6
前話とくっつけるべきでした。
短いですがとりあえずこのまま。
「でも困ったなぁ」
へ?
ルミがその綺麗な形の眉を寄せている。
「実はフギンさんとテーちゃんが来る前に、もう今日の予定は決めちゃったんだよね」
なんですと!?
俺は驚いてルミに目をやる。
「なにーっ!?」
これは鴉だ。いちいちリアクションが大きい奴だ。翼を両側に広げている。
なんだか鴉が大げさすぎて、俺の驚きは目立たなくなってしまった。
「だから、フギンさんの言ってた、──誰だっけ?」
「翼あるものの長、クンサルダカールに連なるものの末子、六枚羽のマナナディン・バト・イユ様だなー。覚えろよ!」
覚えろとか……無理だろう。そのまま繰り返すのも危うい。
だいたいなんで横文字カタカナ苗字アリ二つ名持ちなんだ。
鬼とか悪魔でいいじゃないか。
「と、テーちゃんが言ってた……?」
「鬼神の貴公子にして、ヴェントの名手、博識であることが魔界に知れ渡っておられる、イェンス・フェーンストレム殿だなー。おまえら魔力ないうえにバカなんだなー」
バカとかそういう問題なのだろうか。
だいたい、狐の方はそんなに大げさな言い方しなかったし。
俺にはこの鴉と狐の名前すら無理なんだが…。
なんだかルミもあんまり覚える気はなさそうで、ちょっと安心した。
「そうそう、そのマナナンさんとイェンさんにちょっと相手を替わってもらって、二人がお互いに戦えばいいよ」
おおっ?
ルミはそう言ってのけると、いいアイディアとばかりに手をぱん、と打ち合わせた。
バカだと言われたことはスルーだ。
「なにバカなこと言ってんだ!しかも名前まったく合ってねーし。…そんなの無理に決まってんだろう?テウメッサ!起きろ!」
鴉がばさばさ翼をはためかせて暴れ始める。
うぜー。
しかし狐が起きることには賛成してやろう。早くそこをどけ。
「だってわたしたち先に予定決めちゃったもん。すっごく有名なその人たちの今日を無駄にしちゃダメでしょう?」
続けて、テーちゃん起きて、とやさしく狐の背を撫でながらルミが言う。
狐が身じろぎをして、くあ、とあくびをしながら起き上がった。
いい気なもんだ。
「テーちゃんの伝言主さんは、場所はおまかせって言ってたし、フギンさんの伝言主さんは、イミポフってとこをを指定してたからちょうどいいよ」
順番とか気にしそうな人たちでもないし。とルミは誰に言うでもなく小声で続けた。
「誰が先に申し込んできたんだ?あ?」
鴉がちんぴらだ。
なにか興奮して狐の尻尾を突っつこうとして嫌がられている。
なんだかな。こういうところは鴉っぽいな。
ついでのように俺にもガンをつけてくるが、やっぱり展開についていけない俺は黙っていた。
「そんなの決まってるじゃない。ここにいるお兄ちゃんとわたしでどっちが強いか決めないと!」
えーっと……。
聞いてないし。
ルミは平然としている。
「なるほど。それもそうなの」
起き上がったばかりの狐が、納得したように会話に割り込んできた。
鴉はショックを隠せない様子で、下を向き、それから上を向き、その場をぐるぐると回り始める。
「カルーベルは結束があるし、いつも女性が強いから、あなたが出るのかと思ったけど、そんなにこっちの人狼と魔力の質に差がないの。むしろ似てるの。あなたも魔王になりたいんだね?」
狐がルミから俺の方を向いて質問をしてくるが、俺はぽかーんとしていた。
俺と?ルミが?なんで?
もう決めたじゃん?
じんろう?魔王?
誰がよ?
「なりたくないやつがいるわけねーもんな。そうか。じゃあオレはフェーンストレム家に飛ぶとすっか。ほんといろんなとこに飛ぶ日だなー」
鴉が独り合点している。
うん。こいつはほっとくとして。
俺は再度ルミを見やる。
人差し指をたてかわいく唇にあてて、ルミもこちらを見ている。
瞳がいたずらっ子のように輝いている。
何も言うなってことか……。
学校で俺だけが、ルミを妖精呼ばわりしてこなかった。
が、ルミと出会ってまもないこいつの同級生は、何か俺のわからないルミに気づいてたってことなんだろうか。
今のルミの様子は、まさにいたずら好きな妖精だ。
ティンカーベルというよりパックだが。
「じゃあオレはいくぜ!しっかし最初からすごい対戦になっちまったなー」
鴉がまたクオクオ言ってる。
だからそれは笑ってるつもりなのかと─。
人の話を聞かない鴉は、よちよちと部屋の壁まで近づいて、壁をこんこん嘴で、突っついた。
壁に黒い霧が渦を巻き始める。
どうもこの黒い出入り口が開き始めると、鳥肌がたつんだが……。
ルミと狐と腕をさする俺に、
またなー、と能天気な声を残し、鴉は黒くなった壁の中に姿を消した。
鴉を飲み込んだ穴は瞬時にして閉じる。
騒がしい生き物が去った部屋に沈黙が落ちた。
鴉が、またな、と挨拶をしたことに、心の中で「二度と来るな」と返して、俺はもう一匹の訪問者のほうに視線を戻す。
狐もこちらをみている。
そういうえば魔王になりたいのか、と問われたんだったけか。
どうすっかね。
「テウメッサは、人が指を口にあてる意味をしってるの」
俺をみながら、ぽつりと狐がもらす。もれなく尻尾の動作つきで。
「でも面白いからマナナディンのところへ行くの」
言いたいことだけを言ってこちらの返事も聞かず、その場で狐はとんぼをきった。ぱっと姿が消える。
えらく鮮やかだ。暗闇が湧く気配はわずかで、小さく、ベルや鴉のように大げさでない。
子供のような物言いと、その動作がちぐはぐで、俺はすこしめんくらった。
なにはともあれ、部屋には俺とルミの二人きりである。
日没は間近だ。しかし、ひょっとしてひょっとすると、今日の戦いは免れたのでは。
先程の、人差し指の動作も気になっていた俺は、ルミに声をかける。
「ルミ──」
「はぁ……。狐のテーちゃん、かわいかったねぇ……」
ルミが、心からさみしそうに言った台詞に、
脱力した俺は言葉を失った。
場面的にここで切ります。
※ パック=「真夏の夜の夢」という戯曲に出てくるいたずら妖精です。