二重丸の証明問題
パスワードの謎を解いた二人が展開する、後談ミステリ
もはや何も言う気にもなれない。しかしあれだな、こんな推理まで披露するなんてこいつは推理小説大好き野郎か?ここ文藝部だし。
あれ?ちょっと待てよ。
何か、一瞬引っかかるものがあった。
なんだろう。気になってしょうがない。
こんなにも、このような感情に襲われたのは初めてだった。
「お前、もしかして、やまなしなのか?」
「今更何言ってるのよ。私は月見里よ。」
「違う俺はそういうことを言っているんじゃない。」
頭を一瞬でめぐらせていた。頭の回りが悪い(月見里さん曰く)俺でも、知識面でカバーはできる。そして、俺はさっきの妙な疑問の答えにたどり着いたようだった。
「お前、山梨柄杓なのか?」
…………………………………
なぜか急にこの女子は黙り始めた。さっきのばかばかしく話す熱弁とは打って変わって、普通の清楚な女子生徒に一変したように思えた。
「……どういうことかしら?」
彼女は答えを知っているはずだ。しかし応えなければいない気がした。
「山梨柄杓。彼は俺が好きなミステリ作家だ。しかし著者名がずっと変な名前だと思っていた。」
「へんって、真面目に考えたのよ。」
月見里さんは怒っているようだった。
「まず山梨という苗字は少なくない。しかし月見里という苗字は珍しいと思う。確か月見里の分布地は静岡県清水、と千葉県辺りだった気がした。」
「なんで月見里に詳しいの、マジ、ストーカー?」
リアルに嫌な顔された。
「違う、知識量だ!それに俺だって静岡県民だぞ。」
「ふーん、で続けて。」
「確か山梨柄杓は静岡県出身だ。それで何となくピーンと来た。」
「それだけじゃ説明になってないわ、ただ作者も苗字が山梨で、私の苗字が月見里なだけじゃない。あと出身が静岡なだけ。」
「まだ説明は終わっていない。もう一つ名前について。柄杓なんて実際の名前ではないことが明らかだ。いるのかもしれないがいたとしてもごく少数なはずだ。そして、柄杓とは何か、もちろん水をくむものだ。けれど、そのものの使い方としてはなんも関係ない。関係あるのは柄杓の形だ。」
月見里さんはずっと真剣な顔をしてこちらを見てくる、たぶん俺の推測が当たっている証拠だろう。
「そしてあなた、月見里さんの名前は星七だ。星七というのは、ほぼ北斗七星を意味していると間違いない。そして、これは有名な話から言うまでもないが、北斗七星は柄杓の形をしていることで有名だ。これが俺が月見里星七が山梨柄杓だと思ったわけだ。」
「ここで私が違うと言ったらどうする?」
彼女はそんなことを言った。
「言ったら言ったでいいさ、けれど、さっき山梨柄杓という名が変だと思っていた。といった時、真面目に考えたのよ。っていったことはどう説明する気だ?」
はっ、と彼女は口を押える、自分で言って気づいてなかったのかよ。
「それに、作者が高校生だということは大体予想がついていた。年齢未詳、出身大学未詳、処女作がここ最近。名前にペンネームを使ってるところも一応理由としてはある。名前隠したかったんだろ?さらに月見里さんの推理小説のような口ぶり、文藝部所属。さっきの一瞬の推理。」
彼女は頷く
「そうね。よくわかったわね、私が山梨柄杓よ。」
彼女は開き直りそういった。
「あなたが一番初めに私の存在に気が付いた。」
「他は誰も気が付かなかったのかよ。」
「ええ、誰も気が付かなったわ、中学の時の友達や、先生、それに、売れるまで親にも気づかれなかったわ」
「親に言ってないのかよ。」
俺は、少し驚いた眼差しで彼女を見ていたが、彼女はいかにも、平然に俺と話している。
「売上金はどうしてるんだ?」
「なんでそんなこと聞くのかしら、いやらしい。まあ、一番最初に気が付いたあなたに特別に教えてあげましょう。印税の振り込みは私の口座に入っているわ、ほぼ全額ね。」
「ええ!あの20万部売れた×××も!?」
「そうよ。」
「その金どうするんだ?」
「貯めているのよ。」
「何のために?」
「………」
「言いたくなかったらいいけど」
「治療費よ。」
「治療費?」
「弟の移植手術の治療費を…」
「………」俺は黙りこくってしまった。どう返事を返したらいいのかわからなくなってしまった。
「ごめん、少し話が重かったね。話題を変えましょ。」
「…といいな。」
「え?」
「弟さん助かるといいな……柄杓さん。」
「うん、ありがとう。」
彼女はそういってほほ笑んだ。今までにない位優しい笑顔で。俺は彼女を少し違う方面で見積もっていたのかもしれない。
彼女は言うまでもなくミステリ作家だった。よって彼女は彼女の力であった事実を証明していた。
しかし俺はどうだろう。彼女のようにただの証明をしていたのだろうか。
俺は彼女を少なからず傷つけてしまったかもしれない。
俺は謎解きに一枚かんでみたとき、その事実の真意をしっかりと読み取っていたのか?いや読み取っていなかった。
彼女は、2回の謎解きで、狂いもなく証明をして見せた。いわば数学でいうなら、減点なしの二重丸だ。
俺は減点だらけだった。しょうがないと人は言うかもしれないが、俺はそういうわけにもいかなかった。
彼女は推理作家としての技量は、俺と天地の差がある。その天地の差は、もしかしたら、文の見せ方や、物理的側面、また知識量ではないのだろう。彼女が持っているのは、心理的側面で、謎をどう理解するか、どう証明するか。だと思う。
それをわかっていなかった俺はやはり頭の回らない愚者に成り下がっているのだと心底思う所存だった。
俺は今まで情緒を介さない人間だった。読書は好きだが、本の評価をつけることができない。主人公の心情は理解できるが、自分がこういう気持ちになれるとは思わなかった。
俺は4月になって文藝部仮入部で、天才高校生作家と出会う。しかも女子。
俺は文藝部に入ってもいい気がしてきた。入部テストには受かったしな。
しかし、退部すると宣言した武瑠にはどう説明しようか。
今はその事を証明しようかと心で笑いながら俺は思う。減点なしの二重丸な回答を。
俺は部室を出た後に夕立から晴れ渡った空の虹をみて、そんなことを考えていた。
どうも、水無月ジュンです。やっと二重丸の証明問題完結いたしました。この話が面白くなかった人も面白く感じてくれた人も、どうか水無月ジュンの次作を期待してくれるとうれしいです。このシリーズは続きますよ。誰かシリーズ名を考えてくれるとうれしいです。では次作をよろしくお願いします。