表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第三章 地下水路
14/25

バンブルビー

 だいたいその一言で状況は解る。

 夜な夜な姿をくらましていたという付与師クレアとはおそらく彼女だ。

 その理由が呪術師を探し出すことだった。というところか。

 無論、彼女が嘘をついていなければという前提での話だ。


「付与師のクレア、だね? お嬢さん」


 ヴァレリーは警戒心むき出しな彼女とは対照的にとても落ち着いていた。

 彼女はランタンを足下に置き、右手を首に掛かった帯に、左手は腰に当てた。

 ポーズをとった様にも見える。


「……そうよ。あなたは?」

「私は退魔師のヴァレリー・ギゴフ。アベルタの王室から、教会に代わり件の呪術師を捕縛するよう依頼を受けている」

「そのでかいのは?」

「このでかいのはフィリップ・ジョーンズ。私の助手をしているよ」


 それを聞いた途端、クレアは眉間に皺を寄せた。


「助手? ただの助手ですって?」


 ヴァレリーはなははと笑い、「そうとも」と肯定する。


「嘘は良くないわね。そもそも、退魔師なんて聞いた事ないわ。名前と依頼からするに魔術に関する更正を仕事としているようだけれど。その退魔師様本人がそんな”アンデット”を使役してるなんて……本末転倒も良いところよ」


 え?

 あの子は今、なんと言ったのか。

 アンデット。不死。ゴーストやゾンビの? 僕の事を不死と言ったのか?

 どうして?


「おやおや。付与師ともなれば多少とも目が利くと思っていたがね……いや、ここは”さすが付与師”と言っておくべきかな。なはは」

「やっぱりあなたが!」

「——不正解だクレア君」

「えぇ!?」

「なはは! さすが付与師だ。まるで見る目が無い。ふふふ、見て解らないのかいクレア君。彼がアンデットだって? 魔方陣を描いてばかりいるからそんな見間違いをしてしまうんだよ」


 これまでの話を聞いていて感じるのは、ヴァレリーは付与師をどことなく見下している節がある。


「馬鹿にしないでくれる! その男が人間ですって? ぬぼっとしててあんまり動かないのもそうだし、何よりの証拠が、魔力が尋常じゃなくだだ漏れてるのよ。一体、何人の魂を犠牲にしたのか知らないけれど、そこまでの魔力量は普通じゃない。第一、魔力の現れ方だってこれは」

「そうとも、まるで魔力発生源だ。それに確かに彼はぬぼっとしている。しかし、彼は生きている全うな人間だよ」


 そんなに僕はぬぼっとしているのか。

 ぬぼってるって正確な意味が分からないけれど。


「なはは! そうか、クレア君。私はてっきりキミが件の犯人かとばかり思っていたのだがね。んふふ、不覚にも僕の見当違いだったみたいだ。キミ程度の知識では、キミがこのアベルタを騒がす呪術師だとは到底思えない。いやいや、失礼したよ」


 全力で煽っていく。

 付与師に何か嫌な思い出でもあるのか。人が変わったように挑発をしている。

 クレアはわなわなと震えていて、怒り心頭な状態が見て取れた。


「ぐぬぬ……ええい。呪術師はあなたでしょ! ぬすっとはなはだしい!」

「たけだけしい、だよお嬢さん。もう今日は遅い、ただの付与師の女術者がひとりで出歩くのはとても危険だ。この案件は私が責任を持って解決するつもりさ。だから早いところ帰ると良い」


 ぷつん。糸が切れたというか、何かが切り替わったというか。

 僕は人が怒りの限界点を突破した瞬間を初めて目の当たりにした。


「バカにするなって言ってるでしょ!!」


 クレアの怒声が響き渡る中、ヴァレリーは動いた。

 右肩を後ろに引く。まるで避ける動作をした後、こんどはステッキを彼自身の前で振る。

 一瞬だったし薄暗い中だったので何故そんな動きをしたのか解らなかったが。

 次の瞬間に身をもって知った。


「ぐっ……!?」


 腹部に殴られたような衝撃。

 なにか、が飛んできた音がするが。早くて見えない。


「フィリップ君。気をつけたまえ。あのお嬢さんはお怒りだよ」


 楽しそうに警告するヴァレリー。

 誰が怒らせたんだよ。


「魔術道具。しかもランクが高い、Bと見るよ。そんなシロモノを彼女が持ってるとはね」


 クレアは深呼吸した後。


「——ふぅ。……バンブルビー」


 その魔術道具の名をあげた。

 彼女は掛けていた帯を首から外し、弓を構えるようなポーズで両手に掴んでいる。


「架空の蜂の名を冠する自在帯。……その通り、ランクBの魔術道具よ。はるか南の国で使われる神具のひとつで、高速に伸縮しては自由に操る事が出来るの」


 クレアはその帯をこちらに伸ばした。蛇のような動きは狙いが読み難く、そして速かった。

 ヴァレリーの顔をめがけて飛んで来る。

 当たれば帯とは思えないほど重い打撃となるその攻撃を、彼は動きを最低限に杖で払った。

 目でやっと追えた、一瞬の出来事だった。


「そうかいそうかい。親切に説明までしてくれちゃってどうも。しかしね、こういう場面であまり口数が多いというのはデメリットだと思うがね」


 ヴァレリーは、自分の性格を棚に上げた。

 彼は左手に持っていた蛍光玉に、魔力を今まで使っていた量より多く入れて、クレアと僕達の間に放った。魔力の流れ自体は見えないが、蛍光玉の光量が増して僕にもわかった。

 手から離れても蓄えた魔力で玉は光り続けている。

 ヴァレリーが蛍光玉を投げた瞬間をクレアは見逃さなかった。

 しかし彼女が攻撃を複数回試みるも、すべて躱すかステッキで払われた。


「何故避けれるの? 防御壁……いえ、時間操作……?」

「なはは、”なんもかんも魔術のせい”かい。魔力が感じられるのであれば、私が魔力を一切使っていないことくらい解るはずだろう。しかもそんな膨大な魔力を使う術を一々使っていられるかね」


 ちなみに、実のところ蚊帳の外と成りかけている僕も攻撃を受けていた。

 腹と右脚に一撃ずつ、危うく膝をつきそうなほど重い攻撃だった。

 また何より、僕の立場がなんだか空しく思えた。


「場数が違う、と言っておこうかクレア君。私の多さ然り、キミの戦闘回数の少なさが現れているよ」

「…………っ!」


 クレアは悔しそうに睨んでいた。

 どう考えてもこの戦い、いやただの喧嘩は無意味で不毛だった。

 明らかに、全く依頼とは関係しているようには思えない。

 ヴァレリーは僕の知り得ない理由で感情を向けてしまっているし。

 クレアもいきなりプライドを傷つけられて、もう後には引けない状態だった。

 付与師、少なくともこのクレアは魔方陣を自作して販売する人間であるとセトから聞いた。

 だとしたら、戦闘経験など少なくて当然で、別に張り合う必要もないのだとも思うのだが。

 だだ漏れの正義感と負けず嫌いな性格がそんな前提を忘れさせているのだろう。

 なんだか「犯罪をするような性格ではない」というのが何となく解った気がする……。

 僕より若そうで、しかし僕より賢そうで大人びた風貌、それに似合わずとにかくストレートな性格なんだ。


「さ、キミが私にその攻撃が当てられないと理解したのなら、諦めて帰りなさい」

「まだよ。絶対にあんたのその顔に一撃、食らわせてやるんだから!」

「ふむ、運ぶのが面倒だが、暫く眠ってもらおうか」


 ヴァレリーはステッキを構えて詠唱を始めた。


「させないわ」


 それを見たクレアは背中に手をまわしたかと思えば3枚のカードを取り出して、投げた。

 3枚はそれぞれ、へなへなと力なく飛んではすぐ落ちた。僕達はおろか、中間のところで光っている蛍光玉にも届かずに1枚は下水に、2枚は通路の両端に落ちた。

 あまり格好良い光景でなかったので、僕はまたヴァレリーが笑うなり煽るなりするのかと思っていたのだが。


「フィリップ君、気をつけたまえ」


 と、これまでの楽勝モードでは無く、詠唱を止めてまで僕に警告をした。

 言葉が掛かったと同時に、彼女はその3枚を発動させた。


 ザッパーン!! ドパーン!!


 下水から水しぶきが続け様に起きる。

 僕達と彼女の間の通路が水しぶきで視界が悪くなった。

 瞬間、クレアの自在帯がヴァレリーと僕を襲いかかった。


 通路に落ちた2枚のカードは光を放ちはじめ、輝く壁を作っている。

 また、水しぶきの発生元は、下水に落ちたカードが爆発を発生させていた。

 防御と牽制のためのカードだった。


「やはり魔方陣か。目くらましのつもりかね。しかし、キミも見えないだろう。攻撃が単調になってしまってさっきよりも避けやすいくらいだ。しかしまあ、あの大きさのカードにここまでの魔術とは、いささか見くびっていた事は否めないね」


 確かに自在帯の動きは蛇行がなくなり直線的になって、正確な攻撃でなくなったのはたしかだ。

 だが、詠唱を見てから投げて作ったあの壁は、汚水を自身に被らないようにする為だけではないはずだ。


「どうするんだヴァレリー。ここは退くべきなんじゃないのか? ——ごふっ」


 下っ腹に受ける。耐えきれずに僕は膝をついた。


「私が退くって? ——よっと。……冗談。ここからだって私には勝ちしか見えない」

「その勝ちの意味が僕にはわからない。僕にはこのくだらない喧嘩に意味があるとは思えないんだ。 ——っで!? もう、なんでもいいとにかく早いところ勝ってくれ」


 下水の飛沫は流れるカードの場所で上がるので、カードがこちら側に流れて来る、即ち飛沫が近づいて来る。これまで周囲と比べて清潔さはあまり良いと言えた生活はしていないが、それでも下水を被るのは御免だった。


「……わかったよ、私が大人げなかった。すぐ終わらせよう。では、フィリップ君。彼女の自在帯を掴むんだ。おそらくこの争い事を収めるには最も手っ取り早い」


 理解不能で無理難題だ。しかし、僕の体が持つ現象、魔術道具の超反応が関係していることは確かだ。

 動機はそこまででいい、ならどうやって、だ。


「おっと、ちょっと飛沫が飛んで来るな。少し下がろうか。良いかい、彼女の目だ。自在帯は彼女の向ける視線の先にしか飛ばない。見極めるんだ、来るタイミングは同じ、しかも最初より単調になっているのは解るだろう?」


 僕は聞きながらクレアの攻撃を観察した、ヴァレリーはこれまで全てステッキで払うか躱すかしている。

 何発かに1度、僕に目掛けて飛ばして来るがその際、飛沫と光の壁の先に立つ彼女は彼の言う通り、目どころか顔までこちらに向いているように見えた。彼の言う通り、解りやすい。


 殴られること数発。僕は見極め、両腕でがしっと自在帯を掴んだ。

 なりふり構わない状態だったのでその姿は格好悪い。

 しかし掴めた。どうやら身体能力は自信を持っても良いらしい。


 キイイィィィィィィィィーーーーーーーーーン!


 いつだか、僕がヴァレリーに蛍光玉を当てられた時のような音が下水路に響き渡った。

 自在帯から眩しい光がほとばしる。


「きゃっ」


 奥からクレアの声が聞こえたが、あたりは光に包まれ状況がつかめない。

 自在帯から手を離すべきかと思うのが先だったか爆発が先だったのか。

 しかし遅かった。光を放ち続ける自在帯は僕の手元で。


 ぼるむんっ!


 爆発————するような勢いで肥大化した。

 ふくれる自在帯は大きなベッドマットのような形になり、僕とヴァレリーを吹き飛ばした。

 後ろに飛んで床に叩き付けられた僕は、数秒間は視界が戻らなかったが。それでもなんとか無事だった。

 しかしヴァレリーはというと、真横に吹っ飛び思いきり頭を壁にぶつけて気を失っていた。


 彼が目を覚ましたのは、付与師クレアの部屋で二人とも彼女に拘束された状態。

 半日後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ