだ即席サンドイッチを齧るべく両手に掴んで、気になった事を聞いてみた。
「思ったんだけど、この街道を通らなくても、広い草原を突っ切っていくらでも出入りできそうだよね」
一方ゲイツは、またもや食事をマユに強引に渡されて少し複雑そうな顔をしている。
まったくこの男は、見た目『眼帯の強面』なのに生真面目だ、とマユは思った。
「まあそうだな、ただ草原はケルンの騎士団が巡回しているらしい。まあもともと出入国の関はダムドの大橋にあるから、ここの検問はあくまでもカラム大森林への立ち入りを制限するだけだからな」
この生ハム擬も、チェダーチーズ擬も美味いね、パンがチョット固いかなー。とマユは小さな口いっぱいに頬張ってモグモグする。そろそろ生野菜や温かいモノが食べたいな、とか思いながら。
───子供ってお腹が小さいのが不満だわー、すぐお腹いっぱいになっちゃうんだよね。
なんとか飲み込むと、鞄から水袋を出して飲む。ゲイツの視線がチラっとマユの水袋を捉えた。
───お酒じゃ無いよー、水ですよー。
「そもそもなんでカラム大森林は立ち入り禁止なの?」
「・・・それも知らないのか」
上司管理者の資料は昨今の情勢問題には疎いのだ。
「緑の女神の神獣は分かるか?」
「?」
無邪気を装って首をかしげるマユに、ゲイツは諦めたのか丁寧に教えてくれた。
カラム大森林の中のウィリスの森の南に、女神の眷属と言われている神獣『緑竜』が住んでいること。三百年ぶりに緑竜が生まれ変わるために卵を産んだ事。卵を抱えた約一年間、決して人を襲う事が無いはずの緑竜が獰猛になる為、大事をとって国が森を立ち入り禁止にした事。
「へー、じゃあゲイツさんはその緑竜に出会っちゃって、死にかけたのね?」
「・・・まあ、そういう事だ」
実に不本意そうに答えるゲイツであった。
「危なかったんだー、森の奥に行かなくて良かった」
実はチョットだけ女神の名前を持つ森に興味があったマユだったが、取り敢えずは安全な場所に出ようと向かうのを諦めたのだ。
「まったくだ。・・・さて、そろそろ出よう。これから昼まで一気に行く、急げば昼には次の村に着けるだろう」
ゲイツがそう言って立ち上がった。
「疲れてないか?」
マユの姿が子供のせいか、こうして気を使ってくれる。
「大丈夫」
マユも水袋を仕舞うと立ち上がっった。まだまだ日の二刻といったところ、異世界生活二日目は始まったばかりなのだ。
「次の村は少し大きい、食堂もあるから名物料理を食わせてやろう」
頑丈仕様になったマユは本当に疲れてなかったのだが、ゲイツは子供ながらに健気だと思ってくれたらしい。励ますように、マユの頭を撫でた。
「わーーい!やった、名物料理って、何?どんなの?ねえっ?お酒飲んでいい?」
食い意地の張ったマユの予想外のリアクションに、ゲイツは少し引い様だ。
「着いてからの楽しみにしておけ。あと酒は禁止だ」
───デスヨネー。
作「もしこの世界にステータスがあったら」
マ「ほう」
作「マユのステータスはこんな感じに」
名前:マユ
年齢:10
性別:女
HP:30
MP:30
STR:5 INT:20
VIT:999 MEN:10
AGI:9 DEX:10
LAC:20
加護:緑の女神ウィリス 大
断罪の神ダムナート 小
マ「何か変、何か変だよ!VITって何?カンストしてますが」
作「防御力というか、頑丈さだね。プププッ、すげー頑丈だな」
マ「うら若き乙女にそぐわないよっ」
作「マユちゃん、象に踏まれても大丈夫だね」
マ「うわっ、そのネタ年齢バレバレ・・・・」