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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第三章 地下水路
15/25

クレアの部屋

 僕同様、彼も手足を縛られ、床に座っていた。

 目を覚ましたのか頭をゆっくりと頭を上げ、辺りを観察する。


「物が多いが綺麗に並べられている。生活感が薄いが逆に埃が掛かっていない。おや、棚に並べられているのは全て魔術道具か……驚いた。…………窓から見える景色は東地区の……2階。なるほど思い出した」

「ここはクレアの部屋だ」

「はぁ、そうみたいだねフィリップ君。しかも今は正午を過ぎているのか。いやはや、とんだ失態だ」


 時間帯までどうして解ったのかと僕は尋ねた。

 ここは2階で、3階建ての建物がずらりと並ぶ一帯は、窓に日が入る事もなかなか無い。

 明るさこそあれど、座っているヴァレリーに直射日光を見る術も無い。


「偶然にも、外から子供の声が聞こえるだろう? 妙に真面目さのある声が響いてる。あれは教会で今日の学習を終えた子達が帰路についてる声さ。あとよく耳をすませばハンドベルも聞こえる。行商の鳴らす鐘だね。野菜売りはいつも昼前と夕方少し前に東区を通過するんだよ」


 言われてみれば子供の声とベルの音が聞こえた。

 ヴァレリーは徐々に思い出してきたのか悔しそうな声で話しだす。


「まさかあそこまで肥大化するとは、予想を越えていたよ。早く終わったは終わったが、なんとも情けない……」


 それより、と。ヴァレリーは僕を見た。


「クレアはひとりで、わざわざこの部屋に私達を運び入れたのか……?」

「いいや、僕が手伝った」

「…………そうか」


 さかのぼること半日前、地下水路の僕達はクレアに敗れた。

 ひょっとしたら実験も兼ねていたのであろう、未知の能力に頼ったバンブルビーへの対策は。

 明らかに失策だった。

 クレアになんとか怒りをおさめてもらい。ヴァレリーを助けてもらうよう頼んだ。

 僕はクレアに付き添われながら、完全にノビているヴァレリーを近くの休憩室まで運び、安否を確認し終える。ヴァレリーは気絶していただけで大きな怪我は無かったようだった。

 そのあと、最初から抵抗する気の無かった僕は、クレアにさんざん「アンタの師匠は!」と怒鳴られながら、彼女の指示に従って肥大化した魔術道具の自在帯とヴァレリーを彼女の部屋まで運んだのだ。

 地下とクレアの部屋を二往復し、運び終えた僕はそのまま拘束される。


「大変だったね」

「人ごとみたいに言わないでくれ」

「わかったよ。すまなかった。反省しよう」

「そう、だったらアタシにも謝って欲しいものね」


 開いている扉からクレアが入ってきた。その後ろにはセトもいる。

 セトはすっかり呆れ顔だった。

 ばつの悪そうな顔をするヴァレリー。


「朝に進捗をお伺いに宿屋へ向かったのですが戻られてないと言われまして、……探しましたよ」

「事情は話させてもらったわ」

「事実か否かを確認したい」

「喧嘩を仕掛けられた、そう伺っておりますが……」

「ウムム……」


 ぐうの音も出ない最年長。

 セトは小さくため息を吐いた。


「アタシのバンブルビーは使い物にならないし。こんな変態紳士に時間を取られるし散々よ」


 ボロクソ言われている。

 表情にでるヴァレリーは明らかにへこんでいるのが解る。

 がっくしと首をうなだれていた。

 ここ数日に渡っての調査と不死退治が順調だっただけに、僕は同情する。

 それに昨日は——。


「責任を持って解決するですって? あんなにも大口を叩いていたんですから、さぞかし大きな手掛かりも見つけられたんでしょうね」


 仕返しとばかりに責め立てるクレア。

 しかしそのとおり。昨日、僕達は手掛かりを見つける事無く撤収をしていた。

 セトはただ頭を垂れてるヴァレリーを見ていた。

 僕は心配をしていたが、逆にセトの表情を見ると、どことなく意思の堅いような、なんだか期待をしているような顔つきをしていた。


「——ああ、見つけられたとも」


 ヴァレリーは顔をあげ、クレア、セト、僕の顔を見ていった。

 自信に満ちあふれた言葉に僕とクレアは驚いた。


「地下水路の地図、東区2−11」


 僕はセトに胸元にさしてある地図を取ってもらい、僕とヴァレリーの前に広げてもらった。

 クレアは机の引き出しから自分の地図を取り出して、そのまま机に広げた。


「東区の……端、行き止まりの場所ね、ここがどうしたのよ」

「お嬢さんは、ここを調べたかな?」

「それは当然……」

「当然?」


 クレアは思い出そうとし、そして言い淀んだ。


「そうとも。当然ここはチェックしようとするんだよ。なにせ、3つある魔力発生源のうち2つがもっとも離れていて、それで等しい距離の場所、それがこの2−11の袋小路であるからさ」


 セトは、地図上の2−11と書かれた箇所に指を置き、二つの魔力発生源の印へ指を滑らせていく。

 軌道は綺麗な正三角形を描いた。

 ヴァレリーは続ける。

 空間にある魔力はその場所に留まる事が出来ず、自然と一カ所に集まってしまう。それが魔力発生源。

 発生はまばらであるものの、地図を見て調べればおよそ等間隔にあるものだという。


「しかし、その場所、調べてないんじゃないかね」

「……まだ、まだ調べてないだけよ」

「何故かね。術師たる者ならば真っ先に見ておく場所であるはずだと思うのだけれど」

「それは、——アンタ達はどうなのよ」

「そこに向かおうとしたが、探す気が無くなってしまってね」

「はあ?」

「ヴァレリー!?」


 クレアと僕は驚きの声をあげた。セトは、ふふっと笑っただけだった。

 なははと笑うヴァレリーに「笑い事じゃない」と二人でツッコミを入れる。


「クレア君、実のところキミも行こうとしたんじゃないかね。そして私達と同じく途中で——」

「そんな筈が……」

「どうなんだい?」


 またしても言い淀んだ。そして沈黙。

 その静寂はセトの拍手で破られた。


「さすがですねヴァレリー殿。しかし遠回し過ぎるのはいささか困りものです。そろそろ話してください」


 ふふん。と自信たっぷりの顔のヴァレリー。

 縛られながらでなければ格好がついた。


「地下水路の2−11、この付近は結界が張られている。今のクレア君の反応でそう確信したよ」


 結界というと、ここ数日の夜中、不死を捕らえたり行く手を阻んだりしたあの結界だろうか。


「ん? ああ、解呪で扱う結界とはまた別のものさ。呪術というより付与の分野だろうね。それも高等技術、その場に”雰囲気”を付与するのだから。もっと早く気付いていれば、こんな不格好な姿にもならないで済んだのにね」

「まさか」


 クレアも気付いたようだった。


「失念していたわ。魔術発生源を探るあまり、微細な魔力に気がつかないなんて」

「それも狙いなんでしょう。体に害があればまだしも、”探す気が無くなる”ひょっとしたら”怒りっぽくなる”なんてのも掛けられていたかな」


 自己分析もしているようだ。

 地下水路の帰り道、なんだか酒の入ったように気分が高まった気がした。色話までした始末だ。

 なんだか責任逃れのようだが、確かに唐突な二人の感情的衝突も納得出来る。

 そして、2−11という場所、その時僕はその場所に向かっているとは知らなかったものの、思い起こせば進むに連れて「怠い」という言葉を多様していた気がする。口数も減っていた。


「その点でいえば私も不甲斐ないものだったね。まさか気持ちを操作されてしまうなんて、まだまだ私も精進が足らないということかな」

「それでも、アタシへの挑発は——」

「ああ、すまなかったよ。改めて謝らせてくれ」

「ふん」


 セトは地図を見ながら尋ねた。


「するとこの袋小路に祭壇があるというわけですね」

「フェイクでなければ」

「して、その結界の対策は?」

「なはは、セト殿、それは大した事ではない。微弱な魔術なら、跳ね返しの術は簡単に唱えられる」

「でしたら、今夜には解決できるのでしょうか?」

「ふうむ? その祭壇を見つけただけでは解決になりますまい。今夜は場所を確かめるだけで終わるかもしれない」

「そうですか。明日の朝には将軍がナシュアラ侵攻よりお戻りになられるので、よい報告が出来ると思いましたが」


 僕は反応した。


「戦争は。戦争は終わったのか」

「ええ、ナシュアラの市壁周辺に主力を配備され、駐屯兵以外は撤収。形としては終結ということになります」

「それで、ナシュアラは?」

「……そういえばそちらの出身地のようでしたね。ナシュアラの領土、山をひとつと森をひとつ、我がアベルタの領土としました。我がアベルタ軍はナシュアラの首都にまでは侵攻出来なかったようですね」

「森一つとは」

「たしかジュウニアと言いましたか。恐らくは資材として何割かを伐採するでしょう」


 帰る場所が無くなるというのは少し寂しかった。

 ただ、少し寂しい。それだけだった。


「……ありがとう。話を逸らしてしまった」


 いえ。と、セトは微笑んで首を振った。

 ヴァレリーは空気を察して、ため息と一緒にクレアに頼んだ。


「さあて、クレア君。今夜もあの下水路に潜入しなきゃならないんだ。準備もある。この紐を解いてはくれないかね?」

「えー、やだ。このまま裁判よ」

「なんと」


 セトは笑いながらも説得する。


「クレア殿。ここはこのセトめもお願い申し上げます。昨日の事は何かしら補填も考えましょう」


 バンブルビーと呼ぶあの魔術道具。あれは時間が経てば元に戻るようだった。

 この建物の裏に下水に汚れた状態で置いてある。

 しかし、クレアにとってあの魔術道具はもう使う気が起きない。そう感じ取れた。


「……仕方ないわね。じゃあ、あのバンブルビー、はるか南国の伝統道具なのよ。それを取ってきてもらおうかしら」

「……わかりました。この一件が片付くのであれば安いものかと。すぐに手配しましょう」

「それと」


 クレアは続けた。


「アタシも今夜、同行させてもらうから」

「うえっ!?」


 あからさまに嫌がる声を出したのはヴァレリーだった。

 クレアは声のもとを見ずに、そのまま視線は僕に向けられた。


「あなたに関する謎だってまだ解っちゃいないんだから」

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