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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第二章 アベルタ
11/25

セト

「あの時のナシュアラ兵では無いのか?」

 

 深く厳しいその声の問いにすくみ上がり。

 僕は声が出せなかった。

 ヴァレリーの声は渋くも通る声で、まるで音が流れるように話す。

 かわってハドリー将軍の声は重厚で、静かな地響きのような声だった。

 心臓に響いて来る。

 僕は声が出なかったので、頷いて答えた。


「ふん、やはりか。視界の開けない森の中で陣を張っていたとはいえ、単独で接近し私に射かけるとは見事な手前だ。だが惜しかったな」


 そう、そこまでは順調だった。バーランドの白騎士に放った矢を防がれるまでは。

 もしあの白騎士が居なかったのであれば、やれていたのだろうか。


「アイツが居ない時であれば、あるいはこの私に矢を掴ませることも出来たかも知れん」


 掴むんだ。どっちにしろ駄目だってことじゃないか。

 ただ驚いた。暗殺を仕掛けた僕に対してハドリー将軍が向けたのが怒号でも嫌みからの皮肉でも拳でも武器の刃先でもなく、まさかの賞賛と。


「どうだ、その身をアベルタの槍とし、この国に捧げてはみる気はないか?」


 まさかの勧誘だった。


「僭越ながらハドリー殿。我が大切な助手を引き抜かれては困ります。彼は今や軍人ではございません。彼は河原に打ち上げられていたところ、私が拾ったのです」


 ハドリーは「ふん」と鼻で笑って、「惜しいことだ」と漏らした。

 ヴァレリーは、何故僕が川で溺れていたのか尋ねた。


「我々が捕まえた後、お主を含め捕虜をバーランドへ送ろうとしたが。その捕虜のうち一人が暴れだし、脱走を謀った」


 僕とヴァレリーは顔を見合わせる。

 短くゆっくりとハドリー将軍は首を振った。


「いいや、この者ではない。もっと活きのよい少年の兵士だったそうだ。少年が暴れるさなかに幾人かを馬車から落としてしまったと聞く。報告来る限りでお主の(ともがら)は殆ど死に。その少年とお主の二人は行方知れずだった」

 

 その少年の兵士が暴れて、輸送中の馬車から僕が落とされた。

 ナシュアラ近辺ではなく、バーランド寄りの川に居たのはそのためだったのか。


「捜索も尽くし、礼を尽くし弔うよう指示した。捕虜が暴れた事とはいえ、輩のこと、お主のこと、共々に詫びさせてもらう」


 僕はこうべをわずかに垂れた。頷くことも批判することもできなかった。


「閣下、また勝手に居なくなられる……」


 ハドリー将軍からの言葉を受け取ったのと同時に、その巨躯の後ろからフードをかぶった少年が現れた。


「セトか」

「はい、セトめにございます。閣下。大事な報告もありますゆえ、せめて行き先だけでも教えてくださいませ」


 フードからは白髪に隠れ、黒色の肌がわずかに見えた。輪郭は女子のように美形だった。

 「こちらの者は?」と尋ねるセトに、ヴァレリーが答えた。


「私は退魔師をしている、ヴァレリー・ギゴフ。こちらの大男の方はフィリップ・ジョーンズ、私の助手をしている。今日から幾日か滞在をさせていただく」

「よろしく申し上げますヴァレリー殿、フィリップ殿。ギゴフというとセレンティアに見られる名ですね。して、ジョーンズというと、ナシュアラとそれより北、北西の方からの出身が多いようですが……」


 ナシュアラ。今は戦争中である。ヴァレリーが気を使って口を挟もうとするが、先にハドリー将軍が手を軽く上げて遮る。


「よい。セトよ、本題だ。貴様達に頼みがあるのだ」


 そうハドリーがいざ話すぞという時に、ウェイトレスが湯気が立ち上がる料理が乗った皿を持ってきた。


「ぬう」


 唸ったのはセトだった。空気を読まないそのウェイトレスをにらみつける。

 しれっとした顔で去ってゆくウェイトレス。肝が据わっている。

 ハドリー将軍は興が削がれたか、席を立つ。


「今から食事であったか。ならば詳細は日を改め、貴様達の宿にセトを向かわせ伝えよう」

「痛み入ります。お会い出来て嬉しく思います」

「うむ、ではな。ゆくぞセト」

「はい閣下」


 ハドリー将軍はセトを連れてギルドを出て行った。

 周囲の客は将軍の姿が消えたのを境に賑わいを戻していった。

 僕は気づいた。


「宿屋の場所、教えてないんじゃないか」

「なに、教えなくたって何かしら知る方法があるだろうさ。少なくとも、あの少年はだいたいの検討はついているはずさ。あの黒人の少年セトはキレ者で有名なんだよ。私達の風貌、振る舞い、会話の内容をはじめ私達の想像のつかないような些細な事も全てを観察し演繹するんだ。あんなにまだ幼さも残っている子供だというのに、末恐ろしいったらないね」


 ヴァレリーはさっそく食事を口にしながらそう言った。

 ハドリー将軍といいその御付きといい。やはり規格外だな。

 僕は感嘆の息をつきながら、ナイフとフォークで大皿にでかでかと乗る分厚い肉を切りにかかった。

 湯気が顔にあたって軽く湿るのを我慢し、ナイフを入れると強い弾力を見せながらも少しずつ切れていく。入っていくナイフの溝から肉汁がじわりと溢れた。

 脂特有の濃い臭いが鼻を刺激して、つられて腹が大きな音で訴えた。


「なはは、鳴るね。さあさ、沢山食べようじゃないか」


 取り留めの無い話がひたすら続く。

 僕は飲まなかったが、ヴァレリーはよくそこまで入るものだと関心するほど飲み続けた。

 僕達は夜中までテーブルを挟んだ。


 翌日、宿屋で深い眠りに身を任せていると。高圧的なノックに僕は起こされた。

 扉を開けると、だれもいない。


「下です」


 視界を下げるとそこにはセトがいた。


「セト……さん」

「セトとだけ、呼び捨てでかまいません。閣下のおそばに居させて頂いてますが、位もないただの軍人ですので。……まさか今まで寝てらしたのですか」

「わかった。ああ、昨日は遅かった、ヴァレリーも寝ている」


 セトは信じられない言わんばかりの呆れた顔をしている。

 なんだか、悲しいような悔しいような感覚を覚えた。

 セトは考えるのに時間を使わなかった。


「では起きるまで待たせていただきます」


 僕の横を風が通るようにするりと抜けて部屋の中へ入っていった。

 扉と僕の隙間は狭い筈なのだが、僕に当たる事なく、すんなり通っていった。


 昼前に現れたセトはヴァレリーが起きる昼過ぎまで待ち続けた。

 それまで僕が何度か起こそうと試みたが、酒による熟睡は治癒者に診せるべきか迷うほどに深かった。


「起きたかヴァレリー」

「もう昼過ぎですよヴァレリー殿……」

「んむ。そうかね。……おはよう。良い朝だね」

「おはようございます。もう昼過ぎですよ」

「そうかね」


 ……。

 この人は自分のペースをとことん崩さないな。

 早く起きて欲しい。

 このあと、セトが用件を話すためにはもう少し時間がかかった。


「うむ。ではセト殿、用件を聞こうじゃないか」

「ヴァレリー。少しは反省すべきだ」

「……では、ご説明いたします」


 セトはゆっくりと話し始めた。


「まずヴァレリー様とフィリップ様のお仕事はお二人の生業そのまま、呪術によって現れた不死の魔物の退治と、その召喚した術者を捕縛していただきます」


 目的は退魔師の本分そのままだった。


「魔物はこの都市の北の地区と東の地区、そして中央のあたりに多く出現するという話です」


 ヴァレリーは「多く?」と返す。


「はい。半年前あたりから目撃証言があり、日に日にその証言の数が増えていきました。実態の無いようなものばかりが目撃されていましたが、動く死体による物損被害も最近報告されています」

「ゾンビとは、そこまでの状態になって教会は何をしているんだね?」


 セトは眉をひそめた。


「教会も動いていることは動いているのです。しかしここ数年の教会と王室との仲はよろしくない。政治に纏わる理由から聖職者の派遣を最低限にとどめてしまっていたのです。もちろんその事は公にはされていませんが、案件の責任は教会ではなく王城へ向けられる仕組みを考えれば、意図も汲み取れるでしょう」


 「権力に溺れた間抜けどもめ」とぼそっと漏らすヴァレリー。


「それでも時期を見て、教会側も本格的な解決に乗り出したことがあるのですが。ついに犯人を捕まえるどころか見つける事すら出来ませんでした。もとより王室が直接命令を下せる軍隊には解呪の術を使える人間はおりません。使える教会側も報告にある不死達を退治することはあれど、調査には非協力的な姿勢を続けています」


 哀れな状態だった。

 ヴァレリーも憤りを通り越して、呆れてしまっているようだった。

 いろいろ疎い僕でも思うのだ。

 この案件は、別段手に負えない犯人が潜伏しているという訳でない。

 ただただ、国と教会の協調性のなさ。そしてスペシャリストであるはずの教会の実力不足が招いた有様だったのだ。


「こんなような案件をお願いしなくてはならない状況、汗顔の至りと存じます」

「ふうむ、まぁ、報酬を弾んでくれるのであれば、期待に応えられるよう尽力しましょう」

「王室からの依頼ですので、その点はご心配召されることもございますまい。……こちらが報酬の額となります」


 セトは巻物を懐から取り出し、ヴァレリーに手渡した。


「ほほう、なるほど。ふむ。承知した。セト殿、この案件を引き受けましょう」

「ありがとうございますヴァレリー殿」


 ヴァレリーは問う。


「これまで王室側も教会側も何一つ成果をあげられなかったとは言え、何かしらの手がかりは得ていてもおかしくはないと思うのだが」


 セトは頷き、これまで同様に淡々と答える。


「はい。王室側はこの首都、北区画と東区画。中央区画の半分に渡り、魔術に精通する人間を調べました。その結果絞り出せた容疑者は23名。そのうち、事件との無関係を証明できた術者と調査中にアベルタを離れていった術者あわせて、19名。残り4名というところまで絞っています」


 セトはまた巻物を取り出して手渡した。ヴァレリーは一瞬だけ開いて文面を確認し、すぐにしまった。


「教会側も独自で解決のため調査をしていたようですが、情報は入っておりません。しかし、このセトめが動向を監視するに、はじめは地上で確認されている3つの魔力発生源を中心に探っていたようですが、あとあと地上よりも地下を重点的に調べていったと思われます」

「地下とな?」

「アベルタの都市の下には、ここ数年で完成した大きな下水路があるのです。術者の意見を聞くと、この水路にも魔力発生源があるそうでして、これが見取り図にございます」


 三つ目の巻物だ。今度の巻物はじっくりと見る。


「発生源の数は?」

「三つと言われています。見取り図で赤い丸が付けられている箇所です」

「ここと、ここ。あと……ん? この見取り図には3つも無いようだが」


 セトは口元がしまる。


「それが一つだけ、見つけられていないのです」

「………………。ふむ、質問は以上だ。感謝するセト殿。それでは今夜よりとりかかろう」

「よろしく御願いいたします。御二方」


 こうして、今夜から退魔師の仕事が始まった。

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