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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第四章(最終章) うまのはなむけ
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ふたつのティーカップ

「大きい都市であればある程、貧富の溝は大きい。

 数十年前はここアベルタに貧しい連中が職にありつこうと、いろんな国から集まってきたものよ。

 その流れもあってこその大陸一の大国に成り得たのだが。

 しかし、今は酷い……」


 ハーマンはその年齢からくる体の震えを手に持つカップに伝えつつ。正面に座るヴァレリーに話している。


「ハーマン。——ハーマン・ゾエ。

 無駄な戦闘を避けるために話し合いの機会を願ったのは私であるが。いささか件の死霊事件とはあまりにかけ離れてはいないだろうか」


 ハーマンが名乗りを上げたそのあと、ヴァレリーは何を思ったか話し合いを希望した。

 しかし、丸テーブルにその二人が座って話しはじめてしばらくが経つが。ハーマンという呪術使いはこの国の貧民について話をしているばかりで、なかなか話が進まない。

 二人が話している間、この倉庫出入り口の階段の横で僕とクレアは立ちっぱなしだった。


「ふん。かけ離れているだと? ならばまずふたつ面白いネタを明かしてやろう」


 「その前に茶のおかわりはどうだ?」と挟む、ヴァレリーは「結構、続きを」と苛立ちを隠しきれないまま断った。テンポがいちいち狂う会話だ。ついでに言えば、ここからではわからないものの、おそらくはヴァレリーのカップにあるお茶はほとんど減っていない。一口軽くつけただけで手を付けなくなったからだ。


「この部屋は本来倉庫としてなど作られてはおらん。ぬしら、ここまで来るのにいくつの死霊を相手にした。整備が行き届いていると名高い都市の地下とは到底思えん数を目にしたのではないか?」


 勘の良いヴァレリーはその時点で気付いたようで、静かに息をのんだ。

 僕の横でもクレアが「まさか」と漏らした。


「処分場……貧民をか……」


 ヴァレリーの震えた言葉に、是か否なのかわからない「ふふん」という笑いで答えるハーマン。

 ここで、貧しい人を殺していたということか?

 だとしたら一体なぜそんなことを。どんな意味があったのか。


「最下層貧民の食生活を知っているか? 日のあたることのない裏町や地下室に住み、下水が完全に機能するまでは下水の混じった水をすすっておった。滅多に食べることのできない肉だって、病死した動物や腐った魚だ、傷んだ野菜を食べている。ぬしが飲んだそのお茶も彼らが飲んでいるお茶だ」


 話がまた戻ってしまった。

 しかしヴァレリーは何も言わないまま、目線を自身の前にあるカップのなかへ向けた。


「市壁のもとに生える草の根を煎じたものだ。苦かろう。

 知識のない彼らのなかには、毒になるものを煎じて飲んで倒れる者もいるらしい。

 そんな環境、5人の子供が居れば2人無事に大人に成れば良い方だろうな」


 沈黙。

 汚水の流れる音が微かに聞こえるだけの時間が流れる。

 ヴァレリーが今どう考えているのかはわからない。

 そのなか、クレアが独り言か僕に話しかけたか。


「ハーマン・ゾエ——。魔術師のリストなんてあてにならなかったわね」

「呪術師ではなかったのか?」


 その言葉を聞いて、僕は訊いた。呪術が魔術のカテゴリに入るのはわかる。

 ハーマン・ゾエという男の正体についてだ。


「奴は元は王城に居た言わば文官ね。たしか数年前に失踪したっていう。地下の下水路の建設にだって携わってたはずよ。魔術が使えたなんて知らなかったけど」

「じゃあこの処分場も彼が?」

「さあね。けど、だとするとその処分場も自分の呪術の実験とかにでも使ってたんじゃないの」

「聞こえとるぞ女」


 ハーマンは皺と髭で覆われた顔を僕とクレアに向けた。


「あの付与師は付与の知識と胸ばかりが大きいただの娘でね。気にしないでくれ。

 私から謝ろうハーマン。官吏の頃は貧民救済のための政策に尽力していたという噂は聞いている。

 今の状況に至ったのはそれなりに複雑な経緯があったのだろう——。

 ——しかし、依然としてわからないことだらけだ。どうして呪術を使っている。

 貧民救済に呪術が必要なのか」


 ハーマンは髭を撫でながら顔をヴァレリーに向き直した。


「付与師だと? 女の……さてはあの魔女の……?」

「聞いているのかハーマン」

「おお、聞いておるわ。

 呪術だったな……。ああ、呪術を使った理由は他でもない。

 最下層貧民達の淀んだ負の想いを使わない手はない……。

 怨恨を素とした術と彼ら自身の動く死体こそが今の腐った官吏には最も強いメッセージとなっていることだろうからな」


 理に適ってるといえば適っているのだろうか。

 僕にはよく解らないが、どことなく胡散臭さを感じるも、説得力はあった。

 「なるほど」とヴァレリー。


「しかし、見たところ不死を扱うだけにしては大掛かりが過ぎてはいないかね。

 確かに呪術は魔術の中でも一際に準備を要するものだが、それを差し引いたとしてもそこに設置してある祭壇や棚の道具はいささか度が過ぎてはいないか」


 クレアは今気付いたと言わんばかりに目を棚まわりや祭壇に目を向けて頷く。

 この人は魔術道具に詳しいはずの職業を名乗ってるのだからそういうところにもっと目敏くても良いとは思うのだけれども。


「ふん。聡いな。しかしわしの目的に他意はない——」

「——やはり、いるのかね」


 恐らくは一言や二言分の会話を飛ばしてヴァレリーは話を進めている。

 いる、とは誰が。


「ふっはっは。本当に聡い。面白いわ、ギゴフの小倅」

「会ったはじめから貴方が教唆犯か実行犯のどちらかかと疑ってはいたのでね。

 一人ならばふたつの椅子とふたつのカップがある必要もないでしょう。

 そして貴方は嘘をつかない人間ということも、ごまかしも下手だということからも判りやすい。

 ……居るんですね、共犯者が」

「わしは……手出しはせんからな」


 最後に放ったハーマンのセリフは、おそらくヴァレリーに向けてでも僕とクレアに向けた訳でもないのだろう。


「クレア君。そこの鎧から離れるんだ」


 ヴァレリーが声を発するよりわずかに早く部屋に飾ってあった鎧は動いた。

 このフルプレートアーマー。話だけは知っている。

 少なくともナシュアラではもう採用していない防御力を極限にまで高めたタイプの鎧だ。軍馬を使ってはじめてまともに戦える代物で、歩兵戦ともなると可動部が限定されるがゆえにあまり戦力にならなかった。

 言わば失敗作だった。

 そんな鎧が、機敏な動きでクレアに襲いかかってきた。


「キャッ!?」


 クレアは頭を低くしながら僕の方へ逃げてくる。彼女はその際に障壁の魔方陣が描かれたカードを鎧と彼女の間にとどめて発動した。

 鈍く重い、割れる音がする。

 鎧の放つ拳によって障壁全体にヒビが入り、拳の部分はすでに穴があいている。

 魔法と疑いたくなるような怪力だった。

 クレアは僕の後ろにまで道具袋から何か有効な物がないか探している。

 そのなか。ヴァレリーは椅子から立ち、杖を構えていた。


「trn tuu lmr …… rxn lrt ……」


 詠唱を始めた。杖が光りはじめる。

 光りはじめたと同時に鎧が反応した。

 兜のブレス(呼吸や視界を確保するための穴)から覗く赤い眼光がぎろりとヴァレリーに向けられた。

 直後、鎧の背中の部分に張られていた一枚の装甲が吹き飛ぶと同時に中から長い腕が飛び出した。

 腕。植物とも金属ともとれない、つやのある紫色のそれの先には3本のナイフのような指が付いている。人間のものではない。似ているとすれば——。


「虫!?」


 ヴァレリーは詠唱を止めざるを得なかった。鎧の背中から伸びた腕が勢い良く振り下ろされてきたからだ。

 彼は一度は掴まれそうな杖と一緒に横に避けるも、今度は振り上げられる腕によって体ごと天井に叩き付けられて落下した。


「ぐっはっ……!」


 ハーマンは真横に落ちて来たヴァレリーを苦い茶をすすりながら見る。


「ふん。面白くもないの。わざわざ増幅の詠唱まで混ぜるとは……。近くに魔力発生源があることを忘れていたな? 減衰期の術者のさがよなあ」

「ごほっごほっ。……ハーマン。奴は何なんだ?」

「さあての。協力者という以外、細かい事はわしも知らん」


 ハーマンのわかりやすいごまかしが聞こえている間にも鎧は僕とクレアを狙う。

 狭過ぎて弓矢は使えない。鎧込みで体格は僕と同じだが、あの怪力には敵わない。

 赤い眼光が今度は僕を見る。

 ——それを察したか、クレアは横にまわって巻物を広げた。

 巻物に描かれていた陣から電光がはしり、鎧に集まるように流れていく。

 鎧はカタカタと、生身の人間が着たらしないであろう音を鳴らしながら動けず最後まで電撃を受けた。


「…………止まった」

「死んだのかしら?」

「ずずず……ふん」

「フィリップ君。今のうち距離をとるんだ」


 はっと気付く。

 ヴァレリーの言う通り、僕は石の壁を背に当てながらヴァレリーの方へと抜けようとした。

 すると。鎧が動き始めて、あっという間に塞がれた。速過ぎる。

 鎧が大きくなったように見えた。しかし正しくは中身が伸びたのだ。

 伸びた体によって見える鎧の隙間々々には、長い腕と同じ色をした体が見えている。

 ゴッと、手甲が僕の進行方向へと突き出され、小手の部分が壁にめり込むようにして潰れている。

 動きを止めざるを得ない僕の右肩に向かって鎧の左腕が迫り、僕の体ごと壁に叩き付けた。


「ぐっ!?」


 こうなった今。僕に何が出来る?

 あるのは背中にある弓と矢筒のみ。矢筒……そうだ。鏃だ。

 鏃には魔術に関わるものが使われている。

 僕が触れる事に寄って、何かが起こる。前もって注意されるような何か。

 僕は左手で腹部にある金具を外し、矢筒と弓を体から落した。足下に落ちた矢筒から白い羽の付いた矢を一本取って、鏃を思い切り握った。革手袋がわずかに裂けて、鏃が僕の手に触れる。

 青い炎が僕の握られた鏃から勢い良く広がり、鎧の中まで行き渡る。


「ロォォ——!?」

「ぐおおお!」


 当然僕も熱い。しかし、炎に驚いた鎧に隙の出来た今を逃す手はなく、出口の階段近く、クレアの横まで逃げた。

 クレアは何かを察していた。確信を得られてないような不安の混じった顔ではあったが。試す他ないと考えたのだろう。


「これを使って!」


 クレアが放り投げてよこしたのは短剣だった。刀身がぐねぐねと揺れるように伸びた儀式用の短剣。

 使ってと言われた。しかし、掌ほどしかない長さの刀身ではいささか短い。

 目の前でまだ暴れている大きな鎧を相手取るには心もとない。

 

「刀身に触れてみて。横からよ」


 なるほどと思った。

 この短剣は例に漏れずクレアのコレクションだ。

 あるいは、あの白騎士の剣(たしか、なんとかの創剣)と同様に彼女が作ったものかも知れない。

 予想はあたった。

 焼けた手袋を脱いだ手で刀身に触れてみると、刀身は細かな振動と音を発しながら小型の弓を凌ぐほどの長さにまで伸びていった。

 伸びている間に、落ち着いた鎧の敵はこちらを向いて迫ってきている。


 剣。槍や弓とまではいかないが、ナシュアラで訓練もしたし、実戦でも使った。多少なら使える!

 

 フォンーー! フォン———! ギジリリリッ! ザグッ!


 鎧の化物の左右の手甲を躱し。背中から伸びている腕の刃が上から振り下ろされてきたのを、上段に構えた波打つ剣で受けて、自身の左へ流す。左右の手甲が開き、次の攻撃を構えた敵の隙を狙って僕はジャンプと同時に剣の刃を敵の左足の見える鎧の隙間へと全力で切り込んだ。


「——————!!」


 両断。

 明らかに人の声には聞こえない悲鳴を上げて体勢を崩した敵は。兜が外れて顔が露になった。

 赤い複眼に、カマキリか細いカエルのような頭。

 虫としか言えないその見た目だったが。


「オノレ……クソォ…………クソォ。足ガァ!」


 そんな耳障りで奇怪な声だが、たしかに喋った。


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