Dark Originate Portal
「——でさ。その女の子に何て言ったと思う」
「知るかよ。知らねー女から突然“わたしを女にしてください”とか迫られても、ふつーはどん引くだけだぜ」
「まあ、そうよね。でも団長は優しく言うのよ」
女は声色を変えて、左手を胸元にあて、右手を優雅に天井へ向けて伸ばした。
それを見ている男は退屈そうに机に肘を掛けて頬杖をついている。
「草原の花を手折ることに意味を持つようになる頃から女の子はみんなレディさ」
「……ばかじゃねーの。くっせっ。言うかよ、作り話だろそりゃあ」
「バカはアンタよ。いーじゃないのよ作り話だって。
アンタとは違ってそういうセリフも似合ってるのがあのオルフォード様なんだから」
「そうかよ」
ここバーランド王国は他国と比べ平和である。
バーランド王国の王城から武器庫を挟んだ先にある資料館。そこに二人の若い騎士がそこにいた。
ここにはバーランド王国での政策の内容や、王国内で起こった事件などの記録が収められている。しかし、その中には隣国の鋼の大国アベルタの資料も数多く管理されている。
同盟国として、信頼を得ている証。……であるが、体のいい荷物持ちを大義名分によって請け負っているに過ぎなかった。
そしてなにより、この資料館は名ばかりで。ひとたび足を踏み入れれば紙や巻物が無造作に積み重ねられている、言ってしまえば記録の墓場のような場所だった。
そこに放り込まれた二人の騎士。
ひとりはフレッド・ラシュトン。ナシュアラの兵士だったが戦争中に騎士団長に拾われ、現在は正規の騎士になるべく見習いの身である。見習いだが、バーランド騎士になって4ヶ月が経っている。齢は16。
もうひとりはルエラ・アルクイン。彼女は一般採用枠の騎士登用試験にぎりぎり合格し、入団して3ヶ月が経った。齢は19である。
「なあ?」
「お断りよ!」
「まだ何も言ってねえよ」
穴をあけた書類に紐を通し、ぐいっと力を入れて結ぶ、女騎士のルエラは声をかけてきたフレッドの方を見ることもなく答えていた。
「言わなくたってわかるわ。こんな誰も入ってこないところに男女二人きりなんだもの、なんかやらしいことお願いするつもりだったんでしょ?」
「しねーよ」
「16才の少年だものね。しょうがないよね……情動がね……」
「悟った風に遠い目すんな」
「んー、頼み方次第では見せるくらいなら考えても良いわ」
「マッ——!? ……もういい、聞かなかったことにしてくれ。忘れてくれ」
ため息をつきながら終わりの見えない書類整理をつづけるフレッド。
はす向かいの席に座って作業してるルエラはそれを見てふっふと鼻で笑った。
「んで。なによ?」
「もういいって言ってんだろ」
「わかったわ。悪かったから、さっきはちょっと遊び過ぎた。機嫌直しなさいよ」
「一応、オレの方が先任なんだけど……」
「だから?」
「なんでタメ口なんだよ」
「だってなんか、やんちゃな弟みたいなんだもん」
「敬語使えよ。敬えよ!」
「たった1ヶ月とちょっとの差しかないじゃない。ふつーに考えて同期でしょ」
「……そういや、そうなのか」
(意外と簡単に折れるわね)
少しの間。ぱさりぱさりと紙の微かな音だけが聞こえる。
「でさ?」
「なに、頼み方考えちゃった?」
「その話は良いんだよ。忘れろっつたろ。ひっぱんな」
「なによ?」
「お前はなんで騎士になったんだ」
「うーん。さすがに”お前”はよそうか。ルエラさんって。ほら」
「……ルエラさ——。ルエラは何で騎士になったんだ?」
「妥協点か……いいわ。そうね、私が騎士になったのは、それは一重に、人の助けになりたいからよ」
「本当は?」
「あっさり疑って掛からないでよ。本当よ」
「へぇ。まあいっか。でもよ。この魔物も居ない時期に騎士団に入ったってやることってほとんど雑務やら建設の手伝いじゃねーか」
現に書類整理の仕事を押し付けられているルエラは少しひるんだ。
「じゅ、充分じゃない? こういう地道な作業で、国民の役に立ててるのであれば本望よ」
「殊勝だな」
本心ではある。が、ルエラはもっとアクティブな活動内容を期待していて、期待はずれも否めなかった。
「アンタはなんでなったのよ」
「フレッドさん」
「へ?」
「人に名前を呼ばせておいて自分だけ“あんた”呼ばわりかよ」
「……フレッドはっ。どうして騎士になったんデスカ?」
ふてくされた口振りで言うルエラだったが。フレッドはその質問を向けられて少し眼差しが真剣になった。
「成り行き、ではあるが……そうだな。今となっちゃいくつか目標がある」
「へえ?」
「そのひとつは打倒、オルフォード……」
「へえー。すごいじゃんー」
流された。
フレッドの目標、それはバーランド王国の騎士団長、エリク・オルフォードから一本取ることだった。
かつて、ナシュアラの兵士だった自分が戦場で彼にひと太刀も浴びせることも出来ずに敗退。捕虜としてこのバーランドにつれて帰ったあげく、エリク・オルフォードのもとで騎士見習いとして教育を受ける始末。
少年の感謝や怨恨やらが複雑に入り交じった感情は、「打倒オルフォード」という目標によってなんとか形を保っている。
「で、他は?」
「言わねー」
「なんでよ」
「おま……ルエラにはわかんねーよ」
「わかるかも知んないじゃない。言ってごらん。ほら、おねーさんに」
「うぜぇ……。——ドッペルゲンガーを見つける」
「なにそれ」
「わかんねーっつったろ」
「解るように言いなさいよね。単語ひとつ言えば伝わるだなんて思ってんの」
「……!!」
鬱陶しさのあまり、自分の髪を両手でぐしぐし掻くフレッドは。
深呼吸してはす向かいのルエラを見た。
「4ヶ月前のアベルタで起きた大事件。アグニス王妃暗殺の犯人だ」
「あー、あったね。丁度その数日前に居たよ、アベルタ。
そっか、あれ。犯人ってそんな名前だったっけ、どっぺでがんがー?」
「ドッペルゲンガーだバカ。どーやら魔物みたいなんだ。いや、あれは確実に魔物か」
「見たことあるような言い方ね」
「一度な」
「ふーん。たしか昨日アベルタから来た資料にあったわね。これかな。ええと——。
黒人のセト……。なんだそのドッペルなんとかってのじゃないじゃない」
「その魔物は他人の背格好、声までも。すべて真似しやがるんだ」
「ドッペルって魔物が、このセトってこと……あれ、よくわからないんだけど」
「概ね合ってる。セトの姿を借りた魔物がアグニス王妃を殺した」
「——この資料にはそんなこと書かれてないんだけど」
「……まあな」
「嘘くさいわねー。第一、今の時期に魔物が、しかもアベルタに出没するだなんて」
「だな……」
信じなくても良い。むしろさらりと流して欲しいとフレッドは思っていた。
「ふーん……。ひょっとしてフレッドここに来た理由の——」
「ああ、ドッペルゲンガーと思って冒険者に斬り掛かった」
「あぶなっ。ちょっとそれは引くわね……。そのセトって黒人の子供だったの?」
「いいや、アレックスとか言う剣士だった」
「で、現地のアベルタの騎士団に取り押さえられて、その罰として書類整理なんだ」
「……ああ」
「過激過ぎるわ。そんなことばかりしてるから周囲から勇者君とか言われて馬鹿にされるのよ」
「気にしねえ」
「気にしなさいよ」
「馬鹿にしたきゃあさせておけば良いんだよ」
「強気ねぇ」
「当たり前だろ。いちいち他人の言うこと思われることで“あれも出来ねー”“これもやれねー”とか左右されるってのがそもそもバカバカしい話なんだよ」
ルエラは何も返さなかったが。意外と立派な考えをしている年下を見て、見習うべきところがあると感じていた。
「ねえ」
「なんだよ」
「まだそのドッペルゲンガーってアベルタに居るの?」
「さぁな。けど、ドッペルゲンガーに少し詳しい知り合いの言うことだと」
「うん?」
「まだ、アベルタに潜伏してるだろうって話だ」
フレッドは喋り過ぎたかなと反省し、これから自重すべきだと考えを改めたとき。資料館の入り口から扉の音がした。
フレッドとルエラは姿勢を正し作業に集中する。
「ご苦労だな、二人とも。作業の進捗はどうだ? と、いってもこの有様では……まだまだ先は長いな」
現れたのは監視役として任についている女騎士シャニス・ガルシアだった。
彼女の年齢は25と、フレッドやルエラと離れているが。彼らと同じような時期に配属されている。
鋼の国アベルタで指揮官級の肩書きを持っていたものの、アグニス王妃暗殺にまつわる合議の際、複数の官吏に不敬を働いたのがきっかけでアベルタ騎士団を解任。
しかし合議中、王族を含む彼女を慕う複数名の擁護もあり、バーランド王国騎士団へ転属で収まった。
「シャニスさん。お疲れさまです」
「おつかれっす」
一応は同期ともいえるのだが、元は指揮官である彼女には二人とも畏まる。
「こうして見るとアベルタの資料がほとんどだな」
「そうですね」
「ところでルエラ・アルクイン」
「はい。なんでしょうか」
「指名手配犯のセトという黒人の資料はあるだろうか?」
「ええと。たしかさっきの……あった。まずこれがそうですね」
先ほどフレッドとの会話の際に手に取っていた資料をシャニスに渡したルエラ。
「これは、なるほど。あの時の記事だな。他には?」
「えっと、あったかな。探せばたぶん出てくるかと思います」
「作業のついででいい。もし見つかれば教えてくれ」
「はい」
「あの、シャニスさん、いいっすか?」
シャニスはフレッドの方へ振り向く。フレッドの顔はなんだか神妙な顔つきをしていて。いつも怠そうな彼から比べればすこし奇妙な様子に見えた。
「どうした、たしかフレッド・ラシュトンだったな」
「そうっす。えっと、シャニスさんはセトって奴のことをどうして知りたいんすか?」
「ふふ、別に大した理由はないよ。ただ、彼は私と同族だったから、どうなったのか知りたかっただけさ」
「そうっすか」
シャニスは頷き、「さて、特に問題はなさそうだ」と言って軽く見回したあと。資料館から出て行った。
去る姿をみつつ、フレッドはシャニスに対して。
(なにか、隠しているな)
そう予感した。
しかし、シャニスもフレッドに対して同様な感懐を持っていた。
フレッド、ルエラ、シャニスの3人の騎士は。
ここ、バーランド王国の資料館を中心に4ヶ月前の事件を追って行くことになる。
お疲れさまでした。
次回予告回という試みは正直なところ、あまり良い手法ではないような気がしましたが。とりあえずは思うままにやってみようってことで実行しました。
作者としてはプロット上で一番の古株であるアリス・エマーソンの話を書きたかったのですが、一番切り口を大きく残してしまったこっちを先に書くべきだと思い、こちらを挑戦することにしました。まだまだ至らないところだらけでお見苦しいとは思いますが次回作も目に留まる機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。