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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第二章 アベルタ
7/25

村市場

 退魔師のヴァレリーに雇われることになったその日の夕方。

 僕は一人で村を周り、買い出しをしていた。

 雇い主のヴァレリーはと言うと宿屋で寝ている。


「それじゃあフィリップ君に初仕事を与えるよ。この紙に書かれている品物をそろえるんだ。ほら、これがその分のお金、足りるはずさ。いってらっしゃい。え? 私かい? 私は寝るよ。買い物の仕方もイチから教えた方がいいかね? なはは、よろしい。頼んだよ」


 そう言って僕にメモ書きを渡したあと、ベッドにそのまま転がった。

 そういえば、ベッドはこれまで僕が独占していたようなものだ。

 ヴァレリーは徹夜でこの村で仕事を終えて、それから僕と話していた。

 寝ていなかったのだ。 

 紅茶を作りに外へ出た時も何だかふらついていた。大きなあくびもしていたっけ。

 気づかなかったが、ヴァレリーは無理をしていたのか。

 僕は助けてもらった立場とは言え、あまり気遣いが出来ていないのかもしれない。


 成り行きの済し崩しとはいえ、僕は退魔師の助手となった。

 だいたい退魔師が何なのかもよく解ってない。

 思考が働かないまま、好きに扱われてるようにしか思えない。

 ただ、仮に断ったとしたら、アベルタ軍に引き渡されるか、もし彼から離れたとしても行き場を失うだろう。

 最善と言えば最善なのか。

 でもこれって助手というより、奴隷に近いような……。

 僕は情けなくなってため息をついた。


 宿屋から出てかまど場を横切り、少し歩いたところに小さな市場があった。

 村の中心だった。

 屋台が並ぶ、と言っても7店舗。もう少しあったようだが、撤収作業にはいっていた。

 ぼやぼやしてると全部畳んでしまうようだ。


「ええと? ナシ、アンズ、リンゴ、何て読むんだこれ……フ、ク、多分これはウメの実。それぞれ一袋分か」


 読み書きが出来るとは言え知らない単語の方が多い。

 それでもナシュアラとアベルタは同じ言語らしく、多少の訛りがあるとはいえ僕でも差し障りなく意思疎通ができるつもりだ。

 しかし、セレンティア語はほとんど似ている言語とは言え、少し発音に癖があったり、向こうでしか使わないような発音もあったりする。文字にしてしまうとなおさらだ、ただでさえ学の無い僕のことだ、いよいよ解らないところが出て来る。


「すみません。これと、これと、あと……アンズの実は、あった。ウメの実ください。それぞれ一袋ずつ」

「おう、待ってろあんちゃん。あー、ウメの実は旬過ぎてっからな。半分もねえけどいいか?」


 快活な店主が良い手際で麻袋につめていく。詰め終えた袋を並べながらも「にしてもデケーなあんちゃん」と笑顔で話しかけて来る。不慣れな笑顔で返す僕。


「ほれ、ウメの実はどうせ売れ残りだ。銅貨は四枚にまけてやる」

「どうも」

「おうよ。また寄ってってくんなぁ」


 良い店主だったなあ。

 それぞれ果実が入った5つの小袋をひとつに束ねて肩に下げる。

 つぎは。純度の高い酒2本と低純度の酒が1本。大口の水袋が2つ。これも滞り無く完了。

 その次、最後だ。なんだか見覚えが無い単語だ。

 雑貨屋もしくは武具屋。魔術道具<マジックアイテム>。…………読み間違えなく、さらに憶測が正しければそう書いてある。

 発光玉を3つ。注意書きに「直接触れるな」と書かれている。

 ついでに、「ひとつにつき銀貨5枚または金貨1枚で買うように」とも。

 値段がそこまで変わるものなのか。”または”というのは……?


 魔術道具、そんなものがこんな村に売っているのか?

 しかも金貨3枚というと、僕が辺境警備をしていた時の10日分の給金をもこえる。

 小麦がどれだけ買えるか……いち、に。た、たくさんだ。

 僕はあまり数字にも強くない。

 それはともかく。

 見回すも武具屋はない。

 雑貨屋もない。

 どれも食べ物ばかりだ。


「あ、あれか」


 よく見ると、屋台を畳んでいるところに、農具をはじめ少数の弓矢、刀剣が屋台の部品と一緒に並べられているのが見えた。

 僕は掛けて行く。ゆさゆさと背中の荷物が左右に揺れて走りにくい。


「あのー」

「きゃっ」


 店じまいをしていたその人、店主は女だった。

 驚かせてしまったようで、まず僕は謝った。

 魔法に関する道具があるとは思えなかったものの。とりあえず聞いた。


「光玉? ああ、あるにはあるけど。んー、分けてやっても良いけれどねぇ……」


 あるんだ。


「売りものじゃないんだよね。アンタも旅商の人間かい?」


 一度僕は首を振り、退魔師の助手だということを明かす。

 簡単に明かして良いものかどうか悩んだが、あのヴァレリーの性格ならと考えた末に話した。


「タイマシ? なんだいそれ。聞かない職業だねぇ、何すんの?」

「……呪いの掛かった悪いものを、……退治する?」

「なんでちょっと疑問系なんだい」


 ヴァレリーは呪術どうこう言っていて、怨霊がどうとかも言っていた。

 そこまで見当違いなことを言っていないはずだと思うが、やはり釈然としない。

 ……退魔師って何するんだ。


「なに変な顔してるんだい。あっはっは」


 果物屋の店主に負けないくらい快活な笑顔だった。

 僕は恥ずかしくなった。


「よくみりゃ、アンタの服。ナシュアラで作ってる服だね。上も下も」


 どきりとした。農村とはいえ、ここでバレてしまうのは危険なのではないか。


「ここだけの話、実はあたしもナシュアラ人なんだけどさー。今戦争しちゃってんじゃん?

 実家を勢いで出ちゃって、運良く夢だった交易商も軌道に乗っちゃってってさぁ。

 結構お金貯まったから親孝行のひとつやふたつしてやろうと帰ろうとここまで戻ったらこれだよ?

 つっても、かーちゃんは死んでも死にそうもないし、とーちゃんもひょろい警備兵で戦場には出ないだろうから。特には心配してないんだけどねー。早く帰りたいなー早く終わんないかなーってね」


 僕はひょっとしたらと思ったが、似た境遇の人間だっているはずだ。

 それに、仮にそうだったとしても僕が何を言えるっていうんだ。

 だから僕は頷くだけにとどめた。


「あっと、ちょっと余計なこと話しちゃったね。わかった。蛍光玉3つね分けてあげる」


 女主人は品物が置いてある場所とは別の場所、彼女の持ち物であろう荷物を漁りはじめた。


「まあ、アベルタって鋼の国とか名前ついてるし、厳格さやら秩序やらって大事にしてるからスッゲー怖くて堅いイメージがあるけど、法の整備が他の国よりしっかりしてる分、アタシたちみたいな行商やら旅団やらにとってはさ、すっごいやりやすい国だったりするんだよね。ナシュアラも栄えてるし軍隊も強いっていうけど、そういう……セイサクっていうの? そこで差をつけられちゃってるんだよ。ほらこれ」


 アベルタ国は、育った国に侵略してきた敵国というイメージしかなかった。

 僕には目から鱗な見方だった。

 彼女の手には、見覚えのある赤い玉だった。

 ヴァレリーが僕に投げた玉と同じものだ。

 手渡しが出来ないので、余裕があるウメの入った革袋の口を広げ、そこに入れてもらった。

 袋の口を縛り直して背負う。

 今度は僕が財布から金貨を1枚、銀貨を5枚。

 手に取ろうとしたが、銀貨はもどし、金貨を2枚拾う。

 手には3枚の金貨。


 僕は彼女と話していて気づいた。

 ヴァレリーの意図はもとより売り物を買うのではなく、行商が私物として持っているものを買い取るつもりだったのだろう。メモ書きの”もしくは”はそういう意味だ。

 武具、雑貨屋はこの村にはない。他の場所から移動して来る行商に限られる。

 そして、善意を計算ずくなのだ。

 あのエセ紳士はそういうところは上手なのかもしれないが、この手のものは慣れない僕には狡く感じる。

 ならば、こちらも出来る限りその厚意にお返しをしたい。

 

「これで足りますか」

「え、お金なんて別にって。うわっ、金貨3枚って、ちょっと正気!?」


 まさか足りないのか。魔術道具っていうものはひょっとして僕が想像する以上に高いのか?


「こんなに貰ったんじゃ、逆に私が悪いよ」

「はあ」


 どうやら、多過ぎてるらしい。

 そりゃそうだよな。金貨一枚って言ったら、小麦が……えー……沢山買えるんだもんな。

 ——僕は金銭感覚を養うべきだった。

 僕が渡せなくて戸惑っていると、彼女は笑い出して今度は商品の方へ歩いていき。


「ならこれ、この服も持って行きなよ。それでも金額はまだ届かないけどさっ。

 言っちゃあ何だけどちょっとこの距離でもカビくさいよアンタ」


 そういって、彼女が僕に見せたのは鮮やかに染められた服で、ナシュアラの服とは見た目からして素材が違う。付属のベストは僕のサイズでは合わない無いらしく。防具から軍用のベストを取り出して付けてくれた。レギンスもアベルタ軍で流行している、軽くて丈夫な生地のものだ。


「んえ? いいのいいの、このサイズって実は全然売れないからさぁー、在庫処分に丁度良いんだっ。ベストの方は、着る前に装飾やポケットは切って外した方が良いね。一般でも出回ってるけど、軍用って着てるだけで変に怪しまれたりするみたいだからね。あとは靴だね……靴は扱ってないんだよねーまあそれは今度だね」

「そんな……そこまでは……」


 なんだか至れり尽くせりだ。

 服の上下、軍用ベスト、蛍光玉3つ。それらを受け取り金貨3枚を渡した。

 僕は頭を下げてお礼を言う。

 ここまで親切にされたら、どう返せばいいんだろう。

 そんな経験もなし、そしてこれまで考えなしだった僕は思いつかなかった。

 他の店主もそうだ、なんだかここは人当たりが良いというか、気さくで良い人ばかりだ。


「アタシは戦争終わるまで暫くアベルタ領と南の同盟国あたりを行き来するだろうから、またもし会うようだったらよろしくねー。その時はそのサイズに合うような靴用意しておくよ」


 あはは、と笑って彼女は手を振った。

 僕も軽く手を振って返しその場を離れた。もうだいぶ暗くなってきているから、少し離れただけで表情が解らなくなった。

 見えなくなってもその笑顔は焼き付いてしまったようで暫く頭から離れなかった。


 かまど場を通りかかると、湯気が立っていた。

 空には星がたくさん輝いていてあたりは暗い、かまど場の火がいっそう眩しく見える。

 かまど場の裏からヴァレリーが出てきた。


「おお、フィリップ君か。ごくろうさんだよ。キミも荷物を置いた後体を洗うと良い。ふむふむ、結構な荷物だが一度の往復で来れたようだね。おや、その手に持ってるのは服かい?」


 ヴァレリーに説明できる限り雑貨屋の子との経緯を話した。


「ええっ! だからって自分から金貨3枚渡したのかい!?

 相手が渋ってから値を上げたわけじゃなく。

 しかも僕の意図を汲んでいて?

 っかー! フィリップ君……キミはまったく————まったくだよ。

 ちょっと、ちょっとで良いから、部屋で話をしようか」


 僕はこってりしぼられた。

 ちょっとじゃ済まなかった。

 この後に長々と金銭感覚について彼からご教示賜るのだが、それは割愛しよう。

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