あと、120秒。
「……おい。まだ着かないのか」
「まあ、そう急かすなって。ナビを見た感じはあともうちょいで…………なあ」
「なんだ?」
「……あれ、見間違えじゃないよな?」
「…………チッ、こんな時に」
大統領補佐官の朝は早い。
朝一から大統領のスケジュールを調整しつつ、必要に応じて各国要人へコンタクトを取りながらも、並行して他職員の業務管理……と、やることで溢れている。が、ここまではまだ序の口。実際にはこれらに加えて、外出時の手配や身の回りの世話、そして――
「ああ、そうだ。明日の予定は全てキャンセルしておいてくれ」
「…………明日はマネー氏との会食もありますが。あの、世界一の慈善家の」
「構わん。どうせいつでも会える。それに、私はこう見えても忙しいのだ。サービス終了まで……あと半年もないのだからな」
「……」
突然の予定変更による、関係各所への連絡および謝罪。
……忙しすぎる、あまりにも。せめて、仕事を増やすのだけはやめていただけないものだろうか。
執務室にて、横向きにしたスマホをポチポチと弄っている大統領を横目に、補佐官は無言で部屋の隅まで歩いた。そうして鞄から、今日だけで不在着信が溜まりに溜まった自身の携帯を取り出し、電話を掛ける。
「……私です。明日の外出がなくなったので、警備は全て室内のものに切り替えるようにしてください」
「また随分と急な話だな。何かあったのか?」
「ええまあ。大統領は、世界を救うのにお忙しいらしいですので」
「……そりゃ、結構なことだ」
スピーカー越しでも伝わってくる、相手のその感情に同意しながらも、補佐官は電話を切った。大統領は未だスマホに夢中らしく、こちらに興味を示している様子はない。……こうして時間を過ごせている内は、それはそれでいいのかもしれない。
補佐官は再び携帯に目を向け、不在着信の優先度が高くないのを確認し、早速マネー氏に謝罪をしようと連絡先を開こうとして――電話が、鳴った。それも、別の携帯から。
補佐官は反射的に胸ポケットから携帯を取り出し、発信者に目を向ける。
「誰からだ?」
「……航空宇宙局長官からです。しかもこれは……大統領に直接と」
「代ろう」
補佐官は急いで携帯を渡し、傍で様子を見守った。
そして。
「……ああ、分かった。いや、君たちのミスじゃない。むしろよくやってくれたといえる。……いや、もうこれ以上はむしろリスクだ。何もしなくていい。……ああ、生きていたらな」
電話を切るや否や、立ち上がって窓の外を眺める大統領。いや、外というよりこれは……空?
「君に、取り急ぎやってもらいたいことがある」
「……なんでしょうか」
「意味があるかは分からんがとりあえず――」
そして、こちらに目も向けないまま大統領は言った。
「――非常事態宣言を出せ。国家存続……いや、文明崩壊の危機だ」
女は、うとうとしながらもソファーに座ってテレビを見ていた。
なぜこんな休日に、それも朝早くから起きているかというと、子供と一緒にアニメを見るためである。年齢を重ね、純心さを失ってしまったせいかあまり面白さが分からないものの、怪獣を手に持って一緒にはしゃいでいる子供を見ているだけでほっこりするというものだ。
「ねえママ!ぼくもヒーローになりたい!」
「そうねえ、いい子にしていたらきっとなれるかもしれないわね」
「ほんとう!?」
「ええ」
だが、流石にこのままでは床に転がった怪獣のようになるのも時間の問題かもしれない。
女がコーヒーでも淹れようかと立ち上がり、キッチンに向かった……その時だった。
「……!?」
突如として、どこからかアラートが鳴り響いた。テレビ……だけではない。スマホから……いや、外からも聞こえてきている!
もはや必要のなくなったコーヒーなど気にも留めず、女は急いでテレビを見た。
先ほどまで映っていたヒーローは大統領に変わっており、淡々と何かを話している。そして、その横には何かの映像が――
「ねえママ。これなんてよむの?」
「……」
「ママ?」
「…………行くわよ」
「いく?どこに?」
「いいから!いい子にしていなさい!」
女は即座に子どもを抱きかかえ、何も持たぬまま家を出て車に乗り込んだ。……間に合うかは分からない。意味があるかも分からないが、女は無我夢中でアクセルを踏んだ。
――落ちてくる隕石から、ほんの少しでも離れるために。
「おいおい直径10kmって、笑えねえぞそりゃあ……!」
男は、スマホを助手席に投げ捨て、急いでハンドルを握った。もはや、信号など気にしてはいられない。朝っぱらからピザの配達をしていただけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのか。……ちょっと食べたのが神にバレたのか?いや、それにしては怒りすぎだろう。
とにかく、どこに行くにしても車は早く出さなければならない。何故なら――
「……チッ、遅かったか」
信号を無視するような馬鹿が事故るせいで、渋滞するからだ。
「てめえ!ふざけんじゃねえぞクソが!」
「あ?てめえがぶつかってきたんだろうが!」
「ちょっと!早く車を動かしなさいよ!」
「押すんじゃねえ!詰まってんのが見えねえのか!?」
こうなると、もう渋滞どころの騒ぎではない。もともとどこに逃げてもって感じではあったが……。
車から降りた男は、辺りを見回した。当然、道路上は見ていられない程に混沌としているのだが、路上もひどい有様のようだ。
ガラスを割り、店に入っていく強盗や見境なく殴りかかっている荒くれもの、何かに祈りを捧げているものと、むちゃくちゃである。
隣に目を向ければ、親子が空を見上げていた。男もつられて空を見ると、先ほどまで点ほどの大きさだった隕石が、太陽ほど大きくなっているのが分かった。
しばらく見上げていた男は、車のドアを開け、声を張り上げて言った。
「おうお前ら!うちの店は今日で閉店すっから、赤字覚悟の出血大サービスだ!一人一枚、冥途の土産に食っていけ!!」
……そうして。
ピザを配り終え、今や視界いっぱいに広がった隕石に、男は目を閉じた。
十秒。
三十秒。
……一分。
…………?
男は思わず、閉じていた目を開け――
「…………は?」
空を見上げると、既にそこには何もなかった。
「ヒーローがたすけてくれたんだ!びゅーんってさっき、ヒーローがとんできたんだ!ぼくもおとなになったら――」
母親に抱きかかえられながら、そう叫ぶ子供の声にしかし。男はその場に立ち尽くした。
「助かった……のか?」
「――大統領!隕石が消えて……!」
「……ああ、そのようだな」
大慌てで執務室に戻った補佐官に、大統領は平然とそう返した。
「そのようだなって……全然避難しないと思ったら、初めからこれを予期していたんですか!?まさか、対隕石に特化した特殊部隊をお持ちだとは……」
なんとかするあてがあるのなら、最初から言ってくださればわざわざあちこちに駆け回る必要もなかったのに……。
それにしても、地表ギリギリまで迫った隕石を消滅とは、一体どのような――
「……違う」
「何がです?」
「私は、そのような部隊など知らない」
――え?
「それにしても、よく戻ってきたな。私は逃げていいと言ったのに」
「…………私は大統領補佐ですので。それに、どこに逃げようと意味はなかったでしょう」
「さあ、どうだかな」
「……?」
椅子に座ったまま、どこか笑みを浮かべる大統領は、深く息を吐き――言った。
「では、引き続き私の補佐を頼む。何せ、
脅威はまだ去っていないのだからな」
――は?
「……全く。文明レベルの遅れた惑星はこれだから。予測できる危機に対処しないとは、全くもって知性を感じられない」
「まあ、そういってやるなよ。彼らも頑張っているんだろう」
「そうだな。彼らの頑張りと我々の苦労(笑)の甲斐もあってか、惑星は無事危機を乗り越えることができたわけだ」
そう言って、投げ捨てられた隕石は宇宙のどこかに消えていく。
「……そろそろ時間だな」
「ああ。さて、それでは――
侵略を開始するとしよう」




