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 俺の眼前にそびえたっているのは、複雑に絡み合う木々だった。

 樹齢何百年ともしれぬ大きな樹木が、びっしりと幹や枝を寄せ合って壁を作り、その周囲を幾重にもツタがとり巻いている。

 人工物の気配はまったくないのに、何かの意思が確実に介在しているとしか思えない。

 窓もない。扉もない。しかしこれはまぎれもなく建造物だ。


 荘厳なそのたたずまいは、太古の神殿を思わせる。


 ちょっと気圧けおされて、立ち止まってしまった俺を、ルミが、どうしたの?というように振り返る。

 なんとも思わないのだろうか。それとも、これがなにかわかっているのか。


「シンぃ?」


 呼びかけてくるルミに応えて、俺はしぶしぶ前に歩きだす。


 木が組み合わされて作られた階段に近づいてみれば、遠目からみると普通だった樹皮の色は薄い緑で、

 しかしこれまで見てきたものと比べれば格段に普通だ。

 頭上と幹に絡み付いている蔦も濃い緑色で目にやさしい。

 

 入り口はどこにも見あたらない──

 と思ったその時だった。


 バサッと真正面の蔦がかきわけられ、人影が現れる。


「おかえりなさいませ」


 俺たちを出迎えたのは、ベルだった。


 入り口は、分厚く上から下がる蔦に隠されていたのだ。

 ぎょっとして固まる俺を尻目に、ルミはすたすたとベルに近づいていく。

 知ってたんならちょっとくらい教えてくれたらいいのに。

 びくついたりして俺恥ずかしいんだけど。

 これが「お家」なのか?


「ただいま!ベルさん、ここってお風呂あったかな?」


 かなり歩いたと思うのだが、ルミは元気だ。

 不思議なことに俺にも疲労感はない。


「水浴になりますが、お役には立ちますかと。 シンゼラート様のそのご様子はいかがなさったのでしょうか」


 俺たち二人がくぐり抜けられるように、蔦をささえながらベルが見つめてくる。

 

 なんだか真剣に心配してくれているようだ。

 血まみれでずたぼろだしな。

 くすぐったい気持ちになりながら俺は、顔を近づけてきたベルに、なんでもない、というように手をひらひらさせる。


 ……しまった。これでは追い払うようなしぐさだ。


「お話にくいのでしたら─」


 このように、と自分の喉に手のひらを当てるベル。

 

「すこし押し上げるようにいたしますと、話しやすいかと」


 おお!

 やっと俺の役に立つ情報が。

 さっそく自分の喉に手をあてようとして、目の端に映った爪をみて我に帰る。

 あぶねえ。今度はあごに爪がささるとこだった。

 

 そっと角度を変えて喉に手の平をあててみる。


「こォか。んーんー、話せテるゥかな」


 違和感はぬぐえないがいける。


「お怪我は治っておいでのようですが、坊ちゃまの血以外にもう一種類いやな血の匂いがいたします」


 ああ人面鳥の血をしたたか浴びたからか。

 さすがというかなんというか犬だな。

 どう説明すればいいんだろう。

 ルミも眉をよせている。


「お引止めして申し訳ありませんが、継承権を持たない者を傷つけることは、今回の争奪戦において約定違反とされる可能性があります。いったい何と戦われたのですか?」


 えーっと。

 ひょっとしてそういう脱落の仕方もあるのか。

 しかし、あれ俺らが悪いとかそういう話じゃないような。


「女の人の顔をした鳥さんが、喧嘩ふっかけてきたから殺しちゃった」


 ルミが困った顔のままベルに告げた。直球ストレートもいいとこである。

 殺したのは俺だ。ルミは池に放り込んだだけだ。ナマズに食べられちゃったけど。

 ルミにとっては「二人でしたこと」だろうが、あれは俺の暴走だ。


「ああ、地球で言うところのハルピュイアですね。 魔界での呼ばれ方を日本語に訳しても「翼を持つ女」にしかなりません。 まあそれはさておき、殺したのですか」


 今度はベルが困った顔をして考え込む。

 日本語に訳したら金色のあれはなんなんだろうな。

 多分ナマズじゃない。


「大奥様にはかりましょう。とりあえずシンゼラート様は水浴のご用意ですね。サルミスラ様はいかがなさいますか?」

 

 俺たちを蔦の奥の入り口へ案内しながらベルが言う。


「あのね、おなかすいたの、食べてからお風呂がいい」


 そんなルミの返事を聞いて、俺もかなりの時間何も食べていないことを思い出したのだった。





 俺とルミを一緒に浴室まで案内した後、ベルは、後で迎えに参ります、と言ってルミと一緒に去ってしまった。


 この建物の中には壁はあるが扉がない。すべて蔦のカーテンだ。 

 明かりは壁の部分の木に生えているきのこ。

 きのこって発光したか?そもそも人の頭ぐらい大きいってどうなの。

 

 俺が案内された「浴室」は広い部屋の真ん中に、大きな切り株をくりぬいたバスタブがあるものだった。

 天井からフックのように伸びた枝を綺麗な水がとめどなく流れて、シャワーのような役目をはたしている。

 落ちていく水は切り株の根の間へ。

 

 俺は自分の爪に気をつけながら、血を洗い流した。

 腕の傷は綺麗に閉じている。

 薄らと白い線が残ってはいるが、なにか尋常でない回復力のおかげでダメージが少ないということはわかった。

 肩の方はピンク色のみみずばれになっている。

 これも治り方がおかしいが、早くなおってくれる分にはありがたいので気にしない。


 問題は、体を綺麗にした後のTシャツとジーパンだ。

 ジーパンはまだ膝下がだめになっただけで済んだが、Tシャツは血糊ごと体から剥がした時点で、ただのぼろきれになってしまった。

 別に惜しいとかでなく、今着るものがないことに困る。どうするかな。


「シンゼラート様、着替えをお持ちしました」


 蔦の外からタイミングよくベルの声がかかり、俺は着替えを受け取ることが出来た。

 ……これはベルの散歩の時用の半袖のパーカーとジャージだ。別に文句はないが。

 まさか今から散歩でもしろと。


「トっテきテくれタのか?」喉に手をあてながら聞いて見る。

「はい。あと二時間足らずですが、お二方には魔界にいていただかなくてはなりません」


 そうなのか。

 まあどうせ移動する気もなかったんだが。散歩しなくていいんだな。


 俺は手早く着替えてベルの側に立った。

 気になっていたことを聞かねばならない。


「セネとエルに謝りにいきタい。ここにいるのか?」


 見舞いだって言うのは変な気がして。

 だって俺が傷つけたんだから。


「おります。その前にお食事をさきにいかかですか」


 



 俺は飯を断って、セネとエルがいるという部屋の前に立っていた。

 

 ベルは、俺をここまで連れてくると、今度はルミを入浴に案内するとかで、去ってしまっている。

 蔦のカーテンは、ノックができるものでもない。

 俺は気持ちを落ち着かせてから、目の前のそれを引き開けた。


 だが、蔦のカーテンを引き開けた先には、まだ廊下があり、その先にもう一つカーテンがある。

 俺は拍子抜けしてしまった。

 まだ先じゃないか。

 しばらくぼんやりしてしてしまった、が、ようやく気をとりなおして、木で作られた廊下を進む。 

 次の蔦の入り口まで近づいたそんな俺に、妙な声が聞こえてきた。

 

 キャイン、とかワフッ、だとか、子犬が興奮して暴れまわっているような声だ。

 時折、ドスッとなにか物と物がぶつかる音までする。


 微妙にその子犬が暴れまわっているような声には、聞き覚えがある。

 ここで合ってるようだ。


 なかの騒がしさに、躊躇を覚えつつ、今度こそは、と俺は蔦を引き開けた。



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