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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第三章 地下水路
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 夜の帳が下りて今。

 僕とヴァレリーは地下水路の門で人を待つ。

 付与師クレアが同行するのである。

 深夜にここへ集合という話はしたが、そのタイミングは曖昧である。

 これは受け売りというか、現在進行形でヴァレリーが愚痴っていることなのだが。

 時間を知る術というのが曖昧であり、晷針(きしん)(日時計)や水時計など、技術は出回っていることは出回っているのだが。如何せん、一般人が実用するには不便すぎる代物なのだそうだ。

 なので、教会の鐘楼がなる日中はともかく。こういった深夜での待ち合わせというのがまた不正確になることが多い。


「ううむ、……まだかね。これならばあの付与師の家を集合場所にすればよかったかね」


 「ぬかったぁ……」とヴァレリーはフラストレーションを貯めていた。

 時計と聞いて、僕はクレアが魔力時計を開発した話を思い出して彼に話した。

 その場のつなぎ、雑談のつもりだったのだが。


「ぐぬぬ、付与師め、これだから……」


 と、怒りの念を募らせる結果になった。

 この人の沸点がわからん。


「我が愛しのセレンティア共和国には、世界に二つとないであろうそれはそれは美しい晷針塔がある。

 日中はその時刻を示す晷針塔の広場で沢山の露店が開かれ、その晷針塔の影が消える日没まで広場は賑わいがたえることがない。まさに国のシンボルとも言える塔だ————」


 物憂げな顔、というか若干酔ってるような手振り付きで祖国の話を始めたヴァレリー。

 この人は最初か最後に言いたいことを言うので。最初に伝えたいことが無い場合は最後まで聞き飛ばしても問題が無かったりする。

 もっとも、日頃はキチンと聞いているのだけれど。今は仮眠をとったとはいえまだ眠い。

 気力は残しておきたいのだ。

 ほんと、彼には申し訳ないと思ってる。ほんとに。


「——そして教会の設置した水時計。これはさっき話したねこれもまたけったいな物でーーーー」


 僕は周囲を見渡す。

 深夜の町、建物からロウソク程度の灯りが2つか3つか窓から漏れている。

 この時間でも起きている人はいる。しかしとても静かだ(一人の声は除く)。

 虫の音がどこからか聞こえてくる。上からか?

 まるで、建物で殆ど見えない星空から虫の音が降って来ているのではないかという幻想すら覚える。


「————そんな伝統ある時計だがね。まさか魔力とは、なんでも魔力に頼るーー」


 ヴァレリーは絶好調のようだ。

 ここ連日、調査に探索、知らぬ間にリストにある人物の家へ潜入もしていたそうだが。

 これらは睡眠時間を削りに削って出した成果である。

 そんな溜まりに溜まった疲労を日中の仮眠で最高潮にまで回復させていたようだった。


「しかもあの付与師が携わるともなれば…………」


 話の途中でヴァレリーは黙った。理由は僕にも解っている。

 頭上方向から衣擦れの音がしたのだ。

 ほんの微かな、ヴァレリーの話し声で簡単にかき消されそうな音。

 ジュウニアの森で培った聴力を持つ僕はもとより。酔っぱらってるのではないかと思えるほどに口を開いていた彼がそれに気付いたのは流石と言うべきだった。

 僕も彼も、上は向かない。

 僕はベルトの背後部に横向きで括ってある短剣をいつでも引き抜けるような状態で構える。

 ヴァレリーは左手で持っていたステッキを静かに両手で、自然な動きで構え始めた。


「さ、下りましょうか」


 すると、さもこの瞬間こそと言わんばかりな言葉、それも聞き覚えのある声が上から聞こえた。


 トスッ。 スタッ。 バタッ。


 3つの影が僕達の前に落ちてきた。

 月明かりでわずかにてらされていても、目の部分以外は厚着の布で覆われてる。


「その声、セト殿か」


 ヴァレリーは両手で持つステッキをわずかに下げて、問いかけた。


「はい。セトめにございますよ、ヴァレリー殿」


 覆面越しの透き通った声。間違いなくセトの声だった。


「この依頼の大詰めとも成りましょうこの日、幸いにもこのセトめに(いとま)ができまして。ヴァレリー殿の御助力に馳せ参じた次第にございます」


 相変わらず働き者だ。とヴァレリーは半ば茶化して言った。


「して、その二人は?」

「はい。この件ではゾンビの出現も報告されています。ゴーストや呪術そのものは我がアベルタ軍に対抗手段は持ち合わせていないのは以前お話しした通りでございますが。ゾンビであれば、いち兵士でも太刀打ち可能であります。ならばと、フリーランスの剣士殿が一人、あとバーランド王国から新人騎士殿を一人。御連れしたのです」


 ヴァレリーと僕は、セトの両サイドにいる覆面二人を見た。

 ひょっとしたら、喋らないのかと思いきや。正面からみて左側の男が、覆面の口を覆っている部分を人差し指であごまでずらし、笑顔で挨拶してきた。


「どうも。ギルドの紹介で参加します、冒険者のアレックスです。この度はよろしく御願いします」


 気さくだった。深夜なので声をわずかばかり小さくして話している。

 若々しいうえに、世渡りも上手そう。

 少なくともぬぼっとしてる(らしい)僕とは大違いで、その顔からでも充実感というか活力が溢れている。

 なんか、なんか眩しい。


「バーランド王国、騎士団長の命令で来た……フレッド。よろしく」


 右側の方の男は覆面をとらずに、そっけない挨拶で済ました。

 ……なんだか聞いたことのある声の様な気がしたが。

 僕にバーランド王国の騎士に知り合いなどいるはずがない。

 気のせいだろう。


「ふむ、よろしく頼む。頼もしい限りだ」


 ヴァレリー……あまりにも感情が込もっていない。

 この人はあまりチームプレイは好きじゃなさそうだもんな。

 ……僕も人のことは言えないか。

 育ての親と二人での狩猟は連携こそ磨きが掛かっていたものの。

 幾度か駆け回った戦場ではそんな経験は想像以上に発揮されなかった。

 好き嫌いではなく、連携プレイそれ自体が経験不足なのだ。


「あら、なんか多くない?」


 紹介が終わった頃に、付与師のクレアが到着。

 ランタン片手に革のカバンを肩にさげている。

 昨日とはっきり違っているのは、服装がドレスではなく町娘のそれ。

 このアベルタでは質素というか、ボロとも言えそうなほどに古い服だ。

 ここで、僕はひとつうっかりしていることに気付いた。

 ヴァレリーは気付いているのか?


「セトめにございます」

「あら。手伝ってくれるの」

「何を申されます。それはこちらのお言葉でございましょう」


 ーーしかし、僕の服はこれしかないものな。

 あの娘から受け取った服だが……ふむ、せめてベストだけ脱いでくるべきだったか。


「さあ、行くとしよう。月の位置をみるに、今日呪術を行うとすればそろそろの頃合いだ」


 セトの剣士組3人、付与師のクレア、そして退魔師の助手である僕はヴァレリーの言葉に頷いた。



 鍵を開け、入り口の大階段を下りて、いよいよ地下水路へ。


「ふふん。やはり感じるね」

「ちっ。悔しいけど、エセ紳士。アンタの言ってた通り”感情を操る術”が掛かってるようね」


 僕とセト組は顔を見合わせて首を傾げる。

 魔術の適正の無さははっきりわかるようだ。

 そのなか、セトだけは下手なリアクションもせず、周囲の警戒を怠らなかった。


「……さっさとやりなさいよ」

「言われなくとも」


 ヴァレリーはステッキの宝石に手の平をかざし、詠唱を始めた。

 同じような呪文を2回。そのあと一度じゃ聞き取れないような発音で唱えた後。

 杖を横に振るった。


「おお!」

「すげっ」


 声を出したのはセト組の剣士二人だった。

 セトとクレアは見慣れたような振る舞いだが、初見の僕はというと剣士の二人同様に驚いていた。

 杖を振るった後、白い半透明な光の球が僕達全員を覆っている。


「お二人は保護球を見るのは初めてかい?

 これは空間全体に掛かる様な範囲魔術ならある程度弾いてくれるものだ。

 何も無いところなら透明で、障壁として効果を発揮している今はこうして半透明になって知らせるのだよ」


 ヴァレリーは得意げに話していた。


「説明はいいから、早いとこ行きましょ」


 クレアに促され、気持ちよく説明していたヴァレリーは渋々承諾し歩き始めた。

 そのときだった。


 キュン———————…………!


 一瞬高い音がしたと思ったら。次には保護球が見えなくなった。


「おいおい、どうしたんだよオッサン。切れちまったじゃねーか」


 剣士の一人が言う、たしかフレッドという名前だったか。


「いいや、そんなはずはない。まだ術は掛かっている」

「ええ、オッサンの術はまだ効いているわ」

「——あとオッサンと言うんじゃない!」


 声からして十代の彼からしたら、僕もオッサンなんだろうな……。

 いや、そんなことはいい。

 術が効いている。つまり、範囲効果の付与魔術の方が消えたということ。

 そう見るべきか。


「これは……」


 セトは、何か思うことがあるように口を開き、続けた。


「用意周到。どうやら、私達が想像する以上に、この件の術者は強者(つわもの)やもしれません……」


 ヴァレリーとクレアはその言葉で同じように気付いたようだった。


「……そうか、罠か」

「保護球がトリガーの罠だとしたら。対術者の物を仕掛けるわよね」

「そうだね。フィリップ君。光玉を2つ頼む」


 革手袋をした手で僕は、言われた通り赤い蛍光玉を2つとりだしてヴァレリーに渡した。

 ヴァレリーは神妙な顔をしながら二つの玉を輝かせ、廊下の前後へと投げた。


「呪術者が仕掛ける対術者の罠と言うと、大体相場が決まっているもの」

「ふむ、セト殿の応援は本当に正解だったと言うべきだな」


 ヴァレリーとクレアの二人で淡々と話していて、取り残されている僕と剣士二人。

 セトは静かに立ったままだが、変化があるとしたら。片手を提げている剣に手をかけていること。


「御役に立てそうで何よりでございます」


 セトが言う。

 さすがに話に追いつけなかった僕達も状況を把握する。


 ポコッ。 ポコッ。


「どうやら来ます。抜剣をっ」


 セト、アレックス、フレッドは剣を引き抜いた。

 下水から不自然な気泡が立ってくる。水の色は生活排水の色から次第に紫に近い薄気味悪い色に変わっていった。


「ヴァレリー殿。ゾンビで間違いありませんね?」

「ああ、下水に腐った肉と呪術の臭いが合わさった最悪の臭い。間違いないだろう」

「数の方はどうでしょう?」

「……二桁、と信じたいが。ここに集まって来ているだけでももう数えきれんな」


 セトは一息ついて。


「では、このセトめとアレックス殿、フレッド殿の三名。ここから2−11地点の方向にある丁字路、そこまでを戦場とし、ここの不死は抑えます故。どうか、祭壇へ行き犯人の捕縛の方を御願い致したく」


 ヴァレリーは少し考えた後。


「任せた、セト殿」

 

 セトの言葉に従うことにした。

 剣士組の3人を置いて、ヴァレリーとクレア、僕は2−11地点へ目指した。

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