第12話「ヒロインで、よかった」
春が来た。
入学から三ヶ月。気がつけば、学院での生活が当たり前になっていた。
アルディア様とクロードは、相変わらず廊下ですれ違うたびにお互いを見ていた。ただ今は、二人とも気づいていて、気づいていると知っていて、それでも照れている。微笑ましかった。
アルヴィン王子は、時々図書室でアルディア様の隣に座っていた。アルディア様が「主任は今日も無言で座ってくる」と言っていた。王子の気持ちがどこに向かうかは、まだ分からない。でも、それはこれからの話だ。
セバスチャンは今日も礼拝堂で子供たちに本を読んでいた。私も隣に座って、一緒に読んだ。帰り道、手を繋いで歩いた。セバスチャンが「重い」と言ったけど、繋いだ手は離さなかった。
放課後、アルディア様と二人で中庭のベンチに座った。
「リリア、最近楽しそうですね」
「楽しいです」
「セバスチャンのおかげ?」
「それもあります。でも、それだけじゃないです」
「何が楽しいの」
「この世界が、思ったより好きです」
アルディア様が少し笑った。
「私もそう思います」
「ゲームで知っていた世界より、ずっとよかった」
「うろ覚えだったけどね、私は」
「うろ覚えでも、来てよかったですよね」
「ええ」
二人で空を見上げた。
「ねえ、リリア」
「何ですか」
「ヒロインとして来たのに、攻略対象を一人しか攻略できなくて、後悔していますか」
「全然」
即答したら、アルディア様が少し目を丸くした。
「なぜ」
「攻略できなかった二人は、アルディア様のそばにいた方が幸せそうだから」
「……私のせいで攻略失敗したのに」
「失敗じゃないです。こうなってよかった」
アルディア様がしばらく黙った。
それから、静かに言った。
「ありがとう、リリア。あなたがヒロインでよかった」
「私もそう思います」
「え?」
「私がヒロインでよかったです。この世界で、アルディア様と友達になれたから」
アルディア様が、また笑った。
今世界で見た中で、一番きれいな笑顔だった。
その夜、日記を書いた。
『ヒロインとして転生して、攻略対象を全員アルディア様に持っていかれた。でも、一人ちゃんと好きな人ができた。そして、一生の友達ができた。
ゲームのヒロインとしては失格かもしれない。でも、この世界の人間としては、うまくやれた気がする。
リリア・ベルとして、この世界で生きていく。それが今の私の答えだ。
──アルディア様に言ったら、「それ私も日記に書いた」と言われた。似すぎている。やっぱり、同じところから来た人だ。』
◇
──アルディア・フォン・クレシェントの日記より、同じ夜の記録。
『リリアが友達でよかった。この世界に来てよかった。クロードが隣にいてくれてよかった。全部、よかった。』
──クロード・バレンシアの日記より。
『アルディアが笑っていた。リリアのおかげだと思う。あの子には一生頭が上がらない。』
──セバスチャン・ノアの手帳より。
『リリアと手を繋いで歩いた。重いと言ったが、離したくなかった。言葉にするのが遅い俺に、待っていてくれた人がいた。』
──アルヴィン・エドワード・ヴァルディア第一王子の、秘密の手帳より。
『この学院は、賑やかになった。悪くない。』
*完
──夜凪蒼・作品シリーズ、第④章へつづく*




