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 ゆっくりと両側からやわらかい重みがかかってくる。

 やばい。誰か助けて。このままだと押し倒される。


 セネとエルの謎の攻撃に、俺は手も足も出せない。


  

 しかし──、やっとそこへ救いの声がかかった。


「大奥様のところへ参りましょう」


 窮地の救い主はベルだった。

  

 いずこからか現れたベルに、わんこ少女たちは突然寝たフリを決め込み、俺から離れた。

 素早い。素早いがあまりにもそれはあからさまな演技で、でもツッコミをいれたいかと問われれば、早くこの場を逃げ出したかった俺は、このときとばかりに立ち上がる。


 ベルがいつの間に部屋に入ってきたのかわからなかった。

 いつからどこから見られていたのだろう。

 恥ずかしくて顔が熱い。


 セネとエルの部屋を出て、とぼとぼとベルの後について歩く。


 長い長い廊下はあまりにも太くて大きな樹木が平坦に伸びたものだ。

 俺の足の爪があたってカシカシと乾いた音を立てるほか、音はない。

 そんな静かな空間の中、ベルが前を向いて歩きながら話し始めた。

 

「どうも獣魔は自分より強い相手を慕う傾向がございまして」


 お坊ちゃまにはご迷惑をおかけいたしました、と続くベルの台詞に、さらに羞恥心が湧く。

 もうその話題はいいです。勘弁して下さい。

 俺は歩きながらうつむく。


「しかし、注意点が。魔族というものは見かけがそのままの年齢というわけではございません」


 歩きながらしかも話しにくい俺は、ベルの言うことをただ聞くしかない。

 普段なら説明書と注意事項だけはすっとばすのだが。


「おおよそ地球標準年に照らしあわせましても、セネやエルは四十年は生きております。魔界では成人したばかりというところでしょうか」


 それを聞いて、熟女かよ!と、思わず心の中で突っ込む俺。

 みため中学生くらいでおまけにわんこなのに!

 四十年生きててあの小芝居はないだろう……。

 という俺の内心はさておきベルの話は続いた。


「おおよそ魔族であっても、精神年齢に外見が引きずられる場合が多いようです、長く生きるものほど、魂が成長しにくいとでもいうのでしょうか。とはいえ、高魔力なお方は自分がそうでありたいという外見を他にむけて投射することが可能です」


 がいけんをとうしゃとは。高魔力。なんかひっかかる。

 ん?ベルの外見は20代後半?くらいに見えるが。

 疑問に思った俺は思わず喉に手をあてて尋ねた。


「おまえは?」


 ベルが足を止める。まだ目的地についたわけではないようだ。


「わたくしは、大奥様が姿を変えてくださった外見です。固定されています。本来はシンゼラート様とサルミスラ様に可愛がっていただいた「ベル」に近いかと」


 ベルにつられて足をとめた俺はめんくらった。ベルはそもそも人間の形じゃないということか。

 いや犬と人の姿を行き来している時点で色々おかしいんだけど。


「犬なのになんで日本語?」


 セネもエルもペラペラだし。

 ベルは西洋犬だろ。


「カルーベルはもちろんのこと、現在魔界には故あって日本語を習得しているものがたくさんおります。後は中国語、英語、仏語あたりでしょうか」


 バイリンガルな魔物さんね。あの人面鳥はなんだったんだ。英語はしゃべってなかったぞ。

 ベルはまた前を向いて歩き出したが、しばらくしないうちに、蔦で覆われた入り口の前で足を止めた。

 丁寧に入り口をかきわけて、俺に先に入るように促す。


「こちらでご一緒に大奥様をお待ちしましょう。サルミスラ様ももういらっしゃいます」


 わかったようなわからないような。

 なにか根本的なことを説明してもらえてないような気がしつつも、俺は蔦をくぐった。



 ◆


 

 ベルに案内された部屋は、それまでとは違って、広く張り出した大きな枝がテラスのようになった場所だった。

 頭上には空が見える。相変わらずピンクだ。

 階段を上った覚えはない。しかし入り口よりここは高い。

 床は枝についた葉と蔦がびっしり絡まりあって絨毯のようになっている。

 足元がやわらかいのだ。


 テーブルが中央にあり、ルミが何か飲み物を口にしている。

 そのテーブルはまたありえないくらい大きな薄いオレンジ色のきのこで、ルミがこしかけているのも同じようなきのこだ。

 座ったりできるということは堅いのか。


 俺に気がついたルミがひらひらと嬉しそうに手を振る。

 すごくくつろいでいるのが見て取れた。

 俺もいい加減麻痺してきたが、ルミの平常心にはかなわないような気がする。


 ルミと傍らのベル以外に人の姿はない。

 大奥様というのは大ばあちゃんのことなのか、それとも母さんとか?


「ベルさん、今何時?」


 ルミが何気なくベルに尋ねてきた。手には木で作られたマグを持ったままだ。

 そう、いい加減何時なのか知りたい。確か魔界にいなくてはいけないのは四時までだったか。

 

「四時まではもう一時間をきっております」


 時計も何ももたないベルがそれに答えた。

 思わず俺は空を見上げるが、相変わらずでかすぎる月モドキはまったく動いていない。

 真上で、ただ冴えざえと輝いている。


「なんでわかるの?どうして日本の時間なの?」


 すごいすごいとばかりに瞳をきらきらさせてルミが重ねて聞きたがる。


「サルミスラさまも現在が何時なのかおわかりになるはずですよ。日本時間に関しましては──」


 と、ベルがにこやかにルミに答えているその後ろで、地面から黒い蔓と枝が伸び始めた。

 俺の腕には鳥肌が浮き上がる。

 これは──


 見る間に黒い植物は人の形を型作り、その中から大おばあちゃんが姿を現した。

 ベルがさっと身をひいてお辞儀をする。


 大おばあちゃんが発する、すさまじい威圧感、存在感、その他もろもろ。

 あの日リビングで感じたものより一段とプレッシャーを感じるのは、魔界であるからなのか、俺が魔力の存在を肯定でき始めたからなのか。

 自然に身構えてしまう。敵ではないはずなのに。


 現れたその場所に立ったまま、大おばあちゃんが俺をじろりと睨みつけた。


「えらく不安定じゃないか。こっちへおいで」


 やっぱり迫力のある声だ。

 無造作に手招きされた。何をされるんだ。怖い。

 そんな俺の怯えに頓着せずに、ベルが後ろからぐいぐい押してくる。

 やめろバカ犬。


「手をお出し」


 よろよろと歩み寄った俺はさからえずに大おばあちゃんの手に手を置いた。

 

 大おばあちゃんと俺の手がふれあったその途端。

 体の中に光が流れこんでくるようなイメージがわいて。

 静かで、大きく、圧倒的な力が、俺の中のコントロールできないなにかを落ち着かせていく。

 みるみる内に俺の手足が、爪が、見慣れた手足に戻っていった。


「どうもわたしは兄妹というものをみくびっていたようだ。いい加減長生きしているのにね」


 大おばあちゃんのはりのある低い声は、でもどこか不思議そうに思っている感情をにじませていて、俺はその人間らしさに驚く。

 どういう手品なんだろう。俺は自分の腕をさすって、元通りであることを確認した。

 

「サルミスラもおまえも魔力が伸びている。ただ、やはり<器>が成長していないから不安定なのだろうね」


 あれは不安定と呼ばれるような現象なのか。


「治してくれてありがとうございました」


 とりあえず礼を言う。普通に喋ることが出来た。


「あ、戻っちゃった。かっこよかったのに」


 これはルミだ。俺にあの姿でどう日常生活を送ればいいというのだろうか。

 ため息をつきながら大おばあちゃんが俺とルミを交互に見る。

 俺はなんにもおかしなことは言ってない。多分ルミだ。と思う。


「治っただの戻っただの。そもそもシンゼラートは人狼だからね、自由に姿を変えられねばならんのさ」


 そう言う大おばあちゃんの後ろで蔓がまたたくまに組みあがり、安楽椅子みたいなものを形成する。

 これは便利だ。

 そしてまた出た「人狼じんろう」という言葉。仔狐もそう言ってたっけな。

 大おばあちゃんは自分でつくりあげた安楽椅子に腰掛けながら、続けた。


 それは早く家に帰りたい俺には、拷問のような長い話だった。

 



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