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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第二章 アベルタ
8/25

荷馬車に揺られて

 翌朝の僕とヴァレリーは鶏が鳴き始めるころにはもう村を出ていた。

 昨日の市場にいた行商のうち都市から来た交易商にお願いして、帰りの荷車に乗せてもらったのだ。

 幌付きで日差しを避けられる良い馬車だった。


 ヴァレリーは昨日に引き続きおかんむりだった。


「私も説明しなかった。むしろその点で言えば、キミの責任とは言い難い。雇い主としての監督の不行き届きというのは致命的であるからね。いくら寝不足で限界が来ていたからと言っても、まあ私の責任さ。ただね……」


 ヴァレリーは昨日買った大口の水袋を取り出して、顔の横でぷらぷらと揺らした。


「ああ、すまない。麻袋を渡した時にでも伝えておくべきだった」

「この赤いウメの実をつけた酒は薬用なんだ。無論、飲んでも美味しいがね。

 布に湿らせて湿布として使えば呼吸に関する病の予防や、治療にもできる。

 関節に痛みを感じた時にでも貼っ——」


 馬車の車輪が石を踏み、荷車が一瞬大きく揺れる。

 ヴァレリーは舌を噛まないように口をつぐんだ。

 タプンとヴァレリーが持ち上げている水袋が音を立てる。


「……はあ」


 その音に情けなくなったのか、ヴァレリーは諦めたふうに袋を下ろす、頭もうなだれる。


「蛍光玉がまさかこの中とは……」

「すまない……」


 昨日の夜のうちにその薬用酒は仕込んだ。

 ヴァレリーの荷仕度の手際は目を見張るものだった。

 ざっと書くとこうだ。


 僕には8個のリンゴを全部剥かせて、その間に彼はアンズをひとつ齧りながら作業。

 かまど場にある2つのざるにアンズとウメをそれぞれ入れて川の水でささっと洗い、そのまま浸す。

ざるを浸したまま下準備として、大口の水袋に、高純度の酒を一本ずつ移し替え、そのうちのひとつに氷砂糖を追加する。

 川にそれらをさらしたまま、部屋に戻って他の荷物の整理を始めた。

 「キミも食べたまえ」とアンズを投げてきたので僕もひとつ齧る。

 なんだかこまごまとして僕のよく解らない道具を広げてチェックをしていたころ、ちょうど切り終えたので彼を呼び、二人でリンゴを全部とヴァレリーが僕と会う前に買っておいた魚の干物を一枚ずつ食べた。

 食べ終えた後、ヴァレリーは再び川へ。(ちなみにヴァレリーの細かな動作はここの食事中に聞いた)

 アンズを酒だけを入れた革袋へ入れて、ウメは氷砂糖を追加した酒の方へ全部入れた。

 ヴァレリーは荷造りを終えて、低純度の酒を飲み干して

 ベッドの掛け物を僕に渡して、コツンとステッキで僕の頭を叩いてひとしきり笑ったあと。

 そのままベッドに落ちた。

 

 何故叩いたかはひとまず。ひとまずと言いたくないがひとまず。

 ……思い出すだけでも、かまど場といい川といい、月明かりで作業していた彼より。

 入れてあることを言わなかったのと、パッキングの際の装備チェックの時に声をかけた僕に非がある。

 実験とはいえハイだったとはいえ、もともと持っていた蛍光玉を僕に3つとも使ったのが悪いといえばそうなんだけれど。そこは触れるとどうしようもないんだろうな。


「ヴァレリー。蛍光玉……は、たしか魔術道具と言ったか」

「もういい、思えば些細なことだ、私はそんな狭量な紳士じゃないのさ。助手を持った私は今後はより闊達で優雅な態度で居なければならないんだよ」

「その件は本当にすまなかった。あと、質問があるんだ?」

「ああ、もう何でも聞いてくれ、私は何でも答える、そして何百回でも教えるさ」


 言い聞かせてる。すっげー自分に言い聞かせてる。

 なんなんだ。

 昨日から思っていたが、この人って感情がだだ漏れだな。

 今のやり取りだって他者から見たら小さな事だ。

 むしろ、当事者の僕から見てもちいさい……。

 それに、良く喋るからそのぶん器の大きさというか底が見え隠れしがちだ。

 逆に、それってなんだか僕に無いような…………”生きてる”って感じがするんだけれども。

 それでもだ。


 まてよ…………じゃあ僕はどうなんだ?


「どうした……? 何が聞きたいんだい……?」


 そうとも。

 僕はどうなんだ。

 済し崩しで選ぶ権利もなかったのもそう。それに、質問しなくてもヴァレリーからのべつ幕無しって位に説明がくる。だから、ついつい尋ねるタイミングをこれまでいくつも逃していた。

 でもそれって理由にならないんじゃないか。


 さっきからヴァレリーは説明不足と自身を責めているが。

 もしそうだとしても、僕が何も悪くないって訳じゃない。

 わからないことをわからないままにしている方だって悪い。

 それで失敗を人のせいにするのは余りにも情けない話だ。

 言っても変わらないからと言わなかった事もあった。

 キチンと僕からも聞くべきことは聞くべきで言うべきは言うべきなんだ。

 相手がある程度察する事ができるからって、自分が事に向き合うことを怠けてたからこうなるのではないか。


「ああ……、ええと。魔術道具ってなんだ?

 それと、魔術や呪術についてはある程度覚えていると思う。しかしまだ退魔師っていうのが何をするのかまだ聞いていない……教えてくれ」


 うなだれていたヴァレリーがこちらを向く。


「目つきが変わったね……。相変わらず輝きのない目だけど、なんかきりっとしてるね」


 この人は本当に直球だな。

 沈みまくってたヴァレリーはすこし持ち直したようだった。

 

「ああ、そういえば説明してなかったね。退魔ってのは、呪術を悪用するやつらをその召喚された悪霊をとっちめる仕事さ。

 呪術は大抵は碌な事につかわれないし。その対抗手段も普通の魔術や付与師の魔方陣では難しい。ある程度の専門的な解呪の術を学ばなければ行けない。もっとも」


 ヴァレリーは革袋からアクセサリーを取り出す。

 金の十字架に宝石が真ん中に付いている。


「元々解呪は教会に居る人間の専門分野だ。

 聖職者<プリーステス・プリースト>が解呪の専売特許だった。今も体裁はそういう事になってるが事情が変わってきてる」


 アクセサリーを僕に見せた後、再びしまった。


「衰えているのさ。各国をまわっているが、明らかに解呪の術が使える聖職者が減っている。公には魔力減衰期を原因として挙げているけれど、それだけじゃないはずだと私は思ってる。真実はまだわからないがね。

 それに、解呪を使えても相手は怨霊だけじゃない、それを扱う人間も相手にしなきゃならないからね。一筋縄で解決も出来なければ、相手が一枚岩でないこともある。根を張って組織立って対処する教会よりも、その土地で生きていない流れ者だからこそ解決出来る事件もあるんだよ。私はね……人の魂を使って悪さする連中を許せないんだよ」


 しらなかった。

 想像していたより深いものだった。

 そしてこのヴァレリーは志しを持って動いていた。

 今まで、エセ紳士だの、器小さいだの、子供っぽいだの思っていたけれど。

 僕に比べるべくもなく、立派な人間だった。


「すまない、いろいろ誤解していた。納得したよ」

「まだだ」


 ヴァレリー自身も、ひょっとしたら僕に説明しているうちに”熱”を取り戻したのかもしれない。


「なははっ……。口先だけで、納得してもらっては困るよ。

 向かう先々、村で1件、都市で3件あれば多い方で、いつでも事件が起こっているわけじゃない。

 生業としていてもやはり起こらないに越した事は無いしね。無い方が良い。

 しかしね。これから向かうのはアベルタの首都だ、厳格な場所にこそ闇は生まれやすかったりする。

 聖なる物に悪がつきやすいのと同様にね。だから、次の場所で仕事を見せる機会があるだろう。

 僕の仕事をキミに見せる。フィリップ君、その時に納得してくれ」


 真剣だった。「わかった」という僕の返事に彼は力強く頷いた。

 少し経って。

 荷馬車が止まった。


「フィリップ君、着いたようだね。すまないが、もうひとつの質問は後にしたいが構わないかい?」

「ああ構わないとも」


 馬車から降りて、乗せてくれた商人にお礼として昨日買ったナシを袋ごと渡して別れた。

 僕たちを下ろした馬車が進んでいき、視界が広がる。

 目の前には大きな門があった。

 アベルタの首都に到着した。

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