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いち

「よろしく、イソギンチャク」


 これが、私のクラゲへの記念すべき第一声。クラゲは心底驚いた顔で目をぱちくりさせた。


「何でイソギンチャク?」

「知らないの? その苗字、クラゲじゃなくてイソギンチャクって読むんだよ」

「え! そうなの!」


 クラゲは、目をこれでもかとばかりに大きく見開いた。


「まーた始まった」


 クラスの中心でいばってる奴が、わざとらしくため息を吐きながらそう言えば、教室がどっと沸いた。私はこの空気が嫌い。ちょっとズレてる先生が失敗したときとか、クラスで浮いてる子が更に浮いちゃうような行動をとったときとか、みんなで馬鹿にして笑うんだ。馬鹿にされた人は、決まって顔を赤くして俯く。でも、そしたら笑い声はもっと大きくなるのを私は知ってるから、全然何とも思ってないって平気な顔を作る。


「こいつ、口開けば嘘しか言わねーんだよ。クラゲ、オオカミ少女の言うことなんて本気にすんなー」

「オレ知ってるもん、海月って書いてクラゲって読むの。イソギンチャクとか、分かりやすい嘘つくなよなー」

「嘘じゃない! ほんとのことだもん!」


 思わず口が滑った。またやっちゃった、と唇を噛んだときにはもう遅い。さっきまで笑っていた子達が急に白けた目で私を見る。私は、そのシンと静まり返った空気になってしまったとき、顔を赤くして俯くことしか出来なくなる。


「うわー、災難だな、転校生。あんな奴の隣とか」


 後ろで囁き声が聞こえた。

 もう慣れっこだ。こんなの。そう思っても、やっぱりいたたまれなくって、小さくため息を吐いた。それと同時に、ふは、と空気の抜けるような音がして、ふと、クラゲを見た。柔らかそうな黒髪と細い肩をちょっとだけ揺らしながら、クラゲは笑っていた。


「びっくりしたあ。イソギンチャクはやだなあ。もし、そー読むんだとしても、僕、クラゲって呼んで欲しいな。そっちの方が、呼びやすいでしょ?」


 ぴんと張っていた教室の糸が、その言葉で緩んだ気がした。誰かのくすくすとした小さな笑い声が教室に漏れた。それはだんだん伝染していって、さっきとは違う、ちゃんとした温度のある笑い声が鼓膜を揺らす。


「よろしくね。えっと……真子まこちゃん、だっけ?」


 予想外の反応に、今度は私が目をぱちくりさせる番だった。喉に蓋をされたように声が上手く出ない。どうしたらいいか分からなくて、一瞬視線を泳がせた後、クラゲから、つんと目を逸らして、頬杖をついた。全然動揺してないことをみんなに示すためには、これが精一杯だった。

 ああ、すっごく気に食わない。

 よく考えてみれば、最初の挨拶からして気に食わなかった。

 クラゲは、女の子がつけてるようなウサギのぬいぐるみつけたランドセルを背負って、今起きました、とばかりに跳ねた髪を揺らしながら、ぺこりと頭を下げた。その後、恥ずかしそうに視線を床に置いたまま、少しだけ緊張を含んだ声でこう言った。


『僕の苗字は海月うみつきって言います。海月って書いて、クラゲって読みます。だから、みんな、僕のことをクラゲって呼んでください』


 意味分かんない。海月がクラゲだから何だって言うの。何で嘘を吐かれても怒らないで、へらへら笑っちゃってるの。何で最初っから馴れ馴れしく下の名前で呼んでくるの。心底気に食わなくて、分からない奴。まるで本物のクラゲみたいに、ふわふわした掴みどころの無さにイライラした。

 でも、そんなもやもやした気持ちを抱えていたのは私だけだったらしく、他の子はクラゲを面白い子だと認定したらしい。一週間程すれば、クラゲはあっという間にクラスに溶け込んでしまった。

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