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どんどん予定がずれこんでいくよ

 部屋に戻った俺は時計を睨みつけている。

 刻々と時は過ぎていく。



 ──呼べっていったのに。


 もう十回は着替えられるくらいの時間が経っている。多分。


 日が暮れてしまえば、ルミがやることなんてわかっている。

 あいつは有言実行派だ。


 本当に俺を昨晩みたいにへろへろにして自分ひとりで出て行くだろう。


 気持ちがイライラして高ぶる。

 えらく簡単に自分の体に変化が起きそうな気配だ。


 今までだって興奮することはあったのに。

 手や足が変わることはなかった。


 気になる。でも誰も教えてはくれない。

 

 家の中にいるのは俺とルミだけだ。

 父さんも母さんもばあちゃんズもベルも大おばあちゃんもいやしない。

 どうなってるのかわからないが、本気で俺ら二人だけにやらせるつもりなんだろう。


 もしくはさっさと負けて帰ってこいってことなのか。


 そっちのほうがありそうだな。


 だとすれば俺の役割はなんだ。

 

 大体誰と戦うのかもわからないとか。いまどきジャンプでもそんな展開じゃねえよ。

 

 と、くさくさした考えを弄んでいた俺は、突然、鳥肌がたつような気配を覚えた。


 

 ──ッ



 悲鳴が聞こえる。

 ルミの部屋だ。


 

 




 自分の部屋の扉を蹴りあけ、ルミの部屋の扉を引きちぎるようにして踊りこんだ俺の目に映ったのは──

 


 狐だった。


 正確に言うと子犬サイズの仔狐だ。


 目をしばたたかせるが光景はかわらない。ルミの部屋の真ん中に狐が出現している。


 仔狐がこちらを見上げる。そして首をかしげた。


「なん「かわいいーーー」


 俺がなにか言おうとするのをさえぎって、ルミが叫んだ。


 仔狐に向かって両腕を差し出す。どうするつもりだ。どうみてもあやしいだろう。


 しかもなんだ、その無防備なふわふわした白いTシャツとキュロットは。

 これからどこで、何すると思ってるんだ。


 俺はずかずかと狐とルミの間に割ってはいろうと──

 

「やあ、ほめてくれてありがとう」


 俺は二人(一匹と一人)の間に踏み込もうとする形のまま固まった。


「こっちでの「握手」はしってるけど、ちょっとこのからだでは難しい。「お辞儀」で許してね」


 仔狐は前足を揃え深々と頭を下げる。


 ルミがそれをみて声もなく身もだえする。どうしたんだおまえ。


託狐ことづけぎつねのテウメッサだよ。このたびはカルーベルのお子様に言伝を持ってきました」


 どうみてもケモノな口からすらすらと日本語が放たれる。変だ。


 鼻やひげがぴくぴくしている様も、大きな耳も偽物にはみえない。しいていえばちょっと毛並みが赤い?か?


 胸は背の色と対照的に真っ白で、ふわふわしている。


 「喋る狐」に、全然対応しきれず、仁王立ちで固まった俺を、ベッドに横座りしているルミが、服の端をつまんで、ちょいちょいと手で引いた。


 つられるように隣に座り込む。


「もう一人はいないんだね。どこにいるの?場所がわからない」


 尻尾を上下にぽすんぽすんと振り立てながら仔狐が言う。


「わかんない。でも伝えるよ?それじゃだめ?」


 ルミがかわいい声で平然と言葉を返す。


 駄目だ。俺だけが毎回ついていけてない。


 ルミの言葉に、仔狐が思案するように前足でひげをなでた。


「ううん。一人でもよかったし。じゃあ伝えるね──」


 気を取り直したかのように仔狐が話し出した時だった。


 またちりちりと体の皮膚があわ立つような感覚がしたかと思うと、部屋の空中に黒い気流が渦巻きはじめる。


 俺はとっさに立ち上がり、ルミを背後に身構えた。


 音もなく見る間にぽっかりと黒い穴が空中に浮かび、ばさっばさっと羽ばたく音がする。



 今度は、鴉が、現れた。


 

 鴉は飛び込んできたかと思うと、突然もがくように羽ばたきながら、「グワッ」っと叫んでうまく飛べずに落ちた。

 ギラギラと光沢をおびたくちばしに、するどそうな鉤爪、普通の鴉よりも三倍は大きな体。


 どうみても仔狐よりは危険なそいつに、俺は身構えを解かずに対峙する。


 鴉はバシッと翼を床に打ちつけながら、何か罵るように早口に口走り、そして、ハッと何かに気がついたように周りを見渡す。

 俺やルミ、仔狐が目に入ったようだ。


 突然、鴉は身じろぎ、頭をこちらに向けて立ち位置を直し、翼の先を湾曲させてくちばしの側までもって行き、

「コホン」と咳払いをした。


 それは、えらくコミカルな動作で、どうみても着地の失敗を誤魔化すような仕草だった。


 あっけにとられながら、俺は、鴉が咳払いしたことが、何故か狐が話すことよりショックが少ないななどと考えつつ、脱力してそのまま、また、ルミの横に腰を下ろす。敵愾心てきがいしんもどっかへ行ってしまった。

 どうせこいつも喋るんだろう、と思いながら。





「つまりどっちも「決闘」の申し込みなんだ」


 ルミののんきな物言いを、鴉と仔狐が肯定する。


 鴉の名前はフギンと言うらしい。別に伝言は仕事でないが暇なので引き受けたんだそうだ。

 そしてこの一匹と一羽の言伝は、それぞれ別の相手からのものであり、ここでブッキングしたと。そういうことらしい。


「問題ねーだろう、ちょうど二人いるんだ。二人がそれぞれのとこに行ってくれれば、オレもテウメッサもお仕事完了だ」


 このくだけた物言いは鴉の方だ。予想どおりというかなんというか日本語ペラペラだ。

 しかしやっぱり言葉を話す狐、より言葉を話す鴉、のほうが何故かしっくりくきてしまう俺だった。


「オレはカルーベルの息子とも娘とも聞いちゃあいねー。まあ、どっちがどっちに行っても結果は一緒だろうしなー」


 あんまりこいつらと話したくはなかったが、何か考え込んでいるルミの代わりに俺が口を開く。


「結果が一緒ってどういうことだ?」


「おまえらがこんな赤子みたいな年齢だなんて、先方さんも知らねーだろうが、まあ、要はペロリと食われちまうだろうってことさ」


 鴉は体を軽くゆすってクオクオと変な音を立てた。ひょっとして?笑っているのか?

 わかりにくい。

 

 そしてそれ以上に気になることがある。

 尋ねるべきかどうか俺は迷った。


「へぇ?知らないんだ」


 考え込んでいたはずのルミが、さりげなく、鴉に水を向ける。


 鴉がじっとルミを見る。

 俺が気になったのもそこだった。

 鴉が言葉を続ける。


「おまえらこっち生まれだろう。まだどうみてもちびっこじゃねーか。カルーベルに赤ん坊が三人もいるなんて、オレは知らなかったぞ」


「なんでわたしたちのこと知らないのに、ペロリなの?」


 ルミが無邪気に尋ねる。

 

 知らない大人に話しかける時の、ルミの技が発動しているのを俺はありありと感じた、が果たして鴉や狐に通用するのだろうか。


「そらおまえら魔力全然足りなさそうだし」


 この鴉は、ルミの封印のことを知らないのか?


 鴉はべらべらと話をはじめた。


 いかに自分に言伝を頼んだ相手が、魔界では有名で強いか、ということ。

 狐のほうが言伝を運んできた相手も噂だけは聞いていること。なんでも若いが優秀で一族から可愛がられているらしい。

 

 俺はなんとなく勘違いしていたが、結局各家〔最年少者から数えて三人目〕まで継承権争いに参加できる、ということは、うちのようにルミが候補、と決定することではなく、同じ一族であっても魔王になりたいと望むものが重なれば、それは争う理由になるのだ。


 五つの大公家と呼ばれる家同士の戦いであるが、狐と鴉に言づけた家以外は、特に一人の下に結集しているということではないらしい。


 カルーベル家で有名なのはナオミ様、つまり俺らの母さんであり、まず〔最年少者から数えて三人目〕の中にナオミ様が入っていることは間違いない、との予想の元に、狐と鴉は走らされ、母さんの下に行ってから、こちらに行け、と、たらいまわしにされたらしい。



 そんな話の中、気がつけば仔狐はルミの膝枕でくうくういびきをかいて寝ていた。



 しかし鴉の魔界ゴシップは止まらない。ルミがうまく相槌や合いの手をいれるからだ。

 

 話は前魔王の退位の理由にまで及び始める。

 異世界にも地球のようなリゾート地をつくろうと、前魔王は戦争をふっかけ、どうも異世界の勇者にこてんぱんにのされたらしい。

 前魔王の退位はそんなばかばかしい理由だったのである。

 

 そのせいで各大公家でも、大きな力を持つ者は、前魔王の頼みと盟約により、傷つけた異世界を修復したりする、いわゆる戦争の賠償をしている最中らしく、なんとうちのばあちゃんズはこっちに駆り出されているのだ。

 


「おまえら自分の家のこともわかってねーのか」


 呆れたように言う鴉を、ルミはただ「ふふっ」と軽く笑ってかわした。

  

 俺?俺は狐が羨ましくてじっと睨んでいました。







テウメッサ=原典はギリシア神話から。

「何人たりとも捕まえることが出来ない狐」という神話上の設定から伝言狐として登場してもらいました。


フギン=原典は北欧神話から。

wikiにもあるのですが、神様の言うことを聞かずにふらふらしているおしゃべりなカラスというイメージから登場してもらいました。

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