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※残虐…かも?


 どうすんのそれ

 と、尋ねようとした俺の喉からは「グルル」とか「ガルル」という意味不明な声が漏れる。

 

 ありゃ?

 無造作に手を口元に持っていくと、今度は頬にグサっと自分の爪が刺さった。

 これは…痛い。


「ェアー、あー、あイウえウォ」


 ふむ。喉を絞れば発音できるのか。油断するとガルルルとかになるな。

 ひとまず余裕なルミの現状に俺も一息つく。


 落ち着いて見れば、ルミの作り出した蔓は人面鳥を捕らえているだけで、ダメージを与えてはいない。

 蔓で猿轡をしているが、人面鳥の目は血走っているし、鉤爪は蔓を掻き毟っている。

 降参しそうな雰囲気はない。


 近づいた俺にルミの視線が移動して、困った顔がさらに悲しそうな顔になる。


「シンぃ、これどうしたらいいのかな?」


 殺せばいいんじゃないだろうか。

 なんだかまともな感覚ではここは測れない。

 まだ腕も肩もビリビリと痛い俺はそう思って言う。


「コロロォ……」


 ……コロロォってなんだっ!


 まだうまく発音できないな。

 俺は殺せ、という合図のつもりで親指をたて、そのまま下に向ける。

 一瞬、怪訝そうな顔をするルミ。

 そして気がついたかのように目を丸くして人面鳥に視線をうつす。

 

 そのまま人面鳥を捕らえていた蔓植物が大きく弧を描いて──


 眼前の池にそれを叩き込んだ。



 ……なんでそうなるんだ。


 ザブッと水音をたてて、人面鳥が水の中に沈む。が、すぐに顔を出す。

 全く戦闘意欲を失ってないのが、こちらを睨む表情からもありありとわかる。

 めんどくさい。もう一戦やらかすのか。

 

 そう思った途端のことだった。


 ザザザザッという大きな水音と水飛沫とともに、池の中から出てきた何か巨大な金色のものが、

 俺たちの視界いっぱいに広がった。

 俺とルミは反応できずに氷のように固まる。

 あっという間だったと思う。

 巨大ななにかは出てきたときと同じく突如ザバザバ水をはね散らかしながら、池の中に消えた。

  

 さっきまで池の真ん中にいた人面鳥と共に。

 

 今のはなんだ。

 池の直径にふさわしくない大きさの生き物だったぞ。

 

 化け物の災難が去ってまた一難なのか?

 

 赤い池の水面はまだ波立っているが、巨大な化け物の痕跡はもう僅かな泡でしかない。


「ナマズかな?」


 静かになった場でルミがぽつりと言う。

 ルミの周りから音もなく蔓と花が消えていく。


 なぜに。

 気になるのはそこか?

 ナマズには目がいっぱいあるのか?


「クオァなれよウ」


 「ここを離れよう」と言おうとしたらやっぱり動物のうめき声のようになってしまった。

 早く戻らないんだろうか。発音がめちゃくちゃ難しい。

 身振り手振りで池とは反対方向を指す。 


「そうだね。シンぃが狭間はざま嫌いなら歩くしかないかなぁ」


 ルミが自分の足元を見下ろしながら言う。

 そうだった。ルミは河童スリッパのままこっちへきたのだ。

 そしてよく今のでわかったな。

 

 狭間はざまも嫌いだが、さらに言えばおまえの移動方法は断固お断りしたい。


 俺の足はといえば、裸足は裸足だが、……なんと形容すればいいんだろう。

 とにかくとっても丈夫そうだ。


 なんならおんぶしてやってもいい。

 ルミのスリッパはかわいいだけの、実用品ではないタイプだ。

 俺はルミに背中を向け、首だけ振り返って乗るか?とゼスチュアをしてみせる。


 ルミは首をかしげ、その後ふるふると頭を左右に振る。


「シンぃ、あのね言いにくいけど──」

 

 体中血まみれ、だと。そういえばそうだった。Tシャツもジーンズもぼろぼろだ。

 しかも今相当外見が変わってるんじゃないか?俺。

 ルミはあんまり気にしてないみたいだが。


 痛くないの?と尋ねてくるルミに首を横に振る。

 心配をかけているだろうが、本当なので仕方ない。


 しかしとにかくこの池からは離れたい。

 血を洗い流したいがさすがにアレを見た後池には近づけない。

 不思議に体の痛みもひいていることだし、移動しよう。

 しゃべるのがめんどくさい俺はまたもや身振り手振りで頑張る。


 ルミがこくこくとうなづいてくれる。

 まったく。よく通じるものだ。


「こっちでのお家があるんだよ。そこに行けば体も綺麗にできるから」


 ルミはそう言いながら元気よくある方向に歩き出す。

 見渡す限り、人面鳥のいた岩を除けば、身を隠すところもない平野だ。

 なだらかで歩きやすいのはいいが、ルミの目指す方向に建物なぞかけらも見えない。


 だいたい月は出っぱなしだし、時計も持ってきていないのに。

 なぜルミは自信満々に歩いて行くのか。

 疑問点はたくさんある。

 しかし、ルミ、と呼びかけようとした俺の声は「ルルゥ」であり、なんだかいろいろ諦めた俺は、

 スリッパで歩く妹の後を着いていくのだった。





 どれくらい歩いただろう。

 いまいち変化が解けず、話すことをやめた俺の横で、ルミがいろいろと歩きながら教えてくれる。

 そもそもの初日に寝かされてしまった俺と違い、ルミは色々と家族から説明を受けたのだ。


 「魔王になってみたい」と言ったルミに、やればいいと言ってくれたのは大おばあちゃんだけだったとか。

 しかしその大おばあちゃんも手伝う気ゼロだとか。

 なんでだかしらないが忙しいらしい。

 ばあちゃんズに連れられて色々狭間を使っての移動が楽しかったとか。

 

 ルミと俺はやっぱり若すぎて力が不安定らしいんだとか。


「でも負けないんだもん」


 なんてあっけらかんと言うルミに、俺は言葉もない。

 あっても今話す気にはなれないのだが。


 ふいにルミが喉元から細い鎖をたぐって、ひし形の石を取り出す。

 白と緑の入り混じったそれは、淡く輝いている。


「これ色が変わるんだよ。真っ白になったら夜明けなの」


 お母さんがくれたんだよ、と嬉しそうに笑うルミ。


 ほほう。俺がもらったのは耳をひきちぎられるか、という恐怖だったが。

 あ、ハグもね。

 

 でも俺は次回があるなら時計を持ってくるけどな。

 ルミが手に持つ石は八割がた白い。

 進行速度自体がわからないものだから、当てにしようがないが、日没とともにこちらに来たにしては、

 結構時間を食ってるんではなかろうか。


 白っぽい石を手の中で転がすルミを見て思う。

 やっぱり父さんと母さんが手助けしてくれそうじゃないこと、気にしてるんだな、と。

 それで、ちょっとしたことが嬉しいんだろう。

 複雑な気分だが。俺は今は何も言えない。

   

 てくてくと二人歩けば、まるで、いつもの登下校の再現だ。

 ルミが楽しそうに話し続け、俺がそれに相槌を打つ。

 今日はもうこのままなにもないといい。

 

 景色が変わっていく。何もなかった平野に、樹木がまばらにそびえ始める。

 だが、木の種類に詳しくない俺でも、なんだかあんまりなデタラメさに首をひねりたくなった。


 幹が妙に赤いことを除けば普通の針葉樹のそばに、しましまのヤシの木っぽいものがあったり、

 どうみても松の木にしか見えないそれに、紫のひまわりみたいな花が咲いていたりするのだ。


 スリッパのくせに迷いなく歩くルミは、まったく気にせず、さらに木が多いほうに向かっていく。

 そっちは森じゃないでしょうか。

 なにしろわかっていない俺はついていく他ないのだが、それにしても──


 どんどんと森が深くなっていく。そもそも道もない。

 木の根と根が絡み合い始め、枝が低く低く立ち込めてくる。

 不気味なほどにあたりは静かで、生き物の気配はするが、ちょっかいをかけてくる様子はない。


 さすがに話すことが難しいとはいえ、ルミに問いたださねば、と思った俺を、ルミが振り返った。


「ついたよ!」


 おお?え?

 どこかに着いたらしい。思い出せばそれは「こっちでのお家」だったはずなのだが?

 

 

 


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