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2/16

初投稿です。

こんな感じでいいんじゃないか?という現時点での手探りを形にしてみました。










 


 朝っぱらだというのに暑い。いや熱い?のか。

 まだ朝七時だというのに完全に目が覚めた。

 何だろう。変なプレッシャーを感じる。猛暑がせまってくる気配だろうか。

 寝巻き代わりのTシャツがじんわりと汗ばんでいるのだ。


 近いということだけで選んだ学校は、八時半に家を出れば間に合う。

 今日はシャワー浴びてから出よう。余裕だ。この時間なら誰も風呂なぞ使わない。


 部屋にわだかまる熱を振り払いたくて頭を軽く左右に振る。のろのろとベッドから体を起こす。

 とそこで、部屋の外からさわやかなかわいらしい声がかかった。

「シンぃ?起きてる?」コンコンと同時に軽くノックをしてくる。

 妹のルミだ。シンとは俺の名前である。

「お?おう」反射的に返事をしてしまう俺。起こしに来てくれるなんていつぶりだろう。

「母さんが呼んできてって」

 台所にみんないるから。

 残りの台詞は歩き出しながらだったのか。パタパタと軽やかなスリッパの音をさせながら声が遠ざかっていく。


 数年前まではノックもせずに扉を開けて、寝ている俺にフライングボディアタックをかましてきた妹が変われば変わるものだ。まあ。今は「妖精姫」様だしな。

 しかしルミのおかげで妙なプレッシャーが弱まった気がする。


 ありがたいようななんとはなしにさみしい気分を味わいながら、俺は台所に行くためにもそもそとハーフパンツを身につけ始めた。ああそうです。俺はシスコンです。



 


「は?へ?」

 思わず声が出てしまった。台所に辿り着いた俺を待ち受けていた光景は、正月にも見られない「一族全員大集合」の図であり、こんな猛暑の六月にみられるはずのないものだった。

 群馬県にいるはずに大じいちゃん、大ばあちゃん、(一般的に言うところのひいじいさんにひいばあさん)北海道にいるはずの父方のばあちゃんに、岡山県にいるはずの母方のばあちゃん。

 荒門あらかどさんちに婿に行った兄貴にその嫁さんのキリエさん。まあこれはお隣さんなのであるが。


 もちろんこんな大所帯が台所一室に収まるはずもなくキッチンに隣接するリヴィングとの仕切り戸は取っ払われて、皆が思い思いの場所に座っている。


 みんなの中心、背もたれの大きい、迫力のある椅子に腰掛けているのは大ばあちゃんである。というかその椅子はどこから来たのでしょうか。どうみても俺んちのものじゃないですよね。


 ルミは大ばあちゃんの足元のクッションにかわいらしくちんまりと座っている。16歳になられる我が妹は、そんな風にしていると中学生くらいにみえて、なんだか俺は色々心配です。

 兄貴とその嫁さんは二人がけのソファに。母さんと父さんとばあちゃんズは食卓に。ひいじいちゃんと、誰だか知らない人が各々一人がけのソファに。


 どうも俺は乗り遅れたらしい。その場の雰囲気に飲まれながら椅子を探すが空いてない。

 知らない人の名前も聞ける雰囲気ではない。というか何故外人が。外人だよね。アレ。


 母さんと大ばあちゃんにギロリと睨まれ、俺も食卓の椅子を確保している父さんの側にあわてて体育座りで座り込んだ。ケツが痛い。床はフローリングである。何故か胡坐をかく余裕はない。いや何故だ。


 俺が座り込むのを目で追っていた大おばあちゃんが声を発した。

「ふむ。よく育っているね」

 張りのある低い声だ。おん年何歳だったろうか。忘れた。単細胞の俺が覚えているのは一個下の妹の年齢と誕生日と身長と体重だけである。


 なんだろう。ひ孫が育ってる感慨ではない、なにか値踏みのような?ペット?ブリーダーが売りに出す子犬にかける言葉のような?

 どういうことでしょうか。俺はこのひとからしたらかわいいひ孫じゃなかったでしょうか。

 あったのは十年ぶりくらいだけど。


 側にいる父さんが、小さく息をついた。なんだかつらそうだ。というか俺もつらい。なんだろうこの重苦しいプレッシャーというか雰囲気は。


「まあサルミスラの哺乳瓶ぐらいにはなるだろうよ」

 大ばあちゃんが俺に目を据えたまま言葉をついだ。


 え?俺哺乳瓶???ほにゅうびん???何それエロい……というか「さるみすら」って何?




「ベル、始めなさい」

 大おばあちゃんがあごをしゃくった先は、大おじいちゃんの側にいる見知らぬイケメンにである。

 ん?ベル?ベルというのはうちで飼ってるエアデールテリアであり、茶色い巻き毛のイケメン外人さんに呼びかけるにはちょっとおかしい。毛色は似ている。というかベルはどこだ。


 その前に「俺=哺乳瓶」の話はどうなった。

 俺はこのどうにかなりそうな重苦しいプレッシャーの中、口を開こうと──

したところへ、スッと肩に手を置かれ、途端に俺の口はぴったりと閉じた。

 俺の右側にいる父さんの手だ。なぜだかどうしてなのかわからないが俺は口が利けなくなった。体も動かない。早朝から金縛りだ。


 イケメン外人がソファから立ち上がり、俺にチラっと目を向けて…眉を寄せた。

 なんなんだ。そのかわいそうな生き物を見るような視線は。

 我が家の愛玩犬と名前が一緒なのはお前のほうである!

 俺も動けないなりに目で問いかけるが、奴は目をそらし、大おばあちゃんに一礼すると、わざとらしく咳払いをしてから、話し始めた。



「それでは、確認してまいりました、王位争奪戦にあたっての注意事項を述べさせていただきます」


 うむ。どうみても外人さんですが流暢な日本語で…いやいやいやいやツッコミどころが多すぎるわ誰か。誰か俺の代わりに何か言え!!王位って何?!


 はい誰も突っ込まない。静まり返ったリビング&キッチンにベルさんの声が続いていく。


「先日、自主的に退位をなされた第11代魔王であるイシュヴァルト様よりの布告により、次代の魔王の座は、六大公家で争うことになりますが、イシュヴァルト様の御生家であるハミアス家は参加なさいません。残り五大公家で覇権を競うことになります。参加資格は五大公家に連なるものであり、各家〔最年少者から数えて三人目までです〕。当家カルーベルで資格を持つのは、ハルノヴァック様、シンゼラート様、サルミスラ様であり、他にはございません」


 ハルノヴにシンにサ「ルミ」スラね。どっかの三兄妹に名前がすっごく似てるね。うちの苗字は軽部かるべであってカルーベルとかいうチーズ臭い名前じゃないけどね。

 俺は体育座りの状態からピクりとも動かず(動けず)いじけていた。さっぱり話がわからん。というかわかりたくない。哺乳瓶疑惑も気になる。


「そしてハルノヴァック様とシンゼラート様には「ちから」はございますが、皆様ご存知の通り、「魔力」がほとんどございません。当家が担ぐのはサルミスラ様だけになります。ここまでの説明に、何かご質問はあるでしょうか」


 ベルさんが、いったん言葉を切った。あーなんだかベルさんが犬のベルに見えてきた。俺目がおかしい。

 そうね。力持ちだよね。俺。兄貴も。腕力に物を言わせて妹にたかる虫をちぎっては投げしてきたもんね。

 なんだかな。さっきから家の外の物音がいっさい聞こえないんだが。どういうことでしょうか。


 それに質問したいというより体の硬直が痛い。特にケツが。


「ベルさんはベルなの?」

鈴を振るような声がして皆の視線が大ばあちゃんの足元に注がれる。


 もちろんそんなかわいらしい声が出せるのはルミだ。というか質問そっちか。まあ気になるが。


「はい左様でこざいます。サルミスラ様」

 ベルはそう言いながらルミの前に片膝をついた。もしかしたら大おばあちゃんの前に膝をついたのかもしれない。まあどっちでもいい。彼は高校二年生でしかない女の子の前に跪いたのだ。大の大人が幼い少女の前に大真面目に跪く。へんてこな光景だ。

 あげくにベルさんがベルなんだってさ。なんかどうしようもねーな。何言ってんだ。お手でもしろ。


 俺は、ただただ自分の妹が「魔王候補」であることが前提で場が進むことに、どうしようもなく混乱していた。




 ベルさん=ベルは立ち上がり説明を続けた。


 覇権争いは日本時間の七月一日、深夜12時を持って始まるということ。

 戦ってもよいのは深夜12時から朝の4時までの間だけであるということ。魔界の中だけに限るということ。

 その四時間の間、候補者は絶対に魔界にいなければならないということ。

 競合相手を殺すか、継承権を辞退させることが勝利条件であるということをざっくりと説明した。


 戦う時間に制限があるのは今回からだそうだ。前回の争いで魔界はひどくダメージを負ったらしい。

 ダメージ軽減のための措置は退位した魔王が考えたものだという。


 うーん。なんのこっちゃ。


 ベルは説明を終えると、

「それではお飲み物を準備いたします」と告げてキッチンに向かった。彼の役どころはなんなんだ。

 長い長い説明の途中で(ケツの痛みのせいで)現実逃避しかけた俺も、大の大人が何人も早朝から集まっている現状には、ジョークのかけらも感じられず、首をかしげるほかない。まあ首は動かないんですけど。

 さすがの俺も今の体の硬直が父さんのせいだというのはわかってきた。いつ開放してもらえるんでしょうか。 

 父さんは秘孔をついちゃったりしちゃったりするひとだったのかな。


「さて」

 重苦しい声がリヴィングに落ちる。

 来たよ!来ちゃったよ!何が!大ばあちゃんだよ!


「キリエの所へ婿に行ったからには、ハルノヴァックは話についてこられているね」


 もうなんか声にドスがきいてるっていうか怖えーーよこの人。そしてソウナンデスカ…お兄様。

 確かめたい。ああ確かめたいが俺の頭が向いている角度からは兄貴の様子はわからない。

 そしてヤバイ「ハルノヴァック=兄貴ハルノブ」が今刷り込まれた。俺に刷り込まれたよ!

 しかし大おばあちゃんはただふむふむといった感じでうなずいている。


「哺乳瓶はまあしかたないだろうね」


 ソレハオレノコトデスカー?俺名無し?いや無機物?


「哺乳瓶と条件はそう変わらなかったろうが、サルミスラ、お前はえらく落ち着いているねぇ」


 うおおおおお俺の妹はサルがなんとかじゃねーーー!!ルミだ!留美!

 俺の叫びは発せられることなく、頭の中でただ響く。


 哺乳瓶呼ばわりより、何より、俺は、ただ、俺の妹が、ルミが、なんか違うものだ、と断定されるのが、いや決定されるのが、イヤ、だ……


 何だろう脳がぐつぐつ煮えたぎっていくような、体の筋がブチブチとちぎれていくような、変な、俺は…俺は……


「ん」

 そこへなんだかフウンとクフンの間ぐらいの、独特にかわいい相槌が聞こえて、その場にいながらにして、どこかへ行ってしまいそうだった俺は気を取り直した。

 単純ですか。そうですね。もちろん呼び戻してくれたのはルミの声である。


「結構前かな?自分が人間じゃないみたい?って思うことはあったの」

 

 うん。ルミは人間じゃないみたくかわいいよな。

 学校では「妖精姫」呼ばわりされてるしな。


 大おばあちゃんはルミに目を据えている。まあ俺もだけど。


「そんな、シンぃやハルぃみたいなわかりやすいバカぢからとかじゃないよ?」


 ルミよ。なんだその暗に俺とハルの兄貴は人外ですみたいな言い方は。俺傷つくよ?拗ねるよ?

 思い出しながら話そうとするせいかルミの視線はさまよっていて、俺には捉えることが出来ない。


「去年の学園祭で、一年生はお芝居をしたの。わたしは、空を飛べる役だったんだけど……ところどころ本当に空を飛んじゃったんだよね」


 おっと。そうだったのか。お兄ちゃん全然気がつきませんでした。ちなみにルミはティンカーベル役でした。「妖精姫」と呼ばれ始めるきっかけであり、そして二年生になっている今、絶大な人気で生徒会長になってしまった原因でもある。ピーターパンは誰だったかな。忘れたいのに思い出せないようなこのもやもや。


 と、相変わらず頭の向きすら押さえ込まれている俺の視界に長い脚が二本ドーンと──


「おや、シンゼラート様はまだ動きを封じられているのですね」

 これは、ベルさん=ベルか。ちっ足なげえな。まあエアデ-ルテリアはスタイル抜群だからな。

 ああ、なんか俺ベルさん=ベルを認めてる。

 彼は人数分の飲み物を準備してきたようだ。

「四人がかりよ」

 それまで黙っていた母さんが、ベルが淹れてきたのであろう紅茶に手をつけながらぽつりとつぶやいた。

 なんですと。俺に手を置いているのは父さんだけですが?

 食卓についているばあちゃんズが二人してほぉ、とかふぅとかため息をつく。

 これはどうも紅茶を飲んでついたため息ではなさそうで。

 ばあちゃん達!ひどい!よくわからないけど! 


「ちょっとこの子は時間がかかりそう。後回しにしましょう。キリエさん、寝かせてしまってくれない?」

 また母さんの声がする。なんでキリエさん?

 さらさらと衣擦れの音がして、ベルとキリエさんが俺の目の前で入れ替わる。

 目の前にキリエさんの迫力ある美貌が現れ、目が合った──と思うまもなく俺は意識を失った。




 背中が冷たい。痛い。ケツの次は背中か。

 頬をやわらかな風が嬲る。風?なんで?

 目が覚めた。そしてここは外だ。外だがどこだ。空がちょっと紫がかったピンクだ。月?月のようなそうでないような?真っ白な大きな球体が空に浮かんでいる。

 昼ではない。夜でもない。ぼんやりと明るい明け方のような夕方のような?

 半身を起こすと、俺はでかい豆腐のような真っ白い石のベンチ上にいた。


「起きたのか」

 後ろから声がかかる。ふりむけばそこに兄貴と、キリエさんが立っていた。

 二人以外に人の姿はない。


「シン君、ごめんね」

 キリエさんも口をひらく。

 ふんわりと風が吹き抜ける。足元の草がさらさらと音をたてる。ここは小高い丘の上のようだ。切り開かれた丘のまわりを鬱蒼とした森林がとりまいている。


 近づいてきた二人が俺をはさむようにしてベンチに腰をかける。

「こちらにも居住スペースはあるんだが、おまえが暴れるとちょっとな」


 兄貴は普通に話しかけてきたが、俺は、何か唐突に言いたいことがどっと胸にあふれて言葉にならない。

 こちらってどちら、とか、俺が家で壊したのは階段の手すりと台所の床だけだとか、(学校で壊した色々なもののことはバレてはいないはず)キリエさんなんでそんなドレッシーなんですかだとか。かろうじてそのとりとめのない思考の最後をつかみとリ俺は言葉をつむぐ。


「キリエさんって女王様?」


 兄貴が容赦なくゲンコツを俺に落とした。痛い。





 まあ、なんというかそれからの兄貴とキリエさんの話は長かった。

 驚くべきことはいくつもある。

 ここが魔界であるということ。うちの家族もキリエさんの家族も人間でなく、「地球」というリゾート地で遊んでいる魔族で、しかも六大公家というものにに数えられる、大公家の一つであり、力のある貴族階級であるということ。しかし、力のある魔族の子供は感性が身につき、器が育つまで、力を封じられているのが普通なんだそうだ。


 兄貴はしかしキリエさんに見初められ、本来魔族としては、結婚するような年齢ではないのだが、「婿入り」ということで、色々説明を受けて、キリエさんちに入ったらしい。

 

 らしいというのは、兄貴の年齢に問題があった。兄貴の保護者は今も俺たちの父さんと母さんであり、キリエさんと兄貴は魔界では単なる恋人同士で、なんだかいろいろ複雑なんだと。


 兄貴がきっちり結婚できていたら、兄貴の代わりに父さんが「最年少者から数えて三番目」になるのだが、それでもルミが魔王候補であることには変わりがないのだとか。

 うちの家系の男子には他人に影響を及ぼす「魔力」がない、そうだ。


 これらすべての説明を受けなくてはいけない理由はただひたすらに前魔王の退位。


 突然であり、突飛であり、突発であったそれは魔界をまさに大混乱の渦の中に落とした。


 そして大事なのは「サ<ルミ>スラ」の意思。


 そう、我が家のお姫様、俺の掌中の珠、俺の学校の妖精姫にして生徒会長であるルミは、さきほどの一族会議の中、言ったらしい。


「魔王になってみたい」と。


 日本時間の、今日の、日の入りからルミの力は解放される。これから毎日。そして日の出とともに、封印が作用する。

 もともと四十年は作用するはずだった封印の限定解除なのでそんなことになったらしい。


 17年しか生きていない体で高魔力のコントロールは難しい。


 あと二日たらずでライヴァルを抑えこむだけの力とそのコントロールを手にするのに必要なのが、俺の役目である哺乳瓶。

 

 無私なる愛を。すべての肯定を。慈しみ、育もうとする意思を。相手にすべてを委ねることが出来るものだけが、哺乳瓶になれるのだ。


 捧げもの、とか生贄とか、まあそんなものであるらしい。そんなら最初から哺乳瓶呼ばわりでなくそういってくれ。


 なんということでしょう。本当は伴侶が望ましいのだと。


 そしてキリエさんが今妊娠しているので、兄貴はそのすべてをキリエさんに捧げることに精一杯で、ルミを手伝えないのだ。

 キリエさんと兄貴に謝られて俺はでも状況把握がしんどくてそれを


「マタニティドレスだったのか」


 の一言で流した。




 状況をわからせようと、ただそれだけのために魔界に連れていかれていた俺は、自分の部屋に戻されていた。

 青を基調としたその部屋は、平々凡々というかなんというか、何も変化はない。俺にも別段変化はない。

 

 俺はベッドの上でぼんやりしていた。いや待っていた。


 ルミはちゃんと今日も学校に行っているのだ。本人の希望もあったが、学校でルミによせられる、ありとあらゆる生徒の友情は、恋情は、期待は、すべて彼女の糧になる。ルミのことを好きなあらゆる人間の思いはルミに力を与え、魔力の行使の幅を広げる。


 そう言われた。


 納得などしていないが。


 ずーっと今までルミを守ってきた。迷惑がられても、煙たがられても。

 恋にのぼせて告白してくる同年代の男や、アイドルへのスカウト、セクハラ教師、一方的にライヴァル視してくる女の子ですら周囲から追い払ってきた。

 武道の心得もなんにもない。習いに行く時間すらもったいなかった。ルミの側についていたかった。

 単純に人より恵まれた膂力に任せて、他人をルミに寄せ付けなかった。


 ルミは本気で怒ったりたまには笑い転げたり、稀にため息をつきながら俺の行動を受けいれていた。

 守りたかっただけだ。他人を傷つけたかったわけじゃない。


 ルミがなんたら王位争奪戦に参加する、自分の意思で。俺はどうするべきだろう。何をすればいいんだろう。


 考えるのは苦手だ。それでも俺は個としての自分を捨てているわけじゃない。

 ルミを守りたいから、という俺の望みを優先させてきただけなのだ。


 力を振るう場所が増えるだけだ、そう思えばいいのかもしれない。俺は俺にできることをすればいいのだと。

 とりとめのないやくたいもない思いがグルグルグルグル、普段使わない脳みそを酷使しすぎてとろけそうだ。

 気がつくと台所での体育座りが癖になったのか体が固まっている。

 俺は膝を抱えていた腕をほどき、大げさに音をたてながらベッドに大の字になった。




 寝てしまっていたのだろうか。

 気がつくと西向きの窓から入る光はやわらかいものになっていた。

 そしてベッドの足元からルミの声がする。


「ただいま」

 

「おかえり」


 ……


「シンぃがいないってみんなが不思議がってた」


 登下校のみならず、昼飯時まで妹の教室に乱入する俺は、確かに目だっているだろう。

 他人事なら俺もそいつをアホだと思う。

 しかし害虫駆除に休憩はないのだ。

 そんなことを考えながら俺は相槌も打てない。


「わたしね?わたしだけが人間じゃなくなったのかも、って思ってた」


 お互い人間じゃないと思っていたんじゃなかったのか。 


「シンぃも一緒でよかった。嬉しかった」


 大事な大事な妹にここまで言われて、不安にさせていて、寝転んで天井を睨みつけたままでいられるはずもなく、俺はゆっくりと体を起こす。


 ルミの肩までのストレートな黒髪に、窓辺からの夕日があたって栗色にきらきら輝いている。

 ルミは同級生の女の子と違って化粧もしない。髪もいじらない。

 子供っぽく人の目に映ることを本人は気にしていないように振舞う。気にしているくせに。


 形の良い頬にかかったのか、片手でふわりと髪を後ろに流す。

 もう帰ってきてからシャワーも済ませたのだろうか。ノースリーブのワンピースは夏の間のルミのパジャマだ。


 俺が起き上がるのと同時に、ルミがベッドの中心にすり寄ってくる。

 

「今日ね。学校でいろいろやりかたわかっちゃった」


 何・・・だと・・・? 


 動揺した俺は動けない。変な妄想が頭の中を飛び回る。


「もう、勘違いしないで」

 

 こうすればいいの、と囁きながらペタリとルミが俺の胸元にくっついてきた。


 石の様に固まる俺。心臓がバクバク言ってる。


 瞬間ぶわっっと体の中心から多幸感が湧き上がってきて、体中が甘く痺れる。切なくて暖かくてなにかきらきらしたものが自分の中を走り抜ける。


 なんだ?


「わお」


 どうもルミも驚いたらしい。体を引き剥がして後ずさる。


「なん……だ今の?」


 さみしい。瞬間与えられたプレゼントを目の前でひょいとひっこめられたような変な気持ちだ。


「そうか。シンぃのは普通の人より多いのか」


 意味がわからないことをルミが言う。

 俺たちは二人、ベッドの上に座り込んだまま見つめ合っている。


「いきなり焼肉十人前盛られてもちょっと…」


 ますますわからん。


「いや十人前というよりフレンチフルコースてんこ盛り…」


 どうしたルミ。


「さっきのはなんだ?」


 俺はそういいながら、ルミに手を伸ばす。その手はすっと避けられる。


「待って」


 言いながらルミが窓を指差す。


「もうすこしで日が沈む」


 今日の日の入りは19時だ。ルミの言う通りまさに今太陽が沈んでいくところだった。


 ルミの封印が解ける時間だ。



 ◆


 

 日が沈んで電気をつけていない部屋は、家の前の街灯の光が射し込んではいるもののほぼ真っ暗だ。

 が、俺は夜目がきく。

 静かに座っているルミには変化らしきものは見られない、ような──


 突然部屋が狭くなった、違う、空気がなくなった、わけでもない、気圧変化?

 目の、前が、すこし、ブレる。

 反射的に俺はベッドから滑り降りた。出口までの距離を測る。

 何が起きたのかわからないが、この部屋がおかしい。ルミを連れて出なくては。

 扉から目がはなせない、いや、そうじゃない。

 ルミのことを考えているのに、ルミのいる方向に首が動かない。

 そう、俺が動物的な怯えを感じているのは、ベッドの上にいる「何か」に対してだ。


「よしっ。準備おーけー」

 能天気な掛け声が聞こえて、俺はビクリと体を震わせた。

 


「最初はキスしてみたらいいんじゃないかな?」

「無理です」


 ああびっくりだ。瞬間ちゃんと声が出た。問いかけられた内容も理解して返せた。

 全神経がそっちに向かっているからだろうか。


「何か」はルミみたいな声だ。


「こっち向いて」

 

 それは結構努力が必要な行為だったが俺は頑張った。


 月明かりが射し込み始めていてさっきより明るい。 

 どうしようもないプレッシャーの正体はもちろんルミだった。ルミにみえる。ルミだと思う。ルミなんじゃないかな。

 さきほどと同じように俺のベッドに腰掛けている。姿かたちはなにも変わっていない。


「手でもいいよ」


 ルミみたいなルミがこちらに手を伸ばす。

 俺がベッドから降りた分距離があって彼女の手はほんのわずか届かない。

 俺はしかし、ルミの外見に変化のなかったことにほっとしたあまり、中腰だった姿勢から膝をつき、そのまま床に座り込んでしまった。


「もう!じゃあ足」

 言うなりすらりとした足が俺の肩にのせられる。


「……」

 

「綺麗だよ?さっきシャワー浴びたし」

 やめて。ワンピースの中まで見えてるんだけど。

 とっさに目をつむってしまった俺の肩からやわらかい感触が胸に滑っていく。

 はだしのつま先が暖かくて、目を閉じても真っ白で光沢のあるすらりとした脚の残像がちらついて、俺は「うう」とか「むむ」みたいな唸り声を上げながら体を滑るそれを両手で受け止めた。

 

 途端に体中に湧き上がる多幸感、毛穴がざざっと広がり、体の中血が沸騰するようなそれ。

 

 もう我慢が出来ない。

 

 そのまま、ルミのつま先を口に含んだ。


 びくびくとルミの脚全体が痙攣する。


「あぁっ…」甘い吐息まじりの声が聞こえる。


 低いうなり声が自分の喉から響きはじめる。


 バラバラに引き裂いて食べてしまいたいような、すべてを啜ってしまいたいような衝動と闘いながら、俺はつま先全体を甘噛みし、指の一本一本を吸い上げ、指と指の間を執拗にねぶった。


「ふぁっ…あ、」


 恍惚としたルミの声に煽られる。


 吸えば吸うほど、愛しさがこみ上げてきて、眩暈がする。


 欲望に任せて手をのばし、ルミの柔らかく細いふくらはぎをさする。眩暈が高まる。


 うん、なんで眩暈?


 ルミをもっと引き寄せようとするが、力がはいらない。


 あれ?


 あれ?


 あ…







やっと微エロシーンに辿り着いたので投稿してみました。三日がかりです。


助言いただいた部分の修正をしました。そのまんま助言通りにするのも芸がないと思ってむりくり考えたので改良されていないかも。

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