第6話「セバスチャンが話しかけてきた」
セバスチャンが自分から話しかけてきたのは、入学から三週間後だった。
礼拝堂の前のベンチで本を読んでいたら、隣に座ってきた。
「ここ、いいか」
「どうぞ」
セバスチャンは本を開いた。私も本を読んだ。
しばらく二人で静かに読んでいた。
(これ、ゲームの「静かな時間を共有するイベント」だ)
ゲームでは、この後セバスチャンが本の話を始めて、距離が縮まる。
待った。
五分待った。
十分待った。
「……その本、面白いか」
来た。
「面白いです。主人公が最初は孤独なんですけど、少しずつ周りと打ち解けていく話で」
「そうか」
「セバスチャン様は、どんな本が好きですか」
「歴史書が多い」
「難しそうですね」
「事実だけ書いてあるから、楽だ」
「物語は好きじゃないですか」
セバスチャンが少し間を置いた。
「……好きか嫌いかで言えば、好きだ。ただ」
「ただ?」
「感情移入しすぎて疲れる」
(感情移入しすぎる人だったんだ)
ゲームでは「クールで感情が読めない」と説明されていたが、実際は逆らしい。感じすぎるから、出さないようにしている。
「それ、分かります」
「君も?」
「周りのことを考えすぎて、疲れることがあります」
セバスチャンが静かにこちらを見た。
「例えば」
「例えば……アルディア様とクロード様のこととか」
「あの二人の?」
「明らかにお互いのことが好きなのに、二人とも気づいていなくて。もどかしくて」
セバスチャンが少し笑った。初めて見る笑顔だった。小さくて、でも確かな笑みだった。
「君は、面白い人だな」
「よく言われます」
「褒めている」
「ありがとうございます」
「俺もあの二人のことは気になっていた」セバスチャンが言った。「傍から見ると明らかだが、当事者には見えない。よくあることだ」
「セバスチャン様は、ご自身のことは見えますか」
「……また、その質問か」
「気になるんです」
セバスチャンはしばらく黙った。
「見えている、と思う。ただ」
「ただ?」
「見えていても、言葉にするのが遅い。それが俺の悪いところだ」
(自覚している)
「ゆっくりでいいと思います」
「なぜ」
「待てる人もいますから」
セバスチャンが、また小さく笑った。
「……君は、不思議な人だ」
「それも、よく言われます」
二人でまた本を読んだ。
今度の沈黙は、最初より温かかった。
◇
──リリア・ベルの日記より。
『セバスチャン様が自分から話しかけてきた。好感度、確実に上がっている。「言葉にするのが遅い」と自覚していた。待ちます。私は待てるヒロインです』
次話:「ヒロインの私が、誰かを応援している」




