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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第二章 アベルタ
12/25

退魔

 酒を床に垂らして線をつくる。

 僕はまっすぐに廊下の端から端へ、壁にかかるまで垂らした。


「3階も封鎖したぞ!」


 僕は下ヘ続く階段に向かって声をあげた。

 下から、ドタドタと騒がしい物音のあと、キンと耳鳴りのような音も響いた。

 僕の足下には空のボトルが2本、手元にあるボトルももう半分も入っていない。

 桃の花を煎じて入れたこの酒は、霊体の通れない壁を作る事ができ、聖水の代わりとして用いている。

 ぜえぜえと荒い息が聞こえ始めると同時に、下の階から目にも留まらぬ早さで白いものが飛んできた。

 僕は驚いて、すぐ後ろの壁に背を付けた。


「ケケケケケ。 ケ? ケケケケ……」


 僕の想像を超えていた。

 どう超えていたかというと、予想以上にコミカルな霊体だった。

 白い玉のような姿にくりくりとした目、大きな口は笑いっぱなし。

 僕のすぐ目の前で止まったあと、この階は酒によって封鎖されてると解るや否や、更に階段を上がっていった。


「フィリップ君、ゴーストは?」


 白い玉を追って階段を上がってきた息の荒いヴァレリー。額には汗が溢れていた。


「上へ行った。言われた通りに酒はまき終えたが、このコップの水は何に使うんだ?」


 僕は前もって準備するように言われていたコップの水をヴァレリーに見せると、彼は手早く僕からコップを受け取り、そのまま飲み干した。


「……っぷは。ご苦労だフィリップ君。さ、詰みだ。屋上へ行こうか」


 飲みたかったんだな。

 僕はヴァレリーの後ろについて階段を上っていった。

 扉を開いて、屋上へと出ると頭上には星空が広がっている。奥には先ほど見た幽霊、厳密には霊体と魔力の混合物である人造の魔物、ゴーストがいた。


「仕掛けに抜かりはないね。上出来だよ」


 ゴーストは動けないでいた。その場所に固定されたかのように苦しそうな表情をしながら浮いている。

 その下には魔方陣、日常的に使われる言語とは明らかに別の言語が4列、円で囲むように書かれていた。

 その円の形をした文字列は内側3列が橙に、さらに外側を囲っている文字1列が青白い光を放っていた。


「ruw wrz hmr …… uuz swr …………」


 ヴァレリーは詠唱を始めた。

 ささやくような聞き取れない程小さな声を発しながら、眼前に構えたステッキの宝石に集中している。

 彼はゴーストの方へ歩き出し、詠唱を終えると同じタイミングで杖を横に力強く振った。

 風が吹いた。


「ケーー!」


 きっとステッキのすぐ前にろうそくがあれば、やっと消えるかどうかという弱い風だったのだが。

 ゴーストには風以上の何かを与えた様で、痛みを訴えるような顔をしながら消えていった。


「……終わったのか?」


 ヴァレリーは答えなかった。そのまま、魔方陣の方へ歩いていき、僕の方へ振り向いた。


「……増幅詠唱を2回、魔方陣だって増幅の文字列を2列。まったく、僕の力不足もあるとはいえ、どうしてこんな付与師染みた陣を描かなきゃいけないんだか」


 愚痴っていた。


「フィリップ君。この建物の管理人に報告を、そのあと各階の住人にも一言いうことになるだろう。

 その間に僕は片しておくから——」

「ヴァレリー。さっきのゴーストはどうなった? 終わったのか?」

「それは——」


 ヴァレリーは。胸ポケットから小瓶を取りだして、勢い良く僕の立っているすぐ後ろ、出入り口の壁に投げつけた。パリンと割れて。中から液体が飛び散るのと同時に、消えてなくなったさっきのゴーストがそこから現れたではないか。


「ヴオオオオ」


 今までとは打って変わって恐ろしい形相をしたそのゴーストが、ヴァレリーに向かって飛んでいく。

 ヴァレリーは、革製の燕尾服にも似たアーマーベストから小石を取り出し、ゴーストに投げた。

 すると、ゴーストは石に吸い込まれていき、再び姿を消した。


「今終わったよ。もうこの建物にゴーストの気配はない。いやはや、素早かったし、しぶとかった」

「その石一つで十分だったんじゃないか?」

「そんなことはないさ。これは確かに強力だけれど一つしかない。相手が荒ぶっていないと避けられる事もある。これは1日待たないとまた使えないしね。それに、魔力が混じった別物とはいえ、人の霊だったことには変わりない、丸一日この中へ閉じ込めておくのも気の毒な話さ、使わなくて良いなら使わないで済ませたいのさ」


 小石を拾い、振るなり、かざすなりしてベストのポケットに戻した。

 僕が最初に宿屋で見たのと同じ小石だったと思う。きっと彼には石から何か出ているのを見えているのだろうけれど、僕には見えないでいた。

 その後のこと、ヴァレリーが屋上に描いた陣や建物のあちこちに配置した道具をしまう間に、僕は建物の管理人と住人にそれぞれ解決の旨を伝えてまわった。住人から謝礼としてパンと上質な肉を受け取ったので宿に戻った僕とヴァレリーはさっそく頂いた。

 退魔師として王都アベルタで仕事を始めて三日目、夜中の事だった。



 ハドリー将軍の御付きであるセトが、毎日昼ごろに進捗状況を聞きに来る。ヴァレリーは隠す事無く話した。


「それはそれは、3日目はさらに1体……まこと重畳にございますね」


 セトは素直に喜んでいたようだった。

 

「あと、セト殿から頂いたこのリスト、魔術師の件だが」

「はい」

「残っている4人について探ったのだが。どれも健全な商売をしていたり、決まった生活をしている者ばかりでね。ただ一人、このクレアという者は夜な夜な部屋を出ているようだが……」

「付与師のクレア様でございますか。数年前に一人でこの王都に越してきました。魔力発生源のすぐ近くの部屋を買ったそうで、それからは魔術巻物をはじめ沢山の魔方陣にまつわる道具を制作と商売を続け、順調な生活を送っていたようで……。ただ、最近は今までに比べて静かになったと聞き及んでおります」

「ふうむ」


 ヴァレリーは考えている。

 横で聞く限りでも僕もそのクレアという人は怪しいとは思うが。


「ただ、聞いてまわればまわるほどこの付与師、人格者で通っている……」

「このセトめも三度(みたび )お世話になりましたが。なんと申し上げましょうか……」


 『犯罪と無縁な性格をしている』と声が重なった。

 この三日間、夜は町を徘徊するアンデットを退治し、日中はと言えばもっぱら聞き込みと張り込みだった。僕とヴァレリーは分かれてはリストの術者、町の怪談話などを聞いてまわった。

 夜に出回っているという話を聞くその付与師クレアは、最も怪しい行動をしている。

 その反面、クレアの住んでいる東地区周辺の住人だけでなく、北地区や中央地区の王城にまでその名前は知られていた。インドアな性分であまり外には出ないようだが、ギルドを介しては町の困りごとを解決していたそうだ。


「もっとも、人間の一面性はただの判断基準の一つでしかあるまい。人の多い場所に蔓延る悪党は得てして外面( そとずら)を取り繕うものさ。……クレアの動向はこれからも調べるとして、次だ」


 ヴァレリーは地下水路の見取り図を開いた。


「町中に出没する不死、なかでも害をなしているモノは昨日でだいたいは片がついた。しかし発生元があるならばこれは応急処置に過ぎない。なので今夜から地下水路を調べようと思う。セト殿」

「こちらですね」


 セトは察して懐から大きめの鍵を取り出した。地下水路の鍵だった。


「やはり地下水路でございますか」

「ええ、これまで不死の魔物の出没箇所と時期。それらに共通点が無い。共通点と言えば発生してる魔物の種類だ、確証こそ無いがこれは発生元が同等レベルの祭壇により召喚が行われている。また、呪術の残り香も感じ取ることも出来なかった。ともなれば地上ではなく、世界から見ても都市の自慢とも言える大きな地下水路、ここから出てきていると予想出来る」

「祭壇?」


 僕は横から尋ねた。


「呪術の発動には色々と手順を踏まなくては成らないんだ。昨日僕とフィリップ君が騎士団宿舎に張り巡らせた、魔方陣やら建物の外周に配置した道具みたいにね。ただしあれよりも、もっともっと準備が必要になるんだよ。魔力効率の良い場所に祭壇を作り、人目につかず邪魔され難い環境で儀式をするというのがベターさ」

「効率の良いというと、魔力発生源……」

「うむ」


 地下水路にある魔力発生源は3カ所。そのうち一つがまだ発見されていない。


「まだ見つかっていない魔力発生源に祭壇を構えている可能性が——」

「高いね」

「それまで、定期的に見回る衛兵や教会の者達が見つけられなかったのは……?」

「それはまだ解らない。しかし、衛兵には魔力発生源を感じ取ることはできなかったろう。

 教会はひょっとしたら何か掴めているかもしれないが、ここまでくれば策を練って聞き出すよりは、私が直接見に行った方が早いさ」


 この地下水路に3つ魔力発生源があり、ひとつが見つからない。というのは元々おかしな話だ。

 

「魔力発生源を直接見る事は出来ない、術の一つで視覚化することも出来ているそうだが基本は見えない。五感の中では嗅覚と聴覚の中間に近いものだよ。方向から体が察するのさ。3つある。と、言うのだから、正確な場所がわからないからといって、まったく検討がつかないのは説明にならないさ」


 ヴァレリーは、僕とセトを見たあとトントンと地下水路の見取り図を指先で叩いた。


「このどこかに、誰かが何かを隠しているはずさ」


 言わずもがな。犯人が、祭壇を、だ。

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