新具堂 02
──この世には、『限りある奇跡』と呼ばれるものが存在する。
それは例えば、海の水位を意のままに操ることの出来る宝玉だったり。
それは例えば、人の願いを意にそぐわない形で叶える「手」だったり。
形はどうあれ、人の願いに呼応して神秘を可能にするナニカが、確かにそこにあるのだ。
……多くのヒトは、眉唾だ、と言うのかもしれない。そんなものある訳ない、と否定するのかもしれない。そしてそれは、どこまでも真っ当な意見だろう。
しかし少年は、たとえ他人に嘘だ偽物だとどれだけ言われようが、最早否定しきれないほどの経験を、実体験を、この人生で積み重ねてしまっていた。疑いなど、一欠片もない。『奇跡』は世界の理の中の一つ、非常識という枠組みの中で機能する歯車なのだ、と認識していた。
そんな前提の下、非常識に纏わる話は続く。
「まあ、石の名前は有名だがね。実のところそんなことは問題ではないんだ。アタシが気になるのは、それを所持している人間のほうでね」ぷう、と煙管の靄を吐き出し「どうにもその教祖、きな臭い」
「いや、澪さん。きな臭くない新興宗教の教祖なんているんですか?」
「そんなものは受け手の主観次第だろう。信者どもが誰一人胡散臭さを感じていないようにね」
「確かに。そりゃあ、胡散臭かったら入信なんかしまんせんね」
「奇跡を使っていようがいまいが、信者達を従わせるその演出力には感服するが。その起こした奇跡の内容に、どうにも違和感があってね。例えば──」
「例えば、なんです?」
「そうだな。大衆の前で浮いて見せるだの、飛んできた銃弾を空中で止めて、挙句弾き返しただの、コップの水を自在に操って見せた、だの。そんなちっぽけな、仕様もない内容なんだよ」
「……いや、実によくある話じゃないですかね、そのくらい」
そんな教祖ならその辺にごろごろ転がっている。それこそ十把一絡だ。むしろ、そんなしょうもない手品をまるで奇跡のように見せられるからこそ、教祖でいられるというべきか。
大衆にとって、原理などどうでもいいのだ。そこにある結果をどう認識するかによって、その現象は奇跡にも手品にも、どちらにでも変貌する。どちらであろうと、一個人の中でそう認識されている限り、その人間にとってそれは真実だ。そうしてその認識は、いずれ、信仰へと変化する。
防人の会だって、例に漏れずそうやって規模を拡大してきたはずだ。安っぽい奇跡を起こしながら。
「しかしね、集。疑問が浮かんでこないか? 身重石、というどこまでも解りやすい奇跡を所持しながら、そんなどうにもならんような内容なんだぞ? 手品と何が違うんだ、というところだろう。加えてだな──」
「ところで、店長」
「──奴は人前で……ん? なんだ」
突然話をさえぎられて、少々不機嫌そうな声で応えた店主が、じろりと視線を集に向ける。少年は怯みもせず、
「──身重石、ってなんですか?」