第1話「私、ヒロインのはずなんですが」
私、リリア・ベルには秘密がある。
この世界が乙女ゲームだと、知っている。
前世の記憶がある。日本で生まれて、乙女ゲームが好きで、『永遠の薔薇に誓いを』を何周もプレイして、攻略対象の全ルートを制覇して、感動のあまり泣きながら寝たら、気づいたらこの世界にいた。
(転生した)
しかも、ヒロインとして。
リリア・ベル。地方出身の平民に近い下級貴族の娘。学院に入学して、三人の攻略対象と出会い、恋愛する。ハッピーエンドが約束された存在。
(これは、最高の転生じゃないか)
最初はそう思っていた。
でも入学して最初の一週間で、おかしいと気づいた。
攻略対象その一、アルヴィン王子。
会った。話した。確かに素敵だった。
でも彼の視線が、私に向いていない。
「リリア・ベル様と申して、とても愛らしい方で──」
侍女がそう言ったとき、アルヴィン王子は「そうか」と言っただけだった。
翌日、廊下で出会った。目が合った。
「……ベル嬢か」
それだけ言って、通り過ぎた。
(攻略対象に名前を覚えてもらえた!)
喜んでいたら、その五秒後にアルヴィン王子が振り返って、別の令嬢に声をかけた。
「アルディア、顔色が悪いが体の具合は?」
(あ)
アルディア・フォン・クレシェント。悪役令嬢。
王子の目が、そちらに向いていた。
攻略対象その二、クロード・バレンシア。
幼なじみ枠。太陽系の明るいキャラ。誰にでも優しい。私とも仲良くなれる……はずだった。
学院の中庭で偶然会った。
「あ、リリアじゃないか。調子はどうだ?」
(名前で呼んでくれた! 好感度上がってる!)
「元気です! クロード様も──」
「ちょっと待ってくれ、アルディアが一人でいる、行ってくる」
走っていった。
(待って)
(私との会話は?)
一週間分の観察結果をまとめると。
アルヴィン王子:アルディア様のことが気になっている
クロード:アルディア様のことしか見えていない
(ゲームと全然違う)
前世でプレイしたゲームでは、二人とも最初はヒロインに興味がなかった。それが少しずつ惹かれていく過程が良かったのに。
(まだ序盤だから? これからイベントが起きれば変わる?)
前向きに考えようとした。
でもその日の午後、中庭でアルディア様が私に話しかけてきた。
「リリア・ベル様ですわね。ご入学おめでとうございます」
(悪役令嬢の挨拶だ。ここで萎縮せずにいられるかが最初の試練)
「あ……はじめまして、リリア・ベルと申します」
「学院の生活には慣れましたか? 分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
(優しい? 設定より全然優しいんだけど?)
「笑顔が……とても、お綺麗ですね」
「ありがとうございます」
「怖いくらい、お綺麗で」
言ってから、少し失礼だったかと思った。でもアルディア様は微笑んだまま去っていった。
後ろ姿を見送りながら、私は静かに思った。
(この人、ゲームの悪役令嬢と全然違う)
(そして、なんかかっこいい)
ヒロインが悪役令嬢にときめいてどうするんだ、と思った。
でも事実だったので、仕方がない。
◇
──リリア・ベルの日記より、入学一週間後。
『攻略対象が二人ともアルディア様を見ている。ゲームと違う。でもアルディア様はかっこいい。これはこれでいいゲームかもしれない』
いいゲームかどうかは、まだ判断できなかった。
次話:「攻略対象その一、完全にアルディア様を見ている」




