2限目 対立
裏山を抜けて、駅のホームに来た。大きな足音を立てながらガムを噛み続けた。
「あれ?黒波?」
「将也。なんでここにいるん?」
偶然会った将也。不審者のような格好で私の前に立ち止まった。
彼はいつものように腰に手を回してきた。
「今日は、その気分じゃないわ」
「こんな昼から出歩いて、学校は?」
手の位置は腰から尻に下がっていった。
「サボった。ていうかやめてよね、こんなところで」
「いいじゃん。っていうか今からうちくる?今日夜まで誰もいねぇから」
「はぁ。ほんとに誰も帰ってこない?」
「当たり前じゃん。帰ってきたら外出ればいいし」
私は彼の目を見て頷いた。いつも通り電車に乗り、二人で共通の音楽を聴いた。私の心の拠り所は彼だけだった。
「黒波かわいい」
「だから、ここ電車」
「いいじゃん人全然いないし」
「帰ってからじゃ我慢できないの?」
「さあーね」
意地悪に笑い、将也のほっぺたをつまんだ。
そのまま電車を降りて彼の家に行った。
「送っていこっか?」
「ううん大丈夫」
「じゃ、また」
将也に手を振り家へ急いだ。もうこんな時間か。早く帰ったところで、また罵倒を浴びるんだろうな。成績のいい姉ばかりが褒められて、私はストレス発散する相手役。同じ屋根の下で暮らしていて、こんなにも窮屈な世界は他にない。
「はっくしょんっ!」
二月の頭。寒くて寒くて、それでも暖かい場所に帰りたいとは、思わなかった。
「この単語の意味って...あれ?なんだっけ」
前から1人の女子高校生が歩いてきた。小さなものを持ちながら何かぶつぶつ呟いてる。ちゃんと前向いて歩けよ。当たったらどうすんだよ。
「開発する、か。次は...」
なんだ、ただ勉強してるだけか。こんな歩く時間まで勉強って、時間を無駄にしてるじゃん。そんなことして暇あるなら踊って楽しんだ方がよっぽどいいに決まってる。
「.....ただいま」
「黒波っ!どこまでほっつき歩いてんだ!」
やっば。今日は親父が帰ってくる日だったんだ。やっぱり運が悪いな、私って。
奥からババアも参戦してきた。
「あなたは...『うちの子ではない』のよ」
あえて被せるように言った。
「あんたが言うセリフくらい分かる。どいて」
ローファーを脱ぎ捨てて革鞄を手にしたまま自室に行った。
「お母さんやめなって」
遠くから姉の声が聞こえた。私ではなく、両親を保護する発言ばかり。呼び止められたところで、あの三人と一緒にいるとか絶対無理だし。あの女は何考えてんだよバカが。
「はぁ」
小さなため息を布団の中で叫んだ。少し顔を上げると、床が見えなくなるほどのコスメが目に入る。
「別に、私だってこんな家帰りたくない」
私はいつまで、こんな生活を送るんだろう?
学校には味方になってくれる友達も先生もいない。家に帰ればお金だけが置いてあって。将也だって、最近は求められることばかり。
「メイク、落とさなきゃ」
カチャカチャと音を鳴らせながら洗面台に向かった。
「黒波?今日は何時に帰ってくるの?」
「.....」
「あんた、聞いてんの?」
「朝からうるせぇ」
朝ごはんを食べている時、臭ぇババアが顔を近づけてきた。うざい、こんな朝から絡まれたら。
「ちょっと!まだご飯残ってるでしょう?こら、待ちなさいっ!」
「うっせぇんだよ!」
腕を掴まれ、勢いよく振り解いた。目の前にいたババアは、なぜか泣いていた。
「黒波は、お姉ちゃんとは違うのね」
「またあいつの話かよ」
「あなたも勉強したら?将来はどうするつもりなの?」
そんなの知らねぇよ。聞かれても答えられないし。
「将来とか、親も学校も口軽く言うんじゃねぇよ!」
ガチャン!
あえて強くドアを閉めた。なんなの?朝から愚痴ばっかり。そんなに私の存在が嫌?そうならそうとはっきり言ってよ。私は、ただ.....
「?」
『もしもし黒波〜?』
「なに?」
『実は昨日さ、しちゃった!」
「え?愛知男と?」
電話の相手は、行きつけのクラブ友達の胡桃。
『もう最高!そのせいで寝不足だよー』
「はいはいそうですか。朝からお疲れ様」
『色々事前情報あざっす!てか今日の夜クラブ行く?』
「...当たり前でしょ!」
『おっけー。じゃあまたいつものとこで』
「はいよ.....ちっ、どうでもよ」
わざわざ朝から連絡すんなよカスが。こっちはババアとの言い合いでイライラしてるっていうのに。お前の経験とか聞いてないから。
「あぁもう!」
こういう時はイヤホンでしょ。そうそうこれこれ!この音楽聴けば機嫌戻る〜。
「うわ、黒波ちゃんだ」
教室に入ると、全員と目が合った。
「なに?」
「あ、いや、なんでも」
「気安く睨むんじゃねぇよ」
どいつもこいつも、人の機嫌を損ねる天才だな。教室にいたところで、話す相手すらいない。ここにいる意味はゼロ。ってことで、出席確認が終わったら早退しよ〜っと———
「橘」
「.....」
「ちっ」
いま、舌打ちした。うっざ。
「気温が下がるので、体調管理気をつけるように。それじゃあ、授業準備しろ〜」
皆が廊下にあるロッカーに行くなか、私はスクールバッグを肩にかけて下駄箱に向かった。出席確認さえすれば、あとは早退記録になる。これでなんとか卒業できるっしょ。
「.....」
「あなた、ここで何やってるの?」
「誰だお前?」
下駄箱で靴に履き替えていると、見知らぬ女が話しかけてきた。
「隣のクラスの、琴子です。あなたは、橘黒波さん、ですよね?」
何でこいつ名前知ってるん?
「なんで私の名前知ってるん?」
「だってあなたは、ヤンキーでろくに学校に来ないで有名だから。あなたの噂、よく耳にする」
「はぁ」
黒縁のメガネをかけて、いかにも優等生オーラが出ていた。
「優等生ちゃんは教室に戻りな。私といるといじめられるよ」
完全に靴に履き替え、帰ろうとしたが、なぜか彼女が隣に立っていた。
「奇遇だね。私も今から早退しようとしてたところ」
「は?なんで」
「う〜ん、だって、受験生だもん」
彼女は笑いながら言った。当たり前のように。
「私は関係ない話。さっさと消えて」
「関係あるよ!あなたも受験生なんだから」
「結局、あなたもそっち側の人間なんだね」
琴子は不思議そうだった。目をキョトンとさせて、子犬みたい。
「なんでそうなっちゃったかは分からないけどさ、まだまだやり直せるよ」
「なにが」
「周りからの見え方」
「.....」
「着いてきてよ。相談事があるの」
いつの間にか琴子は私の前を歩いていた。軽くスキップをしながら徐々に遠くなった。離れないように追いかけた。
「どこ行くの」
「えっとね、私の家!」




