雨の日の図書館
結局文藝部での一件はただの時間の浪費にしか感じていなかった一尺八寸は、予想外の天気により図書館へ向かう。そこで目にしたのは、急に騒ぎ出す月見里さん。一尺八寸は手紙の問題に取り掛かるが…
どこのどいつがこんなくだらない手紙をよこすだろうか、入部テスト?退部?パスワードだと?
俺はジト目でその文章を読んでいた。
「あなたはどう思う?その手紙。」
「どうもこうも、無理だなこんなの。」
「諦めが早いね。それでも学年1位?」
「それとこれとは関係がないだろ。それにテストでもわからない問題を飛ばして次の問題を解けって先生から教わんないか?」
「次の問題がないじゃない。」
それもそうだな。
「でも、俺はこんな問題は解きたくないぞ。面倒だし、何も興味をひくものがない。」
「じゃあ、」
「じゃあなんだ?」
「私がこの問題がもう解けたって言ったらどうする?」
俺は手紙から顔を上げて月見里さんを見る。笑みを浮かべていた。それも渾身のドヤ顔も含めて。
「えっ、今なんて?」
「私がこの問題を、既に解けていたらどうするって聞いたの」
どうもはったりにしては自信があふれている。本当なのか?
「本当よ、私が嘘をついたことあったかしら?」
「俺たちはまだそんなこと言う仲でもないだろ。」
それに冗談ならすでに数回言われている。
「そんなの簡単じゃない。」
「簡単って、何文字あるかわからないパスワードをアルファベット26文字と数字10文字で埋めるんだぞ。もうこれは確率論でどうにかなる話じゃない。記号も入っていたら、無限に存在するぞパスワードなんて。」
「だから、この手紙があるじゃない。これは問題よ、問題には必ず文章の中にヒントが隠されているの。推理小説で言うと伏線ね。」
「これは推理の問題なのか?」
「ある意味ね。でもこれには、書き手の心情が手に取るように伝わってくるわ。」
「こんな無情の手紙にか?」
「無情ではないわ、私にはわかる。」
「俺には分からないとでも。」
「あなたには文藝の情緒を介する能力が足りていないお馬鹿さんだからね。」
「何度でも言ってくれ、どうせ俺は無関心、無愛想、おまけに無韻詩ですよ。」
「で、あなたどうするの?私はこの謎が解けたから晴れて部員になったわけだけど、あなたは入れないわ。」
「それなら、それでいい。他の部に入るわ。」
俺は月見里さんに背を向けた。どうせ、俺には分からない。ミステリを読むのは好きだが、ミステリに出くわすのはあんまり思わしくないものだと改めて思った。
真剣に解いてみれば何とか解けるかもしれない、けれど時間の浪費が激しくなるだけだ。もしわからなかった暁にはきっと自分の行動を責めるだろうさ。
「帰っちゃうの?」
月見里さんが意外と寂しそうにそういった。自分の放った口車に俺が乗っていかなかったからかもしれない。
「ああ、じゃあな。」
俺はそういって部室を出ていった。
もう月見里さんと関わることはなくなるんだ、と思って帰って行った。他人に興味を示さないこの俺がそんな事を思うなんて、今日は厄日かもしれないとおもった。
「そうか、そんなことがあったんだね。」
武瑠は、ははーん、とばかり俺を見てくる。よせ、やめろ、気持ち悪い。
「で、なんで冬馬はまたその手紙を読んでいるの?」
「なんでだろうな、もういらないけどな。」
俺は手紙を破ろうとする。
すると
「ああ、まって冬馬!」
「なんだ?」
「冬馬がその問題を今日解いていたのは冬馬らしくない。けれど、僕は、結構そういう冬馬もいいと思ったんだ。」
「何が言いたい」
「冬馬の中で何か感じるものがあったんだよ。うん、その文藝部にね。」
じゃっ、そういって武瑠は帰って行った。
そういえば奴は何部に入るんだ?
俺も帰路についていた。もちろん一緒に帰る奴がいなかったので一人で帰っていた。
俺は自転車通学だった。通学時間約30分。学校が山に位置しているので、登校にはかなり体力を消費する。しかし、帰り道は逆に下り坂となるので、楽だった。
今日は、曇り空であたりが暗くなっていた。
やけに自分自身の気分も優れていなかった。何故だろう、何かいらいらして、気分が落ち着かない。今日一日を見て全体的にそんな感じだった。俺は落ち着きたかった。帰ったらベッドの上で寝よう。
そう考えていた。しかし、帰り道、学校の校門をすぐ出たあたりから、ぽつぽつと何やら雨が降ってきたようだった。
今日の降水確率では、雨なんか降らないはずだったのに。
そう考えているうちに、雨脚が強くなり夕立のようになっていた。
武瑠の予言が的中しやがった。
俺は一応学校に引き返す。俺自身は濡れてもよかったのだが、教科書類が濡れて欲しくなかった。
しょうがなく、俺は学校の図書館へと向かっていた。どこにも行くところがなかったので。
すると俺は衝撃的な光景を目のあたりにする。
図書館の貸し出し口の所で月見里さんが図書当番をしていたからだ。
「こんにちは。」
「よ、よう。」
「あら、昨日尻尾を巻いて逃げた一尺八寸くうっ。」
俺は慌てて月見里さんの口をふさぐ、だってこいつ、館内に聞こえるような声で言ったんだからしょうがなかった。
周りの生徒がこちらを見る。やばい、俺は一応有名人だから、こんなところで変な噂されても困るんだ。
「何を言い出す!」
俺は小声で月見里さんに問いただす。
「事実を言ったまでだけど。」
月見里さんは口をふさいでいた俺の手をどけて、そう反論する。
「だからってなお前、」
「一尺八寸君が尻尾巻いて逃げなければいいだけよ。」
「いやお前が言わなければいいだけだ。」
「でも、もしこの場で言わなくても、私必ずどこかで、このこと言っちゃうと思うよ。言った暁には『えー、一尺八寸君て、学年1位なのに、こんな問題解けないのー。』なんてこと言われてもいいのかしら?」
「悪女だ、こいつ。」
「最高の褒め言葉よ。」
「わかったよ。解けばいいんだろ解けば。」
俺はめんどくさそうに言った。しかしなぜか不思議と、面倒事が一つ増えて、今日のいらいらが倍増すると思っていたが、そんな気分にはならなかった。
「じゃあ、ここで考えていきなよ。私も少しならヒントを出してあげるから。」
「そんなの要らねーよ。」
俺はさっきの武瑠との会話で破りそびれてしまった手紙をカバンの中から取り出した。
もう一度その手紙を読んでみた。月見里さんの話を思い出す。
「これは問題よ、問題には必ず文章の中にヒントが隠されているの。推理小説で言うと伏線ね。」
こんなもののどこに伏線など入っているんだ。
しかしこの手紙にはおかしな点がいくつかある。しかもそれは無視できるレベルではない変な点がいくつかと。
まず序文、これは問題が無いように思える。がしかし、その次の文。文藝部活動内容だ。
文藝部活動内容
1、
2、学校誌の制作
3、コンクールへの出品
4、読書
5、読書会
「活動内容がなぜ1番目が抜けている。一番重要な部分じゃないのか?」
「何?私に聞いているの?ヒントは要らないって言ったでしょ。」
「ああ、要らねーよ。今のは独り言だ。」
「そう。」
月見里さんは本の片づけをしていた。本当に彼女は図書委員なんだと改めて思った。ただそこにいるだけのものだと思っていた。いやそんなこと考えている暇はない。俺は手紙をどんどん読み進めた。
次におかしい点、本文だ。
以上の事より我が文藝部は活動をしてまいりました。
我が伝統ある文藝部の活動は以上の事より成り立って決ました。よって以上の事を能力として実現可能でないのであれば、この部にいてはいけません。
ですので、少し私達文藝部員の方から少し入部テストをさせていただきます。テストに不合格ならばすぐさま退部してください。
部室の机の上にパソコンが一台置いてあります。そのパソコンを開いてください。
そうしたら、idとパスワードを入力する画面に映りますよね。
そうしたら、それが入部テストの課題です。
そのパスワードを解いて入力せよ。
そのテストに合格したのなら、そのパソコンは退部するまであなたのものになります。
試験内容
以上の問いに対して他人に聞いてはいけない。問いは自分で見つけ回答すること、パスワード入力は2回までとし、2回以内に正解しなければそのパソコンは1週間使用不可能になる。仮入部期間を我が部は1週間と定め、一度きりとする。
以上が我が文藝部である。
どうぞご健闘を。 草々
文自体におかしい点はない。なぜか引っかかる。
何故だ、俺は頭をめぐらす、何度も文を読んでみる。
わかった。『以上』という言葉が多用され過ぎていることだ。こんな文字数の少ない手紙に『以上』が四回も出てくる。これは少し気にかかる。それにもっと言えばこの人(著者)は文藝部を何か強調しているような気がする。ただの部員と言えばいいところを、文藝部員だと書いてあったり。
そしてあとは問題自体が既に変だ。
まずパスワード入力について、なぜパスワードが二回以内までの入力がだめなのか。という点。
しかし、これは少しうなずける。何故ならパスワードの入力が間違える可能性だってあるのだから。
俺はノートに疑問点をまとめてみた。
1、なぜ活動内容の1についての記載がなかったのか。忘れたor印刷ミスor故意?
2、なぜ『以上』が多用されているのか。やっぱり故意?
3、なぜ文藝部が強調された文が多いのか。書き手の思い入れ?これも故意?
4、そして、なぜパスワード入力が二回までなのか。パスワードを失敗しないように?これも故意なのか?
計4つが挙げられた。
「やはり問題を読み取る力はあるようね」」
ノートを眺める俺の傍らで、月見里さんは関心するようにそういった。
「これが重要なのか?」
「重要なのよ。でもあなたには読み取る力はあっても読み解く力はなさそうね。」
「まったくもって一言多い奴だな。」
もうこいつの苗字が一言の方が良かったかもしれない。
「で、わかったの?」
「なーんにも。」
「やっぱりね、私が教えてあげてもいいわよ。」
「はぁ?なんで教えてもらわなきゃいけないわけ?」
「だってそうしないとあなた文藝部にに入れないじゃない。」
「他の部活に入ればいいだろ。」
「あてはあるの?」
「………」
「ないんでしょう。それに文藝部は別に幽霊部員で、いたっていいよの。あなたに好都合な部活じゃないの。」
「でも、他人に答えを聞いてはいけないってここに書いてあるぞしっかり。」
俺は月見里さんの目の前に手紙を広げる。しかし、月見里さんの返事は思っていた対応より全く異なっていた。
「あなた他人という言葉の意味を知っているのかしら?」
「そりゃあ知ってるよ。親族じゃない関係、とか自分以外の人間とかだろ。」
「それ以外にもあるわ、他人の意味がね」
「まさか…」
「そのまさかになるのかしら、他人の意味は別に親族以外とかそういう意味ではなく、当事者でないという意味を持っているの。」
「つまり?」
「つまりは、この事件に関わった人間は誰にでも聞いてよいってこと。」
「しかしだな、それは、この筆者はそんなの考えていなかったかもしれないぞ」
「それならその人に教えてあげてやればいいのよ、他人とはこういう意味だっていうことをね。それにそんなのがわからないでこの文を書いていたのなら、この筆者は文藝部員でないはずよ。」
何を言うんだこの人は。俺は一瞬そう思ってしまった。
次回で解決なんて言っておいて、解決しませんでした。すみません。
続き、手紙の問題解決は内容が頭に入っているので、今日か明日には書き上げられそうです。しかし、今日思いついた内容を今日思いつきで書いてみるのは、大変だと分かった一日でした。