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※残虐行為描写、流血表現があります

 

 ルミの声は水面を越えて届いたのだろう。


 ギャァギャァとかしましく騒いでいた人面鳥たちが、一瞬静まり返り、そしてさらに大きな声でわめき始めた。

 グェーだのギャァだのの合間にコンニチとかニチワだとか、どうもルミの挨拶を真似して繰り返しているような声も混じる。


 俺には中の一羽が舌なめずりをしているようにも見えた。

 あの鉤爪はどうみても凶器だし、ここは退散するのが無難だろう。


 ルミに声をかけようとして少し躊躇する。

 ひょっとしてまたあの<黒い花>で移動するはめになるのではなかろうか。


 それはごめんこうむりたい。

 というか、俺には移動能力はないのだろうか。


 その逡巡が……仇になった。


 突然、騒いでいた人面鳥の一羽が飛び立つと俺たちのほうに向かってきたのだ。

 体は人間くらいの大きさだが、広げられた羽は片翼目算2メートル以上。

 

 岩のうえから滑空するように来るそれに、俺は、ルミを庇うようにして立ちはだかる。

 なんで、武器になるようなもんなにも持ってこなかったんだろう。

 迫り来る鉤爪に俺は両腕をクロスさせて顔面を庇った。


 ゴォという風音と共に、まっすぐに突っ込んでくる人面鳥、その鋭い鉤爪が俺の腕にかかる。


 ザシュッという肉の切り裂かれる音と同時に感じたのは痛みより先に熱さだった。

「ってぇぇぇーっ!」

 思わず叫ぶ。

 腕を切り裂いたのは、後ろ爪だ。

 そのまま羽ばたいて飛び上がる人面鳥の「グギャァァァァ」という雄たけびには確かに嘲笑の響きが篭る。

 俺の腕からはたらたらと血が滴った。


「シンぃっ!」

 ルミが俺の声に反応して悲鳴のような声をあげる。


 振り返ればルミの足元にはぐるりと<黒い花>が出現しはじめていた。

 が、ルミの真後ろにいつのまにか回りこんだ別の人面鳥がいる。

 羽音がしなかった。

 ルミは気づいていない。


 このままでは<黒い花>での移動が間に合わない。

 最悪だ。


「ルミ!伏せろ!」

 叫びながら俺は跳んだ。


 正確にはルミを飛び越えた。


 そのままルミに迫ってきていた人面鳥に躍りかかり、翼のある両肩に拳を振り下ろす。

 跳躍によって加算された全体重を籠めて。

 「ギャァッ!」

 金切り声をあげてそいつが仰向けに倒れこむ。

 地面から砂埃が舞い上がった。

 振り下ろした腕で両肩を掴み、すかさず片翼を右足で力いっぱい踏みにじる。

 合成でもなんでもない。本物の翼だ。

 裸足の足裏に伝わる熱は生暖かい。

 どうみても、女性な顔と乳房をもつ生き物に、顔面に拳を叩き込むことを躊躇する。

 左の翼を踏まれても、鉤爪でおれのジーンズをかきむしってくるそいつは、化け物に間違いないのだが。


「シンぃ、鳥さんから離れて!一緒には運べない!」


 ルミがしゃがんだままそう叫ぶ。

 しかしそうは言われましても……


 頭上で羽ばたく音と喚き声が聞こえる。あとの二羽だ。

 この足と手を離せば向かってくるだけ。つまり今ひと…鳥質とりじちをとった状態だ。


「おまえだけ移動しろ。俺、あの黒い花にもう一回包まれたら死んじゃうわ」


 ぐはっジーンズが破れて鉤爪が直接足を傷つけ始めた。これはこれでヤバイ。

 軽口をたたいてる場合じゃない。

 腕のビリビリとした痛みも増してくる、だんだんと腹が立ってきた。

 女だろうがなんだろうが、ギャアギャアと金切り声を上げられるのも不愉快だ。

 

 苛立ちと、苦痛。

 焦燥と、嫌悪。


 急速に上がっていく体温、目がちかちかして、全身がむず痒い。


 

 ──ハヤクコロセ──



 どくん、と自分の心臓の鼓動が一度だけ大きくなった気がした。


「シンぃだって移動はできるはずなんだよ!」


 なんだか必死なルミの声が、すぐ近くにいるのに、だんだん遠ざかっていく……

 

 嫌だ。こんなのは嫌だ。嫌なのに。


 暴れる翼を踏みにじる足の下で、ゴキュっとくぐもった音がする。

 力が入りすぎて、人面鳥の肩骨が折れたようだ。

 鳥はギャァァァ!と叫びなお一層暴れる。

 ばさばさと羽が地面を打つ。


 ルミがまだ何か叫んでいる。


 俺の足はいつのまにか人間ではなくなっていた。

 鋭い爪。盛り上がった筋。

 砂埃すなぼこりの中見る間に様相を変えていく。

 

 ──コレガウルサイノデルミコエガキコエナイ──


 どこからか凶暴極きわまり無い声がする。しかし納得できる。これは俺だ。俺じゃない俺だ。

 人面鳥の肩から、押さえつけていた片手を喉に滑らせる。やわらかい、血の通った喉。

 気がついてみれば両腕も変化している。ぼこぼこと筋や腱が浮いて、太さも違う。

 そして鋭い爪。真っ黒な鋼鉄のように光る爪。細くもない指と同じぐらいごつい爪。


 そのまま人面鳥の喉に爪を食い込ませる。

 ブツッという感触と共に、人面鳥の喉の皮膚が破れ、勢いよく血が噴出した。

 俺の頬やそこらにぴしゃりと飛び散ったそれは温かく、生臭い。

 

 赤いんだな。


 ぼんやりとそう思った。


 金切り声は止み、人面鳥の喉からはストローで僅かな水分を啜るような、ズズッ ズズッという音が漏れる。

 俺の足を掻き毟る鉤爪も動きを弱めていく。

 目の前の生き物から、命が失われていく様がまざまざとわかった。


 事切れるまでしかし、力をゆるめることはしない。


 血が周りに水溜りを作りながら、地面に染み込んでいく。 

 俺は、生き物を殺す、という行為に、酔いしれている自分を自覚する。


 大量の血を流しながら、ガクガク、と最後に体を震わせ、すみやかに人面鳥は息絶えた。

 どうしようか。


 ──コレハクサイタベラレナイ──


 くさい?頭の中の声にめんくらう。

 そういえば?なにか匂う。鳩の糞が大量にあるような?

 鳥独特の?塵と生き物の入り混じった匂いがする。


 知覚した途端、匂いが鼻につく。血生臭さと、飼育小屋のようなそのほか雑多な匂い。

 断末魔の表情を留める死体から、身を離して立ち上がる。

 

 同時に背後と頭上に気配を感じた

 

「いやっ!」


 ルミの悲鳴と共に、人面鳥の一羽が頭上から急降下してくる。

 二手に分散された!


 羽音とともに迫る鉤爪を頭の上で振り払う。

 こいつの相手をしている場合じゃない。

 ルミの元へいかないと──



 しかし、かろうじて振り返った俺の見た光景は想像を絶するものだった。



 ルミの足元に咲く巨大な黒い花、それは移動の際に見たものとは比べ物にならないほど大きい。

 そしてその黒い花弁の下からは、禍々しい真っ黒な蔓が縦横に伸び、人の腕の太さほどあるそれが、

 一羽の人面鳥を捕らえていた。


 すげえ。


 思わず見とれてしまった俺は、自分が陥っている状況を忘れていた。

 完全に隙を作った俺の両肩に、容赦なく頭上しかも背後から鉤爪が襲い掛かる。


 ギリギリと食い込んでくる爪。

 痛いっつーの!

 思わず出そうとした俺の声は何故か、

 

 ──獣のような咆哮だった。

 

 肩に食い込む鳥の両足首部分を掴む。

 そのままうつむいて左右に割り開くように力を籠めた。

 

 びりっという俺のTシャツが引き裂ける音、人面鳥の爪が俺の肩を裂くグチャっという感触がして、

 鉤爪足が肩から外れる。

 俺の肩からはだらだらと血が流れて、背や腹に伝わる。

 続いてメキッメキッと頭上から筋肉繊維が裂けていく音がする。


 気にせずさらに鳥の両足をを左右に引く。


 ブツブツっと皮が破れ、肉の裂ける音がして、ギャァーという断末魔の金切り声が耳を叩く。


 バシャりと俺の頭が血飛沫を被った。

 ぼたぼたと何かやわらかい固形物も落ちてくる。

 

 羽ばたきはとっくに止んでいた。そのまま背に重たいものがぶつかってくる。

 両手に重たさがかかってくるのを感じて、手を離す。

 背後にグシャリと、大きなものが落ちる音がした。


 うつむいていたので、顔面が汚れるのは防いだが、頭と首と背中はどろどろと液体が流れる感触がして不快だ。

 自分の肩からの血なのか、人面鳥の血なのかわかりゃしない。 

 体を犬のように振るう。

 足元に肉片が落ちる。内臓だろうか。 


 背後を確認すれば、体下半分が無残に裂けた人面鳥の死骸。

 もうかかってくることはない。


 俺はルミの方へと足を向けた。


 相変わらず黒い蔓が、人面鳥を締め上げているが──


 花の上でルミが困ったようにふてくされているのがわかった。

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