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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第三章 地下水路
16/25

オルフォードの剣について

 地下水路の2−11、その場所を今夜探る。

 クレアの拘束を解かれてそのまま帰宅した僕とヴァレリーは、準備を整えては夜まで仮眠を取ることにした。

 けれど僕は眠れなかった。

 ヴァレリーにも付与師クレアにも僕の正体はわからない。

 しかもクレアは僕がアンデッドなのだと言った。

 ……実のところ、これがなかなか堪える。


 自分が何者か、記憶の無い自分がどれだけ考えたところで答えなど見つかりそうも無い。

 僕はソファーに寝そべっていても終わりの無い思考でぐるぐるに巻かれてしまうだけだったので、気晴らしに外へ調査にでも行こうと思った。

 調査といっても、現時点で呪術師にまつわる話はこの近くでは訊くに訊いた。

 じゃあ何を調べるのか……。ええと、そう、魔術に関してだ。


 未だに自分の特殊性の正体を知るに至ってないが、それを知る時にはきっと理解するためにより深い知識が必要になるに違いない。

 僕はそんな考えに至って、着いたのは宿のすぐそば。初日に寄った魔術道具の店だった。


「げっ」

「……」


 付与師のクレアが店内に居た。

 嫌そうな声を出したのは彼女。その声でしょげているのが僕。


「ど、ども……」

「なによアンタ、魔術の心得あんの? ……そりゃ、タイマシ? の助手だもんね。ちょっとは有って当然か」


 僕は素直に、魔術を扱うどころか魔術道具に触れちゃいけない体質を話した。

 実のところ、地下水路からヴァレリーとバンブルビーを運び出す際にクレアにはある程度話をしていたのだが。言葉の足らない僕は、あのとき一度きりの説明では話の穴がいくつかあったので、その補足としても話した。


「そうねえ。移動する魔力発生源は確かに珍しいけれど、他者がそれを利用できないとなるとそんなの無いに等しいものね」


 クレアは棚に並んでいる液体の入った小瓶を手に取っては眺めている。僕との会話はあくまでついでのようだ。


「魔術道具に触れると超反応すると言ったってねぇ。あのヴァレリーと言ったかしら、あのエセ紳士がなぜそこまでアナタに興味を持ったのかは……」


 棚を物色していた彼女の動きがぴたりと止まった。

 たぶんだが「わからない」というフレーズを出した途端、彼に敗北したような気持ちになるのだろう。

 言い出そうとした言葉を飲み込み、彼女は続けた。


「——あるいは、単にアナタを助けたかっただけかもしれないわね」


 口元を片方つり上げ、どうかしら? と言いたげな顔でこちらを見る。


「僕にはわからない」

「ふふ、そうね。それにひょっとしたらエセ紳士本人にとってもそうかも知れないし」

「それはどういう——」

「——ねえ、アナタここでの買い物は済ませたの?」


 僕は考えた後(考えるまでもないのだが)、首を振った。


「じゃあ、早く済ませなさいな」

「買いたいものは、ない」

「へ? 何しに来たのよ」


 呆れ顔の彼女に僕は説明した。

 昨日今日の出来事もあるわけで、オブラートに包むべきところもあったかもしれないが。僕は包み隠さず説明した。性格というより、不器用さの問題なのだろう。

 結果。


「ぷ、ははははー!」


 笑われました。

 肩を大きく揺らして笑う彼女の胸部もまたズレて揺れる。どうしても目がそっちに行きそうなので必死にそらす。


「あーああ、怒った? ごめんごめん。やー、勉強熱心だなーって思っただけだよ」


 笑われる理由にならない気がする。


「そういえば、名前はなんて?」

「フィリップ。……ジョーンズ」

「フィリップ・ジョーンズね、ナシュアラかそれより北のエムレシアあたりかな」


 言い当てられ、少しどきりとしたが。僕は抵抗無く頷いた。

 なんだろう、軍隊や王室と繋がりのあるセトとは違って。

 このクレアという付与師は、なんだか安心感がある。

 というか、姓で場所がそこまで解ってしまうものなのか。


「そうだねー、ちょっと場所移そうか。アナタ達もそうだろうけど、アタシあれから寝てないし仮眠とりたいのよね。けれどそうねぇ、空が赤みがかるまでくらいなら付き合ってあげても良いわよ」


 何をだろう?

 と、少し考えているとクレアは樽にさしてある杖を取っては僕の腹を強めに突いた。


「バカね。何のことだろうってツラしないでよ。知りたいんでしょ? 魔術道具のこと」


 自分の商品で遊ばれたのを離れたところで見ていたカウンターの店主は、困り顔で頬杖をついた。



 

 宿と店からさほど離れていない場所にこじんまりとした食事処があった。

 最奥の席を選んで座ったが、何故か付与師クレアはあまり気に入らなかった選択のようだった。

 こういうセンスはどうやって磨かれるんだろうか。

 謎である。


「それで、知りたいことは?」


 クレアは注文したサンドウィッチを頬張って、喋れるくらいの口の中になったあたりで僕に尋ねた。

 僕は僕で鶏肉の入ったパスタを頼んでいたが、まだこない。

 ちなみに金銭は初日にヴァレリーから貰った分から使っている。

 もう1食くらいなら食べられる金額を貰っている。


「気になったことが2つ……。まず1つ目は、クレアの使っていたバンブルビーはBランクだと言う」

「そうよ」

「セト殿に補填として取りに行かせたのもバンブルビー」

「そうね」

「ランクBなら、二つとない道具のはずなのに。どうして南国にもう1つあるのか」

「それね」


 クレアは手を拭いたあと腕を組んだ。


「そのランクって定義自体がとても曖昧なのよ。最近作られた目安では特にね。近年、公に出回るでしょうけど、微細な魔力で動かす時計の設計に携わったことがあってね。その時計も試作段階ではその重要性希少性からランクBとされていたの。けれど、量産体勢に入っている今、その時計はランク付けではCに移動する」


 適当なんだな。

 クレアが話している間にきたパスタに僕はがっつき始めていた。


「そんな適当な目安なら無くてもいいんじゃ」

「実際、ランクの定義を見直そうなんて意見もあちらこちらで聞くわね。ただ、無くなるとやはり困る人がでてくる。流通、商売をしている人間にとってはガタガタの計りだろうと、無いよりマシな場合があるもの」

「それで、バンブルビーは」

「南国の儀式用である自在帯は、特殊な生成法ではあるけれど。複数の存在は可能。まあ、生成行程の難しさからしてBとしても良いのだろうけれど。定義としてはCにもなるわね。ただ、文明圏内の流通量で決まるから希少性からBとして扱われてるけど」


 ……。ランクについては、首を突っ込まない方が良いのかもしれない。

 きっとこれの定義は、知らないところで誰かが落としどころを見つけるはず。


「もう1つ」

「なんでしょ? あ、ちょっとまって。 すいませーん!」


 クレアはコーヒーを頼んだ。

 流されるように僕も頼んだ。水だが。


「バーランド騎士団の騎士団長がもつ剣——」

「あー、オルフォードね」


 やはり隣国の騎士団長の名前くらいは常識の範囲なんだろうか。


「あいつ、元カレ」


 軽い。

 ……話を続けてもいいんだろうか。


「あーね、オルフォードの持つ剣は、確かに魔術道具のカテゴリーだね」


 あの不明で規格外な剣術は、魔術からのものだったか。


掣撃の創剣(せいげきのそうけん)とか言うやたら格好付けた刀剣でね。

 おさえる為に創む(放つ・発する・離す)剣。

 言ってしまえば、牽制用の高速抜刀剣なのよ」


 何だか凄そうな武器だ。

 騎士団長クラスとなればそんな武器が手に入るのか。

 牽制用、つまり?


「自身や守ろうとする対象に敵意や悪意あるいは殺意なんかがこもった物が飛んで来た場合。

 その剣を携えている自身に時間操作の術が自動で掛かるように仕込んであるのよ」


 あのナシュアラの森で、白騎士が見えない早さで矢を斬り落した種明かし。

 時間操作の魔術だったというのか。


「あの銀色に光る刀身や磨かれ尽くした鞘に目がいくだろうけど。

 時間操作の術印が掘られてるクリスタルがある場所、つまりは鍔の中心が発現点。

 刀身や鞘は名工に作らせてはいるみたいだけど、この一発芸では飾りみたいなもんね」


 一発芸って……。相対して見た人間にとっては恐怖そのものの剣技を。


「しかし、よく知ってるな」

「そりゃそうよ。だってあれ、アタシが作ったんだもん。アンタおかわりは?」

「大丈夫だ……」


 ————軽い! 

 戦場で敵に恐怖を植え付けるほどの白騎士の秘密がこうもあっさりと。

 良いんだろうか。


「どう? 疑問が晴れてすっきりした?」

「ああ、おかげさまで」


 逆になんだかもやもやした謎が残ってしまったけれど、それは訊くまい。

 窓を見れば、薄手の白いカーテンがわずかに赤く染まっている。

 クレアは小さくあくびをひとつ。これ以上時間をとるのは悪いようだ。

 僕は礼を言って別れた。

 ヴァレリーはどう思っているかわからないが。

 付与師クレアと3人で地下水路へ向かうのに不安だったのだけれど、案外上手く行きそうに思えて安心した。

 あと、予想もしてなかったことだが。クレアの食事代も僕が持った。

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