魔力
ヴァレリーが知りたがっていたこと。
それは彼がこれまで散々に尋ねていたことだった。
「魔力たって。僕は魔法なんて何一つ使ったことなんて無い。言ったはずだ」
「ああ、聞いたはずさ」
ヴァレリーは椅子から立ち上がる。ステッキをいじりながらテーブルの周りを歩きだす。
「魔力。魔力って言うのは空間にあったり、物に集まったり、生き物から発生するものさ」
「生き物から発生するのなら、僕の体から出ていることは別に普通なんじゃないか?」
「その通り。普通さ。フィリップ君の体だけじゃない、私の体にも多少なりとも魔力が存在する」
拍子抜けというか、呆れすらした。
さっきはステッキで胸をつつきながら神妙に言うものだからてっきり異常なのかと早合点した。
「ただしだフィリップ君。キミの場合はね、さきほど話した普通とはまた違っているようなんだよ」
「意味が分からないぞ」
ヴァレリーは歩くのをやめて、両手を広げながらこちらを向いた。
「目には見えない、感じ取る形でしか確認はできないものなのだけれど、空間にも魔力がある」
空間にある。それは聞いたばかりだ。僕はとりあえず頷いた。
「ただ、空間の魔力は一定量集まっていないと消えてしまう。たき火の火が弱いと消えてしまうように、小さな魔力をその場に保つことは出来ない。こんなルールに従っていてね」
伸ばした両手をゆっくり閉じて行く。
「空間にある魔力は、特定の場所に集まる習性がある。これを魔術を利用する人間側の見方から『魔力発生源』と呼んでいたりする。便宜上だね、都合が良いんだよ」
僕は動かない。理解は出来ているつもりだ。
魔力の井戸みたいなものなのか。
「一方、生物から湧き出る魔力というのは、勝手に集まることはないんだ。そこまで厳密なものではないのだけれど、足のつま先から頭のてっぺんにまで、だいたい同じ量の魔力が発生しては霧散し続けているんだよ」
「存在のしかたが……違う、のか」
ヴァレリーはニマリと笑う。
「確かに、始めに言った”キミの体から魔力が発生している”というのは至極普通で当たり前な言葉だったりする。そして、この魔力衰退期において、その発生量こそ魔術師生命を決定付けると言って良い。この時代でも普通に魔術を扱う人は存在しているが、その数はとても稀なのさ。体内からの魔力発生量が多い人間がこれに当てはまるんだ」
言いたいことが徐々にだがわかってきた。
「僕には普通より多くの魔力が生まれている」
「正解だ」
「僕にその……、魔力発生源ができている」
「ご名答さ」
「つまり、僕は魔法が使えるのか」
「それは無理なんじゃないかな」
即答。なんだそれ。
「魔術はそんなに容易いものじゃないよ。しかし急くな、急くなよフィリップ君。実のところ、キミをこの宿屋へ運んでくる間に実験をしたんだ」
「……。なにを?」
ヴァレリーは人差し指を立てた。指先から小さな火が点る。
「私はセレンティア共和国でも有数の魔術師の家系に生まれている。生憎、魔力衰退期に生きる私が純粋な魔術師として活躍することはないだろうけれど。それでも微弱な魔術なら魔方陣無しでも発現ができるのさ」
まだ実験の話に触れてすらいない。僕に何をしたんだろう
「身の上話を聞く前に一度、キミを試す形で話をして、その時にも少しだけ触れたのだけれど。この時代でも魔力を補って利用する方法がある。特定の条件、それ即ち空間にある魔力発生源の魔力を使うことさ」
「は、はやく何をしたか話してくれ」
流石にしびれを切らした僕。
ヴァレリーは、なははと笑って続けた。
「なんのことはないさ。キミの近くで魔術を使っただけさ。色々試したけれど、フィリップ君自身になにも危害は加えてないよ。死んじゃったらアレだし」
アレってなんだ。
「結果、キミの体内にある魔力発生源からはこれっぽっちも魔力が使えなかった。
付け加えておくとね。物を透過する魔力が形成する魔力発生源は、道の真ん中にあったりもすれば、地面深くに生まれることも普通にある。空高くにだってそうさ。そのなかで人体に発生してしかも移動するなんてのは今まで文献でも人伝でも、見たことも聞いたことも無いんだ」
「けど、使えなかったってことは意味が無い?」
そのとおりだね、まるで飾りだ。そう声のトーンを落として言うヴァレリー。
「糸口として、過去になにかあったとしたら何かヒントになるかもしれない。そう考えてフィリップ君の暗い過去話を聞くことになったんだけれど」
「おいおい、さすがに失礼じゃないか!? 」
これまであまり言葉を返すことをしなかったが、ここで僕はついに勢いよくツッコミを入れた。
そりゃあたしかに、記憶に残ってる限りじゃ、明るい思い出こそ少ないが……。
あんまりだ。
僕は憤った。
「あー、そりゃあ、残念だった。僕の中にあるっていうその魔力の発生源ってのもきっと偽物だ」
「そうかもしらんね」
「せっかく助けてくれたのに、何もしてあげられないようでとても残念だ」
「うむ。残念だ」
「それじゃ——」
「——それじゃあ行こうか。アベルタ軍の屯所」
……。
僕は怒りを覚えたわずかな時間であったとはいえ、自身の命運はこのエセ紳士に託されていることを忘れていた。
「せっかく苦労して助けたんだ。また捕虜として捕らえられて、処刑されるのは私としても心苦しいさ」
心なしかなんだか楽しそうに話している。
「しかし、そうだね。フィリップ君キミ自身も散々に死を覚悟してきたようだし。それを止めることはむしろ無粋なことだと思えてきたよ。発生源を持つ人間、大発見だとも思ったんだがね」
何が言いたいんだ?
いや、この人はこの短時間で見てもとても自分に正直だ。
きっと思ったことをそのまま言っている。
僕は考える。
いや、考える必要なんてないんだ。
「そう、僕は死ぬつもりだった。今更命乞いもばかばかしい。行こう、屯所へ——」
そういって僕が立ち上がろうとした瞬間だった。
これまで穏やかだったヴァレリーの動きが一変。
素早い動きで持っていたステッキの青い宝石が付いた柄の部分を僕の喉のすぐ下を強く押してきた。
上げた腰をヴァレリーに勢いよく椅子に戻された。
「私が判断すると言っているじゃないか。死に急ぐんじゃないよ馬鹿者め」
低いトーン。明らかな憤りが声になって出ていた。
表情も真剣なまなざしで、これまでの楽しそうに語る顔とは別人のようだった。
二人は止まった。
僕は圧倒されていたというのもあるが、それだけじゃなかった。
ヴァレリーもステッキで僕を押さえつけていたのもあるが、それだけじゃなかった。
「この光は……」
ヴァレリーは驚いたふうに言う。
ヴァレリーの持つステッキの宝石が強く光りだしているのを見ながら。
「どけてくれ、熱い!」
僕は宝石の発する熱に耐えきれず、そう叫んだ。
ヴァレリーはゆっくりと僕からステッキを引いて、手元でじっくり光を放つ宝石を観察している。
僕から離したことを境に、光が弱まっていき、そして収まった。
ヴァレリーは再び歩き出す。今度は床を見たり天井をみたり、独りでブツブツ言っている。
「お、おい?」
呼びかけに反応したのか、テーブルを横に僕の前にまでやってきては。
僕の額を杖の柄でコツンと叩いた。
「いでっ!!」
「なるほど……」
「何がだ!? ……また」
涙目の僕が額を手で押さえながらも彼の持つステッキをみると。またしても宝石が輝いていた。
驚いてる姿を見るに、意図して光らせているわけではない。
むしろ、僕が光らせているかのように見える。
「あー、そういうことかもしれん」
ヴァレリーはそうつぶやいて、机にある革袋から3つの赤い玉をとりだし、左手に乗せてこちらに寄って来る。
「今度は何をするつもりだ!」
「……すまんな?」
説明してる暇はないと言わんばかりだ。目が輝いていてなんだか子供みたいだった。
これまで饒舌だったのに、いきなり口数が少なくなった。
というか、謝るな。なんだかわからないがやめろ。
「ほれ」
やめなかった。仮に言ったところで変わらないと思った。
赤い玉を右手でひとつつまんで、僕のこめかみあたりにくっつけた。すると。
キイィィィィーーーーーーーン!!
激しい光と耳鳴りのような音を発しながら赤い玉はくだけ散った。
「やはりか、そうか。なははははは」
ヴァレリーは大喜びだった。二つ目をつまむ。
来るのかと思いきや、離れる。
思わず両腕で顔をガードしていたが、こないのかと僕はゆっくり下ろし始めると。
「ほい、ほい」
二つ連続で投げてきたではないか。
キイィィィィーーーーーーーン! キイィィィィーーーーーーーン!!
「うわっっぷ! うるさい! やめてくれ、ヴァレリー!!」
「なははははは」
「ヴァレリー。たのむ!」
「わかったわかった。もうやめる、済まなかったね。あー、面白い」
「面白がらないでくれ。こっちは訳が分からないんだ」
「ふふん。なるほど、魔術道具<マジックアイテム>か。盲点だったな」
さっぱりだ。
「決めたよ面白いフィリップ君」
「“面白い”は余計だ。で、何を決めたんだ」
「フィリップ君。キミを私の助手として雇うことにした」
僕はこの日、退魔師の助手としてこの男について行くことになった。
ここまでが一章となります。
残り三章の全四章を予定しています。
よろしくお願いします




