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前回までの簡易あらすじ
魔界で魔王位争奪戦をすることになったシン「俺」とルミ「妹」は、最初の夜を魔界で過ごす。
モンスターにいきなり襲われ、大おばあちゃんからされたくもない期待をかけられたルミ。
やっぱりこんなのやめとこうと「俺」はルミを説得しようとしたのだが?
話をルミのことでなく、俺のことにしてしまえばいいのだ。
変な話、俺のルミへの異常な愛情は一方通行ではない。
ルミもまた、俺のことを心配はしてくれている。
男として兄としてどうなんだとは思わざるを得ないが、同情を買う。これも作戦だ。
「人面鳥達だって生きてたかったろうし、俺ひどいことしたんじゃないかなって考えてる」
あまり心にも思っていないことを言うのは苦手だ。
だが、名づけて「俺トラウマになったんじゃない?作戦」
これは対ルミとしては相当有効なはず。
正直、あの時は心が高揚していてなんとも思わなかったのかといえばそうでもなく。
現実味がともなっていないかったからか、と考えても、人面鳥を引き裂いたのは俺であり、感触を思い出すことが可能だ。
実際のところ、俺は敵意をむき出しにしてきたあいつらを殺したことを、なんとも思っていない。
ただし。この心理状態は異常なんじゃなかろうか、という疑問は抱いた。
化け物とはいえ、人間に限りなく近い生き物を殺して平気だとか。
いつから俺はそんなハリウッドSF映画キャラになったのか、と。
しかしここは、黙って聞いているルミにたたみかけるところだ。
「ルミに俺と同じ思いをして欲しくない、試合に勝つために他の生き物を傷つけるなんて、きっと後で後悔する」
以前読んだ推理小説に、嘘をつくには真実を混ぜろ、と書いてあった。
ルミが生き物を殺して平気な性格だとは到底思えない。
現代に生きる女子高校生とは違う、魔族だとか、魔物だとか、そういう一面を持っていたとしても。
ルミの本質はやさしい16歳の女の子であり、どんなに賢かろうが、大胆だろうが、後で罪悪感に苦しむのは予想できる。
俺はそんなの見たくない。
あまりの気温に、受け取ったチョコ菓子はすこし溶けていた。
やわらかいそれを食べながら、ルミの反応を伺う。
ルミは少し考えた様子をみせて、俺の手元をじっと見た。
そしてにこっと笑った。
「シン兄ぃ、チョコおいしい?」
ぐはっ。話題の方向性的に、平気で菓子をばくばく食べるのはちょっとマズったろうか。
繊細さのかけらもない人間が何いきなり言ってんだって感じか。
前半は大嘘だとバレバレかもしれない。
しかし大事なのは後半の真実と、ルミに怪我があってはならないという現実である。
「えーっと。たけのこのほうが俺は好きかな」
違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。頑張れアドリブがきかない俺。
不意にルミが手を伸ばして、動揺している俺の手をとった。
途端に、これまでのように、ふわふわと幸せな気持ちが流れ込んでくる。
「シン兄ぃは、何も「封印されてない」んだよ。知ってた?」
知りませんでした。でもそれならなんで今まで興奮しても体に変化がなかったんだろう。
ただ首を横にふる俺。
涼しい風が、俺達の間を一瞬吹き抜け、さらさらと側にある木立を揺らした時、それは起こった。
ルミが、俺の手の指を口に含んだのだ。
暖かくやわらかい舌の感触が、俺の体の中に熱を走らせる。
恥ずかしさからなのか、それ以外からなのか、熱源をつきとめる間もなく、すみやかにルミの手と口は俺から離れた。
「チョコついてたよ」
あっけらかんとルミが言う。
俺はなにも言えない。
どう反応すればいいのかわからない。
少女漫画なら大事な場面だ。
しかし、ここで俺が照れてどうする。
「お父さんがね、人狼はどうしても血をみると興奮して我を忘れることがあるって。特にまだ大人になりきっていないシン兄ぃはコントロールきかないだろうから、ルミが頑張って見てあげるんだよって」
がーん。なにそれ。
「鳥さんたちが、シン兄ぃを傷つけたとき、わたしすごく腹が立って、鳥さんなんかやっつけちゃおうって思った。でもやっぱりショックだったかな。いっぱい血をみたのは」
伏せられた睫毛。こっちを気遣った発言。
やっぱり。怖かったんじゃん、って俺が全面的に悪いよね。
ルミにストレスをかけたのは俺だった。
人狼ってなんなんだ。さっぱりわかんねー。
「でもよかった。シン兄ぃが残酷なことイヤなら、もうひどいことはしないよね? 降参してもらえばいいんだよ」
にこっと笑いかけてくるルミ。ぎゅっと俺の手を握って言葉を続ける。
「わたしが、シン兄ぃを守ってあげる。絶対に死なせない」
恥ずかしいのか、目を伏せたままのルミ。
感動的な台詞だ。
嬉しくないはずがない。
ルミの頬が少し赤くなっている。
これは方向性を間違ったという以前のすれ違いだ。
でも俺は嬉しいような恥ずかしいような気分がほわほわと続いて、
「ありがとな」
としか言えなかった。
多分俺の顔も赤い。というか熱い。
そしてそのまま昼休みは終了してしまったのだった。