白い部屋にて 03
「……なんでしょう?」
一瞬の間の後、小山は何かを探るように訊ねた。少年は答える。
「──御崎沢先生のその神秘のお力ですが、何か道具によるもの、とかではないんですかね? 例えば、そうですね、何か、石のようなものを使っている、とか」
「先生のお力は本物です。そして道具に頼ったものなどでは、決してない」
即答だった。本当にコンマ以下のタイムラグもないような、かつ怒りのこもった回答。
そして、この時点で、少年の推察は確信へと変化した。
「……すみません。失礼な質問でした」
そう答えて、少年は男に視線をやる。どれだけ観察しても、男のその力強い言葉には、揺らぎはなかった。嘘偽りを述べている時特有の気配もしない。
そう。ならば、先程の言葉は紛れもなく真実なのだ。言葉の奥にある経験、現象さえ、実際にあったことだ。少なくとも、この男の中では。
事実は、決して真実などではない。こと、人間という生き物がそこに絡んでいる限り。
けれど。だから。知っている。
少年は──小山の語る真実が、事実足りえないことを、知っている。
「それでは、申し訳ありませんがお引き取り──」
「いえ」
集は、そそくさと会話を打ち切ろうとする男の言葉を遮った。
冗談じゃない、こんなところで帰ったらあの横暴な雇い主に何をされるか解らないじゃないか。
「まだ何か」
やはり怪訝そうな顔で、男は問う。
「すみません、実は一つお願いがありまして」
「何でしょう」
「はい、自分で納得し、そしてなにより叔母を説得するためにも、先生のその素晴らしいお力を是非この目で拝見したいと──」
交渉の為に、『先程までと同じように』ありもしない出鱈目をつらつらと語る自分からは、さぞかし嘘の匂いがすることだろう。そんなことを、少年は思う。
しかしきっと、この男がそれに気づくことはもうないだろう、とも。
この男は、先程まで少年に間違いなく疑いの目を向けていた。
けれど今は──少年が『その力を信じたい』というニュアンスを含ませた言葉を放った後は、もはやその瞳に疑惑の色は微塵も残っていない。
そうでしょう! やはり直接見せていただくべきなんです! と熱弁を始めた小山の姿を見て、少年の脳裏にとある女性の、とある言葉が再生された。
『疑り深い信奉者という人種はね、集。案外と容易くだまされるものなのさ。だってそうだろう? 常識では到底信じられないナニカを一度信じてしまえば、もうその人間の基準は常識の遥か上、奇跡というレベルで固定されてしまっているんだから』
彼女は少年の記憶の中でニヤリ、と意味ありげに微笑んで、煙管から、燃え尽きた煙草を盆に落とした。一筋の煙が、宙に舞い、溶けて消える。
「……そして、騙す側はその逆、か」
騙している人間は、人間が人間を騙すことが出来ることを知っている。だから疑うし、嘘を見破る。
思わず、その言葉の続きを口に出し、思考していた。
「なにか?」
小山が問うが、その瞳にはやはり疑いの色は存在していない。
「いえ、なんでも」切り替えるように少年は笑い「どうでしょう、よろしければお目通りをお願いしたいのですが──」
そうして、傍目には熱心そうに話を続けていく。
その隣でつまらなそうに少女がひとつ、あくびをして、かちり、と柱時計の針が音を立てて、進んだ。