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さん

 体育の後の教室は制汗剤のにおいが満ちている。甘い林檎飴のような香りとか最悪。それ一つでも気持ち悪いのに、それが混ざり合ってしまえば、そのにおいを嗅ぐだけでも頭が痛くなる。そう思って机に突っ伏していた。


「あんたさあ、あたしの金、取ったでしょ?」


 上から声が降ってきて、それと同時に林檎飴のような甘い匂いがつんと鼻を掠める。


「は?」


 眉間に皺を寄せながら見上げれば、気の強そうな大きな目が私を見下ろしていた。確か――、名前は忘れた。頑張って思い出そうとしている間も、彼女の口は神経質そうに動いていた。


「さっきの体育の時間、――あたしは、この時点でおかしいと思うんだけど! 更衣室に体育館シューズ忘れたからって取りに帰ったよね?」


 何が言いたいんだろう、この人は。きいきい煩い声のせいか、名前思い出す気さえ失せて、返事もせずに睨み返していると、「取りに帰ったよねってきいてんの!」と険を含んだ声が飛んできて、渋々小さく顎を引いて見せた。


「あたし、ちゃんと更衣室のロッカーのとこに、給食費置いてたの。二千円入ってたやつ。教室に戻るついでにセンセーに渡そうと思ってさァ。でも、帰ったときには無くなってたんだよね」

「だから?」

「だーかーら! あんたが盗ったんでしょ? 早く出しなさいよ!」


 彼女は苛立ったように声を荒げた。


「知らないよ」

「オオカミ少女の言うことなんて、信用出来る訳ないじゃん!」

「知らねーってことは、逆に知ってるって意味なんじゃね?」


 茶化すように男子が言うと、クラスもざわついて、私に向けられる視線がちくちくとした鋭利なものに変わっていく気がした。ばかばかしくなって、そのまま机に突っ伏せようとしたら、ばん、と私の机を叩かれた。ああ、鬱陶しい。そう思って顔を上げると、クラゲが私の机に手を置いていた。


「真子ちゃんは、知らないって言ってるじゃん。なんで、そーやって決め付けるの」


 その声は真っ直ぐ私の鼓膜を揺らした。凛とした強い声だったから、一瞬、クラゲじゃないかと思った。教室はまるで示し合わせたかのように静かになる。偉そうに口を叩いていた彼女も、こうなることは予想していなかったのか、大きな目がふらりと一瞬宙を泳いだ。


「……っだって! この子、超嘘つきじゃん!」

「それは今関係ないよ。夕子ちゃんは、真子ちゃんが直接お金盗ってるところ、見たの?」

「それは!」


 彼女が何かを言い返そうとしたとき、ガラガラ、と教室のドアが開いた。


「おい、鈴木。体育の先生から、こんなものを預かったんだが?」


 先生は入ってきて早々、ひらりと茶封筒のようなものを掲げた。それと同時に、彼女――そう言えば、鈴木夕子という名前だった――は、さっと表情を変えて頬を赤らめた。


「駄目だろう、更衣室にこんなもの置きっぱなしで出るなんて。先生が気づいて下さったからいいものの、もし無くしてたらどうしてたんだ? 貴重品の管理はしっかりしなさい」

「……すみません」


 先程の威勢の良さとは打って変わって、萎縮しきった様子で、そそくさと自分の席に戻っていった。

 ざわついた教室の中で、女子の声がちょっとだけ耳を掠めた。


「海月くん、オオカミ少女庇っちゃってさー」

「ほんと。……あの二人、どーゆー関係?」

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