公爵令嬢クラリッサは天才王太子とのゲームに負けられない
公爵令嬢クラリッサは王太子ルーカスの婚約者だ。
ルーカスは誰もが目を引く程の美貌の持ち主な上、文武両道で学園での成績も非常に優秀だ。
そんな二人はよくカードゲームをする。
トランプという、二人が幼少の頃に普及し始めたカード。それを用いたゲームだ。
互いの家に訪問する際や学園の昼休憩などにカードゲームをするのが日課となっているのだが……クラリッサは幼少から彼に負けた事がなかった。
そしてこの日も――
王立学園の昼休憩。
二人は庭園内のガゼボで朝食をとった後、余った時間でババ抜きをしていた。
クラリッサはジョーカーと、数字のカードの二枚を持っており、対するルーカスは残り一枚のカード。
次にカードを引くのはルーカスなので、彼が数字のカードを引けば勝利。
そんな盤面で、ルーカスはクラリッサが持つカードの上辺に指をなぞらせる。
ジョーカーのカードの縁から、数字のカードの縁へ。
相手の考えを読むようなその動きに対し、クラリッサの表情の変化は……非常に、分かりやすかった。
ジョーカーのカードにルーカスが触れている時は目力を強めてカードを凝視し、数字のカードに触れられている時は焦りと悲しみが入り混じったような顔になる。
本人は気付いていないのであろう、その表情をルーカスは観察し……そして彼はジョーカーを引いた。
クラリッサが顔を明るくさせる。
「ああ、ジョーカーか。残念。じゃあ次はクラリッサの番だね」
「はい……!」
ルーカスがカードを交ぜてクラリッサに差し出す。
クラリッサは熟考した後、その一枚を引いて……それは見事に数字のカードだった。
「やりましたわ……っ! ……あ」
顔を輝かせて喜ぶクラリッサ。
しかし彼女はすぐにルーカスを見て複雑な表情になる。
「どうしたの?」
「い、いえ……また勝ってしまったと思いまして」
「僕が弱いって言いたいのかな?」
「ま、まさか!」
クラリッサは分かりやすく慌てふためく。
そんな彼女の様子にルーカスがはくすりと笑った。
「冗談だよ。いつも言ってるだろう? 僕は君とゲームをしている時間が好きだって。負けたら確かに悔しいけど、君が楽しんだり、喜んだりしてくれているのを見るのはその何倍も心が躍るんだよ」
「殿下……」
その時。ルーカスの護衛が彼に耳打ちする。
どうやら講師が彼を探しているらしい。
「ごめんね。少しだけ席を外すよ」
「は、はい」
ルーカスはすぐ戻るというとその場を離れていく。
彼の姿が遠のき、見えなくなったその時だった。
傍でくすくすと笑う声が聞こえる。
純粋な明るさではなく皮肉や嫌味の類だとすぐにわかる嘲笑だった。
「可哀想」
「ねぇ。殿下ったら、あんな風に婚約者の機嫌まで取らないといけないなんて」
「ゲームでわざと負けるだなんて。あんなゲームの何が面白いというのかしら」
その声は近くで昼食をとっていた、ルーカスへ密かに恋心を抱いている令嬢達だった。
クラリッサは、彼女達の話が自分に関する事だと悟り、顔を青くした。
肩身の狭い思いをし、縮こまるクラリッサ。
彼女が何も言わないのをいいことに、令嬢たちは何分も嘲笑い続けていた。
しかし、五分が経過した頃。
「なるほど? では君達は彼女以上に僕を楽しませられるという訳だ?」
令嬢の背後に近づいていたルーカスがそう声を掛けた。
驚いた令嬢たちは顔を強張らせながら振り返る。
「る、ルーカス殿下……っ!」
「だって……っ、事実ではありませんか? あんなの、誰だって気付くに――」
「では、実際にやってみようか」
ルーカスはそういうとガゼボに置いてあったトランプに手を伸ばす。
それからクラリッサを安心させるように、彼女の頭を優しく撫でてから、笑顔で令嬢たちのもとへと向かう。
カードを切っている彼は笑顔だ。
「君達がどれだけ僕を楽しませられるのかを、ね」
――その目は一切笑っていなかったが。
***
その後繰り広げられたカードゲームは誰が見ても地獄のような光景だった。
誰も話さない。
いつも物腰柔らかで優しいルーカスは一切の笑顔を消し、ただただ冷たい眼差しでカードを持っていた令嬢たちを見ている。
そしてゲームの勝敗は、あまりにも呆気なく着いた。
ルーカスは最短の手数で勝利を決めてしまったのだ。
「はい。上がり」
ルーカスが両手を軽く上げる。
それから、まだ手札の残っている令嬢たちを見つめ、口だけに笑みを貼り付けて……
「どうする? まだ続ける?」
といった。
勿論、このような空気の中ゲームを続ける気力も、理由も、令嬢達には存在せず。
「も、申し訳ありませんでした……っ」
彼女達は涙ながらにそう言うと、逃げるようにしてその場を去っていったのだった。
ルーカスはそれを最後まで見送ることなく、カードを集め始める。
「あ、あの」
一部始終を見ていたクラリッサはおずおずとルーカスに声を掛ける。
カードを纏め終えたルーカスは振り返り、彼女の顔に翳りがある事に気付く。
「もう一戦、付き合ってくれるかい?」
そんな彼女へ、ルーカスは提案をした。
二人はババ抜きをする。
クラリッサの顔は未だに曇っていた。
「私は、殿下に……気を遣わせているのでしょうか?」
「そんな訳ないだろう?」
「でも」
クラリッサも薄々気づいているのだろう。
ルーカスがわざとゲームで負けている事に。
だがルーカスはそこには触れず、笑って首を横に振る。
「僕は生憎と忙しい身だ。意義のない事に時間は使わない。それに、君をゲームに誘っているのだって大抵は僕だ。……知ってるだろう?」
クラリッサは小さく頷く。
「だからね、クラリッサ。何も気にせず、これからも僕と一緒にゲームをしてやって欲しい。それこそが……僕の毎日の楽しみなのだから」
「は、はい」
それからのクラリッサはいつも通り、カードゲームに耽っていた。
そして一戦目と同じ局面がやって来る。
彼女が持っている二枚のカードの内一つにルーカスが触れれば悲しげな顔が返される。
それを見ながら、ルーカスは小さく笑みを零した。
――あんなゲームの何が面白いのかしら。
そんな令嬢の声を思い出しながらルーカスは心の中で返す。
(面白いし、楽しいに決まっている。だって)
そして彼は――触れていなかった方のカードを引いた。
パッと、クラリッサの目が輝く。
無垢で、明るい……無邪気な笑顔。
それを見たルーカスは満足そうに笑いを零す。
(――こんなに愛らしい笑顔を見ることが出来るのだから)




