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 俺とルミは魔界に来ていた。

 相変わらずのデタラメな空のピンクに、時刻を示さない巨大な月モドキ。

 ただし空気は素晴らしく澄んで、都会では味わえない自然の香気に満ちている。


 俺たちがいるのは、小さな池のようなもののほとりで、水面は何故か赤い。

 気味の悪い色だ。


 たまに気泡が浮かんだり、小さな波紋が広がったりしてはいるが、すぐさま化け物が出てくるような雰囲気ではない、 

 …と思う。



 そして俺はといえば、砂利の混じった砂地に、女の子すわりをして、グラグラする頭を抱えていた。


 酔ったのだ。


 理由はもちろんルミである。



 狐が去り、日没を迎えたルミは力を解放した。

 前回よりすさまじい威圧感プレッシャーも、相手がルミだとわかってしまえば、恐怖の対象ではなかった。


 ちょっとだけ土下座したいような気分にはなったけれど。


 

 何故かご機嫌な我が妹は、魔力の解放と共に、突然「しゅっぱつしんこー」と元気な声をあげた。


 泣いたカラスがもう笑った、と言う言葉を連想している暇もなく、

 俺とルミの足元に二つ<大きな黒い花>が咲き──

 ……逃げようとした俺は、花弁の間から伸びてきた、

 やはり黒いつる雁字搦がんじがらめにされ──

 閉じてきた花にすっぽり包まれた。


 暗闇の中で、錐揉み状態と、無重力落下を同時に味わったあげく、今こうして現在に至る。



 立ち上がれなくても仕方ないよね。



 よれよれになった俺を見て、ルミは嬉しそうにきゃらきゃら笑っている。


 遊園地にいくたびに、ルミのジェットコースターに付き合って、同じような目にあっている俺は怒りも湧かない。

 いやな慣れかたである。


 しかし、これはちょっとキツい。

 五回連続ビッグサンダー・マウンテンin平日よりキツい。


  

 あげくに裸足だ。


 ルミはといえばスリッパだ。緑の河童スリッパだ。


 非日常における緊張感の必要性について、とタイトルまで考えつつ、脳みそぐらぐらな俺は考えることを放棄した。



 さすがに中々回復しない俺が心配になってきたのか、ルミが近寄って来る。


「大丈夫?」


 原因はおまえだ。


 俺の背中側にルミが回る気配がして、なにか温かいものがふわっと張り付いてきた。


「ル、ミ──」


 今、力を吸われたら死ぬ。絶対死ぬ。



 そう、考えているのに、寄せ合った体から伝わる温かさが、


 首の後ろをくすぐる髪からの甘い匂いが、


 このこみ上げてくるどうしようもない幸せな気持ちが、


 ──血を、沸騰させていく──



「シンぃ。今は力をくれなくていいの」



 ルミのかぼそい声が俺を一瞬正気にもどす。


「全部わたしにあげようとしちゃだめ。お願い、イヤかもしれないけど、少しでいい……」


 ──わたしを、欲しいと、思って──



 囁くように言われたそれが、あまり理解できない。


 ルミを欲しいと思う?


 ──守ろうと思うのを、今はやめて、わたしを認めて──


 声にならない声で囁くルミ。


 俺が?ルミを?認めていない?


 どうして?


 頭に上った血が急速に下がっていく。


 

 ◆ 



 ぴたりと寄せ合った俺の背中とルミの体の温度が、少しずつ、なにか違うものに変化していき、ぐらぐらだった三半規管がゆっくりと落ち着いていく。


 心臓はばくばくと騒がしいのに、どこかで冷静な俺が、この光景をみている。



「シンぃの後ろにいるのは大好き。でも肩を並べて歩きたいときもあるの」



 やさしく、諭すようなルミの声が、俺の体に確実な力を呼び起こしはじめる。

 嬉しくて泣きたいような、でも笑い出したいような、

 本当に小さかった、二人の体格にまったく差のなかった頃の無邪気な気持ち。


 あたたかくて優しい、父さんと母さんのハグの時に感じたそれ。


 背中にいるルミから流れ込んでくるなにか、きらきらしたきれいなもの。


 色々ななにかが俺の後を押す。



「それには、もうちょっと背を伸ばさないとな」



 やっとの思いで、ルミに答えた俺の声は、



 ちょっとかすれた。


 





 信じられないぐらい頭がすっきりしている。

 体には疲れも何もなく、むしろあたりを走り回りたいような気分だ。



 寄り添っていた体を離し、俺とルミは、小さな頃のように手を繋ぎ、並んで池の側に座っていた。


 繋いだ手が温かい。ほわほわと暖かい力が通っているのがわかる。




 いつのまにか、みたこともない蝶が、ルミの指先にとまろうとしたり、頭の上に降りたりしようとしていた。ルミは蝶を驚かせないように、そーっと繋いでいない反対側の手のひらを伸ばして楽しんでいる。


 それを横目に、さっきくっついてたときに起こったことについて、俺は少し考えようとしていた。


 俺は「哺乳瓶」だと大おばあちゃんは言っていた。

 多分それはルミの封印の解けた最初の夜のことを指す。


 色ボケしてルミの足を舐めまわした俺は、そうとは知らず自分のなかにあるものをルミに譲った。

 多分、それが俺に望まれた役割だったろう。

 でもさっき起こったあれは、ルミの中で大きくなった力が、自分の中に戻ってくるような感触だった。


 俺の体感でしかないが。


 横にいるルミの圧倒的な力はまったく減っていない。初日の俺と似たようなことをしてくれたはずなのにである。


 それは俺の気持ちが一方的であったことと関係が──



「グギャァ」



 突然頭上を金切り声と共に大きな影が横切った。

 俺は咄嗟にルミを庇って地に伏せる。

 ざんっという風の音と共に、ばさっばさっと大きな羽ばたきの音が遠ざかっていく。


 ───なんだ?


 伏せなければ、確実にぶつかってきていたその気配が少し遠ざかるのと同時に、伏せていた顔を上空に向ける。


 ……鳥?なのか?それにしてはデカいような?


 池の反対側、今まで目に入っていなかった大きな岩の上に、謎の飛行物体が着地する。


 人?じゃない。


「くるしっ」


 おっと。


 ルミが俺の下から顔を真っ赤にして這い出してきた。


「びっくりしたぁ、ってなにあれ」



 聞くな。俺も知らん。



 岩の上にいる生き物は人間と鳥が混ざり合った生き物だった。




 くすんだ茶色の髪を振り乱し、ギラギラとした眼をもつその顔はまごうことなき人間の女性だ。

 しかし本来人の腕がある場所には、大きな翼があり、下半身を覆う羽毛から飛び出ている足は、完全に鳥の形をしている。

 おまけにその鉤爪ときたら…


 ──さっき頭の上をかすめたのアレか……


 まるで、出刃包丁が前に三本後ろに一本そのまま備わったような鉤爪だ。

 一歩間違えばスプラッタだった。


 そしてなんだあの乳。

 鳥だけに鳩胸ってか。

  

「シンぃ。なんかたくさん来た」


 ルミの声に眼前の生き物(の胸部)から目をそらす。


 離れた場所から、同じような生き物が、二羽、三羽、と飛んでくるのがみえた。

 鳴きかわすその声は、醜悪で耳をおおいたくなるほどだ。


 次々と正面の岩に降り立って、お互いにぺちゃくちゃと話すような仕草をし、こちらを見ては「ゲェーゲェー」と笑うようなそぶりをみせている。


 やはりデカい。人間と同じくらいの大きさがある。

 なにがって。もちろん体の大きさと言うか、そのなんだ。

 メロンがいっぱいって俺は何を考えているんでしょうか。


 わんこ少女のは照れて正視できなかったのに、あまりにも立派なそれからは目が離せないだなんて、俺は変なところで正直な17歳である。

 

 そんな俺の思惑をよそに、ルミが隣から立ち上がる。


「こんにちはぁーっ」


 ルミが、少しはなれた人面鳥にむかって声を張った。


 

 うん。礼儀正しいのはいいんだけどさ。なんか俺としてはすごく嫌な予感がします。

 

 これは当たると思う。当たらなくてもいいけど。…当たらないといいけど。

  







※ビッグサンダー・マウンテン=某ねずみーらんどの、ジェットコースター好きには「たいしたことのない」アトラクションのひとつ。


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