白い部屋にて 01
1(12:25 June 7)
小奇麗な部屋だった。
決して広くはないが、どこまでも白で統一された内装に、壁の大理石の模様と立派な木製の柱時計だけが、妙に浮いて存在していた。
部屋の中心には、テーブルとそれを挟むように革張りのソファが2つ。
そこに三つの人影があった。二人と一人で、向かい合って座っている。
「面談希望、ですか?」
一人で座る三十代ほどの男──小山はそう言って、それから、慣れた仕草でかちゃり、と眼鏡を人差し指で位置を直した。
「はい。少々厄介な問題を抱えていまして……。是非御崎沢先生のお力をお借りしたくて、こちらに伺ったんです」
丁寧な言葉で返したのは、反対側のソファーに腰かけた高校生程の年齢の少年だった。笑顔ではあるが、どこか不安そうな感情を解りやすくにじませていた。
「問題、ですか。……失礼ですが、どういったもので?」
あくまで接待口調ではあるが、小山の表情に僅かに怪訝な色が浮かぶ。しかし少年は、構わず言葉を繋げる。
「ええ、実はこの子の義理の母親、つまりは僕の叔母のことなんですが──」
「ねー、しゅうー。せんせーにはいつ会えるのー」
話に割り込むように、残された最後の人影──年端もいかない少女が、舌足らずな口調で、少年に向かって話しかけた。
シュウ、と呼ばれた少年は、
「もうちょっと我慢しててね、月乃」
と少女の頭に手をのせて、優しい声で言い聞かせる。少女──月乃は「うん、わかったー」などといいつつ、ソファーから少し浮いた足をプラプラと揺らしながら、部屋をぐるぐると見回す作業を開始した。
「失礼しました」
「いえ」
手を振りつつ、少年に話の続きを促す。おほん、と咳払いがひとつ。
「実は、私の叔母がですね、子供が欲しい、と言うんです」
「……子供、ですか」
芳しくない表情と返答。しかし、少年はひるまない。ここに来た理由を滔々と淀みなく語り続ける。
曰く、こうだ。
叔母夫妻は、若いころから子供に恵まれなかった。不妊治療もひたすらに受けたが効果が無く、一度は諦めて養子をとった。自分の子供として愛を注ぎ、今まで育ててきたが、ここに来てどうしてもやはり、夫との実の子供が欲しくなった。しかし、不妊治療にもう一度望みを掛けるには、年齢的にも厳しい。そこで──。
「それでですね、こちら──『守人の会』の御崎沢先生が、子供を授けてくださる力を持っている、というお噂を耳にしまして、藁にもすがる思いで伺った訳です」
「ふうむ……。しかし、それなら何故叔母様本人がここにいらっしゃらないのですか? 義理の娘さんはいらしているのに」
少女に向かうのは、遠慮しながらも、疑いを孕んだ視線。
もっともな疑問である。当然、少年の答えはスラスラと口から紡がれる。
「夫に秘密にしたい、とのことです。あくまで、自然に出来た子供として、夫には悟らせたくはない、だから甥である僕にどうしても、と。この子は、とある事情で今叔母夫妻のところではなく、僕の家で預かっているものですから、仕方なく──」
みなまで言わなかったが、どうやら小山には、少年の言わんとしていた少女に纏わる裏の事情が伝わったようで、それ以上の追及は無かった。代わりに彼は少し考え込んでから、
「……残念ですが私どもがお力添え出来ることは少ないかもしれませんね。こと、子供ということでは」
「と、いいますと? 御崎沢先生が、神秘の力を操るという噂は、デマだったのですか?」
「いえ。御崎沢先生には、確かに神秘が宿っておられます」
小山の語気が強くなる。不躾な否定を覆す、という意思を確かに感じた。
「では……」
「しかし、先生のお力は、いわゆる生命の神秘に関わることではございません。あくまで、自らの内側に秘める力を自在に操られるだけなのです。他人に干渉し、どうにかしてしまうような力ではないのです。……何故だか、貴方の叔母様のように、子供を欲してここを訪れる方も一定数いらっしゃるのですが」
ふうん、と、少年は腹の中で納得した。
この目の前の男は、俺たちがわざわざここに来てこんな話をしている理由の、その原因すら知っていない訳だ、とも。
今、口に出している丁寧な口調でも語調でもない。心中故の少年の素の言葉だった。