鋼の国と魔術道具
門に居る衛兵と知り合いだったらしく、ヴァレリーは雑談を交えてらくらく手続きを終えた。
荷物は全て僕が持つ事になったがその量は僕がもう一人居るんじゃないかと言うほどの大きさだ。
しかし重さは見た目ほどない、ほとんど無いと言って良い。
これも魔術の効果のひとつが発揮しているのだそうだ。
「では入ろうかフィリップ君」
僕は頷いたあと。ヴァレリーの後をついて門をくぐり抜けた。
鋼の国と呼ばれるこのアベルタ国の首都の呼称もアベルタだ。
製鉄から加工といった鍛治師にとっての聖地であるのもそう。
行き届いた法整備によって堅く秩序を守られていることからもそう呼ばれている。
市壁の中は世界が違っているようだった。
「この立ち並ぶ建物の重厚感は圧巻だね。ほとんどがフランドル積みのレンガによって建てられているが、見てごらん、そのレンガは灰色に染まっている。高い市壁に囲まれ、製鉄所が多くあるアベルタの区域だけに見られる光景だ。フィリップ君、壁を触ってみるんだ」
歩きながら説明するヴァレリー。僕は言われた通りに家屋の壁を軽くなでる。
黒鉛を塗りたくったような濃い灰色は、一見べたべたしてそうだが。
触れればさらさらとしていて、触れた指先を確認しても手は汚れていなかった。
「磨かれているんだよ。法整備も然ることながら、環境の管理もきっちりしている。
製鉄の技術も少しずつ進歩しているようで、今ではこうまで煤けることもないらしいから。もう数十年すればまた見栄えも変わるだろうね」
磨かれた灰色と白い光に囲まれ、レンガによって規律よくまとめられた町並み。
モノクロームのこの世界は、緑を見続けて育った僕には衝撃的で、幻想的な気分にさせられた。
見上げると空が狭い。三階建ての建物がきっちりと道沿いにならんでいて、三階から屋上にかけての高さにはいくつものロープが張っている。数えきれないほどの洗濯物が掛けられ、風に揺れていた。
歩けば歩くほど人が増えていく。この先は人で埋まってるんじゃないのか、そう思えるほどに。
目を閉じて耳を澄ます。
ちらほら住人の話し声が聞こえる。馬車が石畳を通る小気味良い蹄の音。先ほどみた洗濯ロープだろうか、ぐいっぐいと手繰り寄せるような音が上からする。商人の声が遠くから微かに響いた。
歩くと、広間にでた。右手には大きな建物がある。
「あれは……城か?」
「そのとおり。だが王城ではなく、あくまで北門と北区画を管理する城塞さ。東西南北の同じような位置にそれぞれ城塞が建っているよ。
有事の時こそ軍事の要所となるが、それ以外は役場として機能しているのさ。劇場や催し事にも一部解放する。ああっと、行き過ぎているよ、こっちだフィリップ君」
黒い城塞に見とれてヴァレリーが曲がったのに気づかなかった。
追いついたころには、目的の場所についたようだ。
宿屋だった。
ヴァレリーは淡々と宿屋の主人と話をつけたあと、僕をつれて2階の部屋に向かった。
「本当は二部屋とろうとも考えたのだけれどね。二人分の滞在となると流石に資金が底をつくかもしれん」
ヴァレリーは少し申し訳なさそうに言う。
「気にしないでくれヴァレリー。良いソファーがある。椅子や荷馬車に比べたら格別だ」
僕がそう言うと、なははと笑って一言「そうか」と頷いた。
荷物を下ろすと、ヴァレリーはまず僕が先ほどまで背負っていた荷物に手を伸ばした。
手の先を見ればそこには一枚の模様の描かれた紙が張られているではないか。
ヴァレリーがその紙をはがすと、それまでわずかにふっくらしていた荷物が重力に従うようにしぼんでいった。
「ひょっとして、それが荷物を軽くしていた魔術道具なのか?」
「んー。半分正解、とも言いたいが。これはまた別の魔術さ」
「じゃあ、ええと、付与師の魔方陣と、言っていたか?」
「なはは、冴えてるね。それに、覚えてきたね。ご名答さ。これは魔方陣が描かれた巻物<スクロール>だよ」
ヴァレリーは巻物をくるくると丸めて小道具の入った袋へと無造作に入れた。
「じゃあ、約束通り魔術道具について説明しよう。そうすればいよいよキミの体の異常についても話すことができるからね」
ヴァレリーはステッキを持って、宝石のついた柄を中心にくるくると縦に回したあと、自分の肩にぽんと乗せた。僕は、この後も長い話を聞くのだと、身構えていたのだが。
「それじゃあ、昼までまだ時間がある。ちょっとだけ行ってみようか」
部屋で話をするものだと思っていた僕は少し肩透かしをくらった気分になったが。より良い環境があるのだろうと、従って再び外に出た。
より良い環境、それは魔術道具の売店だった。
ヴァレリーに付いて僕も店の中に入って行く。
「売店があるのか。しかも専用の……こんな堂々と」
「ああ、あるよ。別にアングラなモノってわけでもない。魔王が居る時代は冒険者であふれかえるし、今の時代であっても、生活に使えるようなものも売っているからね。利用者は少なくないんだよ」
「魔術師って以外と多いのか?」
「いいや、そこまで多くはないはずさ。聞くところによれば年々減っているとも聞く。ここを利用する人がすべて魔術師なのではない。むしろ魔術師の代わりとして使う道具も存在する。キミもそのひとつを知っているはずだよ」
「だから、僕は魔術なんて……あ」
ヴァレリーはニマリと笑った。
「蛍光玉か」
「その通り、ほらこれだね。あ、気をつけてくれよ。キミが触ると危ないから」
「……わ、わかった」
棚が並ぶ中、ひとつのケースに沢山入っている蛍光玉をヴァレリーはつまんで取り出した。
値札には、ひとつにつき銀貨3枚と書かれている。
僕はそれなりの価格の高さに納得したのと同時に、一昨日に買い物をした時の事を思い出した。
「銀貨3枚だったのか。それをあの時の行商の子に金貨1枚で」
「ああ、その後にも教えたがね、銀貨5枚でも結構良い値段だったんだよ」
「そうだったのか。ん? ここで買えるのになぜあの時にそんな金額を出してまで買ったんだ?」
ヴァレリーは語る前に、指2本で挟んだ蛍光玉を僕に見せた。
すると、蛍光玉は僕の目の前で、中心が渦巻くような光を放ちだした。
「蛍光玉っていうのはね。微弱な魔力を取り込むと光を出す石のことなんだよ」
実のところ、また破裂するんじゃないかと身構えていたのだけれど。どうやらそうでないらしい。
「これは魔術を学ばない人間でも扱える魔術道具。即席の灯りなのさ。
何回か使えるとは言え、消耗品であるからね。行商や旅をするのなら5個は持ち歩きたいものだね。私とフィリップ君は運良く馬車に乗って一晩、そして一回でここまで来れたが、もし思わぬアクシデントによって足止めをくらった場合は野宿も考えなければ成らない。そういった非常時に備える為に必要だったんだよ。どうして無くなったかは忘れてしまったがね」
だから、あの行商の子は持っていて、さらには譲ってくれたのか。
僕が触れると破裂するのは何故だろう。それを尋ねようとしたが。ヴァレリーのさっきのセリフを思い出すと、あとあとキチンと教えるつもりなのだろうと解る。ならば今は魔術道具の事について学んでおこうと考えた。
「うむ。さて、魔術道具っていうのはね。
人から直接放つ呪文でもない。魔方陣を使わない。無論、生体霊体の力も変換しないでつかう道具なんだ。そのものに魔力が込められている物。微弱な魔力を別のエネルギーに還元するもの、魔力を増幅する物。まあ、多種多様なものがあるが。一番メジャーと言えるのがこれだね」
ヴァレリーは自分の愛用しているステッキを見せた。
「杖<スタッフ>さ。メジャーであり最もランクは低いものになる。ランクっていうのもこれから説明するよ」
ヴァレリーは店内をまた少し歩いて、沢山の棒が入っている樽の前に来た。
「これ、ここにある棒は全て杖さ。しかし、言ってしまえばただの棒、魔術道具と言える段階ではない」
解りかけてたけれど、ちょっと解らなくなってきたぞ。
「ランクが低いのに、魔術道具じゃない? わからないんだが」
「うむ。杖というのは、術者が杖と思えばその物が杖に”成っていく”ものなんだ。この店ではただの棒を術者が買って、買った術者がその棒を杖として、魔術道具へと昇華していくのさ。無論、例外はあるよ? 人間が触れる前から杖として存在するものもある」
不思議なものだね。と続けるヴァレリー。
「じゃあ、ランクについて説明しようか」
僕は流石に覚えきれなくなってきたので、メモを取れるように準備したあと、講義を始めてもらった。
まとめるとこうだ。
・・・
ランク。いわゆる魔術道具の効果や強さ、希少性を考慮して付けられるもので、その概念は浸透してはいるものの厳密に設定しているというわけではないらしい。それらはDからAまでに分けられる。
Dランク:一般人も使える補助的なもの。術者が増幅のために使う専用の杖など。
Cランク:冒険者が使うような魔物相手に使うもの。軍用。店で売られているものはだいたいこれ。
Bランク:特殊な能力を持っていたり。高い魔力を秘めている。二つとない物。儀式用だったり霊廟や教会など神聖な場所に祀られているようなもの。たまに桁違いな価格で店に出回っていることがあるが、国や特定層の人物に買われるが多い
Aランク:伝承級。現在は5つ存在すると噂される。確認出来るものは魔王が代々携える宝剣、氷結竜が守る魔法盾。言い伝え程度のもので存在が疑わしい、火の神が着ている武具と、巨大な生物が飲み込んだという魔鏡。後ひとつは童話として曖昧に残っている「可能性」と呼ばれる”何か”。
・・・
もっとも、Aランクについては知ろうが知るまいが、おそらく触れる事も見る事もないだろうシロモノだという。特に「可能性」と言うのだって、「4つじゃキリが悪いから」と言って誰かが強引に付け足した物かも知れないね。とヴァレリーは笑って言った。
「まあ、ざっとこんなところかね」
「ありがとう、解った」
うむ。と頷くヴァレリー、満足そうだ。
「よろしい。これから私はここで必要な物を揃えたあと、役場に行ってこの都市で活動するための手続きをしなければならない。そのあとは冒険者ギルドに行って同じように登録を済ます。時間がかかるな。お金は渡そう、昼はどこかで食べていてくれ。混み具合によっては夕食前にギルドへ行く事に成るだろうから、その時はフィリップ君も一緒にギルドへ行ってみようか。そこで夕食をとるのも良いだろうね。だから少しの間外を見て回るのも良い、しばらくしたら宿で会おう」
僕は了承して、お金を受け取り一足早く店の外へ出て行った。